【不審者徘徊!?】怪しい女を捕まえて、友達を作ろう……!!【職質案件/ぼっち】
コンビニ袋を手に提げた少女は、慣れた様子で学校の裏門から教室までを戻る。前に子猫を見かけて以来、奈緒は必ずこの道を通るようにしていた。
しかし、今日見つけたのは、子猫ではない。
長い黒髪の女。目立たないようなベージュのブラウスを着ているが、サイズが合っていないようだ。不気味な立ち姿の女が、裏門の前を右往左往していた。
お化けか不審者かと思って警戒して、少しだけ睨みつける。女は、酷い隈の目立つ目元をキュッとすぼめて、逃げるようにどこかへと立ち去ろうとした。
その後ろ姿、もっというなら、長い黒髪を結ぶヘアゴムに覚えがあって、思わず声を掛けてしまった。
そしてすぐに、そのことを後悔することになる。
「お姉さん、ほのかの知り合いですか?」
「……ッ!? あ、え、あ、ほ、ほのか、の、し、知り合いですか?」
あまりにも挙動不審という言葉が似合いすぎた。
あの明るく天真爛漫で、太陽みたいに朗らかで優しい少女の顔を思い浮かべると、どうにも嫌な想像ばかりが働く。目の前の女は、それも仕方がないだろうと思わせるほどに怪しかった。
なにより、奈緒の質問に対して、全く同じ言葉を返していて、答えになっていない。
「ほのかとは、クラスメイトですけど……」
「あ、へ、へぇ。クラスメイト」
仕方なく先に答えるが、相手からは納得のいく答えが返ってこない。ただでさえ、ほのかの様子がおかしくて不安だったというのに、怪しい女の登場で余計に心配が強まる。
「お姉さん、だれ?」
「あ、や、えっと、あの、ほのかの……同居人? 保護者? みたいな感じ…で…す」
なぜだか不安そうな顔をして、要領を得ないことを言っている。しかし、同居人、という物言いには聞き覚えがあって引っ掛かった。親と仲違いをしていて、幼馴染の家に居候しているとは聞いているため、その相手が彼女なのだろうと推測した。
しかし、奈緒の不安は余計に募るばかりだ。ほのかが悩んでいる原因が、この不審な女にあるのではないかと考えたからだ。
「なんで、わざわざ学校まで? 忘れ物なら私が届けましょうか?」
「あ、いや、えーと、忘れ物ってわけじゃなくて、えーと」
何かを言い淀んでいる。苛立ちはあるが、親友のためだと堪えて黙って聞く。
「ほのかが、何か悩んでるみたいだったから、少しでも話聞いてあげたいなと思って。最初は家で話せばいいかなって思ってたんだけど、居てもたってもいられなくて……」
ほのかへの心配を語る顔に嘘はない。
先ほどまでは陰鬱としていて、薄暗く、呪いをかけているかのような形相だったが、ほのかのことを語る彼女の顔は、全く違った。
優しい母のようでもあり、案じている父のようでもあり、尊き恋人のようでもある。
きっと、不安定なあの娘の「スキ」を何とか出来るのは、彼女しかいないだろうという確信があった。それは無根拠な、乙女の直感だ。
「ほのかは、昨日カラオケに行った時から、少しおかしかったですよ。……たぶん、告白でもされたんじゃないですか。なんて答えたのかは、知らないですけど、なんとなく分かります」
「こ、告…白…!? あ、いや、そりゃ、されるか、告白ぐらい」
翔太の恋心には気づいていた。それに、ほのかが気付いていないことも知っていた。ほのかの歪さが変わるきっかけになればと思っていた。しかし、それは甘い考えで幻想でしかない。
独木ほのかという少女は、皆が思うよりも、異常で、異質で、受け入れがたい。
皮肉なことに、それに気づいていて、何とか出来るのは、音寺真琴だけなのだが。
「ほのかに、伝えてもらっていいですか?」
「……何を?」
怪しい女は、少し悲しそうな顔をして呟いた。
「君は間違ってないって。悪いのは全部私だって。多分、そう言えば伝わると思います」
その言葉の真意は測れない。だが、何か2人の間に意味があることは察せられる。そして、それを無粋にも暴き立てようとするほど、奈緒は無神経ではなかった。
「必ず、伝えます」
あえて、同居人を名乗る女の名前は聞かなかった。
それが、ほのかの為になるような気がしたから。
「ほ、ほのかさん? だ、大丈夫ですか?」
「優里ちゃん……」
無我夢中で走り、いつの間にか誰もいない校舎裏まで来ていた。とっさに一人きりになれそうな場所を選んでしまったのは、心に沁みついているからだろうか。……そんなことを冷静に考えられてしまう自分が異質に思えて、翔太の声が頭の中でこだまする。
「な、なんでここに?」
「えっと、ほのかさんが思いつめた顔して、教室から出ていったのを見つけて……」
優里ちゃんから向けられる心配の表情。それが濁った愛情でないとも言い切れず、翔太の二の舞になるのではないかと怯えた。それが伝わったのか、微かにバツの悪そうな顔をする。
「ごめんなさい。追いかけちゃって。困らせちゃいましたよね」
「あ、違う。違うの。むしろありがとうって言うか……」
咄嗟に思い直し、今の自分が孤独に喘がなくて済んでいるのは、彼女のおかげなのだと言い聞かせた。
「私は、ほのかさんの事情は分かりません。……なんとなく、松方さん達と何かあったんだろうってのは分かりますけど、それを聞き出したりはしません」
「なので、私にできるのは、一緒にマコトくんの配信を見ることだけです!! 不安な時は、推しを見て、一旦忘れて、冷静になってから考えましょう?」
「ど、どうして、そこまで、私のために? 優里ちゃんも、私が、スキ、なの?」
真琴以外から向けられる感情が、怖いと思った。気持ち悪いと思った。意味が分からないと思った。それは、相手が男だったからというわけではないようで、優里ちゃんから向けられる愛情にも等しく拒否反応を示している。
「……それは、それはもちろん
ああ、ダメだ。怖い。目の前の女の子が、自分とは違う生き物のように思ってしまう。
私は優里ちゃんがスキじゃない。私がスキなのはほのかだけ。それ以外は知らない。にもかかわらず、一方的に愛情を向けられる。それが、たまらなく苦痛だ。
何が苦しいのかさえ分からないことが、余計に胸を締め付ける。
「私は、ほのかさんを
「友…達…。その言葉、信じていいの? 私達、ずっと友達?」
「……面と向かって聞かれると、少し恥ずかしいですね。そうですよ、友達です。一緒にマコトくんを応援する友達です」
その言葉に救われた気がした。
ああ、良かった。この娘は、私をスキにならない。私もこの娘をスキにならなくていい。
愛し合っていない関係なんて、とても楽で、心地が良い。
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