攻略作戦会議1
大陸共通歴3512年7月8日/金曜日
翌日になりイリス達3人を含めた一行はアンヴァルドの街へと向かうために宿の外にいた。
「ゲイル、シャル、よろしく頼むよ」
「いつもと変わらず依頼をこなしていくだけだぜ? まあ乗り掛かった舟だからよやる事はきっちりやるぜ」
「また旨えもん食わせてやっからよ。またな」
「お姉さまがた…エリーちゃん…気を付けてね」
「リナちゃん、ありがとう」
ゲイルとシャルロッテ、リナが見送ってくれたがすでに店に出向いたらしくミルデの姿はなかった。
それぞれのエアラブに乗り込み出発する。
この街からアンヴァルドまでは街道を70キロほどの距離であり、道中なんのトラブルもなければ時間にして制限速度の時速50キロでおよそ1時間半弱で到着する。
イリスたち3人は雅のエアラブに乗り込んだのだが、出発と同時にリアムをはじめとした一行に半ば執着と周囲からは視えるようについて回った理由を打ち明けた。
「あなたがたについて回ったのは助けられた身からくる恩義を感じただけが理由ではないんです」
「イリス様、それはどういうことですか?」
「実は、父から幼い頃より
「それは辺境伯に会えばわかるということでいいんですね?」
イリスはおそらくと答え、ぜひとも力になってやってほしいと懇願した。
道中、懸念していたトラブルもなく順調にドライブし、きっちり1時間半後にアンヴァルドの居城に到着した。
門外に衛兵の姿も見受けられ、その奥を見るとかなり広い敷地を持ち新しめの邸宅とさほど大きくないが砦と呼べるような古城が邸宅と並ぶように佇んでいる。
一行はエアラブを停車させるとアイナが降車して詰めていた衛兵に帰還を知らせるとエアラブを中へと進ませるように手を振り合図した。
新しい邸宅の車寄せにエアラブが停車すると恰幅がよいというよりも歴戦の戦士という風貌の紳士と背の高い騎士が一人近寄ってくる。
「お父様! アーガス様!」
「イリス、よく無事で戻ってきてくれた。私だけじゃなく母さんやアーガス君にも心配かけおって…」
イリスは辺境伯の言葉に一言、申し訳ありませんと答えると涙を浮かべアーガスに抱き着いた。
「ああ、イリス嬢…本当に無事でよかった…」
辺境伯は抱き合って無事を祝う二人を見やり雅たちに向き直る。
「娘を送りとどけてくれて感謝する。私はリーゼル・ファーレン・アンヴァルド。この領地を治めている者だ。君たちが来るのを心待ちにしていたよ」
辺境伯は自己紹介を済ませると礼がしたいというだけでなく話したいこともあるのでと一行を邸内の応接室に招いた。
ひとしきり自己紹介を済ませると雅が代表して事の経緯を説明した。
「成程…。わが娘の身に起こった事だが、これはアーガス君にも関係がありそうだな…それはさておき、まずは改めて礼を言わせてくれ、本当にありがとう」
「いえ、こちらもいい機会を得ることができましたし礼には及びません」
「ところで君たちは皆、あの森の深部から来た
シラユキは彼をじっと見据えるとレヴィアタンに似た竜気を伴っていると言ったがユキも龍も頷いている。
「なぁんだ、やっぱりお祖母ちゃんの眷属だったんじゃん。ねえタッちゃん、この人種は信用しても大丈夫よ」
「しかし、よく我々とこの2人の事がわかりましたね」
「レヴィ様から話を伺っているし、君たちの発する気を感じてわかったよ」
リーゼルがなぜ一行の訪問を心待ちにしていたか口を開き昔語りを始めた。
彼は過去に、国王の命を受けて百名規模の騎士団を率いて魔の森の外周区で発生した
しかし、その先で待ち構えていたマンティコアをはじめとした強力な魔物との戦闘により一団は敗北し壊滅し、ただ一人の生存者となってしまった。あわや絶命かという瀬戸際で突然現れすべての魔物を駆逐したレヴィアタンに、盟約を交わす事を対価として加護を授けられ、命を長らえることができた。
その交わした盟約は彼の子供が成人後、つまりイリスが異界の神々の御子と古竜を連れて来る。己の全力をもってその者たちに協力し、また必要ならばこの地を彼らに明け渡せというものだった。
「あの森を魔の森と呼んではいるが…強大な力を持つ彼女がギルドマスターの支部長などしていることを鑑みれば
「詳しくは話せませんが、概ね正しい推測ですね」
「やはり、そうだったのか…。神と魔は言ってみれば表と裏の関係。だからこそあの森は魔に遮られているのだろうね」
「深部は立入禁止にしてるみたいだけどさぁ、実際のところ黙認してるわけなんでしょ? 冒険者って奥へ奥へとお宝探しに行きたくなるもんだし歯止め効かないんじゃないのかなぁ」
ラーシュの疑問に最もだと首肯しつつもリーゼルは答えた。
「そうだな。そこは我々も生活がかかっているから、森の恩恵には預かりたい。冒険者たちはこぞって入りたがるから、ある程度の領域までは黙認しているのが実情だ。だがね…あの森全体が独立国家として成立したならどうかね?」
リーゼルが一瞬、耳を疑うような質問を投げかけた。
「うーん…国境線があれば制限はできるね、でもさすがにそれはちょっとね…」
リアムが可能ではあるが無理があるだろうといった表情でリーゼルに返すも彼はそのまま話を続けた。
神域や聖地としての禁則地宣言は、得体のしれない新興宗教と解釈されかねず論外である。だからこそ実質的な支配権を雅たち一行に委ね、ファイランド王国に国家樹立を宣言する。その新国家の領土内のある程度までの領域はこれまで通り自由に利用させ内部の重要領域は外交権を持つ者のみを立ち入らせるようにし、必要なら外交の窓口はアンヴァルドが受け持てばいいとさえ言った。
王国から見たらまさに実質的な離反だ。
「それやっちまったらよ…王国や周辺貴族は黙ってねえんじゃねえか。いや黙らせることはできっけど…さすがにそりゃねえだろうよ。そもそも王族にどうやって取り入んだよ」
「簡単なことだよ。俺が陛下と君達との謁見の機会を取り持てばいいだけさ。古竜のお二人にも協力していただくことになるがね」
リーゼルは昼食を挟んで今後の事を話したいと、ここで話を中断し一行を食堂へと案内した。
そこにはアーガスを交えて雑談しているイリスと彼女の姉らしき若く肌に張り艶がある美しい女性の姿があった。
「まだ諸君らに紹介していなかったね。妻のジョゼッタだ。私やイリスともどもよろしく頼むよ」
「リーゼルの妻、ジョゼッタと申します。皆さん、娘をお救い下さり本当にありがとうございました。今日だけとは言わずゆっくりしていってくださいね」
「ありがとうございます。こちらこそ突然、お邪魔して恐縮です」
雅たち一行の前に供された皿はクラブハウスサンドであった。一目で食パンだとわかるトーストにレタスのような野菜、コーム肉のロースト、ゆで卵、キュウリのスライスとベーコン、それ以外に市場では白いものしか見かけなかった赤テーツが挟まれていた。
「当家自慢のクラブハウスサンドだよ、遠慮なくやってくれたまえ」
一行がいただきますと言ってから食事を始めてもリーゼルは驚いたり感心したりという素振を全く見せなかった。
「アンヴァルド辺境伯、これを作ったのは
「構わんよ。彼の名前はソウスケ・イワタ。日本という国の出身らしいよ」
「日本出身というと俺や龍と同郷ですね。リアムやラーシュも出身は違いますが住んでいたことがありますよ」
「ソウスケさんね。どんな人なんだろうね。ていうか、これ見たら我慢できなくなってきたよ」
「わはは、遠慮なくやってくれたまえ。しかし見ただけでよくわかったね」
「わかったのはこのトーストです。明らかにこちらのパンと違いますからね」
「久しぶりのクラブハウスサンドだよぉ。まさかこっちで食べられるとは思わなかったねぇ」
一同がナイフとフォークで綺麗に一口大にして食べているのに対しいただきますの語源をドヤ顔してジョセッタたちに説明していたユキとシラユキは手づかみで食べていた。
「ねえカレシ、これってそうやって食べないといけないの?」
「なぬ? そうなのかえ? なんとも面倒な食い方…いや食べ方ぞ…なのね」
「ナイフとフォークで食べるってことぉ? 時と場合によるかなぁ。もっとも先に具材を食べてしまってからパンを食べることはだめだけどねぇ」
「そもそもサンドイッチっつうのは上品に食うもんじゃねえしな」
「そうだな。サンドイッチの語源はともかく手軽に食べられるもの。夜の賭博や酒を飲む際の食べ物としてはじまり、労働者から早い・安い・携帯できる食べ物という評判で人気が出たんだ。つまりかしこまって食べる必要は特にないってことだな」
リーゼルは面白いことを聞いたという表情をしてクラブハウスサンドを手で掴むと豪快に齧り付いた。
「なるほど! こうして豪快に食べるとなんとも食ってやったという気になるね」
「ちょっとリーゼル! 辺境伯ともあろう者がはしたないですよ」
妻のジョゼッタは少し恥ずかしげにリーゼルを窘めた。
「ジョゼッタ様、特に問題ありませんよ。我々、女性陣だって無礼講だと言われたら間違いなく手掴みで食べているでしょうからね」
「結局のところ、男女関係なく時と場合によりますね」
女性のソフィアやフォローを入れたミユキからそう言われたので納得したようだ。
「なるほど場を弁える文化がおありなのですね」
「そうですねぇ。僕たちのいた世界は役職や立場の上下はあるけど身分での人の上下なんてもんはないですしねぇ」
「なるほどな、ブリッジ共和国のような人に上下はないという思想が根付いているのだね。この国も…そうあるべきなのかもしれんな…」
リーゼルは国のことを憂いているのか神妙な面持ちで呟いた。
「それは時代と情勢によりますよ。そう簡単に変わるものでもないですからね」
「そんなことよりもお代わりはないのかえ?」
「ちょっとお姉ちゃん! 恥ずかしいよ!」
空気も読まずにユキが物足りないと追加を要求したことを妹のシラユキが諫める光景に一行は重くなった空気がこれで軽くなったと胸をなで下ろした。
「ハハハ、古竜様は余程空腹と見られる。お代わりを持ってきて差し上げなさい」
「え? あなた今、古竜様と言いましたよね? そうとは知らず大変失礼いたしました!」
「ジョゼッタ、そこまで気にしなくていいのよ。お姉ちゃんてば頭弱い脳筋だから気にしないし。ねえカレシ、脳筋って言葉の使い方ってこれで合ってる?」
「んー、微妙かなぁ…それにしてもこの赤テーツが気になるねぇ」
テーツは地球で言うところのトマトではあるのだが、この世界で流通しているものは白いものしかなく、これぞトマトだという鮮やかな赤色をしたテーツを目にしたのはこれが初めてである。艦長組の4人はそれぞれジャンルは違うものの料理人経験者としてはどうしても気になるところだった。
「赤テーツか…どうやって成功させたのか気になんな。後で話すとき俺もまぜろや」
「皆、そこまで気になるのかい? それなら彼に時間を取るよう伝えておこう」
昼食会は和やかに済み、ジョセッタやイリスからテラスでのお茶会に女性陣は誘われ食堂を出ていった。
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