王都へ
大陸共通歴3512年7月11日/陽曜日
翌朝、辺境伯一家と朝食をともにした後、王都に赴くため面々はアーガスとともに屋敷のエントランスに出る。
イリスは勿論、辺境伯や夫人のジョセッタ、メラニ、壮介やネリィらが心配そうに見送りに屋敷の外まで出てきてくれていた。
「アーガス様…」
「イリス嬢、私は自身のことよりもあなたが心配でたまらない。いっそのこと連れていきたいくらいです。今暫くは外に出ることもお控えください。必ずや、事を無事に済ませましょう」
「辺境伯、お世話になりました。我々も用事が済み次第こちらにまた戻ります。例のお渡ししたものでいつでも連絡可能です。壮介さんや、今後現れるかもしれない
「ああ、任されたよ。しかし、こちらこそ世話になったね。陛下への謁見の取次は、諸君ら次第になるがいつでも動けるようにしておくよ。俺達からも…になるがアーガス君に何かあればイリスが悲しむ。彼のことを、くれぐれもよろしく頼むよ」
的確に指示を受けてもらうためアーガスには超小型の骨伝導インカムを装用してもらっている。そのアーガスは既に見た目アメリカンバイクのようにゆったり跨がるストレッチライディングポジションをとる感じで魔導二輪に跨っている。
「アーガスさん、その二輪車かっこいいね!」
「リアムさんのやつ、パーリーデビットソンというのでしたっけ? 見た目も音も骨太で素敵ですよ! リュウさんの乗るヤイバというのは、音が鋭いですし、その前傾姿勢は戦闘用の魔導二輪のようでかなり攻撃的な印象を受けますよ!」
「そうすか! 俺はリアムと違って速えのが好きなんすよ!」
リアムが跨るのは、無骨なボバースタイルのソフトテイルカスタムを水素エンジンにスワップし、フレームから細部に至るまでハイパーカーボン製にしたものだ。
龍はススキの第一世代のヤイバに跨っている。
このヤイバ70thアニバーサリーモデルは、オーリンスのブラックサスペンションやヨジムラのサイクロンマフラーを忠実に再現しているが、リアムのソフトテイル同様の変更で中身は全くの別物である。
水素エンジンはオリジナルが111馬力だったものを200馬力仕様で抑えている。そこまでのことを二人はラーシュにやらせていたのだった。
「たく。それやるのかなり面倒だったんだからねぇ。二人共大事にしてやってくれよぉ」
ラーシュは三人の側に近寄り愚痴を零しつつもその顔はどこか自慢げだった。
一方、二輪以外の車両はエアストライカーとエアラヴの一輌ずつだ。
走行時の騒音は完全遮音魔術を、巻き上げた埃は常時集塵魔術を使用することで対処した。
「さて、出発するぞ」
「イリス嬢、リーゼル様! それでは行ってまいります!」
アンヴァルド領内では何ら問題なく車を進めることができた。
道中、魔導二輪の話になり上級騎士職を勤めるようになると移動手段として下賜されるとアーガスは説明した。
龍がもっと速度が出せないものかと愚痴を溢すと、アーガスも同じことを常々感じているようで、搭乗している魔導二輪は最高速度は時速100キロで走行可能だが街道では50キロに制限されていて、とても退屈だとアーガスもつまらなさそうに愚痴を溢した。
レイムガードの街から15キロ程手前の街道沿いに一団は停車した。
ここから前後二台は認識阻害とホログラフによる完全遮蔽をしての走行になる。
「悪いけどアーガスさん、ここからは絶対に速度維持だよ、じゃないと事故になるからね。でも、普通に走ってたらなんにも問題ないし安心してよ」
「…あいわかりました」
アーガスはかなり緊張しているのか顔が強張り、汗が浮いている。
「アーガスさん、一度深呼吸だ。落ち着きなって。そうだ、これでもやるかい?」
龍はアーガスに深呼吸を促しつつ、自分が吸いたいのだろうエイトスターを一本アーガスに差し出した。
「煙草ですか? 私は吸わないの結構ですよ」
「そうかい? じゃあ、俺は遠慮なく」
そういって龍はエイトスターにいつから使っているのかわからない程草臥れたヂッポーで火をつけた。
「お前、またそのライター使ってるのかよ。四周りして随分と草臥れたもんだな」
雅がふいに現れてマルポロメンソールに火をつけた。
まるで緊張などしなくていいというように、呆けて紫煙を吐き出す二人を見ていたアーガスが笑いだした。
「クッ、ハハハ、あなたがたを見ていると緊張していた事がおかしくなってきましたよ。さあ、参りましょう」
「閣下、無線は既に周波数を特定。ジャミング済みです。先行させているレイスからの映像データで斥候役の3人をこちらでも確認済みです。この際、奴らを無力化させますか?」
「俺も確認した。いいよ、やってくれ」
車列は再び動き出す。
三人の潜む岩陰に差し掛かる1キロ手前で、レイスから三人を無力化、拘束済みとの報告が入り、その拘束現場で一団は車両を停止させ確認する。
手錠と足枷をした三人はいずれも
「閣下、前方500メートルの両脇に男2名。ワイヤートラップが仕掛けられています。レイスに無力化したうえで拘束、ワイヤーの撤去作業を指示しました」
同時に前方に二筋の閃光が走る。
未だ前方からも後続の魔導車がくる気配もない。
「ありがとう、レイスとリッヂは左右の建物を包囲済みだよな。ドローンに任せておけばことは済む、遮蔽はそのまま維持で俺達は待機だ」
車両をそれぞれ西側の建物の前に停車させると、アーガスの姿を確認した男たちが両脇の建物からそれぞれ武器を手にして出てきた。リーダー格と見られるメイスを手にした大男がアーガスに毒づいた。
「なんでお前がここまで無事に来てやがる! 無線とやらは通じねえし、クソが!」
拳銃を撃とうと構えた者達を、レイスが一方的に処理する。
近接武器を持ち近づいてくる他の男たちにラーシュは拡声器で声をかけた。
「いらっしゃいませぇ、ご注文は死ですかぁ?」
「どこから声がしてやがる?! クソ!」
遮蔽を施した車輌の中にいるラーシュの姿は見えていないが、男たち全員は不気味に思い辺りを見回しているとリーダー格が戸惑っている男たちに命令した。
「お前らに恨みはねえがこれも仕事だ…相手は三人しかいねえ! やっちまえ!」
その言葉に気を取り直した男たちが武器を構え走り出そうとしたため、アーガスは魔導二輪からロングソードを引き抜き臨戦態勢をとるが、横にいるリアムと龍は腕を組んで眺めているだけだ。
アーガスが二人に気を取られそうになった瞬間、いくつもの閃光が走った。
大型ドローンのリッヂ三機が襲いかかろうとした男たちを瞬時に気絶させたのだ。
アーガスは後方に目をやるといつの間にか車外に出たローラが片膝をつき見慣れない物を構えている姿が目に飛び込んできた。
彼女の視線は遥か前方を見据えている。
アーガスが振り返ると弓を手にしたまま倒れ伏す一人の男の姿があった。
ローラが、FMハスタル社FM―SCAR―HBブラスタライフルのスタンモードで狙撃し気絶させたのだ。
ミユキはローラと逆の方向に銃口を向けている。
彼女の視線の先にはやはり弓を持った二人の男が倒れていた。
「あれだけ人数がいたのに攻撃すらせずに倒れるとは…あの杖のようなものは…なんだあれは…?! それに…なんで…奴らが浮いて一か所に集まっているんだ?」
三十名弱の男たちがいたにも関わらず、あっけなく勝敗が決まってしまいアーガスが呆然としているところに気を失った男達が浮遊して一か所に集められて転がっている。
「ね、なんにも問題なかったでしょ?」
「リアムさん! あの杖のようなものはなんですか?! それになんであの者たちは浮いて集まっているんですか?!」
「アーガスさん、気にしたら負けだぜ?」
更に左右の建物の裏手に配置させていたリッヂ二機が逃げ出そうとした左側二人、右側三人の男たちを、それぞれ気絶させ運んできた。
アーガスは何が起きているのかわからないといった表情のまま立ち尽くしている。
リッヂが乱暴に5人を地面に落として。ラーシュは黙ってトレーラーコンテナをサブスペースから出すと斥候3名とトラップの両脇にいた2名をその中へと転移させる。
「面倒だし、全員まとめて転移させちゃうよぉ」
ラーシュが気絶し転がっている男たち全員をコンテナに転移させ外側から施錠、遮蔽を施し33名全員の拘束が完了した。
左右の建物内を物色して武器を押収したが寧ろ、そちらに要した時間のほうが長いくらいで、すべてを終えたのは昼前だった。
「もう昼前かよ…。空き家もあるしよ、飯にしねえ?」
「そうだな。王都につく頃には昼飯時の営業が終わってるはずだからな」
こちらの飲食店は客足が期待できない時間帯は店を締めてしまうというかなりシビアな営業をしている。
「ちゃんとしたものばかり食べてきたしなぁ。カップ麺とかどうかなぁ?」
「レーションよりいいかもね。お湯沸かすだけだし、食後にお茶も飲めるしさ」
アーガスとエリーゼに古竜姉妹、それにミーナたち異界出身者向けにはフォークで食べられるように、いつの間にか冷凍食品のみの販売になってしまったカップのパスタ王を用意した。
一分で出来上がると言うと、そんなことは不可能だと返ってきたが一分後に湯切りしてペペロンチーノを差し出された。
最初に恐る恐る口に入れたのはアーガスだ。
「本当にそのものだ…。
全員が信じられないといった顔つきで食べると、これは美味しいと皆、同じ感想を漏らす。
一方の雅たちはというとその選択は千差万別だ。
「粉末ソースの時のほうがもっと好きだったけどぉ、やっばりベヤングだよねぇ」
「俺はどん次郎の天ぷらそばだな。そばがちゃんと蕎麦っぽいんだよ。汁はカクちゃんのほうが好きだけどな」
「僕はパックヌードルのカレーにしようかな。スープにご飯突っ込んでかきこむのがいいんだよ。白ご飯も一杯出そ」
「今日はカクちゃんのでっかまるもやし味噌ラーメンの気分だな。もやしがよマジで美味えんだよ」
ソフィア、アテナ、ミユキのAI三人が上官と同じものを選択する中、アサヒだけは違った。
「私はこれよ〜。じゃ〜ん! チキンヌードルどんぶり〜! 素朴な感じととろふわたまごがいいのよね〜」
食後にはローラが紅茶を淹れ、ハルロがドリップコーヒーを用意する。
暫くの間、楽しみ王都に向け再出発し、スカークレストの街を経由して約30キロ程の距離を行く。
王都までの混雑具合を考慮しても4、50分というところだが、予想よりも混雑しておりウィンモーンスの南門に到着。入門手続きを終えたのは2時間後だった。
「なあ、門番さん王都で一番評判のいい宿ってわかる?」
「それならソエジマビルの北側三件隣にある湖畔荘っていう宿だね。部屋も広くて綺麗だし料理も美味いって聞くよ。それにしてもゴツい魔導車だね。でも、今言った湖畔荘ならこのぐらいの魔導車も置けるはずだよ」
「なら、そこにしようよぉ。門番さん、ありがとねぇ」
一団は門番が勧めてくれた湖畔荘へ向かった。
問題なく王都に着いたので安心したのかアーガスは表情が幾分柔らかくなっている。
「あれがソエジマビルです…昨年突如として現れたんですよ」
少し焦げ付いた見慣れた道路標識が脇に立っているのも、焦げ付いている原因がラーシュの仕業だということも4人は覚えている。
「それって前に建ってた建物は大丈夫だったの?」
「あの標識までこっちに来たのかよ!」
「あの建物が現れるまでは幸いなことに更地だったんですよ。それ以外の更地部分には建物がありましたけどね」
ソエジマビルは間口30メートル、奥行約15メートルで136坪のはずなのだが交差点の角にぽつんとすっぽり収まっており、間口が西隣の交差点まで広がり、奥行もまだ余裕が見られる更地だった。
尚、北側に道路はなく屋敷や家の壁だけが見えた。
「それにしても、すげえ広いな…。奴ら、あくどい手を使ったんだろうぜ…」
「ええ、あそこの者たちが買い取ったらしいんです。土地の元所有者が不審な死を遂げるものばかりだったので、私達も調べはしたんですが…証拠が掴めなくて…」
元々の所有者を力で黙らせ、その後傘下の者たちを使って殺したのだろう。
捕えたくても捕らえられずにいたアーガスが苦虫を噛んだような表情をしている。
「さあ、宿をとって早速乗り込もうぜ。アーガスさん、あんた、今夜はどうすんだ?」
寄宿舎に戻ろうと思っていると言ったアーガスに、安全を確保するまでは同行するように言い、一行は宿へ向かう
エントランスに到着し、一行が車両から降りると品のいい端正な顔立ちをしているドアマンが対応してくれた。
「いらっしゃいませ。お泊りのお客様ですか? 魔導車をお預かりしましょうか?」
「ああ、気遣いいらねえよ」
龍がドアマンに返答しながら、リアムと共に車両をサブスペースに収納するとドアマンは唖然として固まった。
「そのつもりだけど今夜からの予約を入れたいんだよ、大丈夫かい?」
「え? ええ、承知いたしました。どうぞ中へお入りください」
気持ちのいい笑顔で中へと促されるまま、一行はフロントへと向かった。
「いらっしゃいませ。え? アーガス様じゃないですか。お久しぶりでございます」
「トムア、久しぶりだね、元気にしていたかい? ああ、この方たちがお泊りなんだ。私には寄宿舎があるからね。また時間ができたら一緒に食事でもしよう」
「かしこまりました。それで部屋数はいくつご用意致しますか?」
トムアという若いフロントは、アーガスの元従騎士であり急死したこのホテルのオーナーの長男でホテルを継ぐため、騎士団を退職し支配人となるべく修行中だがたまに食事をする間柄だと紹介を受けた。
宿の予約も問題なく四部屋、三泊分取れたうえに一番人数の多いリアム組5人には8人が入れる部屋を用意してくれ、更には団体だからと他の組と同額料金というサービスぶりだ。
朝食はバイキング形式で朝6時から開き、夜は別料金となることを伝えられ部屋にそれぞれ案内された。
「お部屋も広くて設えも調度品も素敵ですね、龍。あ、ユキ! すぐに横になったらメッですよ!」
ミユキはベッドに飛び込もうとしたユキを叱った。
ユキは楽しみを奪われたのかお冠の表情を浮かべている。
「ユキ、一休みすんのはまだ後だ。すぐに出かけんぞ。アーガスさんがロビーで待ってんだからな」
ロビーに到着すると珍しく全員揃っていた。
「龍が一番遅いとは思わなかったよ。じゃ、ソエジマんちに遊びに行こう!」
勝手知ったるビルだ。裏の通用口の配置もわかっている。
一行は宿から出て南下した。
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