攻略作戦会議2
残された男性陣は応接間に場所を変えアーガスを交えて会談の続きとなった。
リーゼルがこれまでの経緯の要約をオウレシェリア侯爵家の三男であるアーガスに伝える。
アンヴァルドの街から真南に位置している投棄問題を軽視している自領のカルコーストルの街を疎ましく思っていたアーガスは、真剣に民や環境問題に取り組もうとしないと実父である侯爵の領政に不満を爆発させた。
またアーガスには継承権がないことから剣の修行という名目で現在、王都騎士団に所属しているため王国に忠誠はあるも、真に誓うべきは将来義理の父親になる辺境伯だと息巻いた。
「いずれ義理の父になるリーゼル様があなた方に全力でお力を貸すと言うならば、私もこの身を賭してあなた方の剣となりましょう」
「アーガス君、彼等に我々の武は不要だよ。それよりも我々の持つ縁故だ。それを存分に活かそうではないか」
「我々の持つ縁故ですか…まだ私は若輩の身です…リーゼル様のように顔が広いわけでもありませんし…」
「アーガスさんよ、あんたを慕ってくれる民や騎士団の仲間がいるだろ? そういう事じゃないんですかね、辺境伯」
「リュウ君の言うとおりだよアーガス君。君は騎士団の連中にもこの領内の民や冒険者にも慕われているじゃないか。慕ってくれる者を募り纏めることも我々の役目だよ。ただし…人となりは慎重に見極めんとな。我々の足元を掬われかねない」
現状では机上の空論でしかない国家樹立宣言に至るための議論は難航した。
「結局のところ、僕たちに国王を黙らせる後ろ盾が増えればいいってことでしょ。僕たちにはお目付け役の聖獣もいるし、神獣の封印を解いたら一緒に戻ってくるかもしれないんだよ? これってとんでもないことなんじゃないの?」
「祠の神獣だけじゃなくてさぁ、その国の要人を取り込んで連れてこれたら説得力増しそうだよねぇ」
ユキとシラユキの二人の古竜に加え、東西南北の祠に謂れのある各国の要人を連れてくるとともに異界の神徒とはいえ青龍・白虎・朱雀・玄武もその場に控えることができれば神々の住まう国として十分な説得力を持てる可能性は高まる。
「封印を解いても麒麟様のように祠から離れることはできないかもしれないぞ」
「それなら出たとこ勝負だけどよ。謁見の時だけでも姿を現してもらうように頼みゃいいんじゃねえか? 」
「とりあえず封印を解いた時にお願いしてみるしかないね」
「最悪の場合、力を見せつけるか…だな。龍、お前好きだろ?」
「あん? 好きな訳あるかよ。ただ四の五の言われっと…な…」
結論の出ないファイランド王国での謁見対策は一度棚上げし、国家として成立した場合の議論へと話題を移した。
国家樹立宣言とともに国交樹立まで話を進めることができれば王都に置いた拠点をそのまま領事館なり大使館として使用すればいい。
領土となる魔の森へのアクセスはゴースティンの西側のみに限られその南北は標高千五百メートルほどの山脈がそれぞれ西へ延び森を覆うように外周を形成している。
また南側の山脈には南西部に三千メートルから九千メートルの神龍山脈が伸び南端でリアス式海岸を形成している。
防護壁の設置を担当しているグランダッドリーから防護壁を一律で高さ50メートルとし、魔物の流出入口を数箇所設けた状態で魔の森周辺の山頂に設置済みであり、続く神龍山脈の防護壁の設置作業もすでに30%の進捗具合との報告を受けている。ちなみに海岸へと続く地下トンネルの掘削作業は20%完了との事だった。
「魔の森だけの場合はさほど問題ないでしょう」
これまで通り自由に行き来できる領域を設けるが、その境界端の結界をさらに強化する。転移させたフレイグロシア島の外周部にも結界を張り巡らせるとともに監視システムを設け、各種自動迎撃兵装を設置しさえすればいいだけの話だ。
説明を聞き終えたリーゼルとアーガスは半信半疑だ。
「いや、兵を置かずにこんなことができるとは信じられんが…諸君らが言うことだ。信じる他ないだろうね」
問題はその後のアンヴァルド領の扱いだ。どちらに属するかにより取るべき対策もかなり差異が出る。
当然だがアンヴァルド領を取り込む場合は所謂、国境の壁を領内に張り巡らせる必要が生じる。
「アンヴァルド領が新国家に属することになった場合、ケイリョッシュ川を挟んだダウンコールドからマイトフォード、南西のこの辺りまで。アンヴァルドから北はこの辺り、それとダートスターがあるこの辺りの西端からチョル湖を包むように防護壁を設置するべきでしょう」
監視衛生からの画像データをプリントアウトしたものを見てその精巧さに驚いている
二人を他所に壁を建設する範囲全て赤線を入れて指定していった。
「あ、ああ、済まないね。あまりに精巧で驚いてしまったよ。まさか俺の城まで見えるとはね。先程の話だと50メセルだったね…」
「それにしてもかなり広範囲ですね。資金面に問題はないのですか?」
「どちらも問題ありませんよ。そうだアーガスさん、これをどんな方法でも構わないので破壊できるか試してみてください」
雅はサブスペースから厚さ1センチの板を取り出し二人に見せて裏庭に出るとその板を置いて戻ってきた。雅と入れ替わるようにアーガスは裏庭に出て置かれた板を斬りつけたりメイスで叩きつけ、最後に思いつく限りの中級魔法を放ち板を確認すると呆然とした表情のまま何一つ変化のないハイパーカーボン板を持って戻ってくるとリーゼルに見せた。
「あれで傷一つ、ついていないとは…これは見事なものだね、タダシ君」
「この板の厚さは1センチ…いや1セルですが、壁は50セルの厚さで作ります。勿論、光が差し込むような工夫はしますし常時、高圧電流…雷魔術を流す細工を施します。触れれば…わかりますね?」
「そこまでできるのですか! すごいな…もはや言葉も出ない…」
他領民や国外からの出入国者の管理についた話題を変えた。
「出入国できる場所は領境の2箇所…こことここ。それとこの街。北側は、王族領境界に既存の街を移設するよりも建設中のこの街で行うのが最良かなぁ」
南の湖畔側は西端ではキャストウォッチが、東はダウンコールドがそれぞれ出入国管理を行う。中央部は東隣領のクロウグルから自領マイトフォードに入れる街道も封鎖してこの街が担当する算段だ。
「その場合は細々としている生活道路も完全に封鎖ですね。領民に納得してもらわなくてはならないですが」
「オルドフォードを軍港基地都市にして…、スネイゴンは交易港湾都市にしたいね。となるとスネイゴンでも入出国管理が必要になるか…」
「5箇所だけとは…そんなに絞るのかい?」
「不穏分子の侵入対策が最重要ですからね。役人や兵も贈賄に靡かず信用度の高い者を選ぶ必要がありますね」
「カルコーストルの街も取り込みたいね。僕としては非常識な領民は不要だけど」
カルコーストルさえ抱え込むことができれば国境の壁が途切れずに済むため、警戒すべきはケイリョッシュ川の上下流のみとなる。警戒対策として沿岸警備隊でも再編成すれば成手がいるかどうかは別問題であるが新しい雇用も生み出せる。
「カルコーストルの街か…謁見前の前哨戦と洒落込むのもありだな」
「タダシさん、前哨戦とは…どういう?」
ユキやシラユキたち古竜の守護者という立場を利用して一芝居うち被害を出さずに明け渡させる腹積もりであることをアーガスに伝えると彼の表情が幾分か和らいだ。お茶会を終えて戻ってきた古竜姉妹にも耳に入ったようで二人は俄然、やる気を見せている。
口にしなかったものの一同は、穀倉地帯確保のためにスタイランド伯爵領とエルロック伯爵領を取り込むことも目論んでいたので一点だけをリアムが確認した。
「辺境伯、スタイランド伯爵とエルロック伯爵との関係はどんな感じですか?」
「彼らかい? そうだな…彼らとは見知った程度という認識だが向こうはどうも俺を疎ましく思っているようだ。ああ、エルロック殿の息子とイリスの縁談を持ち掛けられた事があったんだがアーガス君とのこともあって断わったことがあるよ」
「なるほどわかりました。少し気になったものでして。ありがとうございます」
リアムは早速ドローンを両伯爵の許に追加派遣し、調査範囲を拡大することを三人に念話を飛ばした。
「さて、女性陣も戻ってきたしお茶のお代わりはどうかね? 最近、紅茶に変わる茶の研究中でね。諸君らの評価を聞きたいんだよ」
リーゼルが侍女を呼び出し暫くすると侍女の入室とともにコーヒーの香ばしい香りがしてきた。
「お? コーヒーの香りだ」
リアムが鼻を鳴らして香りを嗅ぎながら言うとリーゼルは言い当てられたことが嬉しいのだろう、顔を綻ばせた。
「さすがに同郷の人達だからコーヒーを知っているね。元々眠気覚ましに食べていた豆を煎じて黒茶豆と呼んでいたがソウスケ君が煎り方を色々やってくれてね。ぜひ評価を聞かせてくれ」
王道のレギャラーコーヒーを思わせる色合いをしたカップから湯気とともに芳醇な香りが立ち上っている。一同は一口飲みそれぞれ感想や評価を口にした。
シティローストで焙煎をやめたのであろう。いつも楽しんでいるレギュラーコーヒーと遜色のない酸味と苦味のバランスが保たれたとても美味しいコーヒーだった。
「苦味と酸味のバランスがよくて旨いですね」
「本当かい! これは嬉しい評価だね。少し待っていてくれたまえ!」
そう言ってリーゼルは席を外した。
「我…私はいつもの苦味がなくて物足りなかったぞ…の。我…私も慣れたのかしら。酸味が少なかった気も…したな…わね」
「ユキ様たちはもっと苦いコーヒーを飲まれているんですね。私にはこれでも苦すぎです」
イリスはどうもコーヒーの試飲に付き合わされているようで、少し嫌なものを見るような目でコーヒーの入ったカップを見ていた。
「この度は本当にありがとうございました。署名した依頼票をお持ちしたんですよ」
イリスがメラニに目配せすると雅のカップの隣に完了確認の署名欄にサインがなされた依頼票を静かに置いた。
「イリス嬢、護衛依頼はこれで達成ということでよろしいですね?」
「はい。こうしてアーガス様に再び会えようとは思いもしなかったところを助けていただいた事、重ね重ねになりますがお礼申し上げます」
暫くすると一人の黒髪の男とともにリーゼルが戻ってくると一同に彼を紹介した。
「彼がソウスケ君だ」
「はじめまして、皆さん。僕は磐田壮介と申します、横浜市青葉区出身です」
青葉台の洋風居酒屋で働いていたという彼は、2020年7月のある日に自宅のアパートから出たところで転位し、アンヴァルドの街中に放り出され路頭に迷っていたところをリーゼルに保護され、前職の経験を活かし厨房で働き始めて8年目であり現年齢は33歳になると話した。
この家で侍女として働いているネリィという女性と所帯を持ち1歳になる娘がいると話してくれた。ネリィは現在は産後休暇を取っているとのことだった。
「壮介さんは、元の世界に帰りたいって思ったりするぅ?」
「最初は帰りたいとやっぱり思っていましたよ。でも今は…働き口もあって、嫁さんどころか娘までできて幸せなんです。だからもうここが僕のいるべき世界なんですよ」
元の世界に住む家族が幸せである事を願っていると静かに話したが、彼の表情は終始明るいものだった。
雅たちはコーヒーミルやサイフォン、ドリッパーやペーパーなどの細々した器具だけでないコーヒーメーカーにエスプレッソマシンまでもをソウスケにプレゼントすると彼は一時期バリスタを目指したこともあってかとても喜んだ。
「今すぐにはコーヒーメーカーなんかは使えねぇけど、電気の問題はなんとかすっからよ。それまでは我慢していてくれや」
「ロースターとサイフォンやドリッパーがあればなんとでもなりますから。本当にありがとうございます」
「赤いテーツのこと、詳しく聞きたいんだけどいいかな?」
リアムから話を聞くやいなや、彼は怒涛の如く話し出した。
赤テーツについては、英国の園芸会社がトマトとジャガイモの苗を独自に開発した技術でうまくつなぎ合わせ、両方収穫できる植物を2013年に発表したが、それを倣いポーメとトーメをかけ合わせて栽培したが接ぎ木の仕方でかなり試行錯誤して完成させたといった。
「すげえ執念だな。大したもんだぜ、ソウスケさんよ」
「トマトは赤色、ジャガイモは白っていう認識がどうしても譲れなくて…あはは」
龍から賞賛の言葉を受けて少し恥ずかしくなったのか頭をかいて照れながらも食材再現はこれからも続けていきたいと熱く語り続けた。一同は食材関連の栽培育成計画を彼に打ち明けたが、まだまだ苦労しているようで物凄い勢いで食いついてきた。
「皆さん、ありがとうございました。食材の件、できる限り協力しますよ! それでは夕食の仕込みがあるので失礼します」
「ああ、壮介さん、欲しい調味料あるよねぇ? 渡すからさぁ思いつくものん全部言ってよぉ」
それではと、第一声の醤油から始まり、白味噌、赤味噌、マヨネーズやウスターソース、市販のカレールゥなど壮介は嬉々として羅列したがラーシュはすべて用意した。
「こんなに調味料が揃うとは…本当に…本当にありがとうございます…。リーゼル様、皆さん、今夜は楽しみにしていてくださいね」
「諸君、ありがとう。彼も同郷の者たちと話がしたかったのだろうな。俺が同じ立場だったら耐えられんかもしれないな…」
「彼はこちらに来て辺境伯に保護いただいた時点ですでに幸せを掴んだのかもしれませんね」
壮介が楽しそうに出ていく姿を見送るとその場にいた者たちは少しセンチメンタルな雰囲気になった。
「お父様、宜しいでしょうか?」
「ああ、構わないよ。謝礼の事だろう?」
イリスは用意していた封書を開け、中身をテーブルの上に置き雅に差し出した。
差し出されたのはおそらく小切手に該当するものだろう。
「私からの謝礼金という形で2百万ルプの換金書をお渡ししたいと思います。皆さん、本当にありがとうございました。どうぞお納めください」
「宜しいのですか? イリス嬢。遠慮なくいただきますよ?」
雅が念を押すとそれでは足りないだろうという表情をしたリーゼルから追加の謝礼金の提示を受けた。
「イリス、今回の件はお前の浅はかな行為から出たものだから構わない。だが些か足りんように思える。私からも出させてもらうよ」
そう言って一千万ルプの換金書と呼ばれた証書を雅に差し出した。
「諸君、改めて礼を言わせてもらいたい。本当にありがとう。少ないかもしれんが受け取ってくれたまえ。それとこの念書があれば換金する際に優遇税率が適用されるはずだ。ギルドで換金する際は忘れぬよう提出してくれたまえ」
これをリーゼルの誠意と受取った雅たちは遠慮なく証書を受取った。
「イリス嬢、肖像画の件なんだけどアーガス氏と一緒にっていうのはどうかな? ほら婚約者さんでしょ? だったら僕は二人の幸せな姿を描きたいんだけどね」
リアムが早く解放されたいのであろう唐突に切り出した。
「ほう! リアム君は絵師の才があるのかね。どうだろうイリス達を描き終えたら私達一家を描いてくれんかね。弾むよ」
リーゼルは貴族らしからぬニヤついた表情をして指で金を意味する丸をつくっていた。
「もらえるもんはもらっておこうよぉ、リアム。勿論、彼描くつもりですから大丈夫ですよぉ」
「そうか。後で今の話をジョゼッタに話しておこう」
「マジか…明日一日でなんとか済ませよう。雅、泊まるとこどうすんの?」
断る事を諦めたリアムが宿泊先を心配した。
勿論、リアムの心配したとおり宿の手配などしていない。
「それなら屋敷に宿泊すればいいさ。使っていない部屋など腐るほどあるし、予め食事の準備もするようにいっておいたからね。門から入ってすぐに砦が見えたと思うがあれは見掛け倒しでね。実は全て客室なんだよ」
「それにしてはかなり実戦的な砦かと思うんですが」
城壁の外側に盛土をして斜堤を成形し城壁を防護機能として使用し城壁の屋敷側には堀が設けられ籠城側のキルゾーンとなる効果を作り出している籠城するには万全の体制だ。
「この領は特に魔物が多いからね。用心に越したことはないさ。万が一の場合には領民の受入も考えられるからね。随分と長話になってしまったし、部屋へ案内させるから夕食まで少し休むといい」
リーゼルから促され、一同はそれぞれ与えられた部屋へ向かった。
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