辰芝居


 暫くするとユキとシラユキが帰ってきたが部屋に入るなり、自分たちの映像を見たいと言い出し随伴していたレイスによる映像データの再上映会にはからずもなってしまった。一部屋では収まりきれないので4階のホールを利用するしかなかった。

300mはある黒竜と小ぶりとはいえ250mある白竜が二体で街の外壁を壊し、レーザーポインタで指定された無人の建物に落雷させたり凍らせたりしているのだ。住民はおろか衛兵や領軍兵までもが逃げ惑ったり破壊の限りを尽くす二体を呆然と立ち尽くし眺めている住民の姿も見える。

ひとしきり二体は暴れ、去り際にユキがまず言い放った。

「脆弱なる人種ども! 貴様ら、神々の住む聖なる森に連なる地をなんだと心得ておる! 貴様らが川へ垂れ流す塵芥のために我らは多大なる迷惑を被っておるのだぞ! 次に斯様な真似をしてみろ、貴様らは滅ぶと思え!」

「脆弱なる人種どもよ! 貴様らは常に我らに見られていると心得よ! 学び活かしここより去るか留まり愚行を繰り返し滅ぶか選べ! 次に我らがここへ舞い降りたときは貴様らの滅びと心得よ! 良いな愚かなる人種共!」

そういって空に舞い上がった黒竜と白竜だったが、映像はと言うシラユキの声でブラックアウトした。

「アサヒー、アタシってばかっこよくない? ねえねえ、カレシはどうよ?」

「うん! シラユキかっこいい〜! いいなぁ…楽しそう〜!」

「よくやってきてくれたねぇ。カッコよかったよぉ。でもレイス轢いちゃったねぇ」

「うっ…それは…その…ごめんなさい…」

幸いレイスのカメラ部分が故障を起こしただけで本体は問題なく戻ってきており修理を終えている。

「龍、我…私は頑張って来たぞ…のよ? たくさん抱いてくれるのであろうな?」

「ああ、よくやったな。でもお前は素のまんまじゃねえか」

「そんなことないもん…ミユキぃ、我…私、頑張ってたよね?」

「うん。ユキはよくやりましたよ。ちゃんと褒めてくれない龍が悪いんです」

「確かに今のは龍が悪いな。ありがとう、二人ともよくやってくれたよ。これで出ていくかは別としてとりあえずはゴミの不法投棄も減っていくだろう」

またいつもの展開に発展しそうだと思った雅がユキをフォローのつもりで労うと古竜の二人は鼻高々で胸を張り、楽しかったから頼まれればいつでもやると言った。

「これで今後減ってかなきゃ、ここの住民はマジで馬鹿しかいないということだね」

「死傷者を一人も出してないからナメてかかってそうな気がするんだよねぇ」

リアムとラーシュは少し懐疑的に今後を予想しているようだ。

「そういやリアムは明日、一家の絵を描く予定だったよな? ほかに予定がなきゃよ、俺らは魔の森の作業進捗とコームの様子を直で見ときてえんだけどよ」

魔の森に常駐しているグランダッドリーから逐一報告を受けているのだが、雅も実際に見てみたくなりこれを了承、許可した。

「僕らはアサヒが四元素下級魔術も使えるようになったからねぇ。皆一斉にいなくなるのも怪しまれそうだし残るつもりだよぉ」

「うそ! アサヒ、使えるようになったの?!」

「えへへ〜、中佐よりも早く使えるようになっちゃったなんて私~、才能あるのかしら〜。これもシラユキのおかげだよ~。ありがと〜」

シラユキに抱きついていたアサヒがドヤ顔で覚えたての氷結で水源で出した水を瞬時に凍らせてみせた。

「わぁ、本当に氷だわ! ねえ、雅、エリー、私にもできるわよね? あぁん、早く魔術で魔物とかぶっ飛ばしてみたいわ! いやぁん、明日はやるわよ!」

「雄豚は明日、絵を描いて手が離せないだろうからミーナちゃん、ローラちゃん私、明日から頑張るわよ! よろしくね!」

「ユキ…私、ショックです…誰よりも早く魔術を使って龍をサポートしてメロメロにする予定が崩れました…やりますよユキ!」

アサヒの発動した魔術を見て火が付いた三人は魔術の基礎練習に一日費やすと宣言した。ソフィアに至っては中2臭い変な詠唱の真似事をして腕を振る仕草などしている。こうなるとでも動かないだろう。

「どんどん、自我が発展形成されてきてるねぇ。これはこれでもっと人間らしくなっていい事だと思うんだけどぉ」

「俺も今のこいつらのほうがやりやすいと思うぜ。だけどよリアム、晩飯ん時もミーナに雄豚言われてたけどマジでいいのかよ?」

「ん? いいのいいの。ミーナだけじゃなくてアテナもそう呼んでくれてるから」

「マジか…筋金入りだな、お前。それじゃ龍、明日一度ポータルで戻るか? 昼飯前に戻ってくれば問題ないだろう」

明日の予定を決めた時点で侍女が男性陣を呼びに来た。飲み足りないリーゼルが雅たち男性陣と飲みなおしたいとのことだった。ハルロを含め5人はかまわないと告げると侍女に応接室へと案内され、入室するとリーゼルとアーガスも待っていた。

「夜分に済まないね。迷惑かとは思ったんだが少し飲み足りなくてね。是が非でも諸君らと一献かたむけたくてね」

「お気になさらず。俺たちも飲み足りないと思っていたところですから」

「そう言ってくれるとこちらとしても誘ったかいがあるというものだよ」

リーゼルはアーガスに目配せするとなにやらゴソゴソと自身のトランクだろうカバンから一瓶の酒を出した。

「知人のドワーフの故郷で試しに作ったということでいただいた酒なんですけどね。家畜芋じゃがいも芯豆とうもろこしから作った透明で酒精アルコールの高い火酒らしいんですよ」

酒その物のスペックを図りたいリアムは、サブスペースからグラスを取り出し少量を注いでもらった。

「そのグラスは凄まじく透明だな。中に気泡すらない。高いものなんだろ?」

「このグラスは…こちらの金額で言うと100ルプですね」

「これが100ルプだと! この質でその金額とはあり得んよ!」

雅が百均のものと判断して金額を言うと二人は酒とは違うところで興奮しているのを他所目にリアムは香りと味を確かめた。

「これ…ジュニパーベリーみたいなほのかな香りと穀物…じゃが芋とそれにとうもろこしの風味がする…。ジュネヴァに近い火酒だね」

「じゃが芋ととうもろこしとベリーということはジンだよねぇ。飲み方は色々あるわけだしここはリアムに活躍してもらわなきゃねぇ」

「この火酒の飲み方はそんなにあるのかね? 楽しみだなアーガス君」

リアムはシェイカーやミキシンググラス、メジャーにジガーなど並べていく。ラーシュが大量に氷を用意するとハルロが素人とは思えない手さばきでキューブやボール状にカットしていく。

「ハルロもさすがに慣れたもんじゃねえか」

「ええ、リアム様には及びませんが。何度もご指南いただいたおかげです。龍様の寿にも実は興味がございますよ」

先日、穴子の握りを食した時に見た龍の手捌きに興味を覚え技術を習得したいようだ。

「皆さん、まずはストレートでしょう?」

リアムがジュネヴァを注いだショットグラスを行渡らせるとリーゼルの一声とともに皆、盃を軽く上げ一気に煽った。

「効くな! 雑味はあるけどよジュニパーベリーの風味と穀物の風味がしっかり活きてんな」

「雑味があると言ったがリュウ君、この酒をもっと洗練させることができるというのかね?」

「辺境伯、そんなのちょろいっすよ。まあ、少し大掛かりな設備が必要になるんすけどね」

「ソウスケさんといい龍さんたちといい彼ら流人の知識や技術力は凄まじいものですね」

「こっちにはなまじ魔術とか錬金術とか便利すぎるものがあるからねぇ。科学技術力の研究開発とか軽く見すぎている。だから思考停止しちゃって発展が遅いのかもねぇ」

ラーシュの辛辣とも取れる指摘だが現人もとびとの二人は的確な指摘だと同意した。

「この火酒をこのトニックウォーターと言われる香草や柑橘類で風味付された炭酸水で割ったのがジントニックと言われている飲み物です」

ライムのスライスが乗せられたタンブラーをリアムが皆に差し出した。

「カクテルと呼ばれるものだよね? このジントニック…とは違うがソウスケ君にも何度か作ってもらったことがあるよ。では遠慮なく…んん…酒精が弱まって柑橘の香りと味が広がっていく…なにより先程感じた薬臭さが薄まったのはいいね」

「僕が思うに元々そのドワーフは、薬用酒としてこいつを作ったんじゃないかと思いますよ。ハーブやスパイスをボタニカルと呼ぶんですけどそれを洗練させる中途段階の酒がこの火酒ってことですね。そして…」

ジュネヴァ45ml、シャルトリューズジョーヌ15mlをシェイカーでシェイクしショートグラスに注いだ。

「アラスカだよな? リキュールの女王なんて言われてるシャルトリューズジョーヌだからな。ピンときたぜ」

「アラスカと言うカクテルなのか…。酒精は割と強めですがかすかな甘みに味わいが鋭くなりましたね。これは旨い!」

アーガスはアラスカがお気に入りになったようだ。

「確かに旨いな。しかし色々な合わせ技があるものだね。私も学ばなくてはな。ハハハ、旨いものを探求するのは何よりの喜びだ。リアム君、次も期待していいかな?」

勿論とリアムは返答するも何を作ろうかすぐに出てこず思案していると雅が提言した。

「リアム、ここは俺ら四人らしくあれじゃないか?」

「僕ららしく? ああ、ロングアイランドアイスティーだね。確かに僕ら四人らしい一杯だね」

コリンズグラスにクラッシュアイスを詰めジュネヴァ15ml、同量のウオッカとラム、ホワイトキュラソーにテキーラ、フレッシュレモンジュース30mlを軽く混ぜ最後にコーラ40mlを注ぎレモンスライスを添えた。

「酒精の強い四種類の酒を使ったロングアイランドアイスティーです。飲みやすい味に騙されますがかなり強いので注意してくださいね」

「四種類も使っているのか…見た目は紅茶のようですね。では…んん、風味まで紅茶みたいだ」

「口当たりも良くさっぱりとしている…。甘さと辛さが絶妙だ。まさに君たち四人らしい一杯だね」

紅茶を一滴も使わずに、見た目と味を紅茶に近づけた比較的歴史の浅いカクテルでありアメリカ、ニューヨーク州ロングアイランドという場所で生まれたと説明した。

それを聞いたリーゼルはいつかアンヴァルドから酒や産物そのもの以外の文化の伝播が生まれるような地にしたいと語った。

「辺境伯、このロングアイランドアイスティーのカクテル語っていうのがあってその言葉とはなんですよ。辺境伯が希望を捨てない限りはいつか達成できると僕は思いますよ」

「甘いも辛いも持ち合わせてるこの酒みたくねぇ」

「おっとアーガスさん、イリス嬢に飲ませすぎないようにしとけよ。なにしろこいつはレディーキラーなんて言われててよ。いくらでも飲める酒だ。俺たちが女性を落とす時に飲ませる酒でもあるからよ」

「僕達を一緒にしないでくれるかなぁ。それやるのは龍と雅じゃんかぁ」

当のアーガスは苦笑をして悩み事を吐露しはじめた。

その悩み事とはアンヴァルド夫妻やイリスとの関係ではなくリーゼルがイリスとの見合いを断ったエロルック伯爵家の嫡男ロノックの件だった。

上司であり男爵として爵位も得ているアーガスに対してロノック自身は世襲貴族であるためか以前から常々高圧的な態度を取り、見合いを断られてからもイリスを奪ってやるなどと執拗に迫ってくるらしい。

さらに最近は見るからに怪しげな連中と付き合いもあるようだと言い終えるとグラスの酒を一気に煽った。

「アーガスさん、辺境伯、ご一家の方々には姿は見えなくとも既に護衛をつけていますので御安心を。刺客に斬りつけられたとしても無傷でいられると思いますよ」

二人は無傷でいられると聞いてキョロキョロと身の回りを確認している。雅から小突いてみろと促されたリーゼルがアーガスを軽く叩こうとするとコンと小さな音がしてリーゼルの拳が弾かれた。

「なんなんだ、これは…」

「まあ、目に見えない物理障壁といいますか生半可な魔術も通さないですけどよ。それから父親のほうも怪しい動きをしていますね。イリス嬢を僕たちが助けたことでお怒りみたい…この際、面倒だしこいつらには消えてもらいましょうか?」

予想だにしない発言だったのだろう辺境伯とアーガスは息を呑んだ。

「リアム、さすがにすぐはヤベえだろ? もう少し証拠がほしくねえか。確実にハメ落として領地かっさらうためによ」

「リュウさん、かっさらうとは!? あなたがた、かの地を掠め取るおつもりか?!」

自身の悩みを吐露したと思ったら、伯爵家一つを蹴落とす領土問題にまで発展しているのだからアーガスも寝耳に水だろう。

リーゼルも開いた口が塞がらないといった表情のままでいる。

しかし、目の前にいる男たちは黙ったまま首肯した。

「新国家として考えた場合、どうにもこのアンヴァルドだけじゃ食い扶持が不足するんですよねぇ。だから穀倉地帯として彼らからぶんどるんですよぉ」

「ラーシュ君、それは戦を仕掛けるということかね?」

「いえ。焼け野原にしたくありませんし領民に罪はないですからね。伯爵の所在も特定済みですし、潰すとなったときは王国に力を見せつけつつ伯爵家のみを潰します」

四人はやろうと思えば今すぐにでも可能だとさえ言ってのけると、リーゼルとアーガスは心の内で恐怖を覚えた。

二人はその感情を飲み込むかのように酒を煽り酔いつぶれてしまった。

「まぁ、その前に僕らも行かなきゃならないところもあるから暫くは様子見だねぇ。とりあえず今夜のことは取り敢えず記憶封印しておいたよぉ」

「お二人にはさすがに過激すぎだったようですな。さて、私はちと人を呼んでまいります」

やれやれといった表情でハルロが侍女を呼びに行く。

暫くしてやってきた侍女たちとともに二人を担いで送り、それぞれの部屋へと戻った。


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