不完全燃焼日
「こんばんは、雅さん、皆さん。なんでも白金三級で冒険者登録されたそうで、おめでとうございます」
「ありがとうございます。ミルデさん」
食堂の席についた途端、ミルデからコームの卵について話があった。
「雅さん、先般の卵の件ですがこれから産卵の時期に入るコームの卵を回収して雛から飼育をしてみようかと思いましてね。早速、コーム用の小屋を作ったんですよ」
商売においてあらゆる情報を把握し先駆けることははどこの世界でも同様なのだろう。
「そうなんですね。でもなぜそれを…?」
「我々商売人は
ゴースティン支部に残り活動するメンバーは実質ゲイルとシャルロッテだ。この二人が精力的にとまでいわずとも活動してくれるだけでも効果はあるだろう。それにジェンナーロが戻ってきたら彼を抱き込むよう二人には頼んでいる。
「それはありがたい話です。今回だけでなくこれからもぜひゲイルとシャルを頼ってもらえるとこちらもありがたいですよ」
アンヴァルドや王都には付き合いのある商人がいるかどうか雅は気になりミルデに聞こうとしたが逆にミルデから切り出された。
「この領内には全ての街に支店もあります。アンヴァルドの街で何かご入用のものがあれば支店長のセパンという男に仰ってください」
「ありがとうございます。立ち寄ってみようと思いますよ」
ミルデはぜひにというと王都では商人には気をつけるよう注意があった。特に自分の父については怒り心頭といった面持ちで語った。
「王都には父が営んでいるサッテ商会という大店があります。言葉巧みに買い手を誘い有利に取引を進めるのを得意としていたんですが…なんでも相手を騙し粗悪品をつかませるような詐欺まがいのことをやり始めたようで…全く! 雅さん、父からの接触はまずないでしょうが商人ギルドで会うやもしれません。お気をつけください」
ミルデは言動や行動の端々に潔癖な部分が垣間見える。おそらくその潔癖性が影響し父親のやり口が嫌いなのだろう。
「それなら王都ではやはり商人ギルドに頼るのが一番良さそうですね」
「そうですね、王都ではまずは商人ギルド、次に…これは私の好敵手に塩を送ることになるのであまり言いたくないのですがね…私の幼馴染でクァンタスという男が商会を営んでいます。小さな商会ですが彼は誠実さが売りの男です。ぜひ、彼の店にも足を運んでやってください」
商売人は自身の利益を優先するものだ。しかし、彼は自身の利益よりも雅達に有用な情報を与えてくれクァンタスという幼馴染の紹介さえしてくれた。ミルデもそのクァンタスと同じように誠実さを売りにしているのだろうが、それと同時にこの男は正直すぎるとふと雅は心の中で思った。
「それはいい話を聞きました。ミルデさんに紹介いただいたんです。なにかあれば訪ねてみることにします」
「お、料理が来ましたな。今日の
道具の類が気になったのだろうミルデが言い終わるタイミングで二皿の料理が目の前に置かれた。
運ばれてきた料理はそれぞれ前菜の
「ねえ、ミルデさん、カルパッチョって言ってたけどこれってジェンナーロの店発祥だったりする?」
「ええ。護衛依頼をお願いしたときに出してくれた料理の味に惚れ込みましてね。彼の義実家が再出発すると聞いていくらか店にお金を出したんです。その代わりと言ってはなんですがいくつか料理法を教えてもらいましてね。その一つがこのカルパッチョです」
やっぱりというような納得顔をしたリアムはすぐに表情を変え疑問を口にした。
「でも、イタリアだと普通は肉だけで魚は使わないよね」
「ええ、彼がいた国では魚を使うことはなかったと言ってましたね。なんでも日本という国にカルパッチョが渡って魚を使ったものが誕生したとか。彼も日本を旅したときに食べたその味の印象が強かったようですよ。うん、淡白な白身がオリーブ油と
女性陣も皆口々に美味しいと言って食べている。
魚よりもやはり肉がいいのかユキとシラユキは別に運ばれてきたバファローオークスのカルパッチョばかりを食べている。
「確かにこりゃうめえな。飯時にすまねえけどよ寄生虫なんか大丈夫なのか?」
転生前、生物を扱うことが多かった龍が疑問を覚えた。
淡水魚は日本顎口虫、有極顎口虫が寄生することが多い。顎甲虫は人体に入ると2〜3週間ほどで皮膚へ移動し、
しかも虫卵が孵化し体内を移動することで重篤なケースに陥ることもあり大変危険だ。
「登録審査で
だが、提供されたカルパッチョからは紫蘇の香りも味もない。それを指摘すると紫蘇の消臭と味抜きの魔術を施工してジェンナーロのレシピ通りにしているとの事だった。
「そうなのか。でもよ一回で殺し切れんのか、その虫殺し」
酢の類でも凍結させても虫卵は無事であるケースが多い。それをわかっている龍は質問を続けた。
「そこは調理前にかならず成体、虫卵問わず鑑定をこの宿ではさせていますよ。もし発見した場合は漬け込み作業をもう一度繰り返すということで安全を保っていますね。魚だけでなく肉も同じように施し野菜も水洗いだけでなくノービル液で洗っています」
「なるほどな。安全対策はしっかりと施されているっつうわけだ。わさびや生姜よりすげえかもしれねえ」
龍は感心しながら
「おお、サルサ・ウニヴェルサーレにそっくりの味じゃねぇか!」
サルサ・ウニヴェルサーレはユニバーサルソースと英語圏で言われるマヨネーズをベースにレモン汁とウスターソースを数滴垂らしたソースを指す。
『これってもしかしてマヨネーズとかウスターソースあるのかなぁ』
『なんだ、ラーシュ。念話なんか飛ばしてよ?』
ラーシュ達がマヨネーズとウスターソースがあると予想したがミルデの返答は全く違うものだった。
「ああ、このソースはジェンナーロが冒険者専門だった頃に見つけたみたいでしてね。マイナというの木の実を砕いて煮詰めたものなんですよ。マイナ汁ではなんとも美味しくなさそうなので彼がマイナソースと名付け今ではそう呼ばれていますね」
「へえ、そんな実があるのね。そんな便利な実ならたくさんほしいわよね」
ミーナはソースの味が気に入ったんだろう、すぐに木の実を欲しがったミーナの希望をミルデはへし折った。
「ただ、木は沢山あるのに実はなかなか成らない不思議な木でして市場にはまず出ることがない希少品ですな。下世話な話ですがこの料理のソースだけで2万ルプほどするもなのですよ。オークションに出せば必ず高額で競り合われる人気商品ですな」
『ねえ、マヨネーズとか異世界あるある感満載だけどさぁ。作ってみるのもいいかもねぇ。ウスターソースとかもぉ。リアムはヲタフクの味がいいんだよねぇ?』
『サブスペースにあるけどさ。結構、何にでも組み合わせられるしこっちでも作れるといいよね。なくてもいいけどたこ焼きとかお好み焼きにかけるとそれはそれで美味しいからね』
『ラーシュ、お前商売ネタ、ミルデに黙っておく気かよ。全くよ』
『彼がもう少し信用できるようになるか僕らの元で働けるような人がいたらその人に任せたいって気もあるにはあるんだよねぇ。ま、ミルデのことは雅に任せておけば問題なさそうだし』
『口には出さんが俺だって楽したいんだからな。サブリーダーだろ、お前?』
打ち明けるのはミルデが今以上に信頼できる存在になってからだと商売ネタを隠しておきたかったラーシュは三人にそう念話を飛ばしたのに対して雅が返答したのはただの愚痴だ。
その後の料理はムニエル、きのこと
前回の食事と同様、ハーブはあくまでも臭み抜きや下味の風味付にとどまっているようで塩と胡椒が味付のメインなのでどれも美味いのだがどこか口寂しく感じる食事である。だがそれをこの場で言うのは憚られた。
食後、AIやミーナ達女性陣は部屋へと戻り、残った男性陣は火酒を煽りながら釣り道具の話で盛り上がった。
この世界にもラプラスという浮力の高い木を原材料にしたミノールアーに似たようなニゼーと言う疑似餌がありそのどれもが地球産のルアーに遜色ないものだった。
しかもミルデも釣りが好きでこのニゼーを自作していると言った。
しかしこのニゼー、重くしようにもラプラスの浮力が強すぎて浅い層しか狙えない物でありもっと深場の大物釣りをしたいとミルデは熱く語った。
それならばとリアムが金属製で重いスプーンなら深場を探れていいんじゃないかと提案するもミルデとしてはあくまでもニゼーに拘りたいと考えを曲げなかった。
ラーシュが思い出したようにディープダイバーミノーを取り出すとミルデに見せた。「これみたいにさぁ、ここのリップ部分を長くしつつ裏側に金属を貼り付けたら頭部が重くなるじゃんねぇ。それに水の抵抗も強くなるか引けば引くほど潜ってくんじゃないかなぁ」
「それですよ! 早速、自作してみます!」
座っていた椅子を倒す勢いで立ち上がると店には戻らずに宿にあるミルデ用の執務室へと戻っていった。
二次会じみたルアー談義もお開きにしてそれぞれの部屋へと戻ることにした。
雅は部屋に戻るなりソファに腰かけるとふと独り言をつぶやいた。
「レヴィアタンの言ったとおり、この世界では最後の口直しのデザートは出ないんだな…」
「パティシエの経験からやっぱり寂しさなんていうのを感じたり? エリー、この街にはスイーツいえお菓子の類の店はあるのかしら?」
「お菓子屋さんならあるわよソフィ。でも種類はあまりないかしらね。パイとかクッキー、麦飴…あとは…果物の蜂蜜や砂糖漬け? ぐらいかしらね」
「果物の蜂蜜漬けってお菓子なのかしら…」
「え、それはお菓子じゃないの? 果物の蜂蜜漬けはとっても美味しいと思うのだけど」
そもそも、種類自体が少ないようだ。カカオ豆も菓子向きとは思われていない。やりようによってはいくらでもクランの資金源になると考えた。
「なるほどな、種類自体が少ないんだな。となると色々試作してみないとならんな。幸い、エリーという
「エリー、この先、雅がきっとあなたが喜ぶような美味しいお菓子を何種類も作ってくれると思うわよ」
「そうなの? 私は雅さんが作ってくれるものならなんでも嬉しいわよ?」
暫くお菓子談義に花を咲かせていると部屋の扉がノックされた。
扉の向こうにはラーシュ組が揃っていた。
「休んでいるところごめんねぇ。アサヒとシラユキがデザート食べたいって言いだしてさぁ。僕もさぁ、なぁんか不完全燃焼な感じもあるんだよねぇ」
「それはまあ、俺も感じていたところだけどな。ここではちょっとどうかと思うぞ?」
考える事は同じかと苦笑しつつ何を作ろうか早速考え始める。
「確かにここでも作れないことはないけどさぁ、気兼ねなく作りたくてねぇ、レヴィのとこ使ってもいいっていうから呼びに来たんだよぉ」
「いいって…本当に聞いたのか?」
雅が半信半疑でラーシュに問うと背後にいる二人の短い驚きの声の後に続くレヴィアタンの声があった。
「こんばんは、雅さん。甘いものをいただけるって聞いたから迎えにきたわよ、うふふ」
雅たちのいる部屋にポータルを繋げてギルドの執務室からこちらへと転移したという。
「おばあちゃん、無理言ってごめんね。その代わりカレシが腕によりをかけて作ってくれるから期待しててね」
「期待しているわよ、それでは行きましょうか」
レヴィアタンとシラユキはごくごく自然にポータルの輪に入っていくと姿が消えた。
「あの二人どこ行ったのよ? 大丈夫なの?」
ソフィアが驚愕してエリーゼに話しかけるが、そのエリーゼもただただ驚いているだけで反応がない。その二人を横目に興味津々といった表情でアサヒがポータルの輪に入ると姿が消えた。
「さ、次はソフィア、エリーゼの番だ。特に問題ないからあの輪の中に入っていけばいい」
「ギルマスなんてやってるぐらいだからすごい人なんだとは思ってたけど何者なのよ…。こんなの初めて見たわ…」
バグって興奮しているソフィアとブツブツ言っているエリーゼの二人を雅がポータルの輪に入るように促すとハッとして恐る恐るその中に入り姿を消す。
ラーシュは施錠を確認すると雅に向き直り、リアムと龍の組にはお土産で渡そうと提案するとポータルに消えていく。
「ショートケーキってとこかな…。ホールで渡せばいいだろう」
雅もポータルの輪の中に踏み入れた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます