バーボネラ


「中将閣下、艦長登録の準備が整いましたのでお越しください」

そうアテナから要請を受けた雅はラーシュに声をかけた。

「アンダーソン大佐、悪いが一緒に来てくれ」

「なんだい急にぃ? 雅が、あらたまって声をかけてくるときって、たいてい禄なことじゃないからなぁ。ていうか艦長やらせようとかしてないよねぇ? 絶対に嫌だよぉ、僕は自由人でありたいの!」

付き合いの長いラーシュは、雅の思惑にすぐに気づき拒否する。

しかし、それは周りが許さなかった。

「諦めろラーシュ。サブリーダーはお前なんだからよ」

「そうだよ、賢者。参謀長みたいな役目もやってきたんだしさ。もう一隻ぐらいラーシュなら、平気でしょ?」

「ちょっと! みんな無責任じゃないのさぁ。そんな適当ならミーナ嬢にやらせればいいじゃないかぁ?」

「彼女は軍籍ではないからな無理だ。さあ、行くぞ大佐」

「はあ、仕方ないかぁ。ちょっとは楽できると思ってたのになぁ。どうせなら、可愛いお尻のアバターAIちゃんがいいなぁ」

ブリッジに入ると、AIの5人組と合流したのであろう、ミーナ達3人組の他に、明らかに初老を超えた女性が横たわっている姿があった。

「ラーシュ、残念だったな。くく」

「終わった・・・僕の夢は潰えた・・・」

「大佐〜、何が終わったの〜? ね〜、何の夢が潰えたの〜?」

凍えてしまうかのような、アサヒの冷えた声が、ラーシュに降りかかった。

「略式でだが、任官式を行う。その前に、この艦の名前をつけてしまおう。【ほうらい】は男性型で【グランダッドリー】だし、こちらは女性型だから艦名は【みらい】、アバターは【グランマルニエル】でいいよな? 酒飲みたくなるだろ?」

「私達は、特に異論ありません」

特に意見のなかったAIは口々に肯定した。

「僕は異論だらけだよ・・・」

「さてラーシュ・アンダーソン大佐、これより、君を准将及び【みらい】の艦長に任命する。副艦長のグランマルニエルは大尉扱いとする」

その後、グランマルニエルは無事に起動、艦長登録を終え船体の改修作業へと移行した。

「やたら長く感じた濃い一日だったな」

降下から今まで、食事も摂らず過ごしてきたことに気がついた。

「麒麟様たちに、ファフニールやミーナたちもいるし、グランダッドリーのような新顔もいる。せっかくだから、食事会でも開こうか?」

麒麟や案内役の四霊獣は、姿が見あたらないが世界樹のどこかに身を寄せているのだろう気配は感じる。

ファフニールは飽きたのか、元の姿に戻り涎を垂らして眠っていた。


「酒は、やっぱりオールドグランダッドとグランマニエだろうな。それに合う食い物となると・・・スモークチーズか」

「食事とはちょっと違うよね。麒麟様ときたら、そこはビールじゃないの?」

確かにそうだ。

メインは餃子に決めた。前菜は叉焼に春雨のサラダ、よだれ鶏、クラゲの和え物といったところか。前世で、四川料理店の料理長をした後にラーメン屋を開き、また別の前世で上海料理店の店主経験を持つ雅が、すべての皿を出していく。

「今日は俺が提供するけど、中華料理だ。食材というか、 店で作ったやつ、全てサブスペースに突っ込んであるからな」

料理長経験時に、注文を受けて、完成した料理をレプリケーションつまり、複製し亜空間収納していた。

どれだけ食べるかわからないファフニールがいても、この方法ならば賄うことはできるだろう。

無くなりそうになったら複製すればいいだけだ。

「ラーシュ、グラス凍らせといたか?」

「当たり前じゃないかぁ。ビールサーバーもたくさんあるし、レプリケーションすれば増えるんだから、どんだけ飲んでも減ることはないよぉ」

考えることは同じだ。

それどころか缶ビールを開けて飲んでいた。

「それも、レプリケーションしたやつか?」

「勿論。どの転生のときの2022年製かまでは、わからんけどねぇ」

日本での転生を、四度も繰り返してきたわけだ。わからないのも当然だろう。

「麒麟様達にも、神饌を献上しなきゃな」

龍は、世界樹の根本の祠周辺にいるであろう御神体分の食事とビールを注いだジョッキを、簡易テーブルの上に並べ龍神祝詞を奏上した。

「高天原に坐し坐して天と地に御働を現し給う龍王は、大宇宙根元の御祖の御使いにして、一切を産み一切を育て、萬物を御支配あらせ給う王神なれば、一・二・三・四・五・六・七・八・九・十の十種の御寶を己がすがたと変じ給いて、自在自由に天界地界人界を治め給う、龍王神なるを尊み敬いて、眞の六根一筋に御仕え申すことの由を受引き給いて、愚なる心の数々を戒いましめ給いて、一切衆生の罪穢の衣を脱ぎ去らしめ給いて、萬物の病災をも立所に祓い清め給い、萬ず世界も御祖のもとに治めせしめ給へと祈願奉ることの由を聞こし食し、六根の内に念じ申す大願を成就成さしめ給へと、恐み恐みも白す」

奏上し終えた龍の身体から五色の光が放たれた。

「龍、奏上し終えたとき身体光ってたぞ」

「ん、そうか?そういやいつもより気を持っていかれたような感じすんな」

龍はわからないといった素振りをしていた。そこに祝詞に反応したのか目を覚ましたファフニールがやってきた。

「何ぞ芳しい香りがするな。我は食わなくても平気なのだがな。嗅いだこともないこの香りはなんともそそるものよな。龍、貴様随分と気が減ったの。我なら分けてやれるぞ、ホレ、ホレ」

やたらと龍に向かって胸を上げたり腰をくねらせてアピールを繰り返しているファフニールに雅が食事を促した。

「ファフニール起きたのか。そっちのアピールは後にしろ。今日の酒はとりあえずビールだ。こっちの世界にもビールぐらいあるんだろ?さて、俺達も食おうぜ」

「エールなら知っておるがあれは不味いな。そのビールとやらは美味いのであろうな?」

「勿論だ。最初の一杯はたまらないぞ」

祠から振り返ってみれば簡易テーブルを並べ談笑をはじめていた。

いつの間にかアテナとミーナが隣席して仲良さそうに話しているしグランダッドリーとグランマルニエルはハルロとローラから配膳の指示を受けながら四人とも動き回っている。ミユキは対面のアサヒ、ソフィアと談笑しているがファフニールの動きを見逃さないようにしている。ラーシュとリアムはすでに相当量を開けているようだ。

「なんというか俺達らしいというか纏まっているようで見事にバラバラだな。配膳をしている四人も座りな。今夜はもうやらなくていいよ。仲間なんだ。皆で食事をするべきだろ?」

「二人が来ないから勝手にはじめてたんだよ」

「まあ、いいさ。じゃあ、皆、ジョッキを持ったな?それではあらためて乾杯!」

「「「「「「乾杯!」」」」」

「レーションやレプリケーターの食事も美味しいって思うけど作りたての食事ってやっぱり違いますよねぇ」

そう言いながらアサヒはよだれ鶏を大量に食べている。

「俺は春雨サラダだな。小学校の給食で一番楽しみだった料理って飯とカレーかこれだったんだよ。酢が強くないからあっさりさっぱりとしていて歯ごたえもいろいろ楽しめるしな」

そう言って春雨サラダを平らげているのは龍だ。

「私は中華クラゲと胡瓜の和え物かしら。サッパリしているしシャキシャキした胡瓜とコリコリしたクラゲの歯ごたえがとても良いわね。」

ミーナは中華クラゲの歯ごたえが気に入ったようだ。

「やっぱりビールには餃子だよねぇ」

「水餃子も美味しいですけど日本式の焼き餃子もやっぱり美味しいですよね。キャベツの甘さがとってもいいです。こちらのお酢だけでいただく梅肉が入った焼き餃子もサッパリしていてとても美味しいです」

ソフィアとラーシュは餃子に夢中でそれぞれの味を楽しんでいるようだ。

「ぷはー!このビールとやら冷たくて美味いな。苦味がたまらんぞ!それと我はチャーシューが良いな。なんと言っても肉だし外はカリッとしておるが内側はしっとりしておる。後百程でも余裕で食えるぞ。それか切る前のやつはないのか?あるなら寄越せ。ほれ変態リアム、ビールをもう一杯頼むぞ」

泡で口髯を生やしたファフニールが叉焼を口いっぱいに頬張りながらリアムにビールを注がせているところにミユキが突貫した。

「ファフニールさん、あなたは大佐に近づくことが多いですけど大佐を狙ってるんですか?」

雅は皆に黙って土鍋で煮立っている四川麻婆豆腐を食べておりミユキがファフニールに迫ったことで咳き込んだ。

「ぶほっゴホッゴホッ」

「きったねえな、雅。それにしてもお前また、すげぇ辛そうなの食ってんな。見せんなよ。飯欲しくなるだろ?あと、ミユキ、ファフニールはそんなんじゃないからな」

「すまんすまん。いや、いつミユキ君がファフニールに突っ込むか気になってたんだがな、まさかここでとは思わなくてな」

雅は喉に唐辛子が張り付いて顔を真っ赤にしておりミユキは恥ずかしくなったのかその白い肌を赤くしていた。

「閣下、その…心配でして…大佐を取られるかと…」

「なんぞミユキ。その程度で心配しとったのか。女は愛嬌はもちろん必要だが度胸も必要ぞ。そりゃ、こやつは我を負かし名を付けた男だからの。こやつの子種も欲しくなるものぞ。ミユキ、強い男はその強さを未来に残す義務が在る。それは魔物も人種も関係なく畜生の本能ぞ。貴様はどうなのだ?子を成せるのか?成せるなら堂々と男の帰りを待っておれば良い。そうでなければ考えねばならぬぞ」

彼女たちアバターは器官を作り出すことができるが妊娠や出産は不可能だ。だがアバターと心の繋がりを求めて婚姻関係となる士官も多い。もちろん、以前いた世界でも一夫多妻制の惑星や国家はあったが一夫一婦制の惑星がほとんどだ。ここに来て一日しか経っていない彼女たちにとっては許容範囲を超えた常識なのだろう。

「それはそうなんですけど、やっぱり心配でして」

「であれば今夜は貴様がやりあえば良かろう。で、明日は我ぞ。それで良いな、龍」

「何いいこと言ったって顔して勝手に仕切ってんだ。全然良くねぇよ!」

「勇者はお黙りなさい。いいこと、ミユキ。私も嫉妬深いほうだけど相手を信じてあげることも愛していることに変わりはないのよ。割り切ると言ったらそのとおりかもしれない。けれどもねそういう心づもりじゃないと私やローラがいた世界やこの世界ではね、やり切れない思いをあなたが我慢し続けなければならなくなるの。我慢し続けて生きていくのなんて誰でも嫌よね。愛してもらいなさい。その代わりあなたも全力で愛してあげなさい。あなたにとって助言になっているかどうかはわからないけれどもね。ウィル、いえリアムとアテナ姉と私達をよく見ておけばなんとなくわかってくると思うわよ。私達はお互いを認めあっているしね」

「みゆき様。お嬢様とアテナ姉様そして私は等しくリアム様を愛していると断言いたします」

「ありがとうございます…ミーナさん。ローラさん」

「《さん》はいらないわよ。仲間なんでしょ、私達は」

「おお、ヴァンパイアロードが、いいこと言ったねぇ」

茶化したラーシュにミーナが反応した。

「賢者、あなたもあまりやり散らかさないことね。アサヒはあんまり表に出さない娘だと思うけど彼女も思うところはあるはずよ、ねえ、アサヒ。ほら、一言お間抜けな賢者になにか言ってやりなさい」

「ん~、私は今を楽しめたらいいんだけどな~。でも~、これからも私を愛してくださいね~大佐~」

突然何を言い出すんだという表情でラーシュは口をパクパクさせて固まっている。今度はソフィアが口を開いた。

「ウチの艦長たちは根っからの女好きなんだし今更よ。私は増えるのが当然だと思っているわ。寧ろ、自分の上官が強いから選ばれていて誇らしいと思えるくらいよ。今は機会がないですけれどね、閣下は」

「はあ、そろそろお開きにするぞと言いたいところだがグランダッドリーとグランマルニエルの歓迎会でもあるんだ。食後のデザートと二人に縁のある飲物を出そう」

そう言ってサブスペースから取り出したのはバーボンウイスキーとオレンジキュラソー、ドライ・ベルモット、グレナデンシロップだった。勿論、二人に縁のある銘柄の酒瓶だ。

「ラーシュ、サブスペースにバーツール一式、入っているんだろう? バーボネラを頼むよ。デザートは生チョコレートだ」

雅はカクテルをオーダーしつつ冷えていない生チョコレートをサブスペースから取り出した。

「いいねぇ。新しく入った二人にふさわしいカクテルだねぇ。そして今夜は少しほろ苦いけど甘い夜になりそうだしぃ」

ラーシュは慣れた手付きでバーボンウイスキー30ml、ドライベルモットを15ml、オレンジキュラソーを15ml、グレナデンシロップをティースプーン1杯注ぎステアすると甘く香り高いバーボネラが完成しそれを人数分レプリケーションしていく。

「まずは一口飲んでみてくれ。バーボンとドライ・ベルモット以外にリキュールの存在を感じられるはずだ」

バーボンウイスキーのもつクセを甘さとコクが打ち消し女性でも飲みやすい一杯のため好評のようだ。

「その後に生チョコレートを口にしてから飲んでみてねぇ。味わいの印象が変わると思うよぉ」

「明日は少し遅めの0800それぞれの艦長室に出頭としよう。それではあらためて・・・皆との出会いとほろ苦く甘い夜に乾杯」

「「「「「乾杯」」」」」

そうして初日の夜は甘く静かにふけていった

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