三雪〜みつゆき〜
龍とラーシュが傍観している間に、雅はワイバーンの首を錫杖で圧し折り、リアムはというと和泉守兼定の名刀、二ツ胴・レプリカで斬り落としていた。
「オン・イダテイタ・モコテイタ・ソワカ!」
「ノウマク・サマンダ・ボタナン・ラタン・ラタト・バラン・タン!」
軍神である韋駄天、阿修羅の真言を唱えると、速度は更に上がり、闘気が爆発するかのように漲る。
錫杖一振りで、群がってきた5体のワイバーンの内、4体が叩きのめされ、逃げようとした1体は落下中の死体を投げつけられ落下していく。
一方、リアムはワイバーンの目の前で瞬間転移を繰り返し翻弄しつつ、一体一体に肉迫しては二ツ胴で首を跳ね飛ばしたり【爆】と一言呟いて頭部を吹き飛ばし、50ほどいた群れは残り10もいなくなっていた。
「僕たちさぁ、もう必要ないよねぇ・・・」
「ていうか一匹落ちてったろ! 地上組に迷惑かけてんじゃねえぞ、リーダー!」
「じゃあ、あれは僕がやっちゃうよぉ。ソレぇ」
ラーシュが、450ポンドに張力設定したコンパウンドボウを軽々と引き、HVAP高速徹甲弾と同等質の矢尻を持つ矢を、最後に残ったワイバーンの頭に命中させ貫通させた。
その1体が落着した時、ファフニールに似たような強烈な気配が高速で急降下してきた。
「お姉ちゃんの匂いがするから降りてきてみれば人種じゃないのよ。なんか空飛んでるし・・・。それに雑魚どもがいっぱい落ちてるけど、あれあんたたちがやったの?」
臨戦態勢をとった龍たちの目の前に急停止し質問をした正体は、ファフニールの龍気や雰囲気は似てはいるものの、褐色の彼女と違い純白のドラゴンだった。
「あん、あいつらはあそこにいる人種がやったやつだ」
「ふうん、人種にしてはなかなかやるじゃない。あんたたち、何者なの?」
「アネキがどうのっつったけどよ。お前、もしかしてファフニールの妹なのか?」
「ファフニール? 誰それ?」
「多分、君のお姉さんのことだよぉ」
「ふうん・・・名前貰ったんだぁ。だから、あんなにキャッキャしてたのね。そんなにいい男が彼氏になったのかぁ・・・。いいなぁ、絶対にデキる女の子のアタシのほうが、先に男できると思ってたのに! まっいいや、それじゃもう行くわね。お姉ちゃんって待たせると煩いから。じゃあねー」
そう独り言をしてその純白のドラゴンは世界樹のほうへと飛び去っていった。
「え? ああ、じゃあねぇ。なあ、龍。君終了のお報せだったねぇ。ははは」
「何言ってんだ。次は、お前終了の報せかもしれねえぞ。あのドラゴンの見合相手、お前つう話じゃねえかよ」
「そうだった! 雅! もうこのまま森を抜けて、街へ行こうよぉ! 僕、ちょっと街で用事があるの忘れてたよぉ!」
「何言ってんだ、ラーシュ? 楽しそうだから戻るに決まってんじゃないか。ほら、死体回収するぞ」
「ちょっと待ってよぉ! そりゃないよぉ! 街、行こうよぉ!」
「不便な街に行くより、こっちの街のベガワールド行こうよ。久しぶりに戦場の友やりたいんだよ! あるかな、戦場の友。楽しみだなぁ」
ミーナとローラに焼き尽くされ、消滅したマンティコア以外の落着したワイバーン、地上で絶命したバジリスクは回収した。
切り刻まれ、無残な姿になったブラックハウンドは、アンデッド化を防止するために一箇所に集められ、ミーナとローラにより焼却処分された。
「となえたてまつる光明真言は、大日普門の万徳を二十三字に摂めたり、おのれを空しゅうして、一心にとなえたてまつれば、みほとけの光明に照らされて、三妄の霧おのずからはれ、浄心の玉明らかにして、真如の月まどかならん
オン・アボキャ・ベイロシャノウ・マカボダラ・マニ・ハンドマ・ジンバラ・ハラバリタヤ・ウン」
雅は光明真言を唱えた。
「これからこんなことばかりだな・・・きっと。俺は根っからの生臭坊主だな、これ」
「それを言うなら俺もクソ神官だ。俺たちは、望むも望まないもこの世界にいるんだ。殺るか殺られるか、食うか食われるかがあるこの世界にな。だったらよ、それに従うしかねえよ」
「神様が送り出してくれたんだからさぁ、なんとかなるよぉ。知らんけどぉ」
合掌していた龍と、胸で十字をきっていたラーシュが雅を諭すとリアムが提案し始めた。
「じゃあ、ベガワールド行こうよ。ラーシュの件も楽しそうだしさ! お腹も減ったしさっさと戻ろうよ!」
「日も暮れ始めてきたし戻るか。歩いて帰るのも面倒だな。エアトライクで帰るか?」
「いいんじゃない? そうすればミーナ嬢たちをAIが担がなくて済むしさぁ」
それぞれがエアトライクをサブスペースから取りだす。
水素ガスを燃料とした水素ガスタービンエンジンにより空中に浮くトライクだ。
「ラーシュのトライクかっこいいな。アプレリアだろ?」
「トゥカディと迷ったんだけどねぇ。あ、それ! 今、雅が乗ってるやつと迷ったんだよねぇ! 龍のはヤマサキのサムライでしょ? リアムは、やっぱりパーリーデビッドソンなんだねぇ」
「アメリカンがやっぱりいいよ。ゆったりしててさ。乗ってる女の子だって、可愛い娘多いしさ。なんでみんなスピード狂みたいなのばかり好きなんだよ・・・」
運転どころか初めて見るエアトライクに感心しつつミーナとローラはAIの後ろに跨がった。
「魔術や魔道具でないのに空を走るなんて信じられません! 本当に魔術のようです!」
「【十分に発達した科学技術は、魔法と見分けがつかない】かぁ。そうなのかもしれないねぇ」
「クラークの三法則の一つか・・・かもしれねぇな」
ラーシュと龍はアーサー・C・クラークの残した言葉に思いを馳せた。
「私は、あらぬ誤解を皆様に受けたくありません。恐れながら、リアム様の後ろに座らさせていただきたく」
エアトライクで、艦に戻ったときには既に日が落ちていたが、街の通りには照明が灯されていた。
「通電したのか。予定よりも早かったな」
エアトライクを降り、簡易テーブルを並べ始めたメンバーに散歩から戻ってきたファフニールが声をかけた。
「貴様ら、随分と遅かったな。せっかく灯りが灯ったというに! それに妹が来ると言っといたろうが!」
「お姉ちゃん、まだそんな喋り方つづけてんの? だから男が出来なかったんだよ。あら? さっきの人種じゃない、あんた達だったんだ。で、誰がアタシに名前を付けてくれるのかしら?」
ファフニールの隣に立ったのは、見た感じ大学に通いミスコンを総ナメにするようなルックスを持つ美少女だった。
ファフニールと同じぐらいの背丈とスタイルをしているが彼女の肌とは対象的に色白で、さながらアイドルのように、触れるのも烏滸がましいと思わされるほどだ。
「おい、白いの。名前つけんのと彼氏になんのってな、どう関係するんだ?」
「白いのってアタシ? そんなの決まってるじゃない。彼氏候補の男達が、アタシたちに名前を贈るのよ。それでぇアタシ達がその名前を気に入ったら、もう番になる決まりなのよ。それがアタシ達、古竜種の決まり事なの。お姉ちゃん、もしかしてこの人種たちを騙、ふぐっ?! むぅ?!」
「何をバカな事を言ってお…いるのかしら。こ…この子は。我…私がか、そんなことするわけないでしょう」
「おい、ファフニール! てめえ、騙したな!」
「騙してないもん。ミユキぃ、今夜のご飯はなんぞ?」
「そっかぁ、あんたが名前つけちゃったのね。じゃあ、お姉ちゃんのこといっぱい可愛がってあげてね。ずっと男ほしいって、煩くて仕方なかったんだから。それでアタシに名前付けてくれる男ってどの男なのかしら?」
「あそこでコソコソしている奴だ」
「ふうん。さっき話したときにあんたの隣にいた人種ね。弓でくそ雑魚の頭を一撃で貫いていたわよね。でもなんでコソコソしているのかしら?」
「おい、ラーシュ! 早く名前、付けてやれ!」
「いやぁ、僕はリアムとベガワールドに行こうかと思ってさぁ」
「ラーシュって言うのね! よく見たらあんた、結構かっこいいじゃない。ねえラーシュ、早く名前付けてよ。お姉ちゃんに先を越されてちょっと悔しいんだから! 名前付けてくれたら、あんな事からこんな事まで、なんでもしてあげちゃうんだから。やーん、考えただけで気分あがっちゃう! そうねぇ、かわいい名前がいいわね! キャー!」
「観念しろや、ラーシュ。姉より話し方も可愛いじゃねぇえか」
「アサヒに怒られるよぉ。今もずっと睨んでいるし。はぁ、考えておくよ…いつか付けるからそれまでにはねぇ」
「アサヒ? アサヒっていうのはあの女よね? ラーシュの女なんでしょアサヒ、あなたも来てよ! アタシたちは、もう友達なのよ! ラーシュ、名前はいつかじゃダメよ! 今決めて! 早くぅ!」
「来たけど〜。竜の人たちって〜みんな強引なのねぇ〜。それに〜私は〜、部下であって〜恋人でもなんでもないし〜・・・」
「嘘でしょ? あなたからラーシュの匂いがプンプンしてるわよ? 抱かれてるんでしょ? アタシもそうなるんだから、もう友達じゃん」
彼らの話を他人事の様に聞き流しながら、雅と龍は夕飯を何にしようか考えていた。
「赤飯でも炊くか?」
「なんの祝いなんだよ? いらねぇっての! ていうか赤飯よりもよ、寿司食いてえな。昼も肉だったしよ」
「ドラゴンたちはともかく、ミーナやローラたちは生の魚は無理じゃないか?」
「なにも寿司は魚だけじゃねえんだぜ?」
そう言って出したのは干し椎茸の戻したもの、蓮根、人参、油揚げを煮たもの、桜でんぶ、刻みのり、錦糸卵、ボリュームを出すための煮穴子、甘えびに赤えびだった。
「ばらちらしか。それなら、生魚がダメでも食えるな」
「シャリもちゃんと用意してあるぞ」
ドン、と年季の入った檜の寿司桶を、テーブルの上に置いた。
「手巻きをメインにするけどよ。寿司種は豊富にあるからよ、
言ってくれりゃ、別に握んぞ?」
手巻き用の寿司桶をもう一つ出し、ネタケースも合わせて出した。
マグロを筆頭に様々な魚介が並ぶ。
丁寧に仕事をした穴子にコハダ、それにかっぱ用のきゅうり等の野菜類や干瓢煮も並んでいた。
「店ではださなかったけどよ、パーティーとかじゃサーモンとアボカドとか人気あったろ。あとは牛ロースとかな。そういうタネもあんぞ。海苔は一枚一枚、炭で焼いてあるから香りもいいしパリッとしてうまいはずだ」
「こいつはいいな。早速と言いたいところだけどな、手伝わにゃマズいだろ?」
「龍様、私どもにお手伝いすることはありますか?」
雅が手伝いを名乗り出ようとしたところ、ハルロやローラ、新参の二人の大尉も手持ち無沙汰なのか落ち着かない様子で手伝いを名乗り出てきた。
「これは元職人の仕事だ。そうだな・・・配膳と【むらさき】、ああ、そこにあるしょう油のことだ。しょう油やドレッシングなんかを並べてくれ。あとはそうだな・・・アガリ、いや煎茶の淹れ方は大尉たちならデータがあるよな? 茶を一杯ずつ淹れてくれ」
「茶を【アガリ】というのはなぜなんだ? 龍、教えろ…て」
「【アガリ】って呼ぶのはな。もともとはよ、花柳界、んー、この世界にも踊り子のいる店ぐらいあんだろ? そういった芸社会でな、その踊り子のことを芸妓っていうんだけどよ。声がかからねえで売れ残った娘をよ、【お茶を引く】っつって縁起が悪いんだ。逆にな、指名が入った娘はよ、【おあがりさん】っつってよ。それにちなんで縁起が悪い【茶】を使わずに縁起を担いで【アガリ】って呼んでんだよ」
「まっこと面白いよのう。ンンッ面白いわね。き…あなたたちのお…いた国って」
「なんか、まともな話し方すると気持ちわりいな。慣れてねえからどもるところが余計に気持ちわりい」
「仕方なかろうが! 頑張って治そうとしてるもん! 可愛くなるんだもん!」
「だから、無理に治さなくていいっつってんだよ!」
「良かったね、お姉ちゃん。その変な喋り方治さなくていいなんて言ってくれる男がいて。お姉ちゃん強いし、多分そういうふうに言ってくれる男なんて、多分、龍ちゃんぐらいしかいないよ? わかんないけど」
「葵大佐〜、ま〜たファフニールと言い合いしてたんですか〜? そんなんじゃ〜ミユキに怒られちゃいますよ〜」
「くそっ。みんなして追い詰めやがって。アサヒ、ラーシュはこいつに名付けてやったのか?」
「この娘と〜、今まで〜お洋服の話で盛り上がってたから〜まだ聞いてないですよ〜。この娘〜、メッチャ可愛いじゃないですか〜? だから〜着てもらいたい服がた〜くさん、あるんですよ〜! だから〜帰ってもらっちゃ困るんです〜! あと〜名前がなくて呼びづらくて〜。ね〜」
「ねー、アサヒ」
妹の古竜とアサヒは、ファッションであっという間に仲良くなったようだ。
「龍、めちゃくちゃお腹減ったよ。お、手巻き寿司だね。いいねいいね。冷酒か・・・ワインなら白もいいけど辛口のロゼをオススメするね。まずは・・・うにとイクラとマグロの赤身に山葵。で巻いて、いただきまーす………うーん、美味しい!」
ササッと、自分好みにタネを合わせて手巻き寿司を作って食べたリアムがきっかけでみな、思い思いに手巻き寿司を作って食べていく。
「生魚が駄目だと思ったからよ。ミーナたち三人にはこれだ」
龍が、三人の前にきれいに彩られたバラちらしを置いた。
「ありがとう。みんなとは違う食べ物で、少し寂しいけれど生の魚は苦手だから、ありがたくいただくわね。これは卵焼が色鮮やかで華やかね。こちらの桃色のは?」
「桜でんぶってやつだ。これ、こう見えてもよ白身魚の佃煮なんだぜ」
桜でんぶの作り方はシンプルで、骨や皮、血合いなどを綺麗に取り除き、すり鉢などで軽くほぐす。その後、鍋に移し替えて酒や砂糖などで味を調え、乾燥するまで炒めたらでんぶが完成。そこに食紅を加えて着色したものが桜でんぶとなるのだ。
「桜でんぶというのね。しっとり甘くてしつこくないとても優しい繊細なお味ね。煮野菜も歯ごたえがしっかり残っていておいしいわ」
「このキノコみたいなのはなんでしょう。噛むごとに味がしてとても気に入りました」
「それは、椎茸っつうキノコだな。子供は、結構苦手な子が多いんだよな。美味えのによ」
「椎茸というんですか。でもなぜ子供が嫌がるんでしょう?」
「噛んだ時に風味を感じたと思うけどよ、その風味や歯ざわり、見た目で嫌われる食材の一つだな。子供の成長期に大事な栄養素がすげえ含まれてんのによ」
椎茸には、骨や歯を丈夫にしてくれる働きとともにカルシウムの吸収を助ける効果、それに脳神経の発育を助ける物質を含んだビタミンDが豊富だ。
「私は海老が気に入りましたな。ぷりぷりと歯ごたえがよく味わいもいい。それから龍様、ご迷惑でなければこの穴子の握りというものをいただいてみたいのですが?」
「はいよ。ちょっと待ってくんな。テーブルの前に座って握るっつうのは不思議な感覚だな。で、お前らはいいのか?」
「僕はコハダとイワシね」
「龍、このロゼのスパークリングに合うアテを頼むよ。あとで干瓢とかっぱを頼むよ」
男性陣は思い思いにアテや握りを龍に注文した。
「アボカドとサーモンの組合せがやっぱり好きです」
「私は、ホッキ貝とイカに、明太子のタルタルが好みだわ」
「私はネギトロ推し〜! でも〜ホタテとイクラも捨てがた〜い!」
女性陣は、テーブルに並べられた食材をそれぞれチョイスしてワイワイと思い思いに楽しんでいる。
それを横目に、龍は握り終えた穴子の握りをハルロの前に二貫、次にイワシとコハダを次々にリアムの目の前に差し出した。
「ハルロ、穴子の握りだ。ツメは塗ってあるからそのままいってくれ。リアム、イワシは、オリーブオイルと塩で試してみてくれ。コハダは〆てるから、そのまま味わってくれ」
「ありがとうございます。いただきます………なんとまあ。ツメというのてすか、塩気と甘さの塩梅がなんとも。穴子とシャリというのでしたな。ほろほろと口の中でほどけてとても美味しゅうございました。それに、窪田の純米大吟醸。果実のような甘い香りとそれに似た心地よい軽やかな甘味、そして後半はすっきりとしたキレのいい酒ですな」
「イワシの握りうまい! オイルサーディンみたいに油まみれじゃないから、軽くてマジでうまいよ! コハダもいい塩梅だ。これはイケるね!」
「雅は、たこぶつと赤貝に真鯛刺しだ。赤貝はむらさきで、真鯛は塩でやってくれ。けどな、このロゼ・・・多分なんにでも合うはずだぞ」
ロゼを一口試した龍は自信を持って、雅に刺盛りを提供した後、龍はぽんぽん自分の食べたいものを握っては収納していた。
「確かに赤貝をしょう油で食っても、真鯛を塩で食ってもこのロゼは合うな。たこぶつが合うのが一番意外だったぞ」
ひとしきり飲んて食べたところで、雅のリクエストであったかっぱ巻きと干瓢巻きを仕上げた。
「ほらよ、かっぱ巻きと干瓢巻きだ。俺は梅キュウが食いたくなったからよ。ついでに巻いたぞ」
雅は、かつて遠野に釣りに行ったこともあり、ふとかっぱ巻きの話をしはじめた。
「かっぱ巻きは遠野の河童が干涸らびるのを嫌ってきゅうりを巻いていたからだったよな。鉄火巻は海苔巻き、つまり干瓢巻きを食い飽きた博打打ちが鮪巻きを食うようになった。賭博場を【鉄火場】と呼んでいたから鉄火巻になったっていう話だよな」
「かっぱ巻も干瓢巻もこのシンプルさがいいよね。何事もシンプルにことが運べば御の字なんだけどさ。あ、鉄火巻も頼めるかい?」
そんな粋らしい会話をしているつもりになっている男たちをよそに「わぁ!」という歓声が響いた。
詰んだという表情のラーシュと、にこにこしている妹ドラゴン。それに、なぜかショックを受けたような暗い顔をしているファフニールが見えた。
「どうやら決まったようだな」
「おめでと〜シラユキ〜。や〜っと私も名前で呼べるわ〜」
「ありがとう、アサヒ。ラーシュ、これでアタシもアサヒと同様、あんたの女よ。よろしくね。ってお姉ちゃん、なんでそんな暗い顔してんの?」
ホワイトスノーからのシラユキか。白い肌を持つ白竜にはお似合いの名前なのかもしれない。
「名前に、そんなふうに特徴を表すことがあるとは知らなかったぞ。ファフニールは抱擁する者といったか、かっこいいが可愛くはないぞ・・・いかがしたものぞ・・・」
ファフニールはブツブツ言っている。
「ラーシュ、お前には鉄砲巻だ、食え。ファフニール、泣きてえならこれを食え。涙巻だ」
鉄砲巻は干瓢煮に山葵を組み合わせると刺激が強くなり鉄砲に当たったような顔になる事と砲身に見立てたことが謂れだ。
「うお! ツーンとくる!」
「ありがと、龍…………からっ! 痛い! 痛いぞ! 目が! 鼻が!」
「ラーシュ、お前がきっちり決めてやんねえからこんなことになんだぞ?」
「葵大佐、どの口が言ってんです?」
「酷い目にあったぞ……龍、殺す気か!?」
「泣けただろ? どうしたんだ。そんなに妹の名前が不満なのか?」
「うっ・・・そうではないのだ。ファフニールという名はかっこいいから我も気に入っているが・・・その・・・可愛くはないのがな・・・そもそも名は、その者の特徴を表したりするということをなぜ教えなかったのか?! それが不満ぞ!」
「とことん面倒くせぇ竜だな。どうすりゃいいんだ? なんなら【たつこ】に戻すか?」
「それは嫌ぞ!!」
「お姉ちゃん、そんな可愛くない名前つけられそうになったの?」
「大佐、ファフニールをミドルネームかファースネームにして、もう一度名前をあげたらどうです?」
「なら、ファフニール、お前は今からユキだ。ユキ・ファフニールだ。それでいいか?」
「ユキ・・・ユキ・ファフニール…ふふ、ふへへ、えへへユキ。うん、可愛いぞ。ふぇふぇふぇ。ミユキもシラユキもユキ・・・えへへ」
「お姉ちゃん! お姉ちゃん! どうしたのよ!」
「シラユキちゃん、あなたならわかるでしょう? ユキも嬉しいのよ。私達三人とも【ユキ】が名前に入っているでしょう?」
「そっかぁ。よかったねお姉ちゃん。お揃いだね私達、きゃー」
「シラユキちゃん、いい娘だなぁ。ラーシュなんかやめて僕にしない。いくらでも罵り踏んでいいよ」
「え? お姉ちゃんが、変態がいるって言ってたけど、あんたの事だったのリアム。嫌よ、私変態じゃないもの。アテナ、あなたも大変よね」
「私? 私はもう踏みなれているからいいわよ。今度はどんなこと試そうか考えるのって案外、楽しいわよ」
「じゃあ、今夜もアテナに頼もうかな。じゃなくて、ユキつながりで今夜の締めは二つかな。これだよ」
取り出したのはタッパーと北部酒造のハイパーフローズン北部美人だった。
タッパーの中にはフロゼと呼ばれるニューヨークのバー・プリミが元祖とされるフローズンカクテルが入っていた。ロゼワイン750mlを一本、スイートベルモットをロゼワインと97.5ml、砂糖75gをブレンダーにかけ6時間程凍らせた後、取り出し、かき混ぜたら、再度6時間程凍らせて完成だ。
タッパーからスプーンでほじくり返しグラスに盛りいちごピューレを乗せるのがオリジナルレシピだがより飲みやすくなるいちごジャムを乗せて仕上げた。
一方、ハイパーフローズンはしぼりたての純米大吟醸の生原酒を液体急速冷凍したもので飲む直前にゆっくりと解凍する酒だ。
「こっちは普通に飲んでも搾りたてそのまんまの抜群に美味しい酒だけどね。せっかくお茶の話があったんだ。こいつにグリーンティーリキュールを2tsp、ライムをスライスして添えて…と、爽やかにしてみたよ。みんな好きなの選んでよ」
思い思いにグラスを手に取り飲み干していく。
三人の雪たちもその肌をほんのりとロゼに染めていた。
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