居残り組の午前中
一方、砦に残った女性陣はラーシュとともに中庭を借り、魔術習得の精力的に特訓をしていた。
「え〜とね、お腹でぐり〜んと魔力を練って火の玉燃えろ〜、バーンってイメージするの。そうすると火の玉が出るんだよ〜」
アサヒがAIらしからぬ頭の弱い子のようなアドバイスをソフィアたち他のAIにしている。
「アサヒは抽象的すぎて何を言っているかわからないわね。アテナ姉、お腹で魔素を意識して…。そうその調子よ。それを腹式呼吸みたくお腹に空気を貯めるような感じで魔素を集めてみてちょうだい」
「アテナ様、魔力が増えていってます。いい感じですよ!」
「やったわユキ! 火球も使えるようになりましたよ! ありがとう、ユキ! これで絶対メロメロよ!」
ユキに教えられていたミユキが念願だった下級魔術を使えるようになったのだ。
普段は控えめなミユキが大喜びでユキに抱きついてるいる。
「ミユキ、よくやったぞ! 我…私も嬉しいわ!」
「アテナ姉、集中切らしたらだめよ! いい感じだったのに萎んじゃったわよ?」
「ミユキにも先を越されちゃったわ! もう一回!エリー、見ててよ!」
ソエジマビル、オウレシェリア侯爵、エルロック伯爵、その息子ロノックのリアルタイム映像を真剣な表情を浮かべて注視していたラーシュは、女性陣が騒いでいる様子を楽しそうに眺める。
再度、モニタに視線を移すとロノックに動きがあった。
これは彼にとっては嬉しい発見だった。
マークしている四人ともがソエジマ絡みであることは確信していたが、やはり繋がっていたのだ。
ロノックと話をしている男の名は佐郷さごう・毅たけし、ラーシュ達がサギョウヨワシと呼んでバカにしていた若頭理事長だ。
組が傘下に置いた
「さあ、どんな会話が聞けるんだろうねぇ。頼むよぉヨワシぃ」
「おい、どういうつもりだ? 私が頼んだ者をいくら待てど連れて来ぬではないか?! 貴様らの手の者どもは、捕まえることすら出来ぬ無能共だったとでもいうのか!」
「人聞きの悪いことを言わないでくださいよ、ロノック様。我々は与えなくてもいいチャカまで奴らに与えて、頼まれた仕事はきっちりやりましたからね? あっさり奪われて死んだヤツらの事など、もうどうでもいいですよ。それよりも奪われたチャカの損害がいくらだと思っているんです? もう一度やれと仰るなら先に持ってくるものがあるでしょう?」
「貴様ら、最後までやり通さず催促するか。見下げ果てた輩どもよ。まあいい。私の上のやつはどうなっている?」
「貴方の上のほうはこちらへ戻ってくる道中で、という話でしたよね? 急ぎでやれということならそれはまた別のものが必要になりますがね。それでどうしますか?」
「父も執事のカネルを通じてキムとやらに追い金を渡しているんだよな? それでもまだ足りぬと申すか?! 貴様らは私の依頼を達成すればよいのだ。できないと申すのであれば騎士団を使って捕縛に向かうぞ」
「わからねえか、あん? テメエの親父が用意した金じゃ足りねえって言ってんだよ。ウチを捕縛だと? たかが騎士団の一員というだけの分際でよくそこまで言えたもんだな、あ? テメエ、ウチの組舐めてんのか? ビタ一文まけねえからな、同じ額の金を耳揃えて持ってこいよ!」
狼人族の男は暗器術に長けているのだろう、ロノックの首筋に短剣を当てていた。
「わかった…金は用意する…再びあの女を攫って私の元へ寄越せ。そして奴を確実に殺れ」
「最初からそうしていればいいんですよ。なに…金を確認したら、すぐにでも仕事をしますよ」
キムと呼ばれた男はキム・ウンチャン、ラーシュ達は無免許ウンチャンと呼んでいた任侠映画好きが高じて組に入った在日韓国人だ。
組の中ではの話だがその腕っぷしの強さとなかなかに知恵の回る男で本部長を務めるまでになった。
「おお、伯爵様のとこには無免許ウンチャンかよぉ。こいつがエルロックに絡んでるってことは金を毟り取ってるってことだねぇ。伯爵家、奥さんは死別してるみたいから、まあせいぜい毟り取って伯爵家を潰してくれちゃってもいいよぉ。あ、レイス君、カネルやそこにいる狼人族の奴にもミレイ打ち込んでおいてねぇ」
ラーシュはレイスに指示を出すとモニタを消し魔術指南を始めた。
彼の的確な指導で4人のAIはこの日の午後、威力や効果は低いものの低級魔術である火壁と火球、風刃、水壁と水球、土壁と土槍をも扱うことができるまでになる。
特にアサヒとミユキは飲み込みが早く回復魔術の基礎である平癒をも覚えた。
練習を見守ることになったラーシュは暇を覚え雅達三人の会話に耳を傾けると、ハルロが海上専用戦艦の偽装について二人に提案しているところだった。
これにラーシュが食いついたのは前述のとおりだ。
素体となる大和は海中に沈んでいるためさすがに転生前に
艦の全長を293メートルまで延長、全幅42メートルに拡幅調整し
浪漫は必要と16インチ主砲を広島県呉市の大和ミュージアムに訪れた際、
第三砲塔は15.5センチ三連装レールガン仕様とし、後部甲板はEMDSTOVLや対潜ドローンのシーゴーストなどが離着陸可能な飛行甲板とし、その他の兵装は以下の追加改修を施して完成させた。
SLCPM4連装6基
ESSPM4連装4基
長距離対空誘導弾専用としたSAPM4基244セル
127㎜ブラスタ連装速射砲4基
オートメラーラ76㎜速射砲4基
30㎜バルカンCIWS2基
30㎜ブラスタCIWS2基
SeeRAPM21連装5基
以上が搭載兵器となり、推進機関は電磁推進と水素ガスタービンのハイブリッドエンジン4噴射口と豪華装備だ。
仕上げとして、バリスタへの偽装は特にせず、ふざけて小さな弓を持たせた天使を船首に取り付けた。
「65ノットは余裕で出せるようにしたし完成でいいかなぁ。あ、船首両舷に光子魚雷の水中発射管水上発射管と水上発射管を付けられなかった…。ううん…どっかの宇宙戦艦みたいにはうまくいかないかぁ。ま、暫くはサブスペースの肥やしだねぇ」
ラーシュが一隻を完成させ
「コームの遺伝子操作の結果は良好だったよ。それから実施していないコームも鶏らしくなってきているようだ」
「それによ、成分検知では通常滅菌でサルモネラ菌の危険性は皆無だぜ。これで
ハルロ達異界組は生食が苦手なので騒がなかったが、ラーシュやAI達の地球組は興奮してちょっとした騒ぎになった。
なぜかは不明だが、一緒になってユキやシラユキも騒いでいる。
「善は急げさぁ、早いとこ壮介さんに卵持っていこうよぉ。壮介さんだけじゃなくて、リアムも絶対に喜ぶと思うよぉ」
そこにタイミングよくメラニが来て面々は食堂へと案内してもらう。
「ついでによメラニちゃん、ちょっと厨房へ案内してくれねえか? 壮介さんに渡してえモンがあるんだけどよ」
「リュウさま、私もお願いしたいことがありまして…。その…よろしいですか?」
食堂から厨房へと向かう途中でメラニから聞いた願いの内容はハルロとのツーショットの肖像画がほしいとのことだった。
「なんだそんなことかよ。俺からリアムとハルロに言っておくからよ。安心しておめかししときな」
メラニはよほど嬉しかったのだろ満面の笑みを浮かべて深くお辞儀をした。
案内された厨房で魔の森から持ってきた
「草竜の卵じゃない…これ、鶏卵ですよね? しかもこんなに!」
渡した卵がコームの産んだ無精卵でありサルモネラ菌の心配もないと伝えると日本を思い出したのか少し涙ぐんでいた。
「この一個だけは滅菌処理も完璧だ。悪いこた言わねえ、あんたが必ず飯にかけて食いなよ。他のヤツは、成分検知じゃ問題なかったけどよ、まだ安心はできねえから必ず火を入れてくれ。ま、そうだな…、二ヶ月もすりゃ普通に出回るんじゃねえかな。期待してて待っててくんな」
「マジですか!? これはマジで嬉しいですよ。故郷の調味料だけじゃなくて慣れ親しんだ食材が増えていくなんて思ってもいな…かった…です…よ」
転移して世帯を持ち幸せな生活を送ってきたうえ、8年目にして同郷の人間に会うことができ、しかも慣れ親しんだ味に触れることができた。
壮介は万感の思いで胸がいっぱいなのだろう目に涙を溜めて伝えたい言葉が口から出てこない、そんなふうに龍には思えた。
「壮介さん、すげえよ、あんた。7年も同郷モンに会わずに、この世界でやってきたんだ。俺はこうして粋がっちゃいるけどよ、もし俺一人で飛ばされてきてたらどうなのかわからねえ…マジで尊敬するよ、壮介さん」
「厨房から戻ってこないから様子を見に来たんだけどな。壮介さん、こいつが何か粗相でもしたんですか? 全く口が悪くて仕方ないんですよこいつ」
壮介は様子を見に来た雅に経緯を説明し誤解を解いた。
ついでだからと雅がサブスペースから取り出したのはコームの肉だった。
「これなら…、調味料も揃っていますし、親子丼ができますね!」
「それなら俺は茶碗蒸し作るからよ。雅、お前デザートやれよ」
「じゃあ僕はぁ、雅の手伝いするよぉ」
「それじゃ僕は、菊花玉子にするよ」
ラーシュや絵を描いていたリアムもいつの間にか厨房にきていた。
「これから一人じゃないんだよぉ。もう5人だしねぇ。僕らは
「だからさ壮介さん、貴方にも力になってもらいたいんですよ」
壮介、リアム、龍の三人は料理の都合上大量に出汁を引くため寸胴に
「壮介さん、この削り器なんだけど加茂の桐たんす職人に作ってもらったやつだから香りもいいしね。昨日渡したやつじゃなくて、こっち使いなよ。全員持ってるんだよこれ。あとこれ親子鍋ね」
リアムは揃いの鰹節削り器と大量の親子鍋を壮介に渡すと菊花玉子を作り始める。
片栗粉、水、塩、サラダ油を入れた溶き卵で薄焼き卵を焼き始め、フライパンから取り出し半分に切りその半分を二つ折りにして等間隔に切れ目を入れていく。
丁寧に左から丸めていき根本を三つ葉で縛り椀に盛る。
次に一番出汁を塩・酒・醤油で味を整えると、椀に出汁を注いで菊花玉子の清汁を完成させて一旦サブスペースへと収めた。
龍は引き終えた出汁に酒、みりん、薄口醤油、塩を混ぜて、合わせ出汁を作ると強制的に粗熱を取り、さらに溶き卵を混ぜ合わせ漉していく。
用意した椎茸、銀杏の水煮、蒲鉾、コーム肉を器に入れる。
その器に漉した卵液を静かに注ぎ入れ表面の泡は炎を使って取り除いていく。
湯気の上がった蒸し器に入れ2分間強火で蒸して表面が白んでいるのを確認すると火加減を弱火にした。
10分少々で蒸し器の蓋を開け確認し最後に刻み三つ葉を散らして完成させてこちらもサブスペースへと収納した。
雅とラーシュは相談の結果、フラン・パティシエールを作ることに決めた。
雅が牛乳・生クリーム・バニラを入れた鍋を火にかけていく一方で、ラーシュは卵黄・コーンスターチ・グラニュー糖を混ぜ合わせている。
混ぜ合わせていた卵黄の方に、火にかけて温まった材料を3回に分けて混ぜ合わせていき再び火にかける。
しっかりと混ぜ終えてとろみがついたことを確認すると、火から下ろしラーシュが強制的に冷え固めた。
固まったのを確認して180℃に予熱した携行マルチオーブンで35分焼いて出来上がりなのだが、少し粗熱を取って食堂で出そうということにした。
壮介がコーム肉を繊維に沿って縦に切りさらに繊維を断ち切るように一口大にしていく。
リアムから渡された親子鍋に出汁、醤油、みりん、鶏肉をほぐしながら入れて、馴染ませると親子鍋を火にかけ強火で煮立てていく。
煮立ったところで中火にし約4分程度煮続け溶き卵を入れる準備をした。
鍋の中心から『の』の字を書くように1/3の溶き卵をいれ卵が固まらないように壮介の手作りであろう菜箸で内側に卵をさっとなじませていく。
少し卵が固まって来たら、残った溶き卵の半分を先ほどと同じように入れて最後に残りを入れて火を止めた。
丼の飯は鮮やかな黒の漆器に盛られており、汁椀は対象的なきらびやかな朱をはなっていた。
「ここまでやったんだから器にもこだわっちゃうよね。わざわざオーダーした浄法寺塗の大椀と汁椀。俺のお薦めだよ」
「それなら、ケーキはウォッジウッドにしようかぁ」
食材だけならともかく食器にまでこだわる異様ぶりにソウスケは食堂に向う前に質問した。
「食器にまでこだわるし手際も料理人並みですけど、やっぱり皆さん、料理人の経験あるんですか?」
「俺は四川料理店と上海料理店とラーメン屋、パティシエ、後は明石焼きと大阪お好み焼屋やりましたね。ラーシュはフランス料理のオーナーシェフ、うどん屋、蕎麦屋で三ツ星全部取ったよな?」
「そうだねぇ。雅だって全部三ツ星だったじゃんよぉ。でもさぁ三大そばを制覇したのは大きいかなぁ。龍は三ツ星イタリアンと銀座で鮨屋やって三ツ星とってたよねぇ。あだぁ、また思い出しちゃったよぉソエジマの野郎…」
「そうだな。どっちも経験して良かったと思うわ。特に鮨は目利きと腕がもろに出るし楽しい仕事だったな。そういやリアムはカクテル作るのは趣味で留めていたよな。なんでだ?」
「なんでだ言われてもね。なんでだろ、バーテンダーよりやりたい事あったからって感じかな。さ、もう行かないと皆お腹空かせてるよ」
一度きりの人生でそんなに経験できるわけがないと目を丸くした壮介に、一同は何度も転生を繰り返した身なのだと正直に説明するも半信半疑のままだった。
「やらなきゃならない事がひと段落したら、壮介さんに俺らの持っている技術を全員で教えますから。それでわかると思いますよ」
そう言って半ば強引に壮介を納得させつつ、5人は食堂へと向かった。
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