緊張と弛緩


一行はアーガスを引き連れてリーゼルの執務室に向かうとリアムの姿もそこにあった。

「辺境伯、アーガスさん、突然のことで申し訳ありません」

「気にしないでくれ。リアム君、君が先程言ったアーガス君が明日襲撃を受けるというのはそれほど信憑性の高い話なのかね」

「リアムの言ったことは、十中八九間違いないすよ」

「雅、これをお二人に」

ソフィアが差し出したのは辺境伯領境の衛星画像データを拡大したものだ。

「潜伏地点はこの三か所に斥候役を控えるようですね。数は合わせて33といったところです」

「正確には東側10名、西側に20名。斥候組がアンヴァルド領側に3名の配置よ、雅」

魔導車や馬車は、日本と同様に左側を走行しなければならない交通ルールのため、襲撃しやすいように西側の人員をやや多めにしたような配置だった。

東西どちらにも街道沿いの茶店と思われるような大きめの建物があり、大人数でも余裕で潜伏でき襲撃には最適だと判断したに違いない。

また、フットワークが要の斥候は野営で済ませるようだ。

レイスによる偵察映像では斥候だけでなく、誰もがインカムを装用している様子も見られた。

この世界にないインカムまで利用しているとあれば、間違いなく流人ながれびとの息のかかった者達だ。

「私はあなた方の指示に従いますが、具体的にどうすればよろしいですか…?」

「アーガスさん、あんたには魔導二輪で普通に帰ってもらうつもりだ。俺とリアムが両脇を並走するけどな」

娘の婿であり跡継ぎ、戦友でもあるアーガスの事が心配なのだろう、不安げな気持ちを抑えきれないリーゼルが他の者の行動を気にする。

「タダシ君たちはどう動くのかね?」

「俺達の車両には認識阻害と遮蔽を用いて存在していないようにします。走行順ですがラーシュ、ミユキ君とアサヒ君、ユキ、シラユキ組のワイヤーケーブル…うーん鋼鉄の綱対策を施した車輌が先行し、その後ろをアーガスさんに走行してもらいます。そして俺や残りの面々を乗せた車輌が殿を勤める手筈です」

「斥候役はまあ、僕か古竜姉妹が魔術で眠らせて捕まえればいいでしょ」

未だ、リーゼルやアーガスは神妙な面持ちで緊張状態のままのため、二人の不安を拭うように話を続ける。

「接敵しても俺とリアムで相手をするからよ。アーガスさんは絶対に車列からはみ出さねえで来たやつだけを迎撃するだけに留まってくれ」

「龍とリアムでアーガスさんを挟むようにフォロー。前方の迎撃をミユキ君とアサヒ君、ユキ、シラユキに任せる。ミーナ嬢とローラ嬢にはラーシュとともに最大限の強固な魔術防護壁の構築を頼みたい。俺を含めた残りのメンバーは後方警戒と打ち漏れを無力化、拘束する。誰か意見あるか?」

「はい、雅~。殺しちゃうのはマズいんですよね〜?」

どう見ても人を殺すような顔をしていないアサヒから、サラッとという言葉が発せられリーゼルとアーガスの二人は顎が外れそうなくらい大口をあけて驚いた。

「可能な限り生かしておいてくれ。奴らはクソとはいえ、使いようによっては役に立ちそうだからな」

「奴らはパシらせる手駒として最高かもねぇ」

実際の作戦はレイズとリッヂのスタンによる全員拘束だが、リーゼルとアーガスの二人に正直に伝える必要もない。

ここまで説明し終えると現人もとびとの二人も緊張状態が和らぎ、そのままお茶にする流れとなる。

ここで、リアムは絵の仕上げに取り掛かると言って退出し、小一時間ほどすると4つの額縁を抱えて戻ってきた。

「終わったよ! やりきったんだよ僕は! 会心の作ですよ、辺境伯!」

ここで第二騎士団の四人も呼びだし、あらためてお茶会と称した肖像画鑑賞会となった。

一枚目は辺境伯一家と婿入予定のアーガス。

「実に見事な肖像画だ。実物を見ているような…なんとも不思議な気持ちにさせられる」

「本当に写し身を見せられているような気分になるわね、リーゼル。リアムさん、こんな素敵な肖像画を描いて下さり感謝致しますわ」

二枚目はアーガスとイリス。

「アーガス様との肖像画…私達の結婚の記念にぴったりの肖像画ですわね、アーガス様!」

「本当ですね! ああ…、私はあなたと出会えて本当に幸せです! リアムさん、ありがとうございます!」

三枚目はメラニが所望したメラニとハルロ。

「ハルロ様との肖像画だなんてまるで夢のようです。ハルロ様、このメラニ、一生の宝物とします。そしてあなた様に私の生涯を捧げ、愛し続けます!」

「あ…いや…私めはリアム様にお仕えするので…」

「ああ…ハルロ様! リアム様、お口添えいただいた龍様、皆様ありがとうございます!」

ハルロ、詰んだなと思いつつも表情に出さず四人は笑顔で対応した。

最後の四枚目はリアム自身が、最も描きたかった肖像画だ。

まるでプラットホームで撮影した記念写真かのように、新幹線ひかり号を背にして壮介と満面の笑みを浮かべるひかりを抱いたネリィが立ち並ぶ三人という構図だった。

「すげー! ひかりの笑顔もめっちゃ可愛いし、それに僕の思い出のゼロ系まで! まるでデジカメの写真みたいじゃないですか! ネリィ、これは我が家の家宝だよ! リアムさん、皆さん本当にありがとうございます」

壮介は深々とお辞儀をすると、リアムから頭を上げてくれと言われてもなかなか上げずにいる。

暫くおいてやっと頭を上げたが、その目には涙が溢れこぼれていた。

「主人の思い出まで背景にして下さり本当にありがとうございます。ソウスケの言うとおり我が家の家宝です」

騎士団の連中もリアムの描画力に舌を巻いていた。

「すげえ! 実物みてえ! ああ、俺も強くなったら副長と描いてもらいたいっす!」

「私は…あなたとは…そういうことは強くなって1人前の騎士になってからいうことね」

サミが臆面もなく口走ったことで顔を少し赤らめたレベルがサミを牽制した。

「本当に鏡の世界を見ているようだわ。ああ、私ならば…リュウ殿とタダシ殿に挟まれて…あ…」

「タダシさん、リュウさん、団長と何かおありなんですか? それにしてもこんな絵画を描ける御人がいるなど…信じられませんよ」

ゴーダルが壊れかけているアイナを見て不安に思い雅と龍に質問した。

「ああ、ゴーダルなんでもねえよ。気にしたら負けだ」

「そう、気にするな。そうだ、ゴーダル。お前に渡したいものがある、これだ」

雅が渡したのは長さ1.7メートル、重さ17キロの小錫杖、これをゴーダルが片手で振り回せるようになるのが最初の目標だ。

もう一つは今は見せるだけだとゴーダルに言い、長さ2.6メートル、重さ96キロもある大錫杖を床の上に静かに置いた。

京都は清水寺にある弁慶が使ったとされる大錫杖と小錫杖のレプリカだ。

長さ2メートル程の短槍でも2キロが振り回すことのできる限界の重さだが、渡された錫杖はその8倍を超えている異様な重さだ。

雅からその錫杖を片手で振り回せと言われ、ゴーダルは自分の耳を疑った。

ゴーダルにとっては小錫杖ですら両手で持ち上げるのが精一杯だ。

サミが目ざとく近寄ってきて大錫杖を両手で持ちあげようとしてもビクともしない。

「何だこれ?! すげえ重てえ!」

「セミ、こっちを持ってみろ」

「ゴーダルさん、そっち軽そうじゃねえかよ」

短い分軽いと高を括っているセミは、ゴーダルに差し出された錫杖を両手で握りしめた。

「セミ、両手でしっかり持って力を入れろ。いいか? 手を離すぞ」

ゴーダルが手を離すと、彼の言葉を信じていなかったのだろうセミの腕が一気に下がり、錫杖を手放してしまいゴンッという音とともに床に落ちる。

「何だ、これ?! こっちも重てえ!」

「こんなもの、両手ですら振り回せないですよ!」

雅は右手でセミから小錫杖を受取り、床においた大錫杖を左手で持ち上げた。

「いきなり振り回せなんて無茶なことは言わないぞ。まずは両手で満足に振り回せるようになることだな」

セミがすげえを連発している。

「龍に渡した合体剣、あれ何キロあったっけぇ?」

「ああ、あれか微妙に重くて使いづらいんだよな、あれ。900ケイルぐらいじゃねえか」

1ケイル1キロだと思ってくれればいい、900という想像だにしない重量を聞いて現人もとびとの面々は驚愕する。

そんな現実離れした重さの剣や錫杖を振り回すなんて信じられないだろう。

「そのくらいなら造作もないだろうが。我…私やシラユキなら持てるぞ…わよ?」

サブスペースから龍が合体剣を取り出してユキに片手で渡した。

「ぐぬぬ、人型では片手では振り回すのが少し大変そうぞ…ね。それに我…私は龍がいつも使っておるという刀のほうが良いぞ…わ」

コーヒーを味わいながらその様を眺めていたリーゼルが、面白そうだから重さを計りたいと言い出したのでお茶会は屋敷の中庭に移動した。

草竜の体重を計る巨大な体重計のようなものを中庭に運ばせようとしたのでリアムとラーシュが二人で運んだ。

通常は男たち10人程で引張り移動させるものだが、何食わぬ顔で二人が押してきた光景を目にするとまたもや驚いていた。

大錫杖を重量計に載せると96ケイル、次に載せた合体剣は966ケイルと計測される。

龍から、どうせなら普段使っている武具の重量も図ってみろと言われ、計測すると雅の錫杖は883ケイル、リアムの村正は600ケイル、ラーシュのガンバンテイルは620ケイルとそれぞれ計測された。

それだけ重くしないと軽すぎてバランスを崩しやすく、また鍛錬にもならないため合体剣以外は意図的に重い仕様としているだけだ。

現人もとびと流人ながれびととの力の差は大きいとよく聞きますが、まさかこれほどまでとは思わなかったですよ」

アーガスが感嘆の言葉を漏らすとアイナ達もそれに同調したが、壮介が即座に訂正する。

「僕も流人ながれびとですがこんな重いもの持てませんよ! 多分、こんなもの使えるのは雅さん達ぐらいでしょう。馬鹿げた強さです!」

転生した四人がいた地球の1Gは、壮介がいた地球の4Gに該当するのだから身体能力そのものに差が出るが、それでもまだ異様な重量差である。

「師匠、俺もなんか目標になるものがほしいんすけど…」

「師匠ってなんだサミ。俺はおめえなんぞ、弟子にした覚えはねえぞ」

「リュウさんの弟子になるって俺決めたんだ。だからなんかくれよ。刀ってやつでもいいっすよ」

「力任せに振り回すしか能のねえ野郎が、刀欲しいとかほざくなよ。テメエは先に社会奉仕活動してこいや、バカ野郎が! それにさっきリアムの村正、見たじゃねえかよ!」

「龍、せっかくだから何か修練用具を渡してあげたらどうです?」

「さっすがミユキ姐さん! 綺麗なだけじゃなくて話がわかるっすねえ」

龍は渋々、愛刀の無銘・伝正宗と一度は使ってみたくてラーシュに頼んだ十二尺四寸五分の野太刀・備前長船法光をサブスペースから取り出した。

伝政宗は894ケイル、法光に至っては952ケイルと計測された。

重さもさることながら刃長だけで七尺四寸八分、226.7センチという太刀の長さそのものに一同驚くも、実戦経験のある者たちは折れるのではないかと疑問を呈した。

「この長さでその細さでは簡単に折れてしまうものではないのですか?」

「俺もそう思ったよ、アーガス君。しかし、何と芸術的で美しい剣だ…」

丁子乱れに互の目乱れを交えた刃文がしっかりと焼き入れされており柄に込められて見えないが茎が刀身に合わせて長く作られている実戦刀であると言われている。

今は政務に追われるリーゼルもその本分は騎士であることから、刀身に美を感じたのだろう。

「この長さで折れると考えるのは当然です。だけど俺達のいた時代から450年ほど昔、ナオタカ・マガラという名のご先祖様はこういった長さの刀で実際に戦っていてその刀が450年後も残っているんですよ」

「とはいえバスターソードやブロードソードとやりあったら、運用志向が根本的に違いますから簡単に刃こぼれしたり折れますけどね」

ショートソードやロングソードは切っ先から刀身の半分までの刃で斬る動作と刃を付けていない根本で叩きつけることも出来る利点がある。

それに対して切っ先から鎺まで刃が付いている刀は反りがある事で自然と引いて斬る事ができる。その鋭い切れ味が利点だが両者がぶつかりあった場合はソードの根本で叩きつけられたら刃こぼれどころか折れると龍はリーゼルたちに説明した。

「それでもセミ。お前刀は使って見てえのかよ? お前にはブロードソードやバスターソードのほうが合うと思うがよ。それにお前騎士になるんだろ?」

それでもセミは槍や槌を使う騎士だっているじゃないか。刀を使う騎士だっていたっていいはずだと言い張っている。

「お前の負けだ、龍。こいつだってやる気を出してんだ。ゴーダルに早く追いつきたい気持ちもあるんだろうさ。違うかセミ?」

雅の問いかけにセミは、必ず立派な騎士になってみせると誓うとまで豪語した。

「わかったわかった。お前のやりたいようにやってみろや。ただの木刀だと思うなよ。こいつはな一振りする毎に重くなっていくっつう特製の木刀だ。試しに振ってみろや」

そう言って龍は一振りの木刀をセミに渡した。

「ありがとうございます! 師匠!」

「師匠は余計だっつうの!」

セミは早速素振りを始めたが数回素振りをしたところで腕が上がらなくなった。「素振りはこれから一週間は毎日朝晩100回ずつやれや。二週間目からは朝晩200ずつ。それ以降は週ごとに朝晩100ずつ足していけ。それ以外に毎朝10キセル走れ。一回でもサボってみろ。そしたらお前わかってるよな? 俺がどこにいても打ちのめしにくるからよ」

セミはこの人ならやりかねないといった表情で頷いた。

「さて、物騒な話はここまでぇ。せめて夕食までは優雅に過ごそうよぉ」

「中庭にいるし天気もいい。せっかくだからバーベキューにしないか?」

「なんだね、そのバーベキューというのは?」

「有り体に言ってしまえば外で焼肉ですね。勿論野菜や魚介を焼いても構いませんよ」

どうせ鉄板を使うならバーベキューだけではなく、ほかの3人が鉄板焼きの腕を披露したらいいじゃないかと雅を唆した。

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