和洋折衷と等級確定



 大陸共通歴3512年7月7日/木曜日


 前日に続き、解体講習を兼ねた買取査定のため同じく7時前には執務室に集合してた。

 一行より先に出勤し待機していたエリーゼから全員、筆記試験の結果は満点回答だったと報告を受けている。

「みなさん、おはようございます。これから解体講習を受けてもらいます。その後、皆さんの等級をお知らせしたいと思っています。終わりましたらまたこちらに戻ってきてくださいね」

 レヴィアタンから皆にそう告げられ1階にある解体場へ一行は向かった。

 解体場に着くと解体場の責任者であるバシーと名乗る屈強な体をした40歳くらいの男性が何名かの職員を後ろに並べ待っていた。

「なんでも強い魔物たくさん狩ってきたそうだな。楽しみにしてたんだ。早くそこに出してみてくれ」

 バシーから急かすような声音で言われたので魔の森で狩った5体のグリフォン、ミーナの魔術でボロボロになったマンティコアが1、ワイバーンが53、バジリスクが29。それに追加して昨日の実践研修で倒したサーバナーガの10体をサブスペースから取り出した。

「こいつはたまげたぜ。本当かどうか疑ったがお前らすげえんだな。こんなやつらを大量に持ち込まれたことねえよ」

 解体担当職員はみな、感嘆の声とともに目を輝かせているが、その中の一人がマンティコアの状態を見て呟いた。

「ああ…マンティコアはだめっすね。使えるところが全くねえっすわ」

 それを聞いたミーナは肩を落としローラとアテナに慰められていた。

 ゲイル、シャルロッテが見守る中メンバーは各々解体のイロハ、コツや注意すべき点を覚えていき小一時間ほどで指示がなくとも解体できるようになった。更には2時間ほど経過したときには解体担当職員を上回るペースで見事に解体してみせた。

「こんだけの量だからどう考えても一日仕事になると思っていたんだけどな。見事に昼前に終わってんじゃねぇか…。本当に何者なんだお前ら?」

「こいつらを俺たちと同類に見ちゃいけねえよ…」

 呆れたようにゲイルがバシーにこいつらは只者ではないとそれとなく伝えているところに龍が話しかける。

「なあ、このサーバナーガってやつの肉は脂がノっちゃいるがすぐ固くなるから蒸焼きにするって言ってたよな。サーバナーガの一体分の頭以外の骨と肉を俺らに残してくれねぇか?」

 それがどうかしたかとバシーとゲイルはさも当たり前だというように返答した。

「金にしなくていいんなら持って行って構わねえぞ、肉はまだわかるが骨は錬金術にでも使うのか?」

「いやな。ちょっと試したい料理があってよ。あと、サーバの肉ってここには今ないのか?」

「ああ、あるよ。クズ肉みてえなものだからな。ほしけりゃタダでくれてやるよ」

「おい、リアムちょっと来いよ! お前骨切り得意だったよな?」

「いきなりどうしたんだい、龍? ああ、料亭で散々鱧の相手したからね。得意といえば得意だよ。もしかしてこいつの骨切り?」

「白身で小骨が多いって聞いたからな。だったらと思ってよ。ひとつやってみてくんねえか?」

「いいよ。上手く行ったらサーバの湯引きかな」

 そう言い骨切り専用包丁をサブスペースから取り出し小気味よく骨切りをしはじめた。龍は解体場からきれいに身が削がれたサーバナーガの骨を焼くため外に出ていった。

「龍、なんで骨なんぞ焼くんだ…焼くの?」

「ああ、それは後でのお楽しみだ」

 なんのために骨を焼くのか不思議だったユキにぶっきらぼうに勿体ぶりながら答えつつ骨を焼き切るため炭火が使えるバーベキューコンロの火にかけると、さらに業務用の寸胴と携帯魔導コンロを取り出した。

 寸胴に合わせた量のみりんと日本酒を合わせ強火で煮きり先程の焼き切った骨を入れザラメを溶かし込んで行くとそこに濃口醤油をドボドボと入れ再び沸騰させてからごく弱火で煮詰めていき暫くすると辺りに甘じょっぱい芳醇な香りを漂わせ始めた。

『あらあら、いい香りですね。うふふ、お重の用意をしたほうがいいかしら?』

 その香りに誘われたのかレヴィアタンが龍に念話を飛ばしてきた。

『お重でも丼でも構わねえっすけど飯椀のほうがいいかもしれないっすね』

龍がレヴィアタンに向けて念話を飛ばすとそれに呼応してラーシュが龍に話しかける。

「龍、ご飯の用意しておいたほうがいいよねぇ? やっておくよぉ」

わりいな。薬味も適当に頼まあ」

 雅とラーシュは龍がなにをするのかわかってしまったので白飯の炊く支度を済ませ、わさびやネギ、海苔、山椒、大葉、茗荷と薬味の用意も済ませてあとは食べるだけの状態にしていた。

「さてとラーシュ、手に入れたコームの卵で俺たちも何か作ってみないか?」

「お、雅なにか思いついたのかぁい? 僕もちょっと試したい菓子があるんだよねぇ」

二人はキッチンを借りるためその場を後にし執務室へ向かうとレヴィアタンは快く迎えてくれた。

「レヴィ、キッチンをお借りしたいんですけど構いませんか?」

「ええ、使ってくれて構いませんよ。うふふ、今日のランチは豪華になりそうね」

レヴィアタンは二人に何を作るつもりなのか質問すると雅が躊躇なくバニラアイスを作るつもりだと答えた。

雅の答えを聞いてラーシュは暫く思案した。

「よし、雅がアイスなら僕はカステラにするよぉ。最初はにしようかと思ったんだけどねぇ。カステラならバニラアイスにもばっちり合うと思わないぃ?」

 2人はコームの全卵を卵黄と卵白を別々のボウルに次々と分けていく。

 ラーシュは、はちみつを少量の熱湯で伸ばし、強力粉と薄力粉はよく混ぜ合わせて下処理を済ませると16センチの型を2つ用意し、クッキングペーパーを敷いてザラメメをまんべんなく敷いた。

次に卵白の入ったボウルに三温糖を加えミキサーでツノが立つまで泡立てると卵黄の入ったボウルにも三温糖を加えて泡立て数回に分けて卵白の入ったボウルへと加えて混ぜる。

そのボウルに下処理しておいた強力粉と薄力粉を数回に分けて混ぜ、最後にハチミツを加えてタネを漉し器で漉しながら型へと流し込む。

そして一度180℃に余熱後、170℃に下げたオーブンで10分焼き、さらに140℃に下げて45分焼いてカステラを完成させた。

 雅のアイスのほうは、まず牛乳と縦に裂いたバニラのさやを鍋に入れて火にかけ、沸騰する直前で火を止め蓋をしてバニラの香りを抽出していく。

次に卵黄の入ったボウルにグラニュー糖を入れて、ホイッパーで空気をたっぷり含ませながら白っぽくなるまですり混ぜる。

先ほどの鍋に卵黄が固まらないように少しずつ混ぜ入れていき再び火にかける。

弱火で熱しながら、ダマにならないようにゆっくりと8の字を描くようにかき混ぜつつ温め続けていき少しとろみが出てきたところで火から下ろす。

さらにかき混ぜながら3分間程度、余熱を入れ続けると漉し器で漉しながら他のボウルに移し、氷水で冷やしてクレーム・アングレーズを完成させた。

別のボウルで生クリームを角が立つまで泡立て器で泡立てると粗熱のとれたクレーム・アングレーズのボウルに三度に分けて加えていくがその都度、ゴムベラで泡がつぶれないようにさっくりと混ぜる。これを行う事は冷凍中の攪拌して空気を入れずに済ませる重要なポイントである。

そしてバットに移し替えて生地にラップを密着させてかけ、さらにバットにも二重にラップをしてラーシュの冷凍魔術と時間調整魔術の併用で12時間の冷凍工程を短縮しバニラアイスを完成させた。


 雅とラーシュが食後のデザートづくりを進める一方、階下の二人の料理も続いている。

煮詰める時間を長くすればするほど濃厚になるが30分程で切り上げアクを取り煮汁を濾してからミーナに魔術で冷やすように頼み、冷え具合を見ながら蒲焼のタレを完成させた。

「はぁ、いい香り…」

ミユキとユキだけでなくゲイルほか解体担当の職員全員が、その香りを楽しんでいる。

仕上がり具合を確認した龍は一度仕上がったタレをサブスペースに収めると新しい鍋を取り出し水と昆布を入れてミーナに時間調整魔術を1時間ほど施してもらったところで火にかけた。

弱火から中火の間くらいの加減でゆっくりと加熱し、沸騰する手前で昆布を取り出すと沸騰させてから火を止め、鰹節を加えて2分程経ったところで布巾を敷いたざるで出汁を漉して少しの塩と醤油で味を調えて茶漬け用の合せ出汁を完成させた。

 ここからは肉の焼きの時間だ。体躯が大きいため背開きも腹開きも関係なく皮もきれいに剥がされているサーバナーガ肉を料理店で提供されるような鰻のサイズに切り分けて串を打ったのち焼いていく。余分な脂が落ちたところで再びサブスペースから取り出した蒲焼のタレにサーバナーガの串を漬け込みながらさらに焼いていった。

 サーバの骨切りを終えたリアムは、一切れを湯引きし試食したところ龍の予想通り鱧そっくりの味がしたので、塩振りをしてから葛粉付けをすると鍋に水を張り利尻昆布とカツオの雌節を6に雄節を4の割合で出汁を沸かさない温度で二時間引くところを時間調整魔術を用いて瞬く間に完成させるとサーバを湯煎し茄子といんげんを酢橘とともに椀に盛り付け、引いた出汁を注ぎサーバの吸い物を完成させた。

「龍、そっちもオッケーみたいだね。こっちもバッチリだよ」

「リアム、やっぱり鱧みてえだったろ。吸物にしたんだな。老舗料亭の料理長経験のあるやつが作ったんだからさぞかし美味いんだろうぜ。ただこっちの蒲焼きは素人だからよ、味はどうだかわかんねえぞ」

「ついでにもう一品作ろうと思うんだけど蒲焼きを少しもらってもいいかい?」

リアムが思いついたもう一品はだ。

鰻の仕上げ方に日本の東西で蒸す蒸さないの違いがあるようににも東西で違いがある。

西のそれは出汁の文化が根付いていたことにより出汁巻き卵がベースになっており、鰻の濃いタレの味を生かしつつ卵焼き単体で食しても美味しく感じるように出汁でしっかり味付けがされていて、尚且つ水分が多いことからふわふわと柔らかいことは特徴だ。

対して、東のそれは寿司ネタのぎょくが甘い卵焼きだったことからにも砂糖が入った濃い味付けの卵焼きがベースとなっており、しっかりと焼くことから表面にうっすらと焼き目がついていることが特徴だ。

甘辛い鰻のタレと甘めの卵焼きの組合せは一見くどく感じそうだが、その味の濃さが酒の肴として重宝されるものの関東のはなかなかお目にかかれないのも事実である。

 リアムが作ろうとしているは先に引いていた出汁を利用した京風のだ。

コームの卵を割りそこに出汁と薄口醤油を合わせて、切るようによく溶きほぐす。

だしまき鍋に油を引き強火にかけて温め、鍋が適温になったところで若干、火加減を落とす。中火の強火で出汁巻き鍋から火が少しはみ出る程度が目安だ。

適量の卵液を流し入れ半熟程度になったら、だしまき鍋の幅に切った蒲焼きを鍋の中央より向こうに置き、鰻を芯にして奥から手前に巻いていく。

玉子を奥に寄せて油を引き、卵液を流し込んで奥から手前に巻くを3回に分けて繰り返し焼き上がったら巻き簾に取って形を整え4等分に切り皿に盛りつけ完成させた。

「大根おろしがないのがちょっと残念だけど完成だね」

「こっちの蒲焼きも焼き終わって御櫃おひつにいれたところだ。食おうぜ」

 雅とラーシュ、それにレヴィアタンの三人が絶好のタイミングで降りてきた。

「私の勘はやっぱり当たっていたわね。こちらでステーキに続いてひつまぶしがいただけるとは思っていなかったわ。うふふ」

 メンバー以外にもエリーゼやリナ、ゲイルたちに解体場の職員もこぞってきていたため大掛かりな昼食になった。

ゲイルやエリーゼら現人もとびと達はの食べ方を知る由もないので食べ方の説明をしつつ食べ進める。

食べた感想も一杯目のそれが旨いという者、薬味と同時に楽しむのが好みだという者、三杯目の出汁茶漬けが一番だという者、人それぞれだ。

 共通して口から出た感想は蒲焼の濃厚なタレの味と蒸さずともサクッと香ばしくそれでいて程よく脂が残りふんわりしたサーバナーガの肉の旨さに皆驚き、ナーガの吸い物に至っては雑魚肉がこんなになるものなのかという驚きと、とてもまろやかで上品な味のスープだと皆から絶賛を受けた。

一際、人気を博したのはだ。

普段、滅多に口にすることのできない高級品であるコームの卵焼きというだけでなく蒲焼きが巻かれてしっかりと味を感じるとともに口当たりのいい柔らかさが理由であった。

 龍の思いつきから始まった昼食会を終えてレヴィアタンのいる執務室に向かった。

「それじゃぁ、お待ちかねのデザートの時間だよぉ」

「いねえと思ったらこれを作っていたのかよ。ありがてえ」

「コームの卵の量に限りがあったからな。さすがにあの人数分は賄えん」

ラーシュと雅がキッチンスペースへ行き、カステラとバニラアイスを盛り付けた小皿をワゴンに乗せて戻ってきた。

「こっちの世界って食後にデザートをいただく習慣がないのよね。久しぶりのカステラとバニラアイスだわ」

レヴィアタンが今までの食生活での不満点をふと零すとそれを受けてミユキも外食時を思いだした。

「そういえばジェンナーロさんの店で食事した時もメニューになかったですね」

「確かにねぇ。そこは変えていっても問題なさそうだしビジネスチャンスになりそうだねぇ」

ラーシュが皮算用を始めながらバニラアイスを口に運ぶ。

「ねえ、この白いお菓子の上の緑の葉っぱはどうしたらいいのかしら?」

バニラアイスの上に添えられたミントの葉に疑問を覚えたシャルロッテ以外の現人もとびとは一口目からいってしまっていて爽やかさと冷たさがいいと口々に言っている。

「その葉っぱは、ミントっていって彩りの目的もあるから食べても食べなくても問題ないぞ。それよりも溶けてしまう前に食べたほうがいい」

「バニラアイスって言ったわよね。冷たく口溶けがいいしとても濃厚な味がして美味しいわ」

シャルロッテはそう感想を漏らしミントの葉と一緒に二口目を口にする。

ラーシュがミントの葉が添えられているのは、彩りや口直しのためというちゃんとした理由があると続けた。

甘いものをずっと食べていると、口の中がもったりと重くなってしまうことがあるが、それをすっきりさせるためにこのミントの葉が必要になってくるのである。

またミントには、口内環境を整え口臭を防ぐ効果や、甘いデザートを食べた後の胃の不快感から解放してくれる消化促進作用や、ミントの葉に含まれるメントールによる抗菌作用などの効果があり消火促進作用や口臭予防・抗菌作用などもあるので一口目に食べるのではなく、食事の中間もしくは食事の最後に食べると良い。その方が、ミントの効果をより発揮することができるのでおすすめだ。

「彩りだけじゃねえのな。こっちの冷たい菓子もうまかったがこのカステラっていうやつがふわふわしていて茶色のところのカリッとした食感が気に入ったぜ」

そう感想を話したゲイルの皿はすでに空になっている。

 デザートを食べ終えた一行にレヴィアタンから等級について通達がなされた。

「ほぼ私の独断と偏見ですがあなた方を金一級でも実力がかけ離れていると見做し、上限の白金三級とします」

「いきなり白金三級でも驚きはないな。むしろ、あの動きを実際に見た感想じゃもっと上だけどな」

納得しつつももっと上のクラスだと言うゲイルを見やりレヴィアタンが補足を入れる。

「正直なところあなた方の実力はそれ以上と判断しました。ですがこれ以上はこちらでもどうにもならない事をご理解くださいね」

「ご配慮いただき有難うございます」

この決定は他の冒険者と軋轢を産むという可能性は無きにしもあらずだということを踏まえての判断だと複雑な表情を浮かたエリーゼが付け加えた。

 食後の片付けを終えてひとまず解散となったので執務室を出ていこうとするとレヴィアタンから江戸前寿司の催促と共に激励の言葉をもらった。

「いつでも執務室にいらしてね。お待ちしてますよ。ユキもシラユキも頑張りなさい。またね」

1階に降りると一行が来るのを待っていた解体責任者のバシーから買取の査定額の報告を受けた。

 状態のいいワイバーン30体で2億7千万、頭部が離れているもの21体が1億4千7百万、頭部のないもの2体が4百万ルプと査定された。

グリフォンは一律一体3千5百万ルプで計5体の1億7千5百万。

サーバナーガは一律一体520万ルプで計9体、4,680万ルプだ。

 優遇税率が用いられ王国源泉徴収税12%、伯爵領源泉徴収税3%を合計額から差引し受け取ることになったのは5億4,638万ルプでありこれをメンバーそれぞれの口座へと振り分けた。

「また、旨いもん食わしてくれよな! 買取額に色付けるからよ!」

「査定額決定の裁量権も持っているんだろうがそこは公平にしておけよ。じゃあまたな」

食事をせがむバシーに釘を刺し一行はギルドを後にした。



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