犬でも猫でも男でも女でも好きになったならしょうがないじゃない

「ねぇ悠里、私、あなたが好きみたい」


「えっ」


「あらっ?」

「夕夏...ちゃん?」


 密着する二人を夕夏は見つめる。


「な、何してるの? え、誰?」

「高杉恋、三年生、あなたの言ってた保健室にいつもいる先輩」


 悠里から視線だけ外してそう答える


「え? いや、え?」


 夕夏は頭が混乱している。ただ悠里も頭が混乱している。夕夏に助けてと心で叫びたくても叫べない


 この場で冷静なのは恋ただ一人。


 冷静に陸上の練習着姿の夕夏を頭からつま先まで見つめて怪我を見る


「あぁ先生はもう帰っちゃった。絆創膏使っていいよ」

「い、いやそうじゃなくて! な、何やってんですか?」


 この場にいる全員の熱量がチグハグで、顔を真っ赤にして夕夏は悠里と恋の間に割って入る。


「いやまぁとにかく! ダメですって!!」


 悠里を恋から引き離す。悠里は少し安心する。


「なんで?」


 それに全く怯む様子を見せず反論する恋。


「お、女の子同士でそんな!」

「なんで女の子同士だとダメなの? 私は好きなのに」


 曇りのない目はこういう目のことを言うのかと悠里は夕夏越しに感心してしまう。


「好き...でもダメです!」

「例え話するね。悠里、もしこの子がロクでもない男と付き合おうとしてるって言ったらあなたどうする?」


 恋は夕夏を指差して悠里に向かってそう聞いた


 指を差されたことよりも夕夏は恋の悠里呼びに少し引っかかる。

 そして悠里は悠里で髪を少しくねくねと触っておぼつかないようすで返答する


「だ、ダメって言います」

「なんで?」


「も、もっと良い人がいるかもしれないから」


「この子はでもそのロクでもない男が好きなんだよ?」

「ん、んー...」


 そう悩む様子を見せる悠里をよそに恋は話を進める


「あなた、えっと」

「島原夕夏です」

「夕夏はでも、好きな人と付き合うことを悠里にそうやって止められたら良い気分はしないでしょ?」

「します。あの悠里が勇気を持ってそう言ってくれたんだし」

「あー...特殊なタイプか」


 恋はもう直接夕夏に分かるように言ってしまおうと思ったがそれはそれでフェアじゃないからやめておき、話を続ける。


「私は男でも女でも関係ない。犬でも猫でも関係ない。好きなものは好き。そうやって自由に生きてきたしこれからも生きるつもり。あなたに止められても好きになってしまったものはしょうがないじゃない」


 まっすぐな目でそう言う恋に気圧される2人。

 ただ夕夏も黙っては負けだと天才の持論に食ってかかる


「で、でも! それは先輩の一方通行です! 悠里の気持ちを無視してただ押し付けて! それじゃ悠里がかわいそうです!」


 まるで悠里が蚊帳の外。

 なんとなく「わたしのために争わないで」と言いたくなってしまう。

 あんまり悪い気分でもないのかもしれないけど、夕夏の必死な顔を見るとなんか内心穏やかにもいられない


「うーん、たしかに。じゃあ悠里に聞けばいいんだよね? 悠里がよければ、いいんだよね?」


 夕夏に顔を近づける。恋は言質を取ったように何度もそうやって確認する。


「悠里がいいなら、あたしも、何も言えない、けど」


 夕夏も押されてしまう。

 高校入ってから知らない人とのコミュニケーションは夕夏が橋渡しをしてくれていた。だからこそ全てをぶん投げられたようで悠里は分かりやすくテンパる

 


「悠里、付き合えとは言わないから。私の好意、受け止めてくれる?」


 夕夏を押しのけ、最大限の笑顔と色気を持って悠里にそう言う恋。


(あたしですらちょっと好きになっちゃいそうなのに、そんなこと言われたら悠里はどうなっちゃうの…)


 夕夏は危惧していた。


 そして肩に手をかけて悠里の長い前髪から、その顔を覗くように恋は顔を近づける


「好きでいさせて…!」


「え、無理...です」


 顔を逸らして苦笑いに到底及ばないごまかしの表情をしながらそう言う悠里に対して恋は目を剥いて驚いた。


「えっ!?」


「無理…」


「嘘でしょ!?」


 ただ夕夏の不安と裏腹に、悠里は拒絶し恋はあまりの驚きに声が出なくなった。

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