ショートケーキときみしぐれ

 

 ポータルの輪に入った途端に先ほどまでの景色でないという事は何度経験しても不思議な感覚に陥る。

初めて経験したエリーゼは、酔ったようで方向感覚すら失いふらふらとしている。

ソフィアが肩を貸しソファへエリーゼを座らせるとレヴィアタンが水の入ったグラスを手渡した。

 一行は早速作業にとりかかる。

ラーシュは、まずは餡作りのための煮豆から始める。

白餡に用いる豆は、正式名称を紅花いんげんといい白いんげん豆に比べて味が淡白で甘みもほんのり感じる程度の白花豆だ。

 豆をざるでよく洗ってたっぷりの水に浸ける。これは白花豆が持つ独特の悪臭を抜くために大切な工程で8時間程度しっかりさらすが時間調整魔術で短縮する。

「それじゃぁ、二人は豆の皮を剥いてねぇ」

ラーシュに指示されたアサヒとシラユキは真剣な表情で一つずつ皮を剥いていく。

二人が豆を剥いている間にラーシュは鍋に用意した小豆の1.5倍の水を張り沸騰させると小豆を入れた。これは沸騰した湯に入れる事で胚芽が壊れて吸水が行いやすくなるためだ。

小豆はで60℃まで一気にさげる事によって胚芽のたんぱく質が壊れて、水を吸い柔らかくもどるため再沸騰してから数分経ったところで同量の差し水を一気に加える。

すぐに鍋から河水した同量の湯を取り除き、また再沸騰させて数分おいてから加水する工程を8回ほど行ったところでざるに上げ、煮汁を切ろと新しい鍋に先ほどと同じく1.5倍の湯を沸かす。

湧いたところでざるに上げた小豆と重曹を入れ再沸騰したところで火を弱めて落し蓋をして柔らかくなるまで煮ていく。時間にして20~30分といったところであり、途中水面から小豆が出ているようなら加水し火のあたりムラがないようにかき混ぜるのがポイントだ。

「ラーシュ~、全部剥けたからおまめさん洗ったよ~」

「了解。そしたらさぁ、この鍋で白花豆の2倍の水入れてぇ強火にかけてねぇ」

ラーシュは二人に沸騰したらざるにゆでこぼす作業を3回やるように指示する。湯が沸くにつれて、豆から出たアクを完全に無くすためだ。

「ねえカレシ、なんでっていうのをするの?」

生のいんげん豆には毒性があるレクチンが含まれているのでそのまま食べると危険だが十分に加熱するとレクチンの毒性は消えると説明した。

そうこうしている間に沸騰し始めたので火を止め、白花豆をざるに上げて流水でよく洗う。

洗い終えたら別の鍋に豆とかぶる量の水を入れ沸かし、落し蓋をしてそのまま40分程煮ていく。

小豆のほうが煮あがったところでラーシュは水を7分目まで入れたボウルとざるを重ねたボウルの2つを用意すると煮上がった小豆を煮汁ごとレードルで1杯分すくってざるに入れ、背で軽く押さえながら回し、皮を大まかにはずして見せた。

「それじゃぁ、二人にもこれをやってもらうよぉ」

「わかったわ。楽しいね、アサヒ」

ラーシュは鍋の小豆がなくなった事を確認すると豆の皮が残ったざるを水をはったボウルに重ね、レードルでかき混ぜて生餡を落とていく作業を二人に見せる。

最後にしっかりと押さえて水分を落とし、ざるに残った皮を取り除くのがポイントだと付け加えた。

 白花豆の柔らかさを確認したところ、形が崩れてきているのでそのままドロドロの状態になるまで煮詰めていくと小豆のほうへと戻った。

…、生餡を落とし切れたかい?」

「終わったよ~。次は~?」

大きいボウルを取り出すと2つのボウルの中身から不純物を取り除いて滑らかな餡にするため、それぞれを目の細かいこし器で濾しひとまとめにした。そこに水を注ぎ入れ5分ほど放置し、生餡が沈殿したのを確認すると上水をそっと捨てて見せた。

「これを…そうだなぁ。6回繰り返してくれるかなぁ?」

二人が作業し始めたのを確認すると白花豆の様子を見る。すると完全に煮崩れてドロドロの状態になっていたためそこに砂糖と塩を加えて煮詰め、弱火でさらにしっかりと粉が吹く位の固くなるまで練り上げていき白餡を完成させた。

この段階までしっかりやらないとが蒸しあがった時にひびが出てしまうためだ。

二人に向き直ると作業を終わらせたのか雑談に興じている。

ボウルを見てみるとどちらも沈んだ生餡が見えるぐらい上水が澄んでいるため、上水をそっと捨てた。

次にガーゼを2枚重ねたボウルにさらし終えた生餡を一気に流し入れてガーゼの口を閉じて握るようにしてしっかり水分を絞り出すと鍋に砂糖を入れ、上水を取り除いた生餡の残りと、絞った生餡の3分の1を加える。これは水分を少し入れてあげる事によって砂糖を溶かすためだ。

中火にかけてへらで混ぜて砂糖を溶かしていくが、鍋肌の餡が固まって糖化する前に取り除くため濡らしたキッチンパーパーで鍋肌の餡を拭き取る。

砂糖が解けたら火を少し強め、混ぜながら温度計で110℃まで上がったことを確認をする。この温度帯まであげると、砂糖の臭みが抜け、甘みが和らぐからだ。

そこに残りの生餡の半量をを加え練り混ぜていき、炊き終わりの目安であるツヤが落ち着いてきてひとすくい持ち上げて形が残る程度であることを確認すると残りの生餡を加え、均一に練り混ぜていき一まとめにできる固さになったところでバットに移して粗熱をとりを完成させた。

「二人のおかげでどっちもいい物ができたよぉ。ありがとねぇ」

二人ともとてもいい表情をして、どういたしましてと返事をした。

ここからは和菓子職人経験者としての腕の見せ所である。

同時並行で茹で上げていたコームのゆで卵の黄身、上新粉をよく混ぜ合わせ、そこに白餡と生の卵黄を加えて、さらにしっかりと混ぜ合わせていき生地にする。

等分に切り分け丸く広げた生地で丸めたこし餡を底の部分の生地が薄くなるように覆い包んで丸く形を整える。

蒸し器に乾いた布巾を敷き、その上にすべてを並べて10分間蒸してを完成させた。

「久しぶりだけどなかなかの出来具合だねぇ。いやぁ、楽しかったぁ」


一方の雅はショートケーキに決めた。

レヴィアタン用と4パーティー分のために直径15センチの5号型を選択した。これで4人から6人程度のホールケーキができる。

「アテナ、レシピとスキルのインストールはしてあったよな?」

「勿論よ。前にもストレス発散で大量に作ったことあったでしょ?」

1ホール分のスポンジケーキの材料として、卵が2個、グラニュー糖と薄力粉がそれぞれ60グラム、無塩バター10グラムを使う。

シロップの材料として水が40ml、グラニュー糖 20g、キルシュヴァッサーを小さじ2杯分を用意。

クリームの材料として生クリーム350ml、グラニュー糖を28g、キルシュヴァッサーを小さじ1杯分を用意。これを6ホール分、計量し用意した。

イチゴも大量に用意している。

ボウルに卵をほぐして、グラニュー糖を加えて約60℃の湯せんにかけながらと混ぜる。卵は35~36度くらいになると泡立ちがよくなるためだ。

人肌程度に温まったら、湯せんから外してハンドミキサーで卵が白っぽくもったりとするまで泡立てるとハンドミキサーを低速にして1分ほど混ぜてキメを整える。

一つ目のボウルを混ぜ終えたところでソフィアが確認する。

「つまようじが倒れないくらいのかたさが目安なのよね?」

「そんなところだな。ミキサーで泡立てた卵をすくい落とした時にあとがしっかりと残るくらいだ」

次にふるいにかけた薄力粉を加えてへらで底から大きく返すように気泡を消さないように混ぜていき、粉っぽさがなくなりツヤが出てきたところで溶かした無塩バターを加えてさらに混ぜ合わせていく。

生地を型に流し入れて表面を平らにならし、台にトントンと打ち付けて空気を抜くと180℃に温めたオーブンに型を入れた。ここから25分程かけて焼いていく。

焼いているうちにシロップやクリームの用意だ。

鍋に水とグラニュー糖を入れてひと煮たちさせ冷ましたところにキルシュヴァッサーを加えてシロップを仕上げる。

そしてクリーム作りにとりかかる。氷水の入ったボウルに空のボウルを浮かべて生クリーム、グラニュー糖、キルシュヴァッサーを入れて泡立てていく。

「生クリームの筋が残る程度のかたさまで混ぜてくれ」

「7分立てってやつね」

仕上がったシロップと生クリームを劣化を防ぐため一度サブスペースに仕舞ったところで酔いの覚めたエリーゼが加わり何をすれば良いのか指示を請うた。

オーブンが焼き上げを報せたので、雅はスポンジに竹串を刺して生地がついてこないか確認すると知らない者から一見すると乱暴に見える少し高い位置から型ごと台に落とした。

「ええ! そんなに乱暴に落として大丈夫なの?」

ケーキ作り初体験のエリーゼは案の定、驚き少し離れた場所にいたシラユキも何事かといった表情でこちらを見ていた。

「焼きあがったスポンジを少し高い位置から落とすことで、焼き縮みを防止することができるんだよ」

雅とソフィアはこれが普通だと言わんばかりにスポンジを冷ますため、型から外してケーキクーラーの上に上下を逆にしてのせていく。

イチゴはサンドするための薄切り、トッピング用には縦半分に切ったものと丸のままのものを用意してスポンジの上下を直して上側の茶色い部分を5ミリほど切り落とし残りを厚みが均一になるように3枚にスライスしていく。

スライスした最下段のスポンジを回転台に乗せて、サブスペースからシロップを取り出して刷毛で塗っていきしっとりとした仕上がりを目指す。

生クリームも取り出し適量をボウルに移し、やわらかいツノが立ち、その後少し曲って下を向く状態、いわゆる8分立てにするために泡立てるとスポンジに薄く塗り、薄切りにしたいちごを並べ、その上に生クリームを薄く塗り広げて平らにする。

「中心にいちごを置くと切り分けにくいので中心は空けておくようにな」

エリーゼが、はい、と返答しながら同じように作業をしていく。

中段のスポンジの両面にシロップを塗り生クリームの塗られた下段のスポンジに重ね置き、同じようにイチゴを並べ、その上に生クリームを薄く塗り広げて平らにする工程を繰り返す。

上段のスポンジの両面にもシロップを塗り付け重ねると下塗りに入る。

8分立てにした生クリームをひとすくいのせて、回転台を回しながらパレットナイフで薄くのばす。側面にも薄く生クリームを塗る。

「スポンジが少し見えていても大丈夫だぞ。下塗りをすることでスポンジのくずが表面に出にくくなってきれいに仕上がるんだ」

下塗りが終わると本塗りだ。

まずは雅がやって見せる。生クリームをのせてパレットナイフで塗り広げ、5時の位置にパレットナイフを置いて固定し、回転台を回しながら平らに整えると側面に生クリームをぐるっと一周塗り、今度は8時の位置にパレットナイフを縦において固定し回転台を回して側面をきれいにしていく。

台に落ちたクリームをパレットナイフで取り除き、上部にできた角も外側から内側にパレットナイフを滑らせて平らにならして見せた。

「ナッペ…、塗るときはパレットナイフを動かさずに固定して回転台を回すときれいに仕上がるぞ」

「む、難しい…」

「ホントに難しそうね、ウチにもできるかなぁ。アサヒはできそう?」

「覚えたよ~。だから余裕かな~」

シラユキとアサヒがエリーゼの苦戦している様を見て感想を漏らすもアサヒはスキルをインストールしたようでドヤ顔を決めている。

雅は、生クリームを8分立てにして星口金をつけた絞り袋に入れて、1周絞りイチゴをトッピングしてアクセントのセルフィーユを飾り付けて完成させレヴィアタンにホールごとプレゼントした。

「あら、まあ。こんなにいただいてしまっていいのかしら」

「夜分にここを使わせてくれたお礼ですよ。これでスッキリできましたからね」

眉間に皺を作っていることが多い雅がいい笑顔でゲイル達にも渡してほしいともう一つのホールの入ったボックスを渡すとレヴィアタンも微笑みながらそれを受け取った。

ソフィアも完成させており、土産用のトッピングはシラユキとアサヒが担当した。

エリーゼの分はデコレートの絞りは自身がないといい雅が施した。

「こっちは一人3個ずつってとこかなぁ。あ、レヴィとゲイルたちの分は6個ずつねぇ」

の入った綺麗に包まれた折をレヴィアタンにラーシュが手渡す。

「おばあちゃん、ウチも手伝ったんだからね。ちゃんと味わってね」

「うふふ、ちゃんと見ていたわ。ありがとう、シラユキ、皆さん」

「よかったね~喜んでもらえて~。ところで~食べないの~?」

作るだけで満足していた一行にアサヒが問うと一同ハッとした。

「いただいてばかりでは申し訳ないから飲み物は私が用意しますね」

レヴィアタンはキッチンの冷蔵庫の扉を開くと躊躇なく牛乳の入ったボトルと大きめのシェイカーを手に取りシンク台に置いた。次にキャビネットの棚から抹茶の缶を取り出すとシェイカーに抹茶を数杯入れ、牛乳を注ぎシェイクすると人数分用意されたカップにティーストレーナーで濾しながら移していく。

ピッチャーにまた牛乳を注ぎ入れ背後の棚に置かれたエスプレッソマシンでしスチーミングし、それぞれのカップに注いだ。

「抹茶ラテなら和菓子にも洋菓子にも合うはずよね? いただきましょ」

「ポータルも初めてでしたし…抹茶ラテなんて初めて聞いたし…キャビネットの棚には見たことない機械があるし…マスターは何者なんですか?」

エリーゼは慣れた手つきでラテを作ったレヴィアタンがただ者ではないことを感じてつい口走ってしまった。

「私? 私はこちらの世界の者じゃないのよ。どちらかというと雅さんたちの世界に近しい存在よ」

「え? 雅さんたちの世界に近しい存在…。ユキちゃんとシラユキちゃんのおばあちゃん…。まさか…!」

「ああ、俺たちの世界では神にも等しい神龍だ」

雅からの思いもよらないレヴィアタンの紹介で完全に固まった。

「エリーってば、ウチとかお姉ちゃんと普通に話してるじゃん。今更よ」

「え? ああ…まあ「そうよね…でも、まさか上司が神龍さまなんて…」

レヴィアタンはどこ吹く風でを口にする。

「ほんのりと甘くて香ばしい卵の黄味の味わいがするし包まれたこし餡も美味しいわね。しっとりしつつもふんわりした食感も素敵ね」

「こし餡の味をしっかり感じるけど、ほのかに黄身の風味も感じる…絶妙な具合いだな」

「おお~、このケーキ~上品な甘さでおいしい~!」

アサヒが一口食べたところで感想を漏らすとレヴィアタンも、トッピングの苺とともにケーキを口にする。

「生クリームの甘さと苺の少しの酸味が本当に美味しく感じるわね。スポンジも全くパサついた感じがなくて美味しいわ!」

「レヴィの淹れてくれたラテ、抹茶の苦味がどちらにも合うねぇ」

「うふふ、ありがとう。今日使ったお抹茶は静岡の朝比奈産なのよ」

章姫あきびめを使えば産地を揃えられたのにな…」

雅が今回使った苺は八女市のだ。福岡県が6年かけて開発したブランド苺であり、福岡県以外では生産されない艶やかな赤い輝きを持つ非常に甘い苺である。

「それなら、私も八女のお抹茶を使えばよかったかしらね、うふふ」

「宇治のイメージが強いけどさぁ、愛知の西尾産が抹茶に限定した初めての地域ブランドなんだよねぇ。あとは奈良とかも有名だねぇ」

奈良県産以外にも滋賀県産、三重県産も京都府内業者が京都府内において宇治地域に由来する製法により仕上加工した抹茶は宇治抹茶というブランドで売られるのだと付け加えた。

「小豆はほとんどが北海道産だけど、何気に京都もそれなりの産地だったよな?」

「そうだねぇ。収穫量は3位だったかなぁ。2位は兵庫だったはずだよぉ。それよりも僕はコームの卵の質に驚いたよぉ」

黄身の色は、一般的な鶏卵と同じく黄色で水分も多いが手で掴めるほどの弾力がある。この時点で高級卵の黄身と同等以上のクオリティなのだ。

「黄身も白身もこんもりと盛り上がっていて、しっかり輪郭があったな」

高級卵は、黄身も白身も弾力が保たつ理由は炭酸ガスがたっぷりと含まれているためだ。コーム卵は高級卵の長所と一般卵と同等の水分量のため加熱しても固くなりにくいという長所を持つ欠点の少ない一品だという結論に至った。

食べ進め終えると、話題が明日以降の予定へと移った。

「そういうわけで当初の予定どうり明日、護衛依頼を請け負ったという名目でアンヴァルドに立ち寄りそのまま王都へと向かうつもりです」

「そうですか…。辺境伯と会って話す機会があったら、彼の話をしっかり聞いてあげてくださいね」

一行はキッチンやカトラリーの片付けを済ませ、別れ際に次の会食の約束をさせられつつ執務室を後にし宿へと戻った。



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