彼女に興味を持った人は何人いますか

〈ばん!!!〉


 教卓を強く叩く。

 その音波で恋先輩を嫌う黒いメラメラとしたものを吹き飛ばす。


「恋先輩は!良い人です!」


 強くシンプルに、その言葉を悠里は叩きつけた。

 ひねくれて育ったであろう特進の生徒がこれで「はいそうですか」とは流石にならないかもしれないけど伝えることは大事だよね。


 恋先輩は変わってはいるかもしれないけれど、そんな歪んだ悪意をぶつけられるような人では少なくともないんだから。


「あの、さっきから何がしたい訳?高杉さんは自分から保健室で勉強するって言ったんだよ?なんか追い出したみたいに聞こえるけど」


 今度は後ろの女の人が遠巻きに言葉を投げかけてくる。

 彼女もまた頭が良さそう。

 ただやっぱり恋先輩ほどじゃないなと悠里は心の中でほくそ笑む


「そんなことは関係ないです。みなさんに恋先輩を知ってほしいんです。恋先輩って可愛くて、優しくて凄い良い人なんですよ!」

「悠里...!」


 恋先輩に袖を引っ張られても悠里の口は止まらない

 いつの間にか口籠ることもなくなっていた。

 言葉に詰まることなく、湯水のように人のために感情を吐き出す。


「例えばそこの人!」

「えっ!?」


 黒縁の彼を指差す。

 優等生でも突然の氏名に驚くんだなとか思ったけれど、今は関係ないからそれは流した。


「恋先輩の好きな食べ物、なんだと思いますか?」

「えっ、あっ」


 目が泳いでる。

 いきなりの質問にびっくりして、頭の中で言葉を探してる。


 あれは自分もやるから悠里にはわかる。


(言葉を探してる...)


 いろんな視線を浴びて手に汗をかいて泳ぎそうな視線をなんとか落ち着けてる。

 気付けば他の教室から他学年の生徒が野次馬のように覗いてるのがぶれる視界に入り込む。


「す、スイーツとか?」


 黒縁さんはそうやって恐る恐る答えを出す

 スイーツ、そう呼ぶ感覚が小学生あたり止まってる感じがまさに勉強ばかりした優等生って感じ。

 もっといろんなものを感じなきゃダメだよね。

 いろんなことを知らなきゃ、身の回りの知識や人のことを


 例えば恋先輩とかね


「ごめんなさい、わたしも知らないです」


 正直恋先輩の普通の部分を悠里はよく知らない。

 変わってる部分はいくらでも見つかったけどパーソナルで普通な部分は知らなかったの質問してから思い返した


「は?」

「なので恋先輩教えてください」


 動画で見た漫才師のように話を今度は恋先輩に振る。


(スムーズに、スムーズに)


 そう心の中でひたすら言い続けてなんとか話を続ける

 息が詰まりそうになりながらも喋る悠里の姿を恋先輩は下から覗き込んでいた


「....わ、和食」


 恋先輩がそう言うと教室内が一旦沈黙する。

 気付けば教室内に充満した悪意みたいなものは和らいでいる気がした。


 苦しい苦しいと窮屈な感じがした教室に少しだけ空間が出来た気がした。


 恋先輩にはそこに気持ちよくいてほしい


「今、恋先輩の言葉に意外と普通だなと思った方は何人いますか。その見た目で和なんだと思った方は何人いますか。恋先輩の答えに、恋先輩自体に興味が向いた方は何人いますか」


 知ろうとしない。


 それは凄い辛いことなんだと思う。

 自分だって知らないうちは怖くて、話したくなかった。


 でも彼女を知ればきっと好きになる。

 彼女の変わってるところもきっと愛せる。


 だって彼女が嫌われてるのはこちらの見方に原因があるんだから。


(まぁ強引すぎるところは嫌いな人がいるかもだけど)


 けれど、けれど。


「あなたたちは恋先輩を知らなすぎです」


「悠里...」


「恋先輩を知れば少なくともこんな風に邪険に扱うことなんてなくなると思います」

「悠里」


「だから、恋先輩を、嫌わないで」

「悠里!」


 彼女を知って嫌わないであげてほしい。


 ただそう伝えたかった。


 だけど隣の恋先輩はそう思っていないと言うように悠里の言葉を遮った。


「いい加減にして、私とこの人たちをくっつけて何がしたいの」


「前も言いましたよ。特進にいてほしいんです。みんなの勘違いを解いて、恋先輩を」


「迷惑なの!ここのバカと一緒にしないで!私も伝えたでしょ!」


 恋先輩は、本気だ。


 伝わる。


 声の強さとか、表情とか、今まで余裕そうにこちらを覗き込んでいた綺麗な顔が少し崩れている。


 本気で「やめて」と訴えかけてる。


 ただ悠里にはそれが心の裏返しのように聞こえてしょうがない。

 だって、こらえているけれど泣きそうな目をしているんだもん。


 目に涙をためて、こぼさないように下のまぶたを動かして視線を動かして…


 そんな感情で突き刺されたら悲しくなる。

 この人を、救いたいと、思ってしまう。


「本気で思ってるんですか?そんなこと」


 教室に声が響いたことで、いつの間にか静かになったことに気付く。


 よく考えたら勉強するつもりだった先輩もいっぱいいるだろうな。

 本当にごめんなさい。でもこれは大事なことだから。


「本気」


 嘘、強がってるだけ


「分かりますよ。恋先輩。辛かったですよね」

「何を言って...」


「大丈夫です。今から、この教室の人と恋先輩の間にある線みたいなものを取っ払いますから」


「...っ!?」


 悠里は彼女の手を引いて教室の真ん中まで歩き出す。

 トトッ、トトッ、っと引っ張られるままに歩く恋先輩。


 「ついてくるなんてやっぱり助けてほしいんだ」なんて心の中で悠里は軽口を叩きながら深呼吸する。


「今から、わ、悪いことするので、先生呼んできた方がいいですよ」


 後ろのドアにいる野次馬にちらりと目配せを送りながら前の黒板側にいる夕夏ちゃんと目を合わせる


「夕夏ちゃん、お願い」

「はぁ...はーい」


〈ピポっ〉

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