制圧とコース料理


 四方八方からビルを包囲するかのように、少人数のグループに分散して集まってくる武装した男達の姿を確認する。

幸いなことに敷地の南北には空き家以外の死角となるようなものはない。

この時点で既に、レイスが空き家に潜伏しようとした5名とビルの死角となる路地裏で様子を伺おうとしていた16名の男たちをブラスタの射出により無力化している。

ビルの入り口にはいつものように見知った顔の門番が立っており、周囲が平静を保っているせいか、伝令に走った2人の若中わかなかがビルに入る姿を確認した残りの男たち59人が敷地にぞろぞろと集まった。

「案内、ごくろうさん。暫く眠っときなよぉ。隷属魔術を同時に施すから、起きたら僕らの手下だけどねぇ」

ラーシュが二階に上がってきた2人の若中わかなかに話しかけると、彼らはその場に寝崩れる。

「わざわざ表に出ることもないし、裏口から出るか」

面々が裏口から出ていくと一斉に視線が飛んでくる。

それは雅たちに向けた敵意だけではなく後ろをついてきたAIやミーナ達女性陣への性的な視線も混じっている。

「屑たちが得意な、下卑たいやらしい視線ね」

呆れるようにミーナが言い放つ。

「そうですね、ミーナ。こういう視線、本当に嫌い…虫唾が走りますね」

殺意がありありと言葉の端々に感じられるが、AIであるが故にその類を発することはない。

ただ、その限りではない雅たちやハルロは殺気を全開で放った。

その効果は凄まじく、その場で腰を抜かしたり失神、卒倒する者や戦意を喪失し顔面蒼白で立ちすくむ者または漏らしながら泣き出す者と面々に刃を向けられるような者はほとんどいなくなった。

雅たちがそれぞれに加護を授けた神々の姿だろう、九つの頭の蛇と戦う戦神、数えきれない龍が飛び交う姿、大きな火焔を背負った戦神や六本足の馬に乗る騎士、雷光を放つ大鎚を振るう戦神や巨大槍を両手に持った戦神など、多種多様の神々の姿が見えたなど意識のある数人は口々に呟いている。

ただ、こちらにも被害が出ておりエリーゼが失神。アーガスも立っているのがやっとという程である。

「不甲斐ねえな。殺れそうなのが6人しかいねえ」

「龍様、あんな殺気を揃って放てば誰でもこうなりますよ。リアム様達が結界を張ってなければ今頃、街の人たちはとんでもないことになっていたはずですよ…」

放たれた殺気に耐え凌ぎ、戦えそうな者は6人。

影狼と土蜘蛛のリーダーとサブリーダーらしき人物も四人と、姉妹と思われるなかなかに美形の女性二人だ。

その二人は古竜姉妹を挑発するようなニヤけ面をし、時折、龍にも目線を向けている。

「龍、あの女二人には手を出すな? 我とシラユキが相手をするでな。下等種風情どもめが…」

「あの二人、下等種の分際でよくもまあぬけぬけと…いっそ殺っちゃう?」

ユキとシラユキは思うところがあるようで、親の敵を見るかのように相手に向けて殺気を放っている。

「それでどっちがハゲろうで、どっちが土グソなのかなぁ?」

ラーシュのその言葉に一人の男が毛を逆立て、もう二人は背中からアラクネ族特有の蜘蛛の足を伸ばした。

「これでわかるだろうがよ。俺が土蜘蛛の頭領アクニ、こいつが副頭領のスヴェーズィだ」

毛を逆立てた狼人と3メートル近い巨人族の男は黙ったままでいる。

「そっちの駄犬とでくの坊は、しゃべれねえほどアホなのか?」

駄犬と呼ばれた男は牙を剥き出して龍を睨み、今にも間合いへと踏み込もうとしている。

「そっちのでくの坊は僕が相手していいでしょぉ? こいつ、さっきから僕ばかり見てるしさぁ」

でくの坊と呼ばれた巨人族の男は、自分よりも長い柄を持つメイスを腰だめに構えた。

「アクニとスヴェーズィと言ったな。お前らはどうするんだ? 殺るか?」

「いや、命あっての物種だ。俺らは、勝てねえのがわかってんのに歯向かうようなマネするほど馬鹿じゃねえ」

アクニはスヴェーズィをみやると彼も肩を竦めて首肯した。

スヴェーズィの話では影狼の頭領は巨人族の男で名はサヴァン、副頭領はオダルという名の狼人族のほうだという。

未だ古竜種の二人は、相手の女性を鬼のような形相で睨みつけている。

「ねえ、シラユキ〜大丈夫〜? 今、すっごい怖い顔になってるよ〜」

「案ずるなアサヒ。斯様な下等竜如きに負ける我らではない。ここは狭い、狭間に行くぞ姉上」

「ユキ、あなたは本気を出してはいけませんよ?」

「え? 駄目なのかえ? あの二人…龍の出した龍気に惚れおって…我慢ならんぞ!だがその心配はシラユキにしたほうがよいな、あれは相当頭に来ておるからの。それでは我…私達も行ってくるわ」

シラユキとユキは二人の女性に近づき手首を掴むと雅たちの目の前から消えた。

「ああ、次元の狭間に行ったみたいね。竜同士の戦いなら仕方ないか」

ユキたちが消えた瞬間にオダルとサヴァンが龍とラーシュめがけて踏み込んだ。

だが龍とラーシュは動かずにいる。

成行を見守っている男たち誰もが、上段から振り降ろされるサヴァンのメイスによってラーシュの頭が潰されることを考えた。

だが、ラーシュは笑顔でメイスの頭部を左手一本で止めると気を放ち、粉砕してしまう。

そして右手でメイスの柄を掴み腕を引き寄せるとサヴァンは引きずりこまれるように前のめりになって倒れ、その背をラーシュに踏まれた。

踏みつけられているサヴァンは立ち上がろうと力を入れるも立ち上がることができずにいる。

「まだやるかい? でくの坊くぅん?」

ふと手にしていたメイスの柄を見ると握られた部分が潰れている事に驚愕した。


その横では…踏み込んできたオダルの右ストレートの拳に、同じように右ストレートを入れオダルの拳の骨を粉砕して決着が着いていた。

「まだやるか? こねえならこっちから行くぞ、オラ!」

右手を庇うようにして立っているオダルの左太腿に、龍のミドルキックが入った瞬間、乾いた打撃音とともに折れたであろう音が聞こえオダルは自身の身体を支えきれず右に倒れた。

続けざまに首を蹴りぬこうとした瞬間にオダルが負けを認めた。

「オ…オダルです…降参しますんで…勘弁してください…」

「端から素直に名乗れや! この駄犬がよ! そっちのでくの坊はまだ黙ってんのか? 次はその首握りつぶしてやんぞ!」

サヴァンは地面に突っ伏した状態から手をついて立ち上がろうとしたが、龍にその左手を踏まれ砕かれた。

さらに、龍は意に介すこともなくサヴァンの太い首を掴み力を入れ始める。

「僕ほど龍は優しくないからねぇ。さっさと名乗らないとホントに首つぶされちゃうかもよぉ」

周りの男たちは目の当たりにしている光景を信じられないといった表情で固唾を飲んで見守る事しかできないでいる。

「サ…サヴァン…だ」

「だ、じゃねえよ! 口の聞き方も知らねえのか、てめえ?!」

サヴァンが不詳不詳に言い直したが、龍に軽々と放り投げられた。

手を砕かれた痛みと着地時の全身の痛みでサヴァンは意識が朦朧としている。

しかし、龍は強制的にサヴァンを覚醒させると同時に別の骨を粉砕するといった行動を、彼が許しを請うまで何度も繰り返した。

「すい…ません…でした…勘弁して…ください…旦那…」

「端っからそう言えや! このクソ野郎!」

龍は気を失ったサヴァンの首を片手で掴み引きずり倒した挙句、男たちの集団に放り投げた。

それを見ていたアクニが、龍の容赦のなさに感心したような口調で雅に話しかける。

「オダルとサヴァンがいとも簡単に…しかしとんでもねえですよ、あの旦那の非道ぶりは俺達よりよっぽど悪党に見えますぜ」

「あいつは、気に入らないやつはぶちのめすっていうのが信条だからな。それよりアクニ、スヴェーズィ。これからここにいる奴ら全員に約束を違えたら即死の隷属魔術を施術する。お前らはかけなくても良さそうだが…」

雅のその提案に被せるようにアクニは答えた。

「いや、それが忠誠の誓いだっていうんなら俺とスヴェーズィは喜んで受けますぜ。ここで無様に死ぬよりマシってもんだ」

「全くですよ。俺らは旦那らに死ねと言われたら、喜んで死地に向かいますぜ」

オダルとサヴァンの骨折を完全回復魔術で治療すると、全員に向かって隷属魔術を施術すると言い渡す。

すると、これを聞いた男のうち5人の人種が逃げ出した。

「逃げたやつら、捕まえなくていいんですかい?」

「追わなくていいよ、どうせ外まで辿り着けないからね」

リアムが言い終わるまでもなく、何もない空中から閃光が放たれると逃げ出した5人は焼け焦げて絶命した。

「お前ら、裏切らずとも妙な真似してみろ。場所も時間も選ばず、ああなるからな!」

アクニとスヴェーズィを含め、顔を見合わせて恐怖する男たちに一斉施術を施すとともに影狼と土蜘蛛のアジトに戻るよう指示を出す。

この騒動の合間にリアムがアジトそのものをソエジマビルの裏手つまり北側に二棟並んだ状態で転移させていたのだ。

「え? ありゃ俺達のアジトじゃないですか?! 一体どうやって…」

「余計な詮索は不要だ。上下水道も機能しているし、認識阻害がかかっているから御用になることもない。お前たちは今までどおりアジトを使ってくれればいい」

そこへユキとシラユキが、目に涙を浮かべて頬に手を当て隠している二人を引き連れて戻ってくる。

「こちらは終わったようだの、龍」

「まあな。で、そいつら竜種なんだろうけどよ、何者なんだ?」

「龍ちゃん、こいつらはアタシ達の劣等種族だよ。こっちが姉の白銀竜、で妹の灰竜。ま、アタシたちの手下ってとこ?」

みずちになるかならないかのまむし程度の竜が、こいつら古竜に敵うはずがねえだろ。分を弁えるこったな」

「お姉ちゃん、この二人さ、誰かに名付けてもらう?」

シラユキの言葉を聞くや否や、揃って詰め寄ってくる姉妹に龍はたじろいだ。

その様子をミユキがじっと見詰めている。

「ミユキがずっと見ているぞ…。後で怒られるのは嫌ぞ…よ? でな、こやつらは…」

白銀竜と灰竜の序列は、シラユキの遥か下位の存在であり、その力の差は歴然だというにも関わらず、あまりにも不遜な態度を取り続けるさまに古竜姉妹は我慢の限界を超えた。

特にシラユキが激怒していたらしく、ユキが珍しく宥めるのに苦労したと言っていた。

白銀竜と灰竜の顔が腫れているのは、彼女たちの咬み付き攻撃を防いだ際に尻尾で強烈な一撃を与えたからだという。

竜化しての決闘で敗北するということは、勝者への絶対服従が強要される配下となることを意味し、つまり白銀竜と灰竜竜は、古竜姉妹と主従関係を結んだことになる。

「確かに名前がないと呼びにくいが…今はいらん…いらないわよね」

「付けてやるなら、空き枠がある雅とリアムに任せりゃいいんじゃね?」

アジトへ戻り待機するよう雅から命令された隷属魔術の施術を受けた男たちは、それぞれのリーダーをその場に残し、敷地内に現れたそれぞれのアジトに戻っていった。

それを見届けた面々は四人を連れて添島のいる最上階へと向かった。

部屋へ入ると添島はじめ執行役員や舎弟頭といった幹部連中が全員揃っており、換気をし睦美が香水を落としたのだろうキツい匂いは薄らいでいた。

「先に聞いておきたい。こっちの世界でどうやって金を作っていたんだ?」

娼館の営業に届け出ていない賭博場経営、超高利の資金貸付とそれに伴う恐喝、エルロックのような貴族からの表向きではない仕事の依頼、盗賊紛いの窃盗による横流しや老人を騙し金を奪う詐欺と様々だった。

その後、雅が彼らに命令したことは以下のとおりだ。

流人ながれびとらしき人物がいたら確認の上保護すること。ただし本人が拒否した場合は連絡先だけ教えて立ち去ること

一般民間人に迷惑をかけない。むしろ治安維持に勤める

悪質な凌ぎの材料に一般民間人を巻き込まない

賭博では悪質なイカサマを行わない

薬には手を出さない、寧ろ積極的に潰す

暗殺ギルド及び盗賊ギルドを抱え込む

違法な奴隷商人は痛めつけ違法行為で奴隷となった者は保護した後、送還もしくは仕事の斡旋をすること

娼館は継続営業するが人攫い等による違法な雇用をしない

悪質な貴族は潰す勢いで毟り同じく悪徳商会は真綿を絞めるように毟り続ける

敵対する集団が出現した場合は即時報告。徹底的に痛めつけ傘下に入れるもしくは潰すが独断先行は控えること

王国内が手狭になった際は国外に進出、現地の集団を取り込みつつ王国と同じ手法を取る

「おいおい、だいたいわかったが盗賊ギルドはともかく暗殺ギルドっていうのはちょっとどうかと思うぜ、聖」

「添島ぁ、呼び捨てしてんなや! いっぺん、サヴァンみてえにしてやろうか? おめえは手足全部がちょうどいいかもなぁ!」

「まあ、落ち着け龍。両ギルドの位置は特定できているし、これは俺達が出張る仕事だ。お前らにやらせることはないから安心しろ」

「旦那、敵対する集団てな、どんな小さな連中でもかい? それにこっちから出向くんで?」

「こっちから出向く必要はないよ。いちいち喧嘩ふっかけてたらきりがないじゃん。その代わり向こうから売って来たら徹底的にね。使えないやつは消していいよ」

軽々しくリアムの口から出た言葉に一同は押し黙る。

「ウンチャン、武器の管理は地下倉庫だろ?」

なぜそこまで知っているんだという驚きと疑問を含んだ複雑な表情で答えた。

「ええ…そのとおりですが…なぜそれを」

「そんなことはどうでもいいよぉ。数はどうなってるのぉ?」

キムがロシア製のアドロフPAが203、旧ソ連製RPGが10、ゴルトXW177E2コマンド・ブラックカービン5、中国製57式自動歩槍、所謂旧ソ連製AK―48が37、ドス143、長ドス22、ロングソード115、ショートスピア153と報告する。

「ドスと長ドスが少ないのは折られたからだろ? ほかは随分と旧式な小銃ばかりだな…RPGがあるのには驚いたな」

「聖…さん、ドスはまだしも、かなりの数の長ドスが競り負けて折れたんだ…です。なんでロングソードに入れ替えてる最中…です。ただ集まりが悪くてね…」

「こっちの剣とやりあったらそりゃ折れんにきまってんだろうが。なんせこっちの剣はよ、上身の後ろ部分には刃先がねえんだからよ」

こちらの剣の刀身に刃先のない部分が存在している以上、斬り結べば叩きつけられ折れてしまうのは無理もない。

「実際、拾って調べた時に始めて知った…知りましたよ」

「それで、お…アンタたちはそんなこと聞いてどうするっていうんだ?」

「ここに入れんのさぁ」

ラーシュのその言葉に一同が振り向くといつの間にか金庫が開かれていた。

最も驚愕したのは、添島ではなく本部長のキムだったが下手に藪を突付いて蛇を出すような真似はしなかった。

「電子キーロックの金庫か。電池大丈夫なのか? まあ、開かなくなったらむりやりこじ開ければいい」

「ハエマツ、下にいる連中にありったけの武器を持って上がるように言ってこいや」

龍は植松に指示を出しながらオズとヤジスから押収したアドロフをサブスペースから取り出し金庫へ詰め込んでいく。

なんて事はないラーシュが金庫内を亜空間サブスペース化しただけの話だ。

「魔道具と同じ仕組みみたいなもんだよぉ。容量は全然違うけど」

暫くすると武器を抱えた若中わかなか連中を従えた植松が戻り、彼の指示ですべての武器を収納した。

剣などの類はこちらの世界で出回っているのでさほど問題ではないが、銃火器は極力持ち出さず敵の手に落ちたりしないよう注意し、宿に戻る旨を伝えると寝耳に水だろう。添島が素っ頓狂な声を上げた。

「ええ?! それじゃあ、俺達はどうなるんだ?」

「僕たちで今夜中にもう一棟か二棟、建てておくから。気にせず、このビルでのんびり過ごしなよ。死にたいなら逃げてもいいけど。あ、君らも戻ってゆっくりしなよ」

影狼と土蜘蛛の四人は軽く会釈をして退室した。

ミーナが、これまで使っていた香水は禁止だと添島の女、睦美に釘を刺す。

「睦美、明日から別の香水使ってちょうだい。品格を疑われないような香りの物をね」

「はい…わかりました…」

「それじゃあな。明日の朝8時前には集まっとけよ」

雅たち一行が退室すると残された者たちは皆、顔面蒼白で黙って見送った。


ソエジマビルから出たときには辺りは暗くなっていた。

アーガスにもう安全だということに加え、配下にしたソエジマ以下、騎士団の諜報活動を手伝わせると約束し、明日の朝ビルに来てほしいと伝えた。

「長かったねえ。雅、もう晩飯の時間だけどこれからどうする?」

宿へと戻ってすぐにリアムから夕食の相談があった。

ほぼ休むことなく動いたのでのんびりしようということになり、宿の食堂で摂ることにした。

一行が食堂に降りていくと、そこは食堂と言っては失礼な程の設えに上品な調度品が並ぶ高級レストランというべきものだった。

食前酒アペリティフには、酸味と甘みとを併せ持つリキュールを加えた白ワインが供された。

「白ワインの辛さは抑えられてるしぃ、何より食欲をわかせる甘さ加減が絶妙でいいねぇ。キールに似てるよねぇ」

「クレーム・ド・カシスに白ワインを注ぎステアして作るキールとは、香りが少し違うけどね。食前酒アペリティフとしてばっちりだね」

本人は趣味程度だと謙遜するが、カクテルに造詣が深いリアムも感心する。

次にアミュズ・ブーシエとして運ばれてきたトーメを用いた赤いビシソワーズのような冷製スープと、自家製ピクルスに漬け汁のジュレを添えた物の二皿を一口ずつ確かめたラーシュが呟く。

「お、この二皿もおいしい。これはちょっと期待できそうかなぁ」

ピクルスは食感が良く程よい酸味がアクセントとなっており、ワインとの相性も良く冷製スープはしっかりと冷やされ、トーメの風味と旨味がしっかりと出ており、一同口々に美味いと言っている。

フランチのコースならば、次にオードブルとポタージュが運ばれてくると考えられるが、運ばれてきたのは魚料理ポワソンの七光鱒のポワレ・オニールとペマのソース載せだけだった。

しかし、七光鱒特有の身の軽さと口当たりの良さ、胡椒の辛味とオニールののほのかな甘みが皆の頬をほころばせた。

肉料理ヴィアンドはビーフシチューの原型とも言われているブフ・ブルギニオンと言っても差し支えないようなバフローオークスの赤ワイン煮だ。

臭みが綺麗に消されたバフローオークスの肉は、丁寧に裏濾バッセされたとても上品な味わいのソースとともに食すと、ホロホロと柔らかく口の中で解け、一行に至福の時間を与えてくれた。

「菓子が出る事はないと思ってがっかりしていたから、嬉しい誤算だよ」

口直しにレモンとミードを使った氷菓子グラニテを挟んだとことは、雅を喜ばせた。

絶妙なタイミングでメイン料理の塩と胡椒で味付けした馬肉のローストがサーブされる。

「まさか、グラニテからロティまで出てくるとは思わなかったよぉ」

馬肉は火を通しすぎると固くなりやすい。

肉の中心まで一気に火が通らないローストなら、馬肉を固くせずに火を通すことができ更に旨味を封じ込めることが可能だ。

「うまい! あ…美味しい…わね。ミユキ」

「これ、もっと食べたいのだけどダメかなぁ…アサヒ」

岩塩と粒胡椒のみというシンプルな味付けだが、バフローオークスやナグーのような重い脂ではなく軽い脂であるためにあっさりしている。

何枚でも食べられる一品で、ユキとシラユキは提供された量に不満だったようで追加の皿をお願いした。

次はサラドだがトーメ、ギャレス、キュウリやオニールを用いた赤いポテトサラダとも言うべきサラダが振る舞われた。

地球の白いポテトサラダが常識の面々には、赤色というのは鮮烈な印象を持つ見た目だが、マイナソースにレモンの果汁と粒胡椒でアクセントを付けたそれは、マヨネーズと遜色ないかそれ以上の味で皆をわかせた。

 この後、フランス料理ならばテーブルの上が片付けられ新たにデセール専用のカトラリーが用意される。

そしてフロマージュ(チーズ)、次にデセール、フリュイ、小菓子ミニャルディーズと振る舞われるのだが、どれもなくフリュイとしてメロンのような味わいの果物と、カフェとしての紅茶が供されただけだった。

一同がこれで終わりかと思っていると、ディジェスティフとして独特の甘く薫り高い芳香が特徴のカルヴァドスを思わせるような酒精の強い酒が提供された。

「なかなかいいコース料理だったな。俺は気に入ったぜ」

「俺もそう思う。ただ、デセールのコースが含まれていないのが残念だな。ミニャルディーズすらないとは…」

このレストランでも、食後にデザートや菓子が振る舞われなかったことに雅はやはり寂しさを覚えた。

「僕もそう思うよぉ。コースの中でもグランデセールは華だからねぇ。それがないのはやっぱり残念かなぁ」

「ねえカレシ、デセールとミニャルディーズってなんなの?」

疑問を覚えたシラユキにフランス語で食事を片づけることをデセールといいデザートを意味する語源で食後に甘い物を食べることだと教えた。

ミニャルディーズはフランス語で「可愛さ」とか「上品さ」を意味する食後の焼き菓子だと伝えた。

こちらで売られているようなクッキーはプティフールに当てはまり、シュークリームなどの焼き固められていない菓子をミニャルディーズというとも教えた。

ちなみにミニャン=「可愛い」であることもシラユキに伝えるとミニャンの響きが気に入ったのかしきりに使っている。

「国も変われば言葉もかわる…か。やはり貴…あなた達の言葉は面白いな…わね。龍、私もミニャンよね?」

「雅、私はミニャンなのかしら?」

夕食後はそこかしこでミニャンが飛び交う中、各々部屋へと戻っていった。

「あ、ラーシュだけどぉ、グランダッドリー大尉とグランマルニエル大尉にお願いがあるんだよねぇ。建物なんだけど…ちょっとビルをね…」



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