トゥ・アース発足


 一行がギルドの外に出ていくとそこには既に指名依頼の内容を記載済みの依頼書を手にしたイリスが待っていた。

「いかがでしたか? リアム様」

「ああ、うん。全員、白金三級冒険者になりましたよ」

「まあ!おめでとうございます!」

「あ、ありがとうございました」

 語尾をで終わらせずにで終わらせ無理矢理にでもここでおしまいにしようとしたリアムにイリスが追い討ちをかけた。

「あの依頼書を準備したのですがパーティーの登録をまだされていないんですよね? どうなさるおつもりなのです?」

「ああ、パーティー名~! それに~クラン登録もしなきゃ~」

全員がクランの登録を思い出した中、アサヒが大声で反応しギルドへと戻ると一行とイリス達も続いた。

「エリーゼ、クラン設立条件の等級は満たしてるし拠点も不要だったよな?」

「はい。特にクラン設立の障害はありませんよ」

 受付に戻っていたエリーゼに確認を取り、予め決めていたクラン名とパーティー名をこの場で登録することにした。

 クラン名はトゥ・アースとした。

転移者の生活支援だけでなく帰還希望者には帰還についても支援する目的もあることから登録名をリターン・トゥ・アースとするはずだったところを省略して登録しようということになったのだ。

パーティー名についてはそれぞれで決めており以下のとおりに登録した。

 雅・ソフィア・暫定エリーゼ→ウェンティーズ。アメリカ発祥の世界的なハンバーガーチェーンの名だ。

 リアム・アテナ・ミーナ・ローラ・ハルロ→クリネップス。 世界的に有名なティッシュペーパーの名だ。

 龍・ミユキ・ユキ→スニーカーズ。 お腹が空いたらスニーカーズで有名な携帯菓子の名だ。

 ラーシュ・アサヒ・シラユキ→ファプリーズ。世界的に有名な消臭剤のブランド名である。

このようにふざけた名前であるように聞こえる。

しかし地球出身の流人ながれびと限定になってしまうが今後、別行動する際にそれぞれが活動して目立てば自然と名前も目立つ。

それにより流人ながれびとを見つけるきっかけが増えるだろうと見込んでのこのパーティー名である。

というのが表向きの理由で半分以上はありきたりな名前よりふざけた名前のほうがいいと悪ノリしてつけたようなものだが。

「クランの本部や支部はまだないですよね?」

エリーゼも事情はわかっているので拠点はないものと断定し雅に確認した。

「え、君の家があるじゃないか。今日から君はゴースティン支部長だから」

「え、ちょっと待って! 一緒になってすぐに離れ離れになっちゃうなんてイヤぁ!」

「いや、君はまだここのギルドの仕事もあるだろう?」

「それはそうですけど…イヤです!」

 他のメンバーはまあ、イヤだよなというエリーゼに同情する表情をしているとレヴィアタンが降りてきた。

「エリーゼ、あなたにはクランマネージャーとしてリーダーに随伴することを指示します。これなら一緒に行けるでしょ? 彼女、こう見えて金三級の資格持ちなのよ」

ソフィアに向き直ると、まるでわかっているでしょというようにウインクしたのでソフィアもそれを察してフォローした。

「閣下、先般のフィールドワークでもなんの問題もありませんでした。エリーは冷静沈着に任務を遂行可能だと判断します」

「しかしな…はあ…わかった。それではエリーゼにもメンバーとして同行してもらう」

雅はここで無理に諦めさせようとしても聞かない相手にこれ以上の説得は無意味だと同行を許可した。

「その代わりと言ってはなんだけどゲイル、シャルロッテ、そして受付のリナをあなた方のクランメンバーとして登録してほしいの。勿論、拠点はゴースティン支部よ。これならどうかしら?」

自身はこのまま受付のままなんだと諦観していたリナは大喜びしたがゲイルとシャルロッテは困惑している。

「俺たちがクラン入りするんですかい? なんの役にもたちゃしねえと思うんですがね。」

「入ったとしてもなにしたらいいのかわからないものね…」

「あなた達はそれなりの実績を持っているしこの街の冒険者で上から数えたほうが早いでしょ? それに知名度があって顔も広いもの。流人を見つけることもそんなに難しくないんじゃないかしら」

「そうは言っても流人ながれびとにゃ飯屋やってるジェンナーロしか知った顔がいねえですし…。他に一度も見つけた事ねえしそんなこと試したこともないんですぜ…俺達にゃ無理な話だと思うんですがね…」

 ここ数日の付き合いではあるが信頼できる人間であり、懐も広く実力もある。そして何より知名度もあり尚且つ、イタリア人ジェンナーロの顔見知りでもある。雅は困惑していた二人にただ籍をおくだけで今までと変わらない生活をして定期的にジェンナーロの店に顔を出してくれればいいと話した。

「それなら俺らは問題ねえけどよ…。拠点はねえしお前らにゃなのんの利点もねえんじゃねえか?」

「ああ、の宿泊期間をお前たちの部屋含めて一年予約済みだからな。それは問題ない」

「決まりでよくね? 俺達がいない間もよ、シャルロッテと二人でよろしくやってりゃいいんだよ、ゲイル」

「二人ともよろしくねぇ」

「なんかあったらギルドマスターに言ってくれれば僕達いつでもすぐに戻ってこられるしね。だから二人には僕達の留守を任せたいんだ」

女性陣もイリス達が居城に戻るため開ける部屋もリナが継続使用できるように手配するなどと話していた。

これになんとか一行と繋がりを保ちたいイリスから雅にリナが滞在する部屋の宿泊費の折半を材料に自分たちの使用許可を求めて交渉してきた。

リアムは断ってほしそうな表情をしていたが辺境伯側と良好な関係を作りそれを保っておきたい雅はこれを了承した。

 新生クランへの指名としてイリスの申請した依頼書は受理され翌日、城までの護衛依頼を請けることになった。

護衛依頼といえど雅達にとっては単なる王都に向かう通過地点までの送迎に過ぎない。しかし今後、魔の森を掌握した場合には唯一の境界線は辺境伯領となる。そのための顔合せぐらいはしておきたいと雅は考えイリスに会談の時間を作って貰えるよう依頼し冒険者ギルドをあとにし宿に戻った。

 明日の準備のためイリス達が部屋に戻っていくのを確認すると一行は夕食まで自由行動することに決めた。

龍と雅は話に聞いたケイリョッシュ川に鱒を釣りに行くと言うとリアムは一度川を見てから街に戻り名所散策を、ラーシュは調べたいことがあると宿に残ることにした。

「なんだろうね…、イリス嬢のあのグイグイくる感じが僕は怖いんだよ…」

「私も同意いたします…。メラニ様の…あの有無をも言わせぬ様にはほとほと…」

 街の東端を流れる川へと移動している最中にリアムとハルロが圧の強い二人に対して愚痴を零した。

「メラニ嬢は控えめな様でいて、容赦なくハルロに迫っているもんな。あれは俺もちょっと引くな」

「雅、ここにいない人をあんまり悪く言うものじゃないわよ」

 ソフィアが良識ある言葉を雅に投げかけると、つい総じてこの世界の女性は狙った獲物を逃さないという姿勢で男性に迫ってくると感じていたことを言ってしまった。

「まあ、確かににそうなんだがな。エリーゼといいイリス嬢たちといいこの世界の女性はああいうものなのかね…」

「閣下、どの口が言っているんですか? 龍や閣下のほうがもっとストレートですよ。ともすればセクハラに当たるようないやらしいこと平気で言いますしいっつも胸ばかり見てますし」

「ミユキのいうとおりほんといつもエッチなこと口走ってるわよね。私は慣れているからまたかって思うけどリアムなんて初対面でも踏んでくれとか叫んでるし」

 AI達が男性陣に向かってブーメランを投げながら歩みを進めていくと程なくしてケイリョッシュ川の川岸にたどり着いた。

川岸では漁師たちが漁を終えて片付けをしている。龍がその中の漁師の一人に声をかけた。

「なあ、そこのあんた。この川に魚釣りに来たんだけどよ。1日だけの遊漁許可証とか必要なのか?」

 水産資源の保護の観点から地球だけではなく連邦内のすべての地方自治体には内水面漁業の協同組合があり遊漁について厳しく規制をかけている。

そのため、当然そういった類の許可証を買わなければ釣りはできないと思っていた。

「ああ、すげえ美人さん侍らせて釣りか…。あ、すいません、このあたりじゃ見かけねえですけど…どこぞのお貴族様ですか? 許可証なんてもんはねえですけど…」

「俺らは貴族じゃないからそんな話し方しなくていいさ。なんか別の決まりがあるのかい?」

「そうかい、なら遠慮なく。そうだぜ。決まりがねえと金持ってねえやつが根こそぎ持って帰りやがるからな」

ほかの漁師たちも話に加わり以前の事を教えてくれた。

「ああ…昔は酷かったよな…。だからよ、釣りしに来たやつと俺たち漁師とのいざこざが減らなかったんだぜ」

そのいざこざが発展して死人が出たほどの大喧嘩となりそれではマズいと危惧した国が、持ち帰りを一人二匹までと制限する法令を発布するに至ったとのことだった。

「じゃねえと俺ら職漁師も稼ぎが減るし、釣りしに来るやつも手ぶらで帰るわけにもいかねえだろうからよ」

「教えてくれてありがとうよ。でもよ、密漁する連中なんかいそうだよな。そういう奴ら見つけたらぶちのめしゃいいのか?」

「そのへんは心配ねえよ。このアンヴァルドはな、街だけじゃなくて領地の中を流れてるこの川も衛兵が見回りに何回も来るんだ。川岸に詰め所も何箇所かあるしよ。ほら、見えんだろ、あれも詰め所だ」

対岸の領地にあるカルコーストルの街の人間は際限なく漁獲しゴミまで川に流す始末の状態をアンヴァルド辺境伯は気に入らないらしく対岸の監視の意味合いも多分にあるという事だった。

「てことは領主様があんたらを保護してくれてるってことか?」

「今の領主様よりもっと何代も前の領主様の代から俺らには良くしてくれてるってうちの爺さんから聞いてるぜ。月一回、兵士さんがよゴミさらいまでしてくれんだよ」

別の漁師が嬉しそうにして話を付け加える

「そうそう! ただでしてもらうのも悪いからよ、漁をしないでゴミさらいに皆で参加するのさ。こんなことしてんのはこの領地と下のラカカシル湖のスネイゴンって街だけって話だ。興味あんなら向こう岸に行ってみな、ゴミだらけでびっくりするぜ」

「そうなんだ領主様さまだね。ゴミのことはなんか決まりごととかできそうにないの?」

「領主様がこれじゃあんまりだっつって国王様にお願いしてくれてよ。決まりごとのお触れが近々出るって話になってるみたいだからそれまでの我慢だな」

 アンヴァルド辺境伯は随分と評判のいい領政を行っているようだ。雅の中でも評価は上がった。

「そうかい。ありがとう。仕事の邪魔して悪かったな」

「構わねえよ。捕まっても文句は言えねえからな、釣れすぎたらちゃんと逃がせよ」

「俺達はただ引きを楽しめりゃいいからよ。せいぜい愉しませてもらうぜ、じゃあな」

 一行は漁師と別れると釣りの準備をはじめた。

 川幅もあり水深もあり太い流れの川で背後には木々が生えている。そのためバックスペースがあまり取れない場所でルアー向きだ。

しかしフライで釣りたいと考えた二人はこのような状況下で有効なスカジットキャストによるスイングフライでの釣りをすることにした。

ウェーダーやウェアは雅や龍はウェーダー、ウェーディングシューズともにシームス社のプロシリーズを着用し女性陣にはレディース仕様がラインナップされているアコンカグア社のウェーダーやラバーソールウェーディングブーツを揃えた。

 デザインや機能性に優れる道具を好む龍はアメリカ、ハーブ社のイグナイト12フィート6インチの#7ロッドにラムゾンウォーターマークス社のスピードキングHDの組み合わせを選択した。

使用するフライラインは500グレインフローティングスカジットヘッドに12フィートシンキングティップ、フライはマドラーミノーだ。

 対してトラディショナルなスタイルを好む雅は、英国バーディー社の13フィート6インチの#8ロッドに同社製カスカペティアライトサーモンの組み合わせをチョイス。

フライラインは550グレインシンキングスカジットヘッドに12フィートファストシンクティップ、フライはソフトハックルデシーバーを選択した。ティペットに結ぶフライにこだわりはなく、そのときに使いたいものを使うのが二人の流儀だ。

AIたちも上官に倣いキャスティングスキルをダウンロード、インストールして同じタックルを使用した。

そんな中、ユキははじめてのキャスティングで苦戦していた。

「なんでそんなに糸が飛ぶのかわからんぞ…たまに飛んでもヘロヘロぞ…」などとぼやいているうちにファーストヒットはユキが勝ち取った。

どうしていいかわからず龍にサポートを求めどうにか22インチのニジマスモドキを釣り上げるとメンバーそれぞれ一匹ずつ釣り上げた。

 その様子を見物していたリアムがやる気になりルアーロッドをサブスペースから取り出した。

天竜社のレイズ・スペクトル7フィート7インチのロッドにリールはシモノ社のダブルパワー4000XGの組み合わせ。

リールに巻かれたハイパーPEライン0.05号にチップベイツ社のエッジMD86SSキンクロを結びミノーイングをしはじめる。

アテナやミーナ達も参加しているがミーナ達もキャスティングの仕方がわからずアテナに指導してもらっている。

 雅や龍がフライをドリフトさせスイングで魚を誘っているのと同様にリアムもアップクロス気味にキャストしミノーを下流までドリフト、ミノーがターンしたと同時にトゥイッチングをかませ魚を誘う。

するとバイトしたもののバラしてしまった。

「ああ、バレた! 久しぶりにルアー使ったけどやっぱり楽しいねぇ」

釣りに行くと聞いたときには特に興味を示すことなく名所散策をすると言っていたリアムが一番熱心に釣りを楽しんでいる。

 日も傾き、全員が一匹ずつキープして納竿しようかと話してもリアムはロッドを振り続けて熱中し、最後までイブニングはドライフライでライズを狙うんだとリアムは帰りたがらなかったが夕食はやはり全員でとなり宿へ戻ることにした。

 宿に戻った一行は釣り上げた魚を宿の料理人に提供した。料理人からは感謝され今夜は提供したニジマスもどきは七虹魚しちこうぎょと呼んでいることを教わった。今夜は七虹魚をメインに夕食を用意してくれるらしい。

 釣果を聞き行けばよかったと後悔したラーシュは依頼書の紙が気になり調べていたとのことだった。

彼が言うには紙に鑑定眼を用いた時、紙の原料は麻だったらしく、そこで製紙業者の作業所にドローンを飛ばし確認したところ、叩解機こうかいき長網抄紙機ながあみしょうしきの使用によって品質はさておき均一な紙が作られていることがわかったということだった。

「魔の森にさぁ、製紙工場作ればビジネスチャンスが広がるよねぇ」

「そこまで紙質にこだわらなくてもいいとは思うけどな」

「いやぁ、拘りたいねぇ。まあ、艦のデータ使って製紙工場と製本所を作るのがベストなんだろうけどさぁ。いきなり高品質なのはちょっとねぇ」

普段はニコニコしているラーシュが真剣な顔をし、教科書とかノートはいい紙のほうが子どもたちは嬉しいと思うと続けた。

流人ながれびとは大人だけじゃなく幼稚園や小学校低学年の子供たちが流人ながれびとでもおかしくなく、義務教育の遅れ等の懸念事項を解消したいとも続ける。

「確かに中高生や大学生だけが転移してくるわけじゃねえもんな」

現人もとびともそうさぁ。圧倒的に道徳心が足りない子供たちが多いと思うんだよねぇ。ま、それは生活環境や家庭環境に左右されちゃうんだろうけどねぇ」

「まあ、現人のほうは転移被害にあった子どもたちへの教育システムが整ってからだな」

「カレシってば、えっちなことばっか言ってるかと思ったけど今日調べてるの見てて研究熱心だって感心したわ。ね、アサヒ」

「そうね~。ラーシュに~ちょっとほっとかれたのは~残念だけどね~。シラユキは平気だった~?」

「うん、まあ。でも今夜頑張ってもらえばいいんだよ、アサヒ」

 やっぱり放っておかれたことは不満に思ったようだ。これは他のメンバーにはどうすることもできない。

「後はそうだなぁ、ティッシュペーパーもそこそこいいやつほしいだろうしねぇ」

「ティッシュペーパーか。確かにいいけどやりすぎじゃないかな。ペーパーつながりでフェイシャルペーパー、洗顔シートなんていいんじゃない?コットンで済むし」

「リアムそれだ! ティッシュペーパーよりいいかもぉ!」

「ラーシュ、お前金儲けのネタ考えんのマジで好きだよな。でも、やってみてもいいんじゃねえか。あれの製造元が俺らだってわかりゃ時代が合っている流人ながれびとなら気づくかもしれねえぜ」

 洗顔シートが販売され始めた世紀から来た流人ながれびとには決定的だろうと判断した売名拡散計画に追加したところで夕食の準備ができたと案内された。

 食堂に一行が着くとそこにはイリス達三人とゲイル、シャルロッテ組に受付嬢二人に加えてミルデも座っていた。

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