【間違いラブコメ】質の悪い青春シュミレーションやるかも?【歪/いじめ】

 何事も無かったかのようにカラオケを楽しんだ後、戸惑を抱きつつ、重い足取りで家まで帰る。翔太も特に何も言ってこなかったし、他のみんなも普通だった。もちろん、私も。

 あの、よく分からない話は、あれでおしまいということでいいハズ。


 そう思っているはずなのに、胸のつかえがとれないのはどうしてなのだろう。


「あ、おかえり、ほのか。……ほのか?」

「ただいま!! 真琴はまた配信してたの?」

「……いや、さっきショート動画を上げて、反応を確認してた。それより、今日、どうだったの?」


 ――なぜか、楽しかったか? とは聞いてくれない。


「今日、すごく楽しかったよ? めっちゃ歌ったから疲れたな~」

「カラオケとか、陽キャの遊びだね。私だったら人前で歌うなんて絶対無理」


 予想できた反応に思わず吹き出して笑ってしまった。常日頃から似たようなことを言ってるし、いまさらの言葉ではあるが、実際に聞くと面白い。


「真琴、一緒に寝たい。……って言ったらどうする?」

「あ、ああ……。――ごめん、今日は一緒に寝れない。もう少し、やらなきゃいけないことがあるんだ」


 私に手を伸ばそうとする真琴が、苦しそうな顔をして止まった。自分でわがままを言っているのは自覚していた。配信も上り調子で忙しさが加速している真琴の活動を、私が邪魔することは出来ない。

 だって、真琴は私のためにがんばってるから。そうしないと、死んでしまうから。


「髪の毛、邪魔になるでしょ。私が結んであげるから、こっちきて」


 真琴をリビングの椅子に座らせて、長い黒髪を撫でる。サラサラとした絹のような感触。自分で手入れをすることはない彼女の髪が痛まないのは、私のおかげだ。


 うん、これが、愛情だ。

 私のために頑張る彼女と真琴のために頑張る私。


 ――間違ってない、よね。

 そう、自分に言い聞かせながら真琴の髪を後ろで結んで顔にかからないようにした。少し手鏡で自身の様子を確かめた真琴は、小さく礼を言って部屋へと戻ってしまった。


「あんなに、忙しそうで、相談なんてできないや」


 自分が一人ぼっちになってしまったような寂寥感せきりょうかんから逃れるように風呂に入って夢の世界へと籠った。明日になれば、ぐちゃぐちゃの感情も全部リセットできると良いな。


 目を覚ますと真琴は仮眠をとっていたので、起こさないように学校に行く。

 いつも通りの朝のようにふるまって教室に行くと、美紀と翔太が変わらない様子でおしゃべりをしていた。……ああ、良かった。いつも通りじゃん。


「美紀、翔太、おはよう!!」

「おはよ!! ほのか、私の喉、枯れてるよね!?」

「いや、マジで盛りすぎ。そうでもねぇから」


 いつも通りであることに安堵して、翔太からの視線に気づかないふりをしながら朝のホームルームが始まるまで、ダラダラとお喋りを続ける。彼の態度は日曜日以前と変わらない。多分、気の間違いか何かだったのだ。だって、友達に恋をするなんて、変だから。


「……あ、チャイムなったし、あとでね」


 朝は何事も無く過ごし、気ままに昼休みを楽しんでいると、奈緒の姿が見えなかった。また、売店にでも行っているのかと思い、連絡しようとすると、コンビニに行くとメッセージが届いていた。


 ……いつの間に。誘ってくれれば、一緒に行ったのに!!


「美紀~、お弁当食べよう」

「いいよ。翔太たちも呼んでくるね」


 美紀に声を掛けられた2人が並んで私の席へと集まってくる。いつもと同じような位置に座って、それぞれの昼食を広げると、ふと、健斗が食べるパンが気になった。


「それ、つい最近見た覚えがあるんだけど……」

「普通にコンビニで買ったパンっしょ? 一口喰う?」


 食べれば思い出すかな?


「じゃあ、貰うね。んむ……。美味しい」

「………」


 健斗からパンを貰っても、何が引っ掛かっているのか思い出せないでいる私を、翔太の黒い瞳がじっと見つめてくる。少し不気味さを感じるが、それ以上にパンのことが気になった。

 ……たぶん、真琴関連なのはわかる。


 真琴の朝食ではなかったと思うし、昼食は一緒に食べてないから分からないし、そもそも真琴がこのパンを食べていたイメージが湧かない。


「あ、あれか。配信で勧められてたのか。買ってきてって頼まれたんだ」

「ん? なんて?」


 思わずつぶやくと、少し困惑した表情の健斗が首を傾げた。


「健斗、このパンどのコンビニで売ってた? 帰りに買いたいんだけど……」

「普通に俺の家の近くで朝買ったんだけど、そんなに美味かった?」

「え、えーと、まぁ、なんかちょっと気になって?」


「……んだそれ、当てつけかよ!!」


 バンッと机を叩いて、翔太が声を荒げた。その様子に健斗も美紀も、当然私も、驚きと困惑に震えて、ゆらゆらと虚ろに揺らめく瞳からは怒りを感じた。

 当てつけ。とは、どういう意味だろう。心当たりも無いのに、睨まれている。


「お前、なんなんだよ。人の告白台無しにしといて、なんで、そんな平気そうなんだよ!! なんで、そんな普通の顔して、ソイツと喋ってんだよ!!」

「お、おい? 翔太? 落ち着けって……」

「るせぇよ!! お前、マジでどういうつもりなんだよ!!」


 初めて見る感情。ああ、そうだ、コレは怒りだ。私は怒られているらしい。


「翔太? 落ち着きなよ。言ってる意味が分からないよ」

「なんだよ、そうやってはぐらかすのかよ。気持ちわりぃ!!」

「ほのか、少しは空気読みなよ……。さすがに翔太が可哀想だよ」


「え、マジで何の話? 分かってないの俺だけ? それともほのかちゃんも?」

「昨日、ほのかに告ったんだよ。で、あいまいな態度で逃げて、知らんぷりされて、かと思ったら、いつも通りで、こいつは逃げてるんだよ!!」


「逃げてるなんて、そんな……。ただ、私は分からないから教えてほしいってだけで」

「分かんないは卑怯でしょ。翔太がそういう感じなの、前から気付いてたわけじゃん?」


 美紀は、あたかもそれが当たり前かのように言う。だけどそれは、私にとっては全然当たり前じゃなくて、真琴からの愛情以外を知らない私にとっては、酷く恐ろしいものだった。


、お前、好きって気持ちを理解できないのかよ?」

「……ッ!!」


 そんなの、分かんないよ。


 私は、たまらず、その場から逃げだしてしまう。翔太の愛情からも、美紀の憎悪からも、健斗の困惑からも、全部、全部から逃げて、また、一人ぼっちになる。

 やっぱり私は普通になれないんだと突き付けられて。


「ほ、ほのかさん? だ、大丈夫ですか?」

「優里ちゃん……」

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