ねぇ、契約しない?
「えへへー!ダメでしたね!行こ!」
夕夏は手と悠里の荷物を握って保健室から出る。まるで悠里が自分を選んでくれたかのような嬉しさが夕夏にはあった。
「ちょっ!」
悠里は夕夏に引っ張られたどたどしい足つきで保健室から出て行く。
「よしっ!ここまで来ればいいでしょ」
昇降口まで来る。西日の夕焼けが眩しい
夕夏は笑みを浮かべ、悠里はもじもじと顔を赤くして彼女から学生カバンを受け取る
「じゃあね。また来そうだから本当は一緒に帰って上げたいんだけど大会近いから部活戻らなきゃ」
「大丈夫だよ、さすがにないでしょ」
「まぁ何はともあれ気をつけなさいよ?」
夕夏は本気で心配そうな顔をしている。
「う、うん」
「悠里、 前髪で隠してるけど可愛いんだから、ああいうのが寄ってくるかもしれないよ?」
さわっと悠里の前髪を撫でて夕夏は笑う
「じゃあね! また明日! バイバイ!」
ぺたりといつ取ったのか分からない絆創膏を貼って夕夏は走って行ってしまう。
(早く帰ろう。なんか疲れちゃった)
上靴を履き替え悠里は足早に校舎から出て行く。
少し遅くなったから辺りが若干暗くなりつつある。夕方5時、いつも帰る時間より1時間ほど遅い。まだ春が抜け切れてなく日がまだ短いまま薄暗い周りの風景が悠里の気持ちを少し落ち着かせる。
(なんだったんだろ)
「好き」
そんな一言が頭の中でぐるぐる巡っている
片桐悠里の頭の中にある機雷はその一言により起爆し続ける。
「好きだ!!」
嫌い、嫌い。好きは嫌い
いけない、なんかテンパりそう
「はぁ! はぁ!」
「え…? ひぃ!」
悠里は後ろを振り向くとびっくりしすぎてすくみ上がった
寝起きで鏡を見た時より驚いたかもしれない
「やっと、見つけた...!」
すると気付けば悠里の目の前には例の先輩がとんでもない形相で立っていた。
「運...動...苦...手なのに...!」
ぜぇぜぇと息を吐いたり吸ったりしながら彼女は膝に手をついて悠里を見つめる
ただ悠里にはどんな執念でここまで来てるのかという熱に正直引いていた。
「あっあの、失礼し!」
「ノート!忘れてる」
季節に合わず汗だくの恋は額の汗をシャツの袖で拭いてカバンから一冊のノートを取り出す
「えっ!」
悠里はとっさにカバンに手を入れて覗き込む。すると数学のノートがない事と、しっかり締めたはずのカバンのチャックが開いていることに気づく
「念のため抜いといて良かった」
「えっ」
ニヤリと笑う恋、まさにしたり顔。そんな彼女に悠里は引いた。ドン引きだ。
恋は悠里に近づきアプローチをしてる間にカバンからノートをくすねたのだ。
なんと、なんと、恐ろしい万引きスキル。天才というのは万引きの才能まであるのかと悠里は若干ながら引いている。
「数学が苦手なのね。ここもここも間違ってる」
ペラペラとめくって指で一つ一つなぞる
「か、返して!」
そして珍しく大きな声をだして悠里が恋に近づくと彼女は悠里の顔にノートを突きつける
「ねぇ、契約しない?」
「えっ?」
悠里のキョトンとした顔に恋は笑ってそういう。
悠里はただただ恋のペースに乗せられてしまっていることにそのあと気づく
夕夏以外としばらく話してないから人との話し方を忘れてしまったのか、それともただ恋が特殊なのか。
「契約って...」
悠里が見おろす
「中間テスト、もうすぐあるでしょ?あなたに数学を教えてあげる。放課後に保健室で。わたし、教えるのも上手いんだよ?」
恋はノートを手渡し自慢げに語る。
「なんですか、それ」
「良い契約でしょ?わたしは悠里のそばにいれる。悠里は数学の成績が伸びるしお友達とも帰れる。素敵な提案だと思うけど」
「...」
悠里は断れなかった。メリットが大きかったからではない。
単純に断ったらまた二の手三の手でこちらに何かを迫るんじゃないかとこの状況を見て思えたからだ。
「どう?」
「...はぁ、分かりました」
億劫だ。悠里は正直あまり人と話すことは好きじゃない。
ただそれは恋も同じだった。基本的に他人に興味がない。しかし恋は唯一、悠里とは話したいと本気で思っている。
「やった! じゃあまた明日ね! おいでね! 保健室! 待ってるから!」
恋は走っていく。さっきまでぜえぜえ息を切らしていたというのに。
(保健室で待ち合わせってどうなんだろ)
悠里はそんな疑問が浮かんだものの考えないようにした
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