現場視察



大陸共通歴3512年7月10日/土曜日


翌朝、朝食のため食堂へ向かうとそこにはリーゼルとアーガスが二日酔いだろう。

げんなりとした表情を浮かべ座っていた。

「おはよう…諸君。昨夜は…済まなかったね。記憶がないほど呑んでしまうとは…面目ない…」

「おはようございます。実は私も覚えてないのです…ご迷惑をおかけしました」

二日酔いの彼らとは違い、雅たちはアセトアルデヒドまで分解してしまっていつもと変わらない表情だ。

「あれだけ飲んでおいて全く酔を残さないとは…羨ましい…限りだよ…あつつ」

二人を不憫に思い、龍が侍女にお湯をポットで欲しいと頼むとすぐにポットを持ってきた。

龍はポットを受け取ると急須に注ぎ、少し熱めで濃く淹れた玉露茶を二人に差し出した。

「こいつをゆっくり飲んでください。これが二日酔いには効くんすよ」

 カフェインやビタミンCにはこの有害物質アセトアルデヒドの分解能力を高める働きがあるうえ、カフェインの高い利尿作用を利用したアセトアルデヒドの体外排出の促進効果が期待できると、体内のアルコール濃度を下げるのに効果的だ。

 さらに壮介の用意した朝食も二人の二日酔いを考慮した優しい気遣いがなされたものだった。

 一行が渡した食材を早速使ったであろう鰹だしの粥、ぶなしめじに似たきのことギャレスの味噌汁と草竜の卵を使った出汁巻き卵だった。

勿論、二日酔いでない者向けであろう白米も炊かれて用意されている。

「今朝の朝食も諸君らの故郷のものだね」

「ええ、壮介さんや俺たちの国の朝食です。見た限り、どれも二日酔いの身体にはいいものですよ」

「壮介さんの気遣いがすげえな。いい腕してるわ」

ぶなしめじにはしじみ同様、肝機能を整えるオルニチンが含まれている。

キャベツに近いギャレスには胃腸の働きを助ける栄養素が含まれていることだろう。出汁巻き卵はタンパク質を補うためだが半熟にはできなかったようであり苦肉の策といったところか。

また、付け合せのデザートにはヤグーとバナナのようなフルーツが添えられていた。カリウムを大量に含んでいるため余計な塩分を体外に排出してむくみを取るのに役に立つからだ。

「それほどですか。でもいい腕とは?」

「料理人は技術ばかり先走った独りよがりじゃいけねえと思うんすよ。食ってくれて喜んでくれる人がいるからこそ料理人ってもんがいるって思ってるんすよね。この食事は食う人のことを大事に思って作られている。だからいい腕だと思ったんすよ」

「料理は愛情とソウスケさんが良く言っているけど相手のことを思って作るからそういう言葉ができるのね」

ジョゼッタが朝食を作った壮介のことを改めて感心しているように呟いた。

「だからこそのなんだな…なのね、龍」

「そういうこったな、ユキ。お前もわかってきたじゃねえか」

朝から褒められて相当嬉しかったのか肌を上気させて喜んでいる。

「それじゃあ、リアム君。この後、よろしく頼むよ」

「ああ、私とアーガス様との肖像画…本当に楽しみですね、アーガス様」

「私もとても楽しみですよ。宝物になりそうだ」

リーゼルからリアム以外の者はどうするのかと聞かれ、今日一日は全員、昨日決めた行動をする予定だと伝えた。

午前中、リアムは辺境伯家の描画で手一杯、ラーシュと女性陣は屋敷で魔術練習だ。

残った雅と龍そしてハルロの三人は午前中は少し出かけるとだけ伝え、つつがなく朝食の時間を終えた。

そして、三人は壮介にいい土産を持ち帰ると伝えてポータルを使い魔の森へと向かった。

「グランダッドリー大尉、グランマルニエル大尉ご苦労さま」

常駐しているAIの二人が敬礼で出迎えてくれたので三人も返礼する。

「中将閣下、葵大佐、ハルロさん、おはようございます」

「早速だが掘削現場を見たい。案内してくれ」

予定では水深が200メートルで幅が2キロメートル、予定している水面から高さ1キロメートルあるトンネル内をグランマルニエルが操作するエアラブに三人は乗り込み奥へと進んだ。直線距離にしておよそ90㎞は進む。これでも3割の進捗だ。

「これならまや級だけじゃなく大和も武蔵も余裕だな」

「それどころかジェラルド・R・フォード級だって余裕ですれ違えんじゃねえかよ」

「お二人ともいったいなんのお話をされているのですか?」

ハルロには話の内容が全くわからないため質問を二人にした。

「ああ、悪いなハルロ。海上戦艦の名前だと思ってくれ。そのことについてこれからの事も説明するよ」

魔の森は当然だがアンヴァルド領も内陸部だ。

外洋へ出るためにはラカカシル湖畔から出港しブリッジ共和国西部を流れる大河ミッドマイン川を南下するコース若しくは現在掘削しているウォーグレイ川の海岸瀑までのトンネル利用での航海が無難である。

それでも掘削開始地点から海岸瀑までは直線距離にしておよそ300キロメートルの距離があるが最も現実的な選択肢だ。

最も6隻ある航宙戦艦の大気圏内運用が最も手っ取り早い方法であるが、あまりにもオーバースペック且つ未だ人目に触れさせずに済ませることが必至であり、海上からの入国でも脅威と思われないよう海上運用艦が必要というわけだ。

「なるほど海上運用艦が戦艦だということは海賊、魔物対策も考えているというわけですな」

「そういうことだな」

「なるほど…ならばこういうのはいかがでしょうか?」

結論から言えばハルロからの提案は実に有用だった。

最新鋭の魔導船ということにして色はミスリル鋼の銀色、魔導船なのでマストも不要で速度も出し放題。

バルカンファランクスやブラスタファランクスなどのCIWSは可能であればバリスタ風にVLAは貨物室の扉に偽装、水中戦用兵装の航宙艦からの光子及び量子魚雷の流用追加などがハルロから出された提案だった。

「ハルロ、お前すげえな! 今すぐラーシュに伝えて作らせてえよ!」

ここで三人の様子をモニタリングしていたラーシュからオンライン通信ではなく念話が飛んできた。

『だったらさぁ、大和型をレプリケーション、イージス改修してさぁ。46センチ主砲はそのままで副砲は15.5センチブラスタに置き換えてぇ。後はそうだなぁ後部甲板はF/A222BみたいなEMD・STOVLの飛行甲板にした伊勢型みたいやつなら作ってもいいよぉ。名称はぁ1番艦は雅の金剛改、2番艦は龍の伊勢改、3番艦がリアムのゼウス改、4番艦が僕のオーディン改かなぁ。おお、かっこいいかもぉ!』

『おいラーシュ、悪ノリしすぎだ! 4隻もいらないだろうが!』

『ごめん、もうサブスペースではじめちゃったよぉ、アハハハぁ。あ、ESSPMとVLSmk441にはSLCPMを搭載しちゃおう!ESSQM、SLCQMは威力あり過ぎだから諦めようか…ヤベェ、超楽しくなってきたぁ! ハルロありがとねぇ!』

ちなみにEMD・STOVLはElectro・Magnetic・Drive・Short・Take・Off・and・Vertical・Landing、つまり電磁推進短距離垂直離着陸機の略でありESSPM、ESSQMはPがエクストラ・シー・スパロー・光子性フォトンミサイル、Qは量子性クアンタムミサイルである。SLCPMとSLCQMは海上・海中発射巡航光子性若しくは量子性ミサイルで21世紀で言うところのハープーンやトマホークと思えば良いが、ロケットエンジンではなくEMドライブで飛行しその巡航速度は段違いだ。

「なんかすまんな、ハルロ…」

「いえ、まさかラーシュ様が聞いていらっしゃるとは思わず…」

「ハルロは悪かねえよ。でもよ大和級って確か250mは余裕であんぞ。この世界の船そんなでかくねえだろ?」

ラーシュは一度進み始めてしまうと完遂するまで止まることはないので、いくら止めようとしても無駄だと諦めた。

気を取り直して三人とAI二人は暫く相談の後、作業を中断することに決めた。

第一理由として認識阻害魔術及び結界魔術の未実施。

こちらは西方へと向かうついでの作業となるがリアム一行に一任する予定だ。

第二の理由として海岸瀑の対水棲魔物用警備防衛システムが未構築のままであるからだ。

周辺調査の報告では海岸瀑の東西40㎞圏内にそれぞれ定期船が発着している港湾都市があり出口近海が航路になっていることから不用意に人や魔物が侵入することは十分に考えられることだった。

特に第二の理由についてグランダッドリーとグランマルニエルは問題視していた。

対人戦については連邦の通例通りの兵装配置で問題ないと予想される。

だが対水棲魔物戦となると実戦経験に基づく敵生体の種類、規模やその攻撃手段、それに対抗しうる有効兵装のデータの蓄積がなく、現段階では闇雲に兵装を配置しても機能不全に陥る可能性が高いと語った。

そのため、コバンザメのような形をした水中専用のドローン、を派遣しており、生態調査及び実戦データを収集中だという。

十分なデータ蓄積をしてから、それに基づく警備防衛システムを構築し開通させることで話を打ち切りその場を後にした。

5人が掘削現場最奥部から戻る途中に龍が思いついたように話しだした。

「坑道で思い出したんだけどよ。平均温度が摂氏20℃程度を保てる坑道貯蔵庫、8℃から10℃程度のこっちはかなり広めな坑道貯蔵庫を増設してえんだよ。めぼしい場所は二人とも特定できるか?」

「貯蔵物を聞いてもよろしいですか?」

「20℃の方は焼酎だ。10℃のほうがワインと日本酒だな。手間が増えてわりいけどよ、頼めるか?」

「それから都市部と各坑道出入り口を繋ぐ道路は第三種第一級レベルで整備してくれ」

グランマルニエルとグランダッドリーはそんなことは造作もないといった素振りで了解しコームのケージへと三人を案内した。

「こちらでコームを飼育しています。そのうち二組の番は遺伝子操作を行い地球の鶏と同様の生態となっており経過観察中です。それ以外のコームは閣下たちが転送してきた時と変わらない状態で観察中ですが鶏と同様、落ち着いてきましたら羽ばたく回数が激減しました。もう暫くはこのまま様子を見たほうがよろしいかと思うのですがいかがでしょうか?」

「それでいいよ。で、遺伝子操作をした産卵はどう?」

「雌雄離した被験体一組は問題なく無精卵を産卵しています。成分も鶏卵と同等以上です。on・egg汚染は通常手段で完全除去し、in・egg汚染も現在のところ検出されていません。尚、追加捕獲した被験体の雌50羽も無精卵を産卵しています」

「生殖機能、行動はどうだ?」

「遺伝子操作をした被験体の番一組は完全に鶏のそのものと一致しています。遺伝子操作を行っていない被験体は現在コームの繁殖期であるため繁殖期が終わるまでは確認できません」

「一応、聞いておくが都市部や艦に近づく者はあったか? 人種でも魔物でも関係なくだ」

「現在のところありません。結界境界では人種の存在は見受けられず魔物だけですね。グリフォンとワイバーンの姿を多々、オーガやトロールを散見していますが、トロール以外は問題なくレールガンRCWS若しくは60ミリブラスタRCWSで一撃で撃退しています。再生能力の高いトロールのみ、対消滅弾頭を使用し撃破しています」

「ブラックハウンドのような弱敵は迷いの森付近に頻繁に出現しているようでギルドからの討伐依頼でしょう。狩りをする冒険者の姿がここ数日で増えています」

「わかった、ありがとう。警戒レベルは一段上げておくように。特に冒険者の動向は注視してくれ。それじゃあ、俺達は戻るから引き続き各作業と警戒を頼むよ。何かあれば通信を入れてくれ」

少し待ってくれと龍は他の四人に話しかけると世界樹の方へと向き直り、姿勢を正すと天津祝詞を奉じた。

高天原たかあまのはらに・神留坐かむつまります・神漏岐かむろき神漏美かむろみの・命以みこともちて・皇親神伊邪那岐大神すめみおやかむいさなきのおほかみ筑紫つくし日向ひむかの・たちばなの・小門をどの・阿波岐原あはぎはらに・禊祓みそぎはらたまとき生坐あれませる祓戸はらへど大神等おおかみたち諸々禍事罪穢もろもろまがことつみけがれを・はらたまきよたまふとまをす事のよしを・あまかみくにかみ八百万神等共やほよろづのかみたちともに・あめ斑駒ふちこま耳振立みみふりたてて・聞食きこしめせと・かしこかしこみもまをす…。ふう、お前らがいるおかげで俺達は安心して外回りができてんだ。マジでありがとうよ。戻ろうぜハルロ、雅」

二人のAIは御武運をというと敬礼し、同じく三人も敬礼しポータルを利用し砦へと戻った。



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