会食


雅とソフィアが、宿へと到着すると最上階の四人部屋へと案内された。

部屋へと足を踏み入れると、とても四人部屋だとは思えない広く豪華な調度品でまとめられていた。所謂、スイートルームというものだ。

「へえ、閣下。いえ雅、とても素敵な部屋ね! こんな素敵な部屋で抱かれちゃうと思うと・・・いやぁん! はあん!」

ソフィアが冗談なのか本気なのかわからない照れ方をして雅の背中をグーで殴った。

「痛いだろうが! しかしお前たちAIは降下してから様子がおかしいぞ? お前はすぐに変な喘ぎ声を出すし、ミユキ君は嫉妬が酷い。アテナ君とアサヒ君は暴走が過ぎるし・・・いったいどうなってんだ?」

「それは・・・雅もじゃない? 言葉遣いも変わってるし。そんなこと言って・・・もしかして私飽きられちゃったのかしら?」

「そんなわけあるか。お前は最高の女だよ、ソフィア」

ソフィアの髪に触れキスをしようとしたその時、通信ノック音がした。

「雅、俺だ。ミルデが30分後に食堂に来てくれと言っていた。そうだ、賞金額のデータ送ったが一応報告だ。手下はカスだな。1人10万だってよ。ざっくりとだがヤジスが2百万、オズが370万だそうだ。そっちはどうだった?」

「もう! いいところだったのに! 失礼しちゃうわ!」

甘い時間を、龍に台無しにされたソフィアはむくれて文句を言う。

「お楽しみだったか・・・わりいな、あとで搾り取ってやれや」

「いやらしいこと言わないでください大佐。セクハラで訴えますよ? でも・・・言われなくてもそうしますよ、ふふっ」

「二人ともくだらんこと言ってんな。30分後だな。金は20億ソフィアに預けて、316億とちょっとは、今は俺が預かっている。明日、冒険者ギルドで金の移動をしよう。そういえばクラン専用口座は作れるのか?」

「クランのは別で作れるらしいぜ。クランそのものは、人数さえいれば結成はできるらしい。ただな、必要な等級はあるって話だ」

「あとで聞かせてくれ。少しゆっくりしたい」

「邪魔して悪かったな。また後で」

龍は通信を切った。

「ソフィア、暫くゴースティンに留まるか、王都にすぐに行くかだがどう思う」

「閣下、いえ雅、いまはそれよりも・・・ね?」

「30分後には部屋を出るんだぞ?」

「いやなの? 私、そんなに魅力ないの?」

「30分なんかじゃ、足りないって言ってるんだ。こっち来い」

二人はキスを交わし暫くの間、抱きあった。

「ここから先は後だな。ソフィア行くぞ」

「はい、あなた。ウフフ」

「調子狂うな、マジで」

「魔素のせいにでもしときましょ。でも、やっぱり魔術は使いたいわね。あの女性たちをスキャンした結果もあるし」

食堂へ雅たちが到着すると、既にミルデとメンバーが揃っていた。

そのほか救出した三人の女性が座っており、雅の到着とともに立ち上がり挨拶にきた。

横目に見たリアムは、よほどこの状況が嫌なのか顔を下に向けたままだった。

「この度は、私どもをお救いいただきありがとうございました。感謝の念に堪えません、タダーシュ様。そちらの女性はソフィア様ですね。わたくしはアンヴァルド辺境伯家が娘、イリス・ファーレン・アンヴァルドと申します。この者が護衛騎士のアイナ、こちらがわたくしの侍女メラニです。以後お見知りおきを」

カーテシーの習慣はこちらにはないのだろう。きれいなお辞儀を二人はされ、あわてて返礼した。

「私はタダシです。よろしくどうぞ」

「タダシの嫁のソフィアです。夫ともどもよろしくお願い致します」

痛烈な牽制をかましたソフィアの言葉に、龍やAIたちは呆気にとられた。

「失礼しました。タダシ様ですね。ご結婚されていらしたのですね」

イリスは言い間違えたことが恥ずかしいのか顔を真っ赤にして言い直した。

「タダーシュ・・・くくく・・・だめだぁ・・・タダーシュ・・・ガマンできないよぉ」

ラーシュが、誰にも聞こえないような小声でつぶやき下を向いたままぷるぷると肩を震わせていた。

「雅もソフィアも早く座んなよ」

「おう。さ、イリス様たちもお座りください」

各々、席についたところでミルデが口を開いた。

「この度は皆様のおかげで私どもとイリスお嬢様がたは命を長らえる事ができました。今夜の会食は私どもからの心ばかりのお礼です。当館の料理人が腕によりをかけて作りました料理です。ぜひご堪能くださいませ」

皿が空になったところでタイミングよく次の料理が運ばれてくるコース料理だった。この宿で人気のある料理なのだろう出されてくる料理はどれも上品だがバリエーションに欠ける味付だった。ワインは白と赤の二種類を料理に合わせて勧めてくれ皆、思い思いに口に運んでは組み合わせに感心していた。

ユキとシラユキは量の少なさに若干不満であるようだが。

ふと、口に入れた料理の玉子の硬さに違和感を覚え龍はミルデに尋ねた。

「ミルデさん、少しよろしいですか。こちらの世界では食用卵は主に何から産まれる卵を使っているんですか?」

「何? 龍。き、あなた、か…そんな言葉が使えたの?」

「龍ちゃんてば、いつもは横柄な言葉遣いなのにねぇ。びっくりよね、お姉ちゃん」

龍が丁寧な言葉遣いをしているのを聞いたユキとシラユキは驚いている。

「卵は草竜の卵が常識ですな。鳥などの卵を使って料理というのはあまりありません。その卵が何か?」

「食べた感想を言ってもいいですよね。若干ですが硬さに違和感があるんですよ。なんでも火を入れた途端に硬くなるとか。こちらには鳥の卵はないんですか?」

「あることにはあります。ですが育てやすい草竜と違って渡り鳥がほとんどで捕まえても育てにくくまた卵は集団で産む時期以外、圧倒的に少なく揃わないのです」

「なるほどね。鳥を飼う習慣がないのか。草竜の卵をいくつかと調理場を貸してもらっても構いませんか」

「それは構いませんが鳥の卵はそんなに美味しいのですか? それに飼うことも可能だとは・・・」

リアムがペンと紙を出して鶏の絵を描きはじめた。

リアムの描くその描画のリアルさにイリスやアイナ、ミルデまでもが感嘆している。リアムは単にデータをトレースしているだけだ。

「こんな鳥を見たことないかな。ニワトリっていう飛ばない鳥なんだけどさ」

「ふむ。そのニワトリという鳥はコカトリスや渡り鳥のコームみたいですね。そのような飛ばない鳥がいるのですか・・」

ミルデはまじまじと鶏の絵を見て思案しているがイリスの反応は違っていた。

「リアム様、絵心がお有りなんですね。とても素敵です!できましたら、わたくしも描いていただけたら。勿論、謝礼はいたしますので」

「いや、イリス様みたいな美人を描くのは恐れ多いからちょっと…あ、このニワトリってのはコカトリスみたいに大きくなくてこのぐらい?の大きさの鳥だよ。コームって鳥は似ているの?」

リアムがあわてて立ち上がり手振りで鶏の大きさを表現する。

「ええ。大きさは大差ないですね」

「養鶏業って職業があってさぁ。一箇所で何羽も世話するんだ。ざっくり言うと食用の鶏は平飼いって言って床を歩かせて育てて卵用の鶏は小屋に住まわせて飼うのさ。ただ、どっちも清潔にしないとねぇ」

ラーシュが養鶏の説明を始めると商売人の性なのだろう、ミルデが食いついた。

「ふむふむ。コームを捕まえて飼うか・・・やってみる価値はあるな・・・」

「鳥自体にもきれいにしておかないと生育に問題があるから食用に難が出るしねぇ。特に卵の方は気をつけないとお腹壊しやすくなっちゃうからねぇ。でも飼ってみるの面白いんじゃないかなぁ。最初のうちは野生の鳥を手懐けたり小屋とかの環境づくりが大変だとは思うけどねぇ」

「鳥の卵そのものの販売や食用肉の生産ですか! 鳥の卵を使った料理を出せば宿の名物料理にもなりますな」

調理場を借りていた龍がミユキとともに卵焼きがのった皿をワゴンに乗せて戻って来た。

「この玉子を食べ比べてみてください」

そう言ってミルデに食べ比べを勧めた。ミルデは見た目が変わらない玉子焼きに首を傾げ食べ比べをはじめた。

「こちらはいつもと変わらない草竜の玉子焼きですな」

「こちらは…柔らかい。なぜ、こんな違いが」

「これですよ」

龍は水の入ったグラスを指さした。

「水、ですか」

「草龍の卵は水分量が少なくて蛋白質、ああ熱を加えると固りやすい物質と思ってください。それが強いんです。だから水を足してやればいいんですよ。ただこれだとどうしても黄身の味が薄くなってしまいます」

「なるほど。柔らかいとは思いましたけど幾分味が薄いと感じたのはそのせいですか」

「鳥の卵の場合も水を、そうですねこのスプーンに3杯といったところでしょうか。草龍の卵は6杯ほど入れなければこの柔らかさにはできません。ミユキ、もうひとつのほうをみんなに配ってくれ」

ミユキは別の皿をそれぞれに置いていく。

「そちらを食べてみてください。味が変わっていると思いますよ」

「ふむ。野菜出汁の味がしっかりしますな。それにふんわりと柔らかい。これはいいですな。店の定番にしてもよろしいですか?」

「構いませんよ。野菜出汁だけではなくて玉ねぎ…オニールと言いましたかオニールを摺り下ろした汁も加えていますけどね」

「プロアテーゼのからくりだねぇ。これは洋風出汁巻きだ」

「卵一つとってもおもしろいわね。ローラそう思わない?」

「そうですね。でも私は食べ慣れた鳥の卵のほうがやはり…」

「そっちはこの先見つければいいじゃないか。どうせこれから食材探しや魔物狩りもするんだ。急ぐ話でもないよ」

「皆さん、明日は冒険者ギルドへ行かれるんですよね。魔の森の近くですが良い街ですよ」

「あの出口が一箇所しかない森は魔の森と言われているんですか?」

「ええ、あの森は入口を突破できたとしても森の中で必ず迷い、いつの間にか入口に戻ってきてしまうんですよ。それを突破できたとしても金一級の冒険者パーティーですら手に負えない魔物ばかりか強力な竜種もいると聞いております」

 以前、陛下勅命のもと騎士団と陸軍に加え100名の金級冒険者を募っての魔物暴走スタンピードの討伐に成功したものの、生存者は現在の辺境伯ただ一人だった。以来、王国も所有権を放棄しており第一級危険区域として立入りは実質禁止となっているという。

 ゴースティンはアンヴァルド辺境伯領内で、最も魔の森に近い位置にあり東の対岸にはオウレシェリア領カルコーストルの街がある。60㎞ほど南下した位置にオルドフォードの街があり街道は湖畔沿いを東西に延び、西にキャストウォッチの街、東に向かいケイリョッシュ川を渡るとスネイゴンの街があるのだが、どちらもが港湾都市としての機能を有しているにもかかわらず機能していない。

そしてスネイゴンから北東のダウンコルドの街に街道が続き隣領へと抜ける。

ゴースティンの北はクリスティーメアという9千人弱が住んでいる中継街を通過してアンヴァルド伯爵が居城を構え2万人が住むというアンヴァルドの街がある。

そこから北上してカレアコール、レームガードの街を経て王族直轄領のスカークレストの街へと続くと教えてくれた。

リアムの描いた絵を気に入ったイリスは説明しつつも、リアムにしきりと街へ来たら居城へ来るようにと話していた。

アイナは時折、剣の柄頭に手を置いては雅と龍に熱い視線を送っておりメラニはハルロをしきりと見ては頬を赤らめていた。

程なくしてミルデは仕事が残っているからと席を外し忙しなく商会へと戻っていき、暫くして会食は終了となった。

「さて、俺たちも部屋に戻って呑み直すか」

解散の際にさっさと部屋へと戻ろうとするリアムをイリスが強引に引き止め、彼に依頼をした。

「リアム様、皆様は明日、冒険者登録をなさるのですよね? 冒険者登録をされましたらアイナかメラニにお伝えくださいまし」

「はあ。なぜです?」

「護衛をお願いしたいので登録され次第、指名依頼を出させていただきますので。リアム様には個人的にわたくしの肖像画をお願いしますわ」

「雅殿、龍殿! 救出いただいたこと感謝しております! 皆様、相当の手練。その中でもお二人はかなりの使い手とみました。是非とも手合わせの機会を私めにくださいませ!」

「ハルロさま、ハルロさま、この度はありがとうございました。それで…あのあたし明日の午後はお暇をいただいておりまして。その、よろしければお買い物などいかがでしょう?」

三人揃いも揃って押しが強かったためにラーシュ以外の男性陣は引き気味だったが彼女たちの圧に押され渋々了承してしまった。

「それではわたくしどもは部屋へと戻らせていただきます。皆様、ごきげんよう」

「僕以外は見事にロックオンされたねぇ。誰を尾行しても面白そうだよね。その中でもリアムが最高そうだよねぇ。ま、僕らも部屋へと戻ろうか」

「イリス嬢、婚約者がいるって言ってたんだけど…なんであんなにグイグイ来るんだろう? ねえ、護衛依頼が済んだらすぐにソエジマを潰しに王都へ向かおうよ。皆も早く拠点ほしいでしょ? 今からでも行こうよ王都に!」

「リアムぅ、そんなわけないじゃん。なんでこんな楽しいこと見逃さなきゃならないんだよぉ。一週間くらいアンヴァルドでゆっくりしてもバチは当たらないよぉ。貴族はごめんだけどねぇ。だろ、雅ぃ?」

ラーシュは心から楽しそうにそう言った。

「この街でやることはまだ一応あるしな、もう遅い。部屋へ戻ろう」

そう言ってメンバーは三々五々、部屋へと戻った。


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