Evil Forest 2
「あれが世界樹ですか。直径30㎞とは・・・とんでもなく大きいですね」
聳え立つ世界樹を目視しながら、索敵を行っていたミユキが龍に話しかけた。
「多分、世界樹で間違いないだろうな。ミユキ、こちらからもアテナとあさひの両艦に降下地点の座標を伝えておいてくれ。恐らくあいつら、外に出て遊んでやがるだろうからな」
「了解しました」
先程まで、ドラゴンとやりあうという戯れをしていた身ながら平静を装い指示を出すと、この人は何を言っているんだろうという呆れ気味の表情でミユキは返答し探索を続行する。
そのミユキが、二つの反応を捕捉した。
「二体の生体? 霊体? でしょうか。それぞれ反応がありますが、動く気配はありません」
「わかった。雅、神徒のこと気づいてんだろ?」
「ああ、こちらでも捕捉しているよ。恐らく俺達の案内役の方々と言ったところだろう。それからあのドラゴン・・・ ファフニールは死んでないよな? お前、何とかしろよ?」
そのドラゴンは気を失ったまま、身じろぎもせず全く起きる気配がない。
雅が、ドラゴンを気にかけたその時二隻は着陸した。
「さて、それでは行くとしますか。龍、お前も外に出ろよ。ソフィアとミユキ君は艦内に待機、索敵と周辺の情報収集にあたってくれ」
雅がソフィアの甲板に出ると、龍がみゆきの甲板で、ファフニールに向かって、なにか言いながら顔をペチペチと引っ叩いているのを目にした。
「おい、ファフニール! 寝たふりしてんなや!」
「ガアァッ! わかったわかった! せっかく寝た振りしとったのに。貴様、あの方らに用事があるのだろう。ここで大人しく見ておるから早くいけ!あの方らは、我では手に負えん。とんでもない高位存在ぞ」
ファフニールのそんな声が、少し離れた場所にいる雅の耳にも届いた。
「あいつ、念話だけでなく直に言葉話せるのか・・・」
雅は、独りごちながら神徒に向かって行った。
追いついて来た龍とともに、彼らに向かって浅い礼のあと、最敬礼をし正座した。
「そなたが聖雅だな。私は、そなたの案内役の身ゆえ、そう畏まらんでくれ」
日本語ではっきりと雅にそう言ったのは唐獅子。
その隣の八咫烏は、龍に向かって口を開いた。
「あなたが葵龍ですね。私は、あなたの案内役を別天津神より仰せつかった八咫烏です。どうぞ、よしなに」
「私が葵龍です。こちらこそ、何卒宜しくお願い申し上げます」
「それほど畏まらなくて良いのですよ。さあ、お立ちなさい」
神格の高い存在に畏れ多く、暫くどちらも立ち上がることができなかった。
「ほら、立ち上がってくれ。残りの二人と異界の者が来なければ、封印はなんともできん。まずは、そなたらで地下を探索してくれ。恐らくそなたらに縁のある物だろうぞ」
ニっと笑うかのような表情をうかべた唐獅子が、二人を地下へと促してきた。
「あの場所も、ある意味、封印みたいな物でな。中へと到るには、そなたらが持つIDが必要なのだ。持っとるのだろう?」
「ええ、ありますよ。軍の認識番号でよろしいんですよね。実際、連邦の識別信号を受信してましたけれど」
雅は、半信半疑で答えたが、扉の前に来てみて、その意味がわかった。
それは、見慣れた惑星連邦軍施設の扉だったからである。
雅は、自身の認識番号を入力。
自動音声による返答があり、姓名と所属階級を求められたので雅は名乗った。
「惑星連邦航宙軍第一〇五三戦闘艦隊所属・第三〇二空母打撃群航宙母艦ソフィア艦長。タダシ・ヒジリ中将だ」
「照合しました。タダシ・ヒジリ中将は当艦完成の733年前、惑星連邦暦872年9月1日に艦隊ごと消失。行方不明となっています。申し訳ありませんが、念の為、声紋及び網膜照合をお願いします」
龍と雅は、その返答に息を飲んだ。進宙式を終えワープに突入したのはその日だったからだ。
「照合完了。タダシ・ヒジリ中将閣下と認証しました。ご無事でなによりです。ようこそタダシ・ヒジリ中将」
中へと入っていく雅の後、同じように認証を受けた龍が追いついた。
「ここは・・・ハユーストンドックじゃねえか。なんでそんな工廠がここにあんだよ?」
龍は、雷を背に鷲が羽ばたいている軍章を見て、思わず声をあげた。
ユーストンドックは惑星連邦軍の最大艦用の工廠だ。
そのユーストンドックの軍章が、二人の目の前にあるのだった。
「確かに、ユーストンドックみたいだな。けど、なんか違和感ないか? ここの通路、こんなに広くなかったと思うんだけどな」
言われてみれば、確かに一人歩けばすれ違うことさえ難しかった。
そのはずなのに、二人並んで歩ける広さを確保していた。
通路を抜けた二人は、黒光りする巨大な船体を見て驚く。
「ありゃ、いずも級か?! やたらでけぇし! でもよ、いずも級は、確か計画段階でデカすぎて頓挫したはずだよな!? なんで完成してんだよ!? 違う艦なのかよ?!」
「マジでなんなんだよな。まあ、ブリッジに行ってみようぜ。なにかしら、わかんだろうからな」
二人は、ハッチが開いた船内に入り、ブリッジに向かって歩いていく。
「未使用艦だな。新品の匂いが、プンプンするぞ」
「なんか、年甲斐もなくワクワクするよな? そう思わねえ、雅」
「俺のソフィアも、おまえのみゆきも新造艦じゃないか。AIは、お互い古い付き合いだけどな」
「これだけの大型艦だぜ。そうそう、見るこたねえからよ。興味も湧くさ。でもよ、みゆきは気に入ってんだぜ。俺には、他人の命を預かってドンパチやる度胸はねえからよ。指揮官向きじゃないんだろうさ」
二人が到着したブリッジ内は、椅子やコンソールに簡易カバーがかけられた、全くの新品で、人の手が入っていない状態だとひと目でわかるものだった。
「起動させてみるか・・・AI、惑星連邦航宙軍第一〇五三戦闘艦隊所属・第三〇二空母打撃群航宙母艦ソフィア艦長。タダシ・ヒジリ中将だ。この艦の名称と艦長姓名、所属及び階級を求む」
すると男性の声音で返答があった。
「当艦は、惑星連邦軍所属1605年9月1日就役予定のはずでした、9千500mいずも級戦闘空母型移民船【ほうらい】であります。艦長は、未登録であり、配属予定の艦長はジョン・モーリス・ロビンソン提督閣下と聞き及んでおります、タダシ・ヒジリ中将閣下」
「まさかあのジョン・ロビンソンが提督とはな。ちなみにAI、君の名前は登録されているのか?」
AIに名付けはされていなかった。
提督の名を聞いて、龍もなんと言っていいかわからないというような表情をしている。
それは、進宙式の際の祝賀パーティーで、ジョン・モーリス・ロビンソン少尉と名乗る人物に、4人はサインを強請られていたからだ。
「提督にお会いしたことはあるのか。また、提督の年齢データがあるなら教えてくれ」
「提督にお会いしたことはございませんが、提督の年齢は711歳とデータにあります」
連邦の軍人は生体ナノマシンによる肉体強化に老成の遅延処置、クライオニクスによる長期間の冷凍睡眠により長命だ。職業軍人としての平均寿命は千歳を超えている。
「提督に、お子さんはいらっしゃるのか?」
「いいえ。提督は独身でいらっしゃいます」
あの青年で間違いないと二人とも気づいた。最近、転移してきたのだろうか気になり質問を変えた。
「話は変わるが、待機して何年経過しているか」
「6402年229日であります」
「惑星暦872年9月2日以降、1605年までの持ち得るデータを要約でいい。話してくれ」
「該当データが存在しませんので、お答えできかねます」
データが存在しないのであればAIとて回答不可能だろう。
「では、872年9月1日までのデータは、存在しているのか?」
「はい、存在しております。閣下の艦隊がワープ中に消失、行方不明となったところまでのデータが保存されております」
何者かに削除されているのかどうかは不明で、判断に困る返答だった。
これまで黙って聞いていた龍も、我慢できなかったのであろう。
「雅、随分ときな臭くなってきたな。データがないってどんだけだよ。どうする?」
返答後、暫く沈黙していたAIが雅に問いかけた。
「閣下、質問があります。我々惑星連邦は、帝国に敗北したのでしょうか?」
「AI、君は6千年も放置されていたのは、帝国に敗北を喫したからだと考えているのか」
「民間技術者さえ、一人も来ない状況でしたから、今までは別のケース、例えばですが、大量破壊兵器若しくはパンデミックの発生による絶滅したケース、物語にあるような未知の外宇宙生命体からの侵略により、植民地化されたかあるいは絶滅したケース等、絶滅をキーワードに推察していました。本来、私達AIの主である、人に会わないことから絶滅という単語を、推察から外す事ができなかったのです。閣下たちがいらっしゃったつい先程まで、敗北を喫したという推察すら、放棄していました」
なるほどな、と雅は思った。
6千年も経過している中で、一人も人間に会わなければ絶滅したと推察してもおかしくはない。
少なくとも自分はもっと早くにそう考えるだろうとも。
雅は気を取り直し、AIに異世界転移を納得させるために話題を変えた
「そうか。では、話題を変えよう。AI、ワープについては当然わかっているよな?」
「宇宙の外へ飛び出して、空間的距離を無視して移動する時空間歪曲型航法、若しくは、宇宙空間その物にサブスペースを作り出し、光速以上の速度移動をする我々が利用しているFTL航法ですね」
「そうだ。ただどちらも同じ宇宙空間、例えるなら一枚の紙の上の端から端まで辿り着くような航法だよな。では、隣にもう一枚紙があったとする。これに辿り着くためにはどうしたら可能だと思う?」
「閣下が仰っしゃりたいのは、平行宇宙や別次元の宇宙への移動の可否でしょうか? 現段階での科学技術では、不可能だとお答えします」
「そう・・・答えるしかないよな」
「雅、問答は時間の無駄な気がするわ。AI、単刀直入に言うぞ。お前は、そのもう一枚の紙の上によ。6千年前から来てんだよ」
「申し訳ありませんが、理解しかねます」
「そりゃ理解できないよな。でもよ、現に6千年前に就航予定だったお前の目の前に、完成する700年前に行方不明扱いされた俺たちがいるんだぜ? 不思議に思わなかったのか? それが答えだ。もし、これが平行宇宙なら何事もなかったように、人は仕事に来ていただろう? けどよ、一人も来ねぇ。来たと思ったら、行方不明だった人間だ。なにかしら別の要因だと考えねえか?」
龍が、AIに些か乱暴な説明をした。
人間に感情や思考を極限まで近づけても、所詮はAIだ。
理解の範疇を超えているのだろう。
「異界などと言われる別世界、ということですか? 非合理的ですし、荒唐無稽な結論です。私には理解不能です」
「現に体験している4艦のAIがいる。彼女らに話を聞いてみるといい。ひとまず話は、ここまでにしよう」
雅は、AI同士の話し合いの場を設け、彼女たちに実体験を語らせることに決めた。
「さて・・・第二級緊急事態宣言発令実施かね、これは」
「先程のご説明が真実であるならば私も同意見であります。寧ろ、第一級緊急事態宣言に該当すると具申します」
「いや、第二級にとどめておこう。第二級緊急事態宣言発令、惑星連邦軍軍規第32条第12項ー7を実施する。これより、当該艦を第一〇五三戦闘艦隊所属・第三〇二空母打撃群に編入する。AI、ほうらいの臨時艦長には私を登録処理の上、権限をまわせ。AI、貴官の階級は大尉だ。それから、ほうらい副艦長を命ずる」
「聖艦長、登録処理完了しました」
「ひとまず、何とかなったな。AI、自己紹介が遅くなったけど俺はリュウ・アオイ大佐だ。所属は・・・データあるんだろ? これ以上は別に必要ねえよな。これからよろしく」
「アオイ大佐殿、こちらこそ宜しくお願いいたします」
「AI、暫くはここからの発進は不可能だ。暫く船体待機を命じる。だがアバターがあるなら、船外活動をメインに行動できるよう、準備しておきたまえ」
「了解しました。少々お待ちを」
数分後、執事服を着た見た目は70歳代だろうか白髪の男性が現れた。
「お待たせしました、艦長閣下、大佐殿」
「名前ないんだったな。でもほうらいって感じではないよな、龍」
雅は、笑わせてくれるかもしれないという期待を込めて、あえてネーミングセンスのない龍に話をふった。
「セバスチャンとかセバスはありきたりでつまらないよな。グランダディ・・グランダッドリーなんてどうだ?」
まさか、龍からマトモな名前が出てくるとは思っていなかった雅は、少し残念な表情をしつつも首を縦に振った。
「グランダッドリー・・・なかなかいいんじゃないか。どうだろう、大尉? しかし酒飲みたくなる名前だな」
「それでは、以後、私のことはグランダッドリーとお呼びください」
名前が決まったところで、彼に現状を把握してもらうべきと思いたち外へといざなった。
「今まで引き籠っていたんだ。その様子じゃ、外の世界は見たことないんだろ」
「はい。自律思考型AIですが、大前提は命令ありきですからね。特にこれといっての行動はしておりません」
「なら話は早い。さ、一度表に出るぞ。グランダッドリー大尉、君もついて来い」
「了解しました」
三人は、会話を続けながらドックの外に出た。
唐獅子と八咫烏は、律儀に第一扉の前で待ってくれていた。ファフニールはというと、興味深そうにこちらを凝視していた。
「どうであった雅よ? してそちらの御仁は?」
「いかがでしたか龍? そちらのお方はどなたかしら?」
唐獅子と八咫烏が、それぞれ雅と龍に話しかけた。
「どうって、とんでもない代物でしたね。あ、この者は地下施設にあった、艦船ほうらいのAIでして、名はグランダッドリー。階級は大尉です」
「本日、惑星連邦航宙軍第一〇五三戦闘艦隊所属・第三〇二空母打撃群に編入されました戦闘空母型移民船【ほうらい】のAI、グランダッドリー大尉でございます。以後、お見知りおきの程宜しくお願いいたします」
「よろしく」
「よしなに」
『雅、この島も艦もだけどさ。龍が言っていたとおりヤバい代物だよ。中身は機能していないけど、悪意あるやつがこれを稼働させるかもしれないと思うとゾッとするよ』
『やっぱり、線路はマグレブライナーの線路だったしさぁ。ビルはハイパーカーボン製だしねぇ。そっちで受入られそうならさぁ、島一つ、転移させちゃおうかと思ってるんだけどぉ?』
短い挨拶を見届けた龍と雅に、リアムとラーシュから連絡が入った。
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