ソエジマビル


一行はソエジマビルの手前で、雅率いるウェンティーズと龍達スニーカーズにアーガスを加えた裏口から侵入する組と、エントランスから堂々と入るリアム達クリネップスとラーシュ達ファプリーズの二手に分かれる。

リアム達はビルを一度通り越して、交差点を横断すると周辺建物の状況を確認するとビルの真向かいの建物はどうも空き家になっているようだった。

道を挟んだ建物は屋上に出られる構造をしているも、人のいる気配はなく閉め切られていて同様に空き家になっている。

一行は交差点を横断し、開いたままの自動ドアを塞ぐように立っている5人の男たちに向かって声をかけた。

「ソエジマくんちに遊びに来たよ。いるんだろアイツ?」

「なんだお前ら。ここはお前らのような奴らが入っていい場所じゃねえ。女は置いていけや。男どもは帰るか死ぬかだぞ?」

「凍結」

ミーナの凍結魔術でソエジマビルの床がスケートリンクのような状態になった。

「おおぉ、いいボウリングのピンになったじゃーん。アサヒ、これ投げていいよぉ、それぇ」

ラーシュがコンテナの中から拘束した男を三人転移させると、ボウリングの玉を投げるかのように二人を床に放り投げ滑らせた。

滑ってきた二人を受け止めようとした二人が倒れる。

そこにラーシュから投げ渡された男の首を、左手で掴んだアサヒが同じように放り投げると残りの三人がもんどり打って倒れた。

「それ〜殺せ〜! キャ〜ストライク〜!」

「何それ楽しそう! カレシ、アタシもやりたいから二人出して! とりゃ!」

ラーシュが転移させた二人の男を、シラユキが両手に掴むと器用に男達を同時に床に滑らせる。

「痛てててて! 舐めたマネしやが…おわぁ!」

倒れた男たちは立ち上がろうとしてもスケートリンクのような床に立つことさえ苦労している。

アテナも面白がって投げたが、男同士がぶつかる寸前でラーシュが凍結を解除した。

急ブレーキがかかったような形で止まった男の顔は、床に擦れて不細工に拍車をかけている。

その様を見てアテナやミーナ、ローラまでもが爆笑しているが、ハルロは苦笑いだ。

「いいから、僕たちをアイツんとこに案内しろよ」

ラーシュが更に転移させた一人を、リアムが警備の男たち目掛けて放り投げる。

「ぐあぁぁ、とんでもねえ奴らだ…あちこち痛え…おい応援呼べ!」

警備のリーダー格が命令するも、他の男たちも動けないでいる。

「リアム、随分楽しそうじゃねえかよ。クソ! こんなことなら俺も表口から入りたかったぜ」

「通電していないから通用口のセキュリティなんてがばがばだな。こじ開けるだけで済んだ」

裏手の通用口から入ってきた龍と、警備の男達を拘束しながら雅が馬鹿にするような口調で話していると、二階から舎弟連中が降りてきて一行に凄んだ。

「おい! 若えの! ここがどこだかわかってて、こんな真似してんのか?」

「堅気衆らにイキるしか能のねえ連中が舐めてんじゃねえぞ、コラ!」

龍も負けずにタンカを返すと降りてきた連中目掛けて、拘束した男を放り投げると同時に会談を駆け上り、舎弟連中を一方的に殴り飛ばして二階の舎弟頭のいる部屋へと向かった。

机やソファが壁にぶつかったであろう音が聞こえる。

雅たちが到着すると部屋は荒れ、顔を血だらけにして気絶している舎弟頭の磯田に手錠と足枷をしている龍の姿があった。

失神している数人の舎弟連中にも手錠と足枷をすると、ラーシュがコンテナから残りの男達をまとめて転移させ全員に禁呪の隷属魔術を施す。

一行はさらに三階に陣取る子分衆、四階の子分衆と事務局長の植松を同じ目に合わせるため階段を上がろうとしたが、そこに二階の音を聞きつけたのか三人の子分衆が降りてきた。

すると今度は我慢できなくなったのか、AIやユキたちが率先して動いた。

「なんだかでけえ音がすると思って降りてきたら、すげえいい女がいるじゃねえか。こいつらは稼ぎ頭になるな」

「それじゃあもったいねえ。その前に俺らで楽しむってのはどうだ?」

男たちは階段を降りてくると中程でしゃがみ、下卑た笑いを浮かべ女性陣たちを品定めし始めた。

「全く…どいつもこいつも、うんざりするわね」

ソフィア、ミユキ、アテナの三人は、顔を見合わせると低い姿勢で弾丸のように跳躍、空中で一回転し着地すると同時に一人ずつ踵で後頭部を蹴り飛ばす。

アサヒ、古竜姉妹が階段を駆け上がり、ミユキたち三人を追い越して部屋から出てきた男たちを、平手打ちだけで黙らせた。

「アテナ姉、ちょっとやりすぎじゃないかしら?」

「いいのよ、ミーナちゃん。雄豚から200年近くコイツらの文句を聞かされてきたのよ。そんなの私だって腹が立つわよ」

アテナはどこ吹く風という感じで階段を上がっていき、残りの子分衆を制圧するためドアを蹴破ったがアサヒ、古竜姉妹は面倒になったのか壁に大穴を開けて突入する。

残りの女性陣も後に続くと、男たちの怒号はすぐに悲鳴に変わり暫くすると静かになった。

「あちゃぁ。壊しちゃったか…ま、いいか行こ行こ」

「あんなの後で直せばいいさぁ」

三階の子分衆の事はAI四人を始めとした女性陣に任せて、階段を上がり植松と残りの子分衆がいる四階の部屋へと入った。

「こんにちはぁ、ハエマツ君」

「あなた方はどちら様ですか? それと随分と暴れていらしたようですが…当社でそのようなことをされては困りますね」

「当社とか笑わせんなよ。ただのしょっぺえ組事務所じゃねぇかよ」

龍があくまで会社組織であると言い張る植松に悪態をつく。

「ところであなた方、私達のことをご存知のようですけど…どちら様なんです?」

「まあ、僕ら見た目若くなってるからわかんないだろうねぇ。でも僕は。お前、僕が気に入ってた精美女子大の美久ちゃんをソープに落とした知ってるんだよぉ。死ぬかぁ?」

二階とは違って若衆らの手には長ドスや拳銃が握られ一行に狙いを定めている。

自分が有利な状況であると思い込んでいる植松は、落ち着き払った様子でラーシュに向けて言い放つ。

「美久? ああ、ホストに嵌らせて落としたあのむすめかな…いや、それとも利上げして落としたあのむすめだったかな…。まあ、あまりよく覚えていませんね」

一人の若衆が拳銃を二射したが、龍が弾丸を掴むや撃った相手の顔めがけて放つと男の耳横をかすめ、壁に二つの穴を作った。

恐怖で腰を抜かす男を尻目に雅、リアム、ハルロの三人でその場にいた若衆8名を瞬時に制圧した。

「おい、ハエマツ、ちゃんと答えろやぁ。じゃないと殺しちゃうよぉ」

ラーシュが植松の左手の人差し指を握り、息がかかるんじゃないかと思うほどの距離で呟くと、植松は小さな悲鳴とともに脂汗を流しガタガタと震えだした。

「ラーシュ、怒ってるからその指だけじゃ済まないかもしれないよハエマツ。僕は優しいから回復魔術をかけてあげるけど。再生リカバリー

リアムが植松の恐怖を煽るように言い終えると同時に治療しても、彼からすぐに小さな悲鳴が聞こえた。

「精美女子大の美久という娘はホストに嵌らせて落とした…」

「落としましただろぉ? あ?」

「落としました……」

「治してやったついでに解呪できない隷属魔術かけたからなぁ。さ、ソエジマんとこに行こうかぁ」

「おい、ハエマツ。俺らを裏切ったら即、死ぬぞ? ラーシュがお前にかけた隷属魔術はそういうものだ」

ラーシュは植松の指を治すと同時に仕掛けた隷属魔術は裏切ったり、逃げ出そうとすれば死を意味するような最も厳しいものだ。

「あ、ハエマツ、傘下にしたっつう影狼と土蜘蛛の奴等を今すぐ下から上まで一人残らず呼び出せや。気張って呼ばねえとおめえ、死ぬハメになっからな」

治された指を何度も曲げ伸ばしながら解放され安堵する植松を残し、最上階の添島がいる部屋へと向かう。

龍がノックもせずにドアを開け中へと入り、その後に雅達も続く。

きらびやかなだけで悪趣味な装飾品がそこかしこに置かれているその部屋で、パターに興じる添島と若頭の追郷さごう、本部長のキムのほかに二人の若頭補佐の姿があった。

「相っ変わらず香水くせえし、趣味悪い部屋だな。雅、お前が開けたあの穴、こいつらまだ直してねえぞ」

「睦美、お前は奥の方へ行っていろ…。どなた方かな? 随分と暴れたようで威勢がよろしいですな」

添島たちは、階下で起きていることに動揺を気取られまいとなんとか平静を保っているように見える。

「よっ、サギョウヨワシ。エルロック伯爵とかロノックから金は毟れたかい?」

「なんの事でしょうね。キム本部長、なんの事かわかるか?」

あくまでも平静を装い、丁寧に対応することをやめない男達を龍が煽る。

「本部長とか気取ってんじゃねえぞ、無能の若頭がよ。おい無免許、いくら毟ったんだ?」

「変な言いがかりは止めてもらえませんかね? あなた達が何を言っているのかさっぱりわかりませんよ。なにか証拠でもあるんですかねぇ?」

「見たいなら見せてもいいよぉ。だけどさぁ、僕らを見てもなんにも気づかないなんてお前ら本当に無能だよねぇ。ここに来て暴れた辰巳鮨、覚えているだろぉ? あの穴もその時できたやつだよねぇ」

壁にできた穴を指差すラーシュに言われて、目の前にいる男達が誰なのか三人はようやく理解した。

「な! お、お前らあの店の店主とその連れなのか?!」

「散々、俺の店で暴れてくれたよな? あんときは向こうの法律がおめえらの命を助けてくれたけどよ。こっちじゃそうは行かねえ。なんなら今すぐその首、撥ねてやってもいいぞ?」

「出来もしねえこと言うもんじゃねえよ、堅気崩れが! 本部長もう我慢ならねえ、こいつら、や…」

リアムが、オズとヤジスを雅が殺害したときの映像を壁に投射した。

「まあそうだな。お前ら六道の辻に行け・・・いや地獄道だな。死ね」

投射された雅がオズとヤジスの首を切飛ばしたところで映像は止まった。

「というわけであの二人の首は俺が撥ねた。龍の言っていることは嘘じゃないぞ、添島」

添島の首筋には雅のレーザーブレードが光を放っている。

リアムは榎本の首筋に、ハルロがキムの首筋、ラーシュが佐郷の首筋にブレードを当てておりその皮膚はどれもが焼けただれている。

「何が望みだ…? お前ら、こんなことしてタダで済むと思っているのか?」

「なんで上から目線でいられるのか不思議でならないよ、ムノモト。あと、あの女、相変わらず下品な香水つけてるのな。臭くてたまらないよ」

「全くだな。添島、今日からこのビルは俺たちが使う。周りの敷地もだ」

「まあ、僕たちもそこまで鬼じゃない。可愛そうだから、お前らの寝泊まりする小屋くらいは新しく作ってやるよ」

添島は怒りのあまり噛みつかんばかりの顔をしてこれを拒否した。

「ふざけるなよ。明け渡す理由がねえだろうが! なぜお前らに明け渡さなきゃねえんだよ!」

「あるじゃん、僕らが使うって理由がさぁ。もう面倒だからさぁ殺っちゃおうよぉ、雅」

雅が無表情に添島の首筋に当てたレーザーブレードを押しつけていく。

「ま、待ってくれ! 明け渡す! 明け渡すからやめてくれ!」

「雅、そいつが今言ったことは記録したわよ」

「臭い! なにこの甘ったるい匂い! なんなのこの匂い?!」

ソフィアの報告に被せるように、アテナが甘すぎる匂いと叫び、ソフィアやアテナの背後にいる女性陣たちもその臭さに顔をしかめている。

奥にいた睦美を見やると、羞恥か怒りかわからないが蒼白だった肌を上気させてぷるぷる震えている。

「植松を呼んで、エルロック親子の話を聞かせろ」

「その前に換気よ! いるだけで気分が悪くなるわ!」

いたたまれなくなった睦美が呼んでくると言い出したが、アサヒに監視役を指示し呼びに行かせ、暫くすると植松を連れて戻ってきた。

連れてこられた植松がエルロック親子についてぽつぽつと経緯を話し始める。

事は傘下に入れる前の影狼がロノックから、イリス誘拐の依頼を請けたことに始まっている。

その影狼を、誘拐計画実行前に傘下に組み入れたことでこの依頼を知った。

棚ぼたではあったが、組としては旨味のある話なので、実行すると口約束だけして実行せずロノックから金を巻き上げ続けた。

業を煮やしたロノックからエルロックへと伝播し、伯爵からの圧力がかかり実行するもイリスを移送する前に奪還され、計画を練り直してたところに雅たちが乱入してきて今がある。

尚、商人のミデルを誘拐するとこは指示しておらず、余計なことをしたオズとヤジスたちともにイリスを移送する際、殺害するつもりだったと明かした。

「添島、エルロック親子に対しては今までどおりでいい。暫くの間、親子をはぐらかして金を巻き上げ続けろ」

「え! それじゃ俺達と変わらないじゃないか!」

キムや佐郷、若頭補佐の二人も鳩が豆鉄砲でも食らったかの表情を揃って浮かべているが気にせず話を続けた。

「イリス嬢を攫って辺境伯にいらない心配をかけさせた迷惑料だからねぇ。黙ってやりゃいいんだよぉ、頭吹き飛ばしちゃうぞぉ、ソエジマァ!」

その後ものらりくらりと生返事をするばかり添島らに、飽き飽きした雅はラーシュに隷属魔術を施すよう頼み、ビル内にいた全員を外に出し一斉にそれを施した。

「添島会長さん、お前ら全員に隷属魔術を施した。無理に解呪しようとしても死ぬオマケ付だ。お前らの目の前にいる面々の顔をよく覚えろ。俺たちから逃げ出そうとしたり女性陣を襲おうとしたりもするなよ」

「そうそう、命令にも歯向かっちゃダメだよぉ、噓吐いても簡単に死ぬからねぇ」

添島はじめ流人ながれびとの幹部や子分たちは、疑いの眼差しでラーシュ達一行を見ているが、傘下に収めた者たちであろう現人もとびとの一人が逃げ出そうとした瞬間、体から全身の血を吹き出して倒れた。

倒れている者の首筋を見ると、首周りにあたかも入墨を入れたような太い痣ができており喉も潰れている。

「お、おい!? 死んでやがる…隷属の魔術っていうのは本当なのか…?」

これを見た数人の男達が同じように走り出そうとしたが、同様に血を吹き出して絶命したのを見て若中の一人が呟いた。

「マジかよ…ハッタリなんかじゃねぇぞ…、俺等より悪党じゃねえかよ…」

「あ? なんか言ったか、ボンクラども。テメエらみてえな連中を野放しにしておくわけねえだろうがよ! おい、ハエマツ、てめえ! 全員集めろつったよな? テメエ死ぬか?」

龍から少し離れたところで事態を静観していた植松の目先に、野太刀・備前長船法光の切っ先が向いている。

いつの間にか十二尺四寸五分、377センチの長さのあ大太刀の刃先が自分の目の前にあるのだ。植松はたじろぎ後ずさりしてしまう。

「ハエマツ、影狼と土蜘蛛の奴らはいつ来るんだ? 黙っていないで話せ」

「伝令を走らせたんで…今頃アジトに到着している頃かと…」

「じゃあ、北から来る43人と西から来る39人はなぜ武装してこちらに向かっているんだ?  答えろ」

「それに道を挟んだ南側の2階建の建物の中にアドロフを持っている3人と、その反対側の3階建の建物の屋上にも弓を持っている奴らが5人いるけど…そいつらは何者だろうね?」

向かいの二階建建物は、最近取得したもので内装に詳しい5人の若中わかなかが内観をしていたので二階の窓から狙うよう伝令し、別の若中わかなかの2人を伝令として走らせ、それぞれのグループに武装して敷地に待機し一行が出てきたら襲撃するよう指示したのだと驚愕の表情を浮かべながら植松はそう語った。

レイスから逐一、報告映像が送られてくるので状況把握は完璧だ。

今この時においても、視界に映るレーダーには敵性対象を示すアラートが明滅している。

「敷地での迎撃なら、ゲリラ殺るより容易いが…さすがに周辺に被害を出すわけには行かないよな」

二つの建物にいる男たちはレイスに無力化するよう指示を出し、ミーナやリアム、ラーシュに防護結界を敷地に張り巡らせるよう雅は頼んだ。

ここまでつぶさに状況を見ていたアーガスが、その場にいる者の不安を煽るように言い放つ。

「結界の中なら周囲に被害も出ないですし、周囲の人々に気取られることもありませんな」

「アーガスさん、ここにいる奴らを一旦ビルの中に戻します。俺たちも中で奴らの到着を待つことにしましょう」

雅たちは組の者を全員ビルへと戻し、屋上の5人と向かいの空き家内にいた3人の若中わかなかを回収し、彼らにも隷属魔術を施術した。

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