【独り言】私のこととか、少し話す【ボッチ/家出少女?】

 酷い目のクマをした長髪の女性が、私と向かい合って唸っている。配信者としての自分を磨くために、必要なものは何かを思案しているのだ。


「真琴はさ、緊張しないで話したら面白いよ? 前のマックの話とか、もっとストレートに話せば、笑えたじゃん」

「緊張しないで話すって簡単に言うけど、難しくない? 相手に面白くないとか思われた嫌だし」


 なら、どうして私とは普通に話せているのだろう?

 私に好かれようが嫌われようが、どうでもいいと思っているからだろうか。と、意地悪く聞きたくなったが、その答えを聞くのが怖くなって口をつぐんだ。


「あとさ、レナちゃんとか、TikTokで可愛い挨拶してるんだよね。アレ、意外と印象に残るし、真似してみたら?」


 レナちゃんだけじゃない。マコトとコラボしていた他の2人も特徴的でキャッチ―な挨拶をしていた。普段、マコト以外のチャンネルを見ない私でも顔と名前を覚えてしまったほどに。

 その効果は身をもって実感した。


「挨拶かぁ。どんなのが良いかな? やっぱり、声を活かす方向で考える?」

「うん。その方がいいと思う。初めての人にインパクト残す必要もあるしさ」


 私の助言を受けて、真琴はぼそぼそと何かを呟いていた。そんな何気ない所作にさえ胸が熱くなるような思いが溢れてくる。


 ……少しずつ、私は普通に近づけているのかな。


「ねぇほのか、私の話って面白いのかな?」

「根本的なこと聞いてくるね!? うーん、私は面白いと思って聞いてるよ。……ああ、でも、普通の話をしてる時より、真琴がとぼけた話をしてる時の方が楽しいかも」


 真琴は首をかしげて、テーブルに置かれた飲み物に口をつけた。

 私も同じようにマグカップを傾ける。


「例えばさ、リップの新色の話覚えてる?」


 普段、外に出ない真琴を強引に連れ出した日の話だ。私が欲しいリップの新しい色があると話し始めたのだが、それに対してしょうもないダジャレでボケていた。ああいうのはよくあることだし、気にしていなかったが、配信上では一度もそういう部分を見せていない。


 気を張り詰めている、というだけでなく、ボケやすいコメントを拾い切れていないのだろう。一つ一つのコメントに真面目に返していて、とぼけたコメントに対してツッコミを入れようとしている。

 それが悪いというわけではないが、真琴の性格とは合わないだろう。


「もっと積極的に、自分勝手にふるまってみたら?」

「自分勝手か……。そうだね、もっと話したいように話す……。やってみるよ」


 どうやら何か気付きがあったらしい。

 思い出しているのは、可愛らしい声ながらも鋭く的確なツッコミを入れるVtuberのことか、ゲームに対して貪欲に突き詰めるプロゲーマーのことか。


 おそらく、自分のやりたいことに周りを巻き込んで、皆が楽しい方へと持っていくメイクの上手な真琴好みの可愛い女の子のことだろう。


「でもさ、そんなに無理しなくてもいいんじゃない?」

「……え、なんで?」

「だってさ、今だって生活に困ってるわけじゃないし。真琴が普通の仕事してた時と同じぐらいはお金貰ってるし、私だってバイトしてるし」


「……それに、私って言う重荷が居なければ、もっと楽になれるし」

「違うよほのか。君は重荷じゃない。支えだ」


「私はとても弱い。けれど、こうやって立っていられるのは、ほのかが隣に居てくれるからだよ。言ったでしょ? ほのかの為に頑張りたいって」


 渋々頷くが、納得は出来なかった。

 親からも疎まれるような私を好きだという真琴が、自分とは違う生き物のように感じられる。


 なぜ、この人は私のために頑張れるのだろう。頑張った先に何を見ているのだろう。


「……私、真琴のあんな姿、2度と見たくないよ」


 私のために頑張って、頑張って頑張って、心をすり減らして、苦しい思いを我慢して、自分が倒れるぐらいまでして、どうして私のために立ち上がれるのだろう。


「ごめん、何か言った?」

「ううん何でもないよ。ただ、真琴の髪が綺麗だって話」


「私の髪は綺麗なんじゃなくて、ただ伸びてるってだけね。美容院なんて絶対にいけないんだから」

「それは威張ることじゃないからね!? 少しでも改善しよ!?」


 真琴の長い髪の毛を弄り回すと、くすぐったそうにして笑った。


「コレ、結んでもいい? って言ったらどうする?」

「結んでいいけど、戻せるようにしてね。自分じゃ解けないから」

「いい加減、覚えなよ。ゲーム中に鬱陶しいからって毎回結んだり解いたりしてるんだから。全部私に任せるのやめた方がいいよ?」


「ほのかに結んでもらいたいんだよ。その時間が好きなんだ」


 真琴の純粋な好意。私が返す感情がまた真琴を追い詰める原因になるんじゃないかと思って、何も答えることが出来なかった。


「あ、そうだ。もう一つ聞いていい?」


 夜も更けてきて、そろそろお開きかと思っていると、真琴はまだ話したりないようだった。


「コラボ配信さ、しばらくしない方がいいかなって思うけど、1つだけ後悔してるんだ。だから、もしかしたら、また手伝ってもらうかもしれない。……いいかな?」

「嫌だって言ったらどうする?」


「ほのかは言わないでしょ? 信じてるから」


 重苦しい信用。私を手放しで信じる理由は分からないけれど、真琴の思いは本物だろう。

 きっと、ここで頷いたら、真琴はまた無理をする。私のために。


「……分かった。真琴、頑張ってね」


 ああ、また言いたくもない呪いの言葉を吐いてしまった。

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