御饌の朝粥
雅が朝の勤めを行っている頃、龍は艦内にある調理場で調理をしていた。
かつお出汁を取り、洗った鮑と肝を入れ沸騰させる。
沸騰したところに、研いだ米を入れ、とろ火で30分ほど煮る。
ちょうどいい具合の柔らかさになったところで、塩をふたつまみほど入れかきまぜる
そして、器に盛ると鮑粥の完成だ。
盛りつけた粥を自身とミユキの分を合わせレプリケーションしサブスペースに収納していく。
鮑粥の優しい香りに誘われてかタイミングを見計らってかはわからないがミユキが顔を出した。
「お粥ですか?」
「そうだ。朝の
「普段は、粗野な振りをしていますけどそういうところは、しっかりとしていらっしゃいますね。昨夜も、優しくしていただきましたし」
「粗野は余計だ。雅も朝の勤行の時間だと思うぞ。リアムんとこは、親父さんがギリシャ正教会の信徒だったな。今頃、祈りをささげて硬いパン食べてるんじゃねえか。ラーシュんところは、確か・・ルター派のキリスト教徒だったはずだ。ま、あいつは神様ならどなたでもいいと思ってるけどな」
「そうなんですね。でも、信仰している宗教の違いで、言い争いとか、全然ないですよね?」
「仲のいい友人や隣人同士で争うか? ま、世の中にゃそんな奴らもいるけどな。俺たちゃ家族みてえなもんだ。お前だってそうだぞ?」
「有難う御座います。まだ得心はしていませんが、皆さんの言う事は一応、理解しているつもりです。それに私はAIですし・・・」
悔しいといった表情で言葉を紡ぐミユキに向かって龍は諭すように話した。
「俺はこういう性格だし女好きだからな・・まあ、心配するなとは言えねえな。けどな、俺にとってはお前は家族同然だ。この話はここまで。さっさと献上しに行って、俺達も朝食を摂るぞ」
「はい・・・了解しました」
麒麟たちに鮑粥、副菜にそれぞれ龍が漬けた梅干とたくあん、粥と同時に仕上げた小松菜と油揚げの煮浸しを献上し大祓詞を奏上、朝拝した。
「
神社に参拝したときに誰にでも感じられるような厳かで清らかな空気が辺りを包み込むように溢れる。
「今朝は、昨夜と違ってなんというか身体に染み込んで漲ってくるような感じだったな」
「拝見してましたが、とても綺麗な光が大佐に集まって消えていきました」
「そうか。神気なのかもな・・・力が漲ってんぞ。それよりも俺達も飯にしようぜ」
艦に戻ろうとした龍たちに待ったをかけた者たちがいた。
「硬いパンより、いい匂いのする柔らかい物のほうが、朝は胃に優しいよね。僕たちの分もあるんでしょ?」
「本当にいい匂いだねぇ。納豆もあるんだよねぇ? お茶はぁ・・・ほうじ茶がいいなぁ」
「鮑の粥か。美味そうだな。ソフィア、俺達も御相伴にあずかろうか」
結局、全員分を用意することになった。
お茶は、ラーシュのリクエストのほうじ茶と、龍の好みで煎茶を選んだ。
「貴様ら、我を忘れるとは何事ぞ! 我の分はあるのだろ? なんぞ粥か・・・肉はないのか? 」
「肉なんて、ねぇよ! 粥が嫌なら、お前の分はなしだからな!」
「ほほ・・・不思議といい匂いのする粥だの。我は食べるもーん。早く寄越せ阿呆ヅラ!」
「昨夜は失礼しました。私の中で少しは・・・納得したつもりです。だから・・・今夜はあなたに譲ります」
「ん、そうか? 少しずつで良かろう。無理矢理納得したところで良い結果になるとは思えんからな。だが、本当に譲ってくれるのか?」
「そこ! 勝手に決めてんなや! 冷めないうちに食うぞ」
古竜以外のその場にいる全員が、いただきますと挨拶する。この世界とは違う異界出身のミーナやローラも朝の挨拶に慣れたものだ。
「はぐっ、いだたきますとはなんぞ? 人種のやる祝福か? それとも呪文か?」
「いただきます、よ。私達が、女神様に感謝の祈りを捧げるような言葉、というのがいいかしらね。聖者と勇者の国の言葉なのよね? このお粥の中の食材全てに命が宿っていて、その命をいただくからなのよね」
「それと食材を作ってくれた方々や食事を作った勇者様や配膳をしたグランマルニエル様やグランダッドリー様への感謝も含まれる・・・のだったでしたよね?」
ローラがミーナの説明に若干、疑問系で補足した。
それをラーシュが納豆をかき混ぜながら、肯定する。
「そうだよぉ。う〜ん、この香り! 香りが立つまでよく混ぜなきゃねぇ」
「それにしても賢者、そのネバネバした豆はなんなの? 匂いもキツイわね。本当に食べ物なの?」
ミーナが納豆を掻き回しているラーシュを見て顔を歪める。
それを横目に雅が、いただくときの仕草を
「概ね間違いないな。さっき龍が麒麟様や御使いに神饌、朝食を献上しただろ? そういったお供えしたものを俺たちが食べる時は頭の上つまり《頂き》だな、そこにかかげたことが語源になっているんだよ。深いよな」
「まるで、王様から下賜される時のようね」
「そうだな。ま、これから飯だ!って気にはなるだろ?」
「ふむ。命をいただくか。それに神からいただくか。面白いな実に面白い。貴様らといると楽しみが尽きぬ。この鮑と言ったか・・・コリコリがたまらんぞ。おかわりをくれ!」
「鮑の歯ごたえが本当に良いですね。噛めば噛むほどいいお味が口の中に広がって・・・んー!」
「すっぱ! この赤い身、とても酸っぱいんですけど! 顎の付け根が痛くなってきました・・・」
梅干を口にしたローラが涙目で訴えリアムが答えた。
「その酸っぱいのと米粒が合うんだよ。米粒ってのはこの白いやつね。その酸っぱいのは肉を巻いて焼くのも美味しいよ。そういえば・・・魔皇国でも聖皇国でもやっぱり稲は見つからなかったよね」
「そうだったよねぇ。でも今回は、リアムも龍も種籾をもってるんだよねぇ?」
「うん。龍の手伝いをした転生の時に農家の繋がりを活かしてね。うるち米の品種も色々集めたしもち米も集めてあるよ。それに種籾だけじゃなくて中苗も収納してあるよ」
長さ10㎝程の硬化期の稲も用意してあり稲作をいつでもできるようにしていた。
「それにしてもあなたたち、軍人だけじゃなくて本当に色々な経験をしているわね。人族の一度の人生で経験できるようなものではないわ。いったい何度繰り返したのかしら」
ミーナが呆れたように感想と質問を投げかける。
「最初の転移からはじまって5回目だよね、今。だいたい、みんなどの転生のときも90くらいで逝ってたよね?」
「90歳が4回って360年じゃないですか!」
ローラとAIが叫んだ。ローラは、リアムが王時代に算術を覚え暗算もできるようになっていたからこその反応だ。
「それで、今は何歳になったの? 人種のままだから25、6歳ぐらいかしら?」
「いや、302歳だよ」
「ええ?! 660年は生きた経験があるってことよね?! 私の倍は経験してるじゃない!」
「うん、まあねぇ。アサヒぃ、コーヒー淹れてくれない?」
ラーシュがさほど気にすることでもないといった体でアサヒにコーヒーを淹れるよう頼んだ。
「ちょっと待て貴様ら・・・、例え、生き死にを繰り返したとて660年だと? 立派なジジィどもではないか! 我をババァ扱いしおって! 謝れ! そして訂正しろ、この阿呆ヅラジジィども!」
「まあまあ、お婆ちゃん。そう怒らないで、コーヒー、淹れたからどうぞ」
「お婆ちゃんだと?! この姿を目の前にしてまだ言うか! どこをどう見ても、誰もが羨むような見目麗しき乙女だろうが! 目が腐っておるのか?! 耄碌しておるのか?! ん、なんぞこの黒い汁は? 毒か? ハンッ、我に毒は効かぬぞ。舐めるなよ?」
コーヒーを淹れたカップを見てファフニールは、毒だと勘違いした。それを見て雅は、一口啜ってみせた。
「美味いね。ありがとうアサヒ君」
「どういたしまして〜、閣下〜」
「このコーヒーですか・・・紅茶とは違う香りですけど、いい香りです。苦みが強くて・・・でもほんのり甘みがあって、スッキリしているし、美味しいですね。昨夜いただいたチョコレートに、とても合いそうです!」
「毒じゃないのか。てっきり我が、邪魔で殺そうかと思っておるのかと勘繰ったぞ・・・良い香りだな。ズズ・・・熱い! にぎゃい! なんぞこの苦さは!」
「バカ舌だな、お前。後味の甘みもわからねぇのかよ。ほら、砂糖とミルク入れれば、お前のようなバカ舌でも飲めるようになるからよ」
龍はファフニールのカップに、ミルクを少しと砂糖をこれでもかと入れかきまぜファフニールに戻した。
「熱いし、苦すぎて甘みなんぞわからんわ! ん? なんぞ貴様、優しいところもあるではないか。寧ろ、いつもそうしろ。ズズ・・・甘すぎるわ! 口の中がジャリジャリしとる!」
「悪いな。とのくらいが好みか、わからなかったからよ」
「やりすぎですよ、艦長! お水よ、飲んでファフニール」
さすがのミユキも、ファフニールのフォローをした。
そのミユキに、ファフニールは涙目で訴えた。
「ミユキ、なぜこやつはこうも、我をいじめるのだ?」
「そりゃあねぇ。好きな女の子はいじめたくなるもんなんだよぉ、男の子はねぇ。そうだろ? 雅、リアム」
「そういうことだ。話し込んでしまってブリーフィングの予定時間をとっくに過ぎてしまっている。片付けながらでいい。これからのことをあらためて話そう」
ラーシュがいらない余計な事を口走ったが簡単に相槌を打ち雅が話を打ち切った。
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