肉の食べ比べ

レヴィアタンから昼食の誘いを受け了承したのだが彼女は狙いすましたように肉が食べたいと言い出した。

「私ね、口の中で蕩けるようなお肉が食べたいの。お金は払うから食べさせていただけないかしら?」

「肉はありますしお金もいりません。でもここには調理器具も火もないですよね?」

「うふふ。ちゃんとありますよ」

そう言ってパチンとレヴィアタンが指を鳴らした。

すると壁際の書棚が消えてアイランド型のキッチンキャビネットがあるリビングダイニングのような部屋が見えた。

「ギルドマスター、こんな部屋があったんですか?!」

「あったけどあなた達に言わなかっただけよ。これは私の趣味ですもの」

「私もお嫁さんになったらこんな調理場が使いたいわ! ああ、素敵! まるで夢のよう!」

エリーゼがキッチンに走り寄り、その後を追ったAI達とキッチンを取り囲んでワイワイやっている。

調理場の壁には大小さまざまなフライパンがフックにかけられキャビネットの天板にはいくつもの鍋が綺麗に並べられている。よく見るとティフォールの重ねられるフライパンや川田工業所の打出し鉄鍋などもあった。

「すごいねぇ、プロの調理場並みに揃ってるじゃん! でもあのキャビネットは…」

機材の充実ぶりにリアムが感嘆をあげるもキャビネットの違和感に気づく。

『気が付きましたか。あれはラクシル製でここにある物は全部あっちから持ってきたのよ。蛇口やとか火器の部分は魔道具で細工してね。とっても使いやすいのよ。あ、エリーゼや他の職員には内緒ですよ』

レヴィアタンはウインクしながらそう念話を飛ばしてきた。

『そうですね和牛なら…近江、仙台、神戸、米沢、飛騨、松阪と色々ありますが神戸牛のステーキにしましょうか』

『いいわね! こちらのお肉も美味しいのだけど赤身でね。ああ…蕩けるお肉なんて何年振りかしら!』

エリーゼやゲイルたち現人にはやはり聞かれたくないのだろうかレヴィアタンは念話を飛ばしつつ別のキャビネットから引っ張り出したのはバーベキュー用のグリルに似た大型の魔道具だった。

「なら俺は前菜というかサラダやっつけてくるわ」

龍はキッチンに向かっていくとAI達にカトラリーの用意するよう指示しサラダを作り始めた。

「ゲイル、シャルロッテ、これで厚切り焼肉やるぞ」

雅が敢えて霜降りの多い神戸牛のサーロインのブロックをサブスペースから取り出すと肉に入っているサシの多さにゲイル達が驚いた。

「いつも食ってるやつはほとんど赤身なんだがよ。こりゃ、脂がすげえな」

「そうね、胃がもたれそうだわ」

「食べてみたらわかるって。とろけちゃうよ?」

「本当か?! 興味湧いてきたぜ」

霜降り肉など見たことがないゲイルやシャルロッテも蕩けると言う言葉を聞いて食欲が湧いたようだ。

リアムは率先して常温状態の神戸牛肉の厚切りを量産し、片面に格子状に切れ目をいれ肉を並べて叩きくと一枚一枚丁寧に肉を焼く直前に切れ目を入れた面に塩と胡椒をしていく。

肉はフランス料理店を営んだ経験のあるラーシュが焼く手筈だ。

スライスしたにんにくをじっくりと弱火で炒めて香りを立ったところでにんにくを取り出す。

次に一気に強火でフライパンを熱し、塩を振った面を下にした肉をそっと入れ30秒ほど経ったところで塩と胡椒を振り弱火で1分ほど焼く。

静かに裏返し強火に変えて30秒ほど。火を弱め水分を逃さないように蓋をし2分ほど焼いたら火から下ろした。

この状態で10分ほど休ませ予熱で火を入れて出来上がりだ。

「お肉の焼き方にもとても拘るのね」

シャルロッテが感心したように呟いた。

「これでも火入れの見極めには自身があるんだよぉ。10段階の焼き方は完璧に覚えているからねぇ」

10種類もの焼き方があると聞いて皆が驚いている。

「そんなに焼き方があんのかよ。すげーな…」

「今焼いたのがミディアム・レアってやつだねぇ。それから…」

一番焼き時間の短いほとんど生の状態のロー。表面を数秒焼いた状態がブルー。両面を数十秒焼いた状態がブルー・レア、全体的に火が通っている状態がレア、全体的にちゃんと焼けている状態がミディアム、全体的に良く焼いた状態がウェル、ミディアムとウェルの中間の状態のミディアム・ウェル。次に肉をしっかりと中まで焼いた状態のウェルダン、そして完全に火を中まで通して焼いた状態のヴェリー・ウェルダンがあるとラーシュは調理をしながら自慢げに説明した。

「なるほど。このお肉にはウェルダンっていう焼き方より脂の味を楽しむためにあまり焼かない焼き方のほうがいいわけですね」

エリーゼが得心したのかそんな事を言って休ませている肉の方をじっと見ている。

雅がタイミングを見計らって和風ソースやレモンソース、にんにくじょうゆ、わさび醤油、大根おろし、ポン酢などテーブルに並べた。

「ステーキのおソースもこれだけ種類があると迷っちゃうわね。たくさん、食べちゃおうかしら。うふふ」

「最初はシンプルに塩と胡椒でどうぞ。わさび醤油もスッキリして美味しいと思いますよ。一通り色々なソースを味わってから味の強いにんにくじょうゆをおすすめします」

肉に余熱を通している間に龍がサラダが盛られた大皿を持ってきた。

「ベジファーストっつうことで先にサラダ食えよな」

幅広に輪切りにした生オクラとくし形切りにしたトマト、オニオンスライス、ストックしていた鳥ささみのボイルを大きめにちぎったものにワインビネガー、オリーブオイル、練りカラシと砂糖少量を加えて塩コショウしてできたドレッシングをかけてざっくりと混ぜ合わせる。

そこにみじん切りにした大葉を乗せただけの時短サラダだ。

「なんだ? ベジファーストって?」

「パンや飯を食ったり酒を飲む前にな、野菜食っておくのは身体にいいんだぜ」

炭水化物を摂ると糖質が摂取され食後に血糖値が上昇する。

野菜、特にオクラ、モロヘイヤなどに含まれる水溶性食物繊維には、糖やコレステロールの吸収を穏やかにする作用があり、ささみのようなたんぱく源を加えることで食後の血糖値の上昇を抑える効果がさあらに向上する。

これを狙ってのトマトの赤とオクラの緑が映えるサラダだ。

「この刻んだ緑の野菜の香りと風味…どこかで嗅いだ気がするわ」

「確かにこの香り、解毒薬草ノービルそっくりですね。でも、さっぱりしていて美味しいです」

シャルロッテもエリーゼも解毒薬草ノービルを思い出したようなので大葉の葉そのものを二人に見せるとずばりその物だった。

「紫蘇が解毒薬草ノービルだったとはねぇ。紫蘇って虫食いに気を付けさえすればどこでも栽培できるじゃん」

リアムのその言葉にラーシュは肉の様子を見ながら商売のタネできたねと返答した。

「この赤い実のほうはテーツの味に似ているけどそれより瑞々しくていいな」

「レヴィアタン、出来上りましたよぉ。エリーゼちゃんもどうぞぉ」

「私の希望通りのミディアム・レアね。まずはそのままいただこうかしら…」

サラダを楽しんでいたレヴィアタンはナイフで音もなくステーキを切り分け口に運んだ。

「んー美味しい! 噛んだときは歯ごたえがあって、でもすぐにとろけていくわね。お肉の旨味と脂の甘みがたまらないわ! 次は肉汁を堪能したいからレアをお願いしたいところね」

「本当に美味しいわ! こんな美味しいお肉はじめて!」

エリーゼは肉の旨さに語彙力を失ったのかひたすらに美味しいを連呼している。

口をあんぐりと開けたままその様を凝視しているゲイルとシャルロッテにリアムが焼きあがった二人分のステーキを差し出した。

「君らの分だよ。絶対、美味しいって感じるはずだよ」

「お、おい、まだ中が少し赤いじゃねえか。大丈夫なのかよ?」

心配性なのか初めて見る焼き具合に不安を覚えるゲイルにとにかく一切れでも食ってみろとラーシュが急かした。

「ゲイル、シャルちゃん、騙されたと思って一口いってみなよぉ」

恐る恐る口にしたゲイルとシャルロッテは顔を見合わせて驚いた。

「嘘だろ! なんだこのとろけ具合はよ! アッという間に消えていったぞ!」

「ホントね。脂が美味しいと思ったことなかったのよ。いつも食べている肉の脂は臭みをいくら消そうとしても獣臭さがなかなか抜けなかったのにどうしてなの?! ただ塩と胡椒をして焼いただけよね?!」

「ああ、この肉は俺たちがいた世界でって呼んでいる家畜の肉でな。臭みがなくこういう肉質になるように餌や運動に拘って育てているんだ」

「雅さん、この国では北西のオーク種ウルズド族の地区でバフローオークスという家畜の放牧業が盛んなんですけどそこまで拘って育てている話は聞いたことがありませんね」

「そうなんだ。エリーちゃん、その北西のウルズド族ってボナーってのも飼っているんだよね? そっちも盛んなの?」

「はい。そちらは同じオーク種でもウグルズ族の生産するボナー肉が有名ですよ」

「三人とも食べた事ある?」

「ボナーはこの辺じゃみんな当たり前のように食ってるぜ。寧ろ食ったことないやつを探すほうが難しいんじゃねえか」

「そっか。雅、トンテキも作ってみてくれない?」

「そうだな、ただ肉の味の違いを知りたいからポークソテーのほうがいいだろうな」

そう言って雅は神戸牛との比較の意味をもたせるように火を入れると少し固めに仕上がる常温状態の豚ロース肉を取り出した。

赤みと脂肪の間に切れ目を入れ塩と胡椒を両面にふりフライパンに入れ蓋をし中弱火で表面と裏面をそれぞれ3分ずつ、ゆっくりと焼き上げていく。

火を止めてフタをしたまま休ませ余熱を使って中まで火を入れたら出来上がりだ。

「この肉はっていう家畜の肉なんだが食べ比べてみて味の違いを教えてくれないか?」

「それにしてもこっちの肉も美味そうだぜ」

自分たちの使っている魔導袋と呼ばれるサブスペースに似たバッグを摩りながらその違いにゲイルは感心した。

「さっき食べたのお肉と違って歯ごたえがあるわね。脂がとても甘くて美味しいわ。そうね、ボナー肉もこのっていうお肉より獣臭いと思うわね」

シャルロッテの感想にエリーゼも同様のようだ。

「育成環境の改善や品質改良でどちらも何とかなりそうだよねぇ」

ラーシュは自身が北方に行くこともあり両部族の畜産業者の許を訪ね、業者を取り込み肉のブランド化を目論んでいるようだ。

「この世界の生鮮品の物流システムってどうなんだっけ?」

「生鮮品や傷みやすいものは冷蔵魔導車や冷凍魔導車で運んでいますよ。輸出入の場合は時間停止ができる魔導庫を使って運搬していますね」

リアムの疑問にエリーゼが回答してくれた。

この時間停止可能な魔導庫は製造費がとてつもなく高いため、一般利用はなく商人ギルドと国が利用するだけだと追加の説明をしてくれた。

「なるほどね。この世界って見た目よりもかなり進んでるよね。トイレの質はともかく上下水道なんかもちゃんと整備されてるし」

「そうだねぇ。ところで話を戻すようで悪いけどさぁ。ゲイルの言ってたテーツってどんな野菜?」

ゲイルが果菜のトマトとは違い、茎の部分を主に食用にしている根菜で大きさや形、色はまさに男爵イモのそれだと言ったので男爵イモそのものをみせると全く同じ見た目だと言った。

その流れで雅は用意したソースの材料がどんなものなのかを現人もとびとの三人に教えながら食材をこの世界で手に入れられるか探りを入れ始めた。

「このわさび醤油ってのはな、わさびっていう植物の根茎こんけいとしょう油って調味料を使っているんだ。見てくれ、これがわさびってやつだ」

サブスペースから山葵そのものを取り出して三人に見せるも初見のようだった。

「初めて見るな。こいつぁ、どんなとこに生えてんだ?」

「少し標高が高くて年中、濁りのない清澄な一定の水温の冷水が流れていてな、砂礫底に生えるんだ」

「山側の川の水はどこも綺麗だしかなり冷めたいけれどこれは見たことはないわね」

どうも山葵は空振りのようだ。

「そうか。それならこれらは見たことあるか?」

大根やレモン、にんにく、柚子、しょうゆの原材料である大豆を次々に取り出して三人に見せていき栽培されているかどうかの確認とありかを探った。大豆は呼び方がと呼ばれているだけの違いでにんにくはリック、レモンはこちらではラムというらしい。柚子や大根は見た記憶がないらしく市場か商会を当たってみるのが良いだろうというのが三人の意見だったのですぐに雅は市場にドローンを派遣、調査を始めた。

「しかしよ、収納魔術だったか収納技能だったか忘れたがなんでも出てくるのは大したもんだな。とんでもねぇ金額だった魔導袋よりすげぇぜ!」

「まあねぇ。これも僕たちの強みではあるね」

「ゲイル、さっき面白いもん食わしてやるよって言ったろ。これ食ってみろよ。メチャクチャ美味えぞ」

龍がゲイルに薄くいだ牛肉を軽く炙った肉寿司を勧めた。

「随分、ちっせえな。この緑のはなんだ? ってあるように見えんだけどよ」

「肉の上に乗っているのは雅が話をしていたわさびを摺ったもんだ。結晶塩を軽く振ったものともう片方には煮切りっつうのを塗ってあるからどっちもそのまま食ってみろや」

おそるおそるゲイルは塩をした方から先に口に入れた。

「美味え! 塩とわさびだったよな? それだけなのに肉の甘みを感じるぜ! 肉の下にあったのは飯だよな? 酢の感じがしたんだけどよ」

「おめえのいう通り飯だぞ。その飯はよ、砂糖と塩を混ぜて一日寝かせた酢をな食う前に混ぜて飯を冷まして行くわけよ。ただ冷ませばいいわけじゃねぇ。風を送って水気を少し抜くんだよ。そうして仕上がった酢の入った飯を俺達はシャリつってんだ」

なるほど手間暇かかっているから余計に旨いのだなと感嘆しつつゲイルは煮切りを塗ったほうを口に放り込んだ。

「塩のやつも美味かったが、こっちはもっと旨みが増してやたら美味うめえな!」

「煮切りってのはな…この生醤油ってやつにな、この鰹節…鰹つう魚を燻して乾燥させたものなんだけどよ。これでとった出汁にこの酒とみりん…みりんはこれだな。こいらをぶっ込んで沸騰させんだよ。でさっきの鰹節を入れて少しの間、寝かせんだ。甘みが少なくて塩気の強いシャリにはなこいつが合うんだよ」

調味料ひとつにそんなに手間暇かけるものなのかとゲイルは再び感嘆したようだった。

「あらあら、ゲイルだけっていうのはちょっといかがかしら…。皆さんはどう?」

レヴィアタンのこの意見に皆、同意。結局全員に振る舞った。彼女はステーキよりも握りのほうが気に入ってしまい次は魚と寿司がいいと江戸前を振る舞う機会をつくることを約束させられた。

「長いお昼になっちゃったわね。御馳走様でした。明日は朝から忙しなくなるけどお願いしますね」

「こちらこそよろしくお願いします」

エリーゼに促されメンバー全員とゲイル、シャルロッテは執務室から退出した。

夜に宿を尋ねるといってゲイルとシャルロッテの二人はギルドを出ていった。

「雅さん、ソフィアさん、お昼はありがとうございました。こちらは用意しておきました講習用の教本と頼まれていた見本の各薬品です。あ、今夜お二人にお話したいことがありますのでに伺っても構いませんか?」

エリーゼに了承し冒険者ギルドを後にした。

「ねえ、なんか忘れてない?」

リアムがふとそんな言葉を発した。

イリスたちをほったらかしていた事に気づいたメンバーだったが大して問題にはなっていないだろうと宿に戻った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る