ナポリ料理


「なんかまた中途半端な時間になったな」

「イリス嬢たち、辺境伯の城に戻ってないかな。これ以上関わりたくない…」

「リアム、諦めなよぉ。あのお嬢様ってさぁミサイルみたいだよねぇ」

「ねえカレシ、ミサイルって何?」

「ああ、勝手に追いかけて命中したらボカーンって爆発する武器だよ。ハルロは特に狙われてるよねぇ」

 ギルドを出た一行はそんな話をしながら歩いていことするとバンッとギルドの扉が開いた。

「そこのご一行! お待ちください!」

 どこか聞き覚えのある声が聞こえ振り返ると鬼のような形相をしたイリスの護衛騎士アイナが立っていた。

「手合わせをしていただくお話はどうなったのですか? 訓練場を抑えて待っていたのですよ!」

「あれ、マジだったのかよ…雅、お前が相手してやれよ。めんどくせえから俺はパス。お前、あの足好きだろ?」

「何言ってんだ足関係ねえだろ。お前が相手してやれよ」

「何をコソコソお話されていらっしゃるのですか?! イリス様も楽しみにされてます。ささ訓練場へ戻りましょう!」

「2人ともロックオンされたんだ。相手してやんなよ。僕とハルロばっか犠牲になってるなんておかしいんだよ」

「おお、こりゃ見物だよねぇ。でもさぁリアム、犠牲になってるのは違うんじゃない? 君の言ってたドS級素人令嬢だよぉ? あ、Mだっけぇあのお嬢様ぁ」

 掴まえたりと意気揚々とするアイナに促されギルドへと再び入っていった。

「あれ、お姉さま方お帰りになりましたよね? もしかして私にまた会いにきてくれたとか? キャーお姉さま方大好き!」

 リナがそんなことを言いながら走ってきて出迎えた。

「旦那様と龍がね、アイナと模擬戦するらしいのよ」

「私達、そのことすっかり忘れていたわよね。勝負になるとは思えないのだけれど。あなたはどう思うの、ミユキ」

龍が圧勝しますね」

「ミユキ、さり気なくになっておるぞ…わ。そこはの…よ?」

「リナちゃーん、今度一緒にお買い物に行こうよ。可愛い履き物が欲しいのよ。ねえ、カレシ」

 シラユキはどうでもいいらしくリナを買物に誘いラーシュに強請っている。

「リアム様! こちらですよー!」

 イリスが満面の笑みを浮かべて手を振りながらリアムを呼んだ。メラニもハルロの姿を見て頬を赤らめている。

「どちらからお相手いただけるんでしょうか?」

 この機会を心から楽しみにしていたアイナが喜々として尋ねると龍が木刀を持って前に出た。

「そんじゃ俺からやらせてもらうかな。木剣持ってるって事は木剣同士でいいんだろ?」

 アイナは壁際に並べられた木剣の品定めを澄ませており今か今かと笑みを浮かべている。

「相手の身体に木剣が触れた時点もしくはどちらか一方が降参と言ったところで勝敗が決まったとみなします。二人ともそれでよろしいですね?」

 イリスからのルール説明に二人とも同意した。

 アイナは木剣を中段に構えいつでも踏み込めるようにしている。

 対して龍は静かに木刀に手を掛けて鯉口を切るような仕草で不動の姿勢をしている。

「それでははじめ!」

 両者とも動かない。アイナは殺気も闘気も放たずあまりにも自然な姿勢でいる龍に底知れぬ恐怖を感じた。間合いを詰める機会を覗ったがどのように攻め込めば木剣が届くのかイメージができなかった。突きを放てば察知され左面を斬られる。かと言って間合いに入っていき上段から振り下ろせば簡単にその木剣を振り上げざまに払われそのまま斬り伏せられる。

 5分経っただろうか焦れたアイナが動きだその拮抗が崩れた。

 アイナは龍の心臓目掛け突きを放とうと強く踏み込むと龍は突き入れられた切っ先を抜刀するかのようなしぐさで一閃するとアイナの木剣を弾き飛ばしそのまま首筋に刀身をちょこんと当てた。

「ありがとうございました。それにしても全く動けなかったです。結局、どう攻め込んでも私は殺されていました。はぁ…素敵…」

 龍はその言葉を聞き逃さず逆に恐怖した。どう考えても素敵のあとにハートがついていそうな溜息だったのである。

 脂汗をかいている龍にミユキが冷ややかに囁いた。

「お疲れ様です。どうしたのですか? 汗がすごいですよ」

「いやちょっとな…どうだ宝石でもこれから見に行くか? すぐに」

「今度は俺の番だな」

 惚けた表情から一変して戦士の顔になったアイナが雅に対して同じ中段の構えをとった。

「こちらこそお願いします!」

 雅は左肩を前に横を向いた状態で両足を開き右手で石突を握り左手で水平に木槍を持ち、そして腰を四股のように低く構え背骨を真っ直ぐに立て顎を左肩に乗せるように顔を左に向けている。あくまで自然に。

「はじめ!」

 木槍の切先は闘気が漲りアイナはそこから目が離せなくなった。切先の存在感が大きすぎてその一点に意識を持っていかれ雅の姿を認識できないのだ。刹那、木槍の大きな切先がトンと静かにアイナに触れた。

「終わり!」

 アイナは何が起きたかわからないといった表情を浮かべて呆然としている。膨大な闘気を切先に感じ気がついたら木槍がアイナに触れたのだから。

「参り…ました」

「いい闘気だったよ」

「これは…イリス様に暇をいただき弟子にならねば! なんて素敵な人たちなの! はぁ…お二人からだなんて…私…やだぁ、ちょっと濡れてきちゃった…」

 その呟きを聞き逃さなかった雅は慌ててアイナを現実へと引き戻そうとした。

「いや、君は強いと思うしそもそも一対一なんて決闘しかないから! それに君が辞めたらイリス嬢はどうするんだ! 龍、何とか言って…」

 龍に押し付けようと振り返ったがそこに龍たち三人の姿はなかった。

「龍なら宝石欲しいなら見に行くぞって言ってミユキたちと出てっちゃったよぉ」

「クッソ! あいつ逃げやがった!」

「雅、ご愁傷さま。僕たちも行こうと思ってるけど」

「リアム、イリス嬢にアイナ嬢が辞めないように釘を刺してくれと言っておいてくれ。な、頼むよ。今度、娼館おごるからさ」

 一行はアイナやイリスから逃げるようにギルドを後にするもイリスたちは後を追いかけるようについてくる。

 結局、宝石店へ赴く前に防具を新調したいというアイナに合わせ武具店でミスリル製のハーフプレートを購入し満足させ、宝石店でひとしきり買い物をしたあと日用品店や釣り道具店を冷やかし、昨日行くことのできなかった市場内の飲食店で夕食を摂ろうということになった。

「この看板の文字、イタリア語じゃないか!」

 一行が立ち止まったのはイタリア語でPizza・E・Pastaと書かれた看板を掲げたという店だった。

 店内は一行が入ればあとは一組入れるかどうかという規模のこじんまりとした店だ。

 注文を取りに来てくれたウェイトレスに流人ながれびとの店なのかと尋ねるとオーナーの娘婿がイタリアからの流人ながれびとで、名前はジェンナーロといい、自分はジェンナーロの義理の妹だと教えてくれた。

 この店は以前はパースという麺料理店を営んでいたが客足が伸びず廃業を考えていたという。

 ジェンナーロは転移後、冒険者業をして生計を立てておりこの街に流れつき同じ冒険者業をしていたこの店の長女とパーティーを組んだものの彼女をかばった結果、足を悪くし冒険者稼業を廃業。

 恋仲となった彼女と世帯を持ちナポリピザ専用の釜を自作して義理の父母、弟に技術を教え5年程前にイタリア料理店として一家総出で再出発したらしい。

 こちらの食材を流用したナポリピザやパスタを提供する美味しいお店と口コミが拡がりあっという間にそこそこの人気店となったとのことだった。そのジェンナーロに会えるか聞いたが海産物の視察のために王国内の海岸線沿いの街へ嫁と一緒に向かったそうで話をすることは叶わなかった。

「やっぱり流人ながれびといるんだねぇ。ナポリ料理だよ! ピッツァにパスタ! でもチカリ店にモッツアレラチーズに似たようなやつなかったんだよねぇ」

 メニューには生産農家と独占契約したを使用しています。他では食べられない当店自慢のチカリです!と書かれていた。

 という水牛に似ている獣がいてそのミルクから作ったチーズを卸してもらっているのだろう。

 前菜にモッツアレラチーズを使ったモッツァレラ・ディ・ウォークス、茹でだこのサラダであるインサラータ・ディ・ポルポを注文。

 ピッツァはシンプルなマリナーラや王道のマルゲリータ、赤唐辛子を使った辛いヴェスヴィオに、ポーメソースを使っていないピザメニューからカレティエーラとクアトロ・フォルマッジ、ノストロモのほかに肉がいいと言ったユキとシラユキ用にモッツァレラチーズ、小玉ポーメ、ナポリ特製ソーセージ、こちらでリックと呼ばれているニンニク、バジリコ、パルミジャーノチカリ、ボナー肉の生ハムが具材のマチェラーラ別称を追加で注文。

 パスタは松の実とバジルのペスト、オニールソースのジェノベーゼを注文した。

「モネッティとかメンティーニとかイタリアビールがないのが残念だね。となると合わせて赤か白ワインになるね。」

 サブスペースから取り出して飲むこともできず、残念ではあるがリアムの言うとおりワインをあわせることにした。

「前菜のチカリ、ほろほろしているのにジューシーで味も濃厚! のものに負けず劣らずの美味しさですね」

「確かに美味いよねぇ。ウォークスのミルクを使っているってことだよね。がないってことはやっぱり地球と同じ水牛はいないってことかな」

「全部が全部同じってわけにも行かねえだろ。確かにこのチカリはブッファラのやつよりイケるな。ミルク飲んでみたくなるぜ。このタコもいい茹で加減だしぷりぶりしているしズッキーニとニンジンがいいアクセントになっている」

「ズッキーニが棒瓜できゅうりがつぶ瓜とかはまだしもニンジンがキュロットって意味わかんないしね。ところでこのオイル…店で作ってんのかな? 市場の店じゃオリーブオイルはなかったよ」

「せめて見た目と味が揃ってたら良かったんだがな…。ただ紛らわしいのは言えてるな。探査採集サンプルも増えてきたしなマジでどこかに植えてみるか」

「それよりみなさん、ピッツァが来ましたよ」

 一番手はポーメソース、ニンニク、オレガノ、バジリコを使ったシンプルなマリナーラとマルゲリータが運ばれてきた。マルゲリータの材料はポーメソース、モッツァレラ、バジリコ、パルミジャーノとこちらもシンプルだ。パルミジャーノもどうやら同じ農家に製造から頼んで卸してもらっているようだ。

「シンプルだけどそれぞれの味がよくわかるわ。生地がこちらのパンより正直美味しいもの。流人ながれびとならではかもしれないわね」

「そうかもしれないね、ミーナ。イースト菌なり天然酵母を知っていればその質はぐんと上がるっていうのがよくわかるよね。雅、ケーキのスポンジなんかも違ってくるよね?」

「格段に変わるだろうな。そういやこっちでデザートものってほとんど食べてないな。このマルゲリータ、やっぱりチカリがいいせいかうまいな。焼き加減も絶妙だ」

 ポーメソースのないカレティエーラとクアトロ・フォルマッジ、ノストロモと次々に運ばれてきた。

「肉はまだか…我の肉ピッツァ…」

「肉ピッツァてなによお姉ちゃん。よ。ねえカレシ、クアトロ・フォルマッジっていうのに蜂蜜をかけるのってなんでなの?」

「イタリア語で四つのチカリって意味なんだけどさぁ、一枚の生地の上に四つなんのチカリを乗せてもいいわけさぁ。で、チカリの塩気と蜂蜜の甘みがよく合うんだよねぇ。特にこのブルーチカリは塩気が強いからとても合うんだよぉ。それにワインにも合うからねぇ」

「ふうん。よくわかんないけどそれだったらいろんな塩気のあるものに蜂蜜をかけても美味しいのかしら?」

 シラユキが疑問に思ったのかそんなことを聞くとラーシュは分別は必要と答えた。

「組み合わせによるよねぇ。それは色々試してみて発見するのがいいかもねぇ。とはいっても無闇矢鱈にかけちゃぁみんなに怒られるからねぇ」

 この店で作らせたのだろうピザカッターを楽しそうに転がしていたユキがブルーチカリの香りを鼻いっぱいにかいでくさいと顔をしかめる。

「ユキ、珍しいからつって食物の道具で遊ぶんじゃねえよ。それになブルーチカリはこの香りがあってこそだ」

 イリスがモッツァレラ、自家製のサルシッチャ、フリアリエッリに似た菜の花、パルミジャーノを使ったカレティエーラを食べておいしいと呟いている。フリアリエッリに似た菜の花も同じように苦みのある野菜だがその苦味を気に入ったようだ。

「この菜の花かしら。少し苦味があるのがいいですわね。これは生腸詰かしら、こちらもとてもおいしいです。ピッツァというものをはじめていただきましたし手掴みというのに戸惑いましたけど美味しいものですね」

「イリス様もやっぱり手づかみでいただくというのははじめてでいらしたんですね。私達も最初のうちはなかなか慣れなかったですよ」

 令嬢どうし、通ずるものがあったのかミーナとイリスがそんなことを話していた。

 モッツァレラ、玉ネギ、ツナ、アンチョビ、オレガノ、バジリコ、パルミジャーノを使ったノストロモを食べた龍や雅が唸っている。

「やっぱりマグロとイワシは鉄板だよな。ピッツァなのに日本酒が恋しくなるな」

「だよな! マジでうめえ! この店正解だったよな!」

「アンチョビの塩気がたまりませんね」

 ミユキやソフィアもオレガノの風味が爽やかに伝わるポーメソースが絡んだツナとアンチョビの美味しさに同意している。

 赤唐辛子を使った辛いヴェスヴィオとのほかにパスタが全て揃った。

 お肉屋さんと姉妹でハモったのち口いっぱいに頬張って満足そうにしている。

 ヴェスヴィオは雅が辛いもの好きとあって一人でたいらげた。

「赤唐辛子とかもちゃんとあるのか。ハラペーニョなんかもあるんだろうか。レイスに調べさせて、あれば採集してもらおう。」

 松の実とバジルのペストだが、これが日本で言われているジェノベーゼに該当する。松の実の甘さとバジリコの爽やかな香りがマッチするソースがタリアテッレによく絡み、その美味しさからアッという間になくなった。

 ナポリでいうところのジェノベーゼはオニールつまり玉ねぎを炒めたあと牛肉と一緒に一日煮込み、肉を取り出したソースをペンネにかけたパスタをさしたものである。こちらもセコンドピアットとして出されたオークス肉と一緒にユキたち姉妹が独占してしまったため追加注文までした。

 ひとしきり飲み食いし店を出る際に義理の妹だと言ったウェイトレスにジェンナーと話したいことがあるので彼らが戻ったら冒険者ギルドのエリーゼに知らせるようにしてほしいと伝え店を後にした。

「いや、美味かったな。マジで当たりだった。俺としちゃ魚介系が品薄だったのは残念だけどな」

「海の物は海の近くで育った人に作ってもらうのがいいかもしれないぞ、龍。ジェンナーロにはこの街に来たときに必ずあの店に行くようにすればいつか会えるだろうしな」

「そんときにさぁ、食材とイタリアビール揃えて会いたいよねぇ。おっとまた商売のチャンスの予感だよぉ」

「まあ、慣れっていうのはあるからね。僕たちも慣れていくんだろうけどポーメソースがほぼ透明だからさイタリアンを生業にしている人からしたらちょっと納得できないだろうね」

 転移したばかりで慣れていないせいだろうかどうしても地球産の食材の常識にとらわれてしまう。

「それ言えてんな。俺だってマグロが白身だったらいやんなるもんな」

「食べる方もちょっと気後れしてしまいそうですね」

「やっぱり魔の森に田畑や養鶏・畜産区域、果樹園なんかの農業専用区、人工海水湖と淡水湖も養殖用に作ろう。あと、海に直接出られるようにほうらいのあるユーストンドックから掘削をはじめよう。各計画を作成するようグランダッドリーたちに連絡してくれ」

「追加でアルコールの醸造所や塩とか味噌とか調味料の製造所を隣接して建設だね。全然関係ないけどレストアの作業スペースもほしいかな。ホント、子供の頃に作った秘密基地みたいだ。面白くなってきたね」

「私はチーズとパンとかに拘りたいわぁ。それに服よ!」

「私はおうどんにお蕎麦、お素麺、ラーメンの麺類もあるといいですね」

 この秘密基地に様々な人々が集まり忙しくなるなどとは思ってもいない一行だった。

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