第11話 いちか


「こら〜!あんまりふざけていると、keepのおばけがくるぞー!」


「嫌〜!ごめんなさいー!」


keepの噂は、家庭内でも話題になってきた…。



いちかは地方の裕福な両親に、何不自由なく育てられた。


しかし、決して我儘で高圧的な態度をとるわけでも無く、どちらかと言えば、真面目で明るい性格だった。


都会に憧れて、東京の大学へ入学し、過分な仕送りも有り、いちかは都会のひとり暮らしを楽しんでいた。


友達に誘われて、クラブへ行くようになると、男にも不自由無く、酒とタバコの味も覚える。


毎晩、男にやらせて、セックスの気持ち良さも味わえて来る。


中でも、タカシと言う全身にタトゥーを入れた男に惹かれて行った…。


「いちか…いつも同じで飽きないか?」


「タカシなら飽きないよー」


「そうか?でも、これを使ってみようぜ…」


いちかの部屋でタカシは覚醒剤を取り出した…。


「え?中毒にならない?」


「2回や3回位使ったって平気だよ…もっとすげぇのやりてぇな…いちかと…」


いちかは腕を差し出した…。


タカシは馴れた手付きで針を差した…。


タカシは、中林タカシ…。


覚醒剤の売人である…。


だから、金を持っているいちかに近づいたのだった…。


タカシの言うままに、薬を打ち続け、覚醒剤中毒になるに、時間は掛からなかった…。


タカシに払う金額も徐々に上がっていき、仕送りだけでは間に合わなくなる…。


「いちかは、使えるだけ使ったらまた、埋めちゃえばいいか…」


タカシは、下卑た歓喜の面持ちで舌舐めずりをする…。


タカシはいちかを、なんでもやらせる家畜女として、成金のジジィ達に高額であてがう…。


薬欲しさにいちかはタカシに従った。


タカシはいちかを売った代償とし、いちかに薬で支払った…。


それでも、いちかは薬が切れると幻聴、幻覚が表れる…。


天井から虫がバラバラと襲って来る…。


何度も何度も逃げ回り振り払うと、天井から上の階へ虫は行く…。


上の階では重い物を引き摺って、私を押し潰そうと計画している…。


奴らが原因だ!


上の階の住人が私に嫌がらせをする!


幻聴、幻覚は上階の住人に恨みを持たせた…。


「止めろ!」


いちかはベランダから物干し竿を持って、天井を力いっぱい突いた…。


上階へ行き、重い家具を私の真上に引き摺るなと、怒鳴り込みにも行ったが、上階の住人は嫌がらせを止めない…。


寝ない、食べない、風呂へも入らない…。


ガリガリに痩せても、幻聴、幻覚は治らない…。


上の階の住人が管理会社へ連絡しても、警察へ連絡しても、たまに様子を見に来るタカシの対応で大事にはなっていない…。


幻聴、幻覚のせいで上階の住人への恨みが呪いに変わり、いちかは前に噂を聞いたkeepに書き込んだ…。


「てめえがゆりって名前ぐらい知ってんだぞ!殺られる前に殺してやる!」


「ムカつくゆり!死ね!死ね!」


「あはは…泣いたって許さない…殺す」


「死ね!死ね!死ね!死ね!」

 

何度目かの、書き込みの時、画面が暗転し文字が浮かんで来る…。


「なんだ?」


サワダ トウカさんがあなたを招待しました。

覗いてみますか?

 

はい…いいえ


いちかは、笑いながら、はい…を押す…。


画面が変わり、暗い部屋が映る…。


血で汚れた手術台の脇に、醜い異様な女のコが立っている…。


見開く目は瞳がヘビの様に細長く、白目は血管が浮き出て斑模様になっていた…。


口は耳まで裂け、赤く開いた口の中には鋭く小さな歯が幾重にも生えていて、まるでヒルのようだといちかは思った…。


画面にアップで映るその女のコは、ダラリと垂らした舌を動かすと、また新たな文字が浮かんで来た。


ゆり…だな…判った…。


そして…。


お前は私を覗いたね…私の部屋を覗いたね…だから、お前は連れてくる…私の部屋へ連れてくる…。逃げられないよ、お前はね…だけどそれは今日じゃない…今日はお前をkeepするだけ…。


画面はまたトークルームへ戻った…。


「なんだ、これ?」


いちかは薬以外はもうどうでも良いと、持っていたスマホを床に投げた…。


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