第10話 ゆり

「ねぇ聞いた?あそこの家…」


「聞いたわよー惨殺心中でしょ?」


「奥さんが介護疲れで皆殺し?」

 

「最後は飛び込み自殺だって?」


「でもさーあんな殺し方、あのおとなしい奥さんが出来るかな?」


「わかんないよー女の恨みは怖いからねー」


「でもさーあれってkeepの呪いだって噂されてるよ?」


「何それ?」


「知らないの?ラインのkeepに書き込むと悪霊が代わって殺してくれるんだって…」


「まじー?やってみようかな?」


若い主婦達の井戸端会議でも、keepの黒い噂は伝わって来ていた…。



ゆりは息子と母親の為、念願のマンションへ引越して来た。


各自の部屋と広いリビング…浴室も広く親子3代、3人で暮らすには広すぎると思ったが、広々とした部屋で暮らすのはゆりの夢でもあった為、無理をしてもこのマンションに移り住み、良かったと思っている。


「さぁ、このマンションの為にも、もっと頑張って働かなきゃね!」


ゆりは夜の仕事であった。


店に頼んで入れる日数を増やし頑張っている。


仕事を終え、マンションへ帰る…。


もうすでに夜中なのに、息子がまだ起きている…。


「どうしたの?寝ないの?明日起きれないよ?」


「ママ…眠れないんだよ…」


「なんで?」


「さっきまで下の人が、僕の部屋の床を下から突くんだ…ドンドンって…」


「あんたがなんか音をたてたんじゃないの?」


「何もしてないよ…寝てたんだから…」


「様子をみましょう…あまり、まで住人とトラブル起こしたくないからね…でも。また、何があったらすぐにママに言うんだよ」


ゆりはそう言い、息子を寝かしつけた…。


数日後の朝に、今度はゆりの母親から話が出た。


「昨日の夜ね、お前が帰る前に下の住人って言うガリガリの女が、玄関をドンドン叩いて何か文句を言いに来たんだよ」


ゆりは黙って聞いている。


「なんかね、うちの部屋の中でタンスとか何か大きな物を引き摺るのはやめろって…音がうるさいって怒鳴りに来たよ」


「え?うちには引き摺るものなんか無いし、家具を移した跡も無いじゃん」


「そうなんだよ…そう説明してもうるさいの一点張り…ありや、頭がおかしいのかね?」


「判った…今度なんかあったら、管理会社に言おう!ちゃんと管理して貰わなくちゃ!管理費払ってるんだから…」


それからも、何度か床を突かれたり、下のバルコニーから、叫び声が聞こえたりしたみたいだった…。 


母親も神経が参って、息子は寝不足になる…。


ゆりは休みの日、スマホを握り、何かが起こるのを待った…。


「ママ…」


息子が呼ぶでも無く、下から突く音がゆりには聞こえた…。


ドーン…ドーン…ドンドンドーン!


ゆりはスマホで録音しつつ、管理会社へ電話した。


「もしもし、この音が聞こえるでしょ?下から突きあげてる音ですよ!なんとか止めさせて下さい!」


管理会社の宿直の社員では、対応が遅い…その日にも、結果、後日になっても動いてくれなかった…。


音はしばらくすると鳴りやむ…。


1度鳴りやめば、次はもう突かなくなる…。


こちらから、下の住人へ文句を言うには、女ふたりと息子は子供…。


暴力沙汰になれば痛みを受けるは私達…。


ゆりは管理会社がちゃんとしてくれないなら、警察へ駆け込もうと決めた…。


だから、今夜はおとなしく寝よう。


息子と母にもそう告げた…。


翌朝、ゴミを出そうとエレベーターに乗ると、下の階から骨と皮ばかり目立つ薄気味悪い女が乗ってきた…。


痩せ細り、自分の爪を噛みながら、何かブツブツ言っている…。


目は虚ろで焦点が合っているのか?


甘く生臭い臭いがエレベーター中に漂う…。


「覚醒剤中毒?」


そう思わせる女はエレベーターから降りるとマンションの入口で座り込み、爪を噛じっていた…。


その病的な女こそがいちかと言う名の下の住人だったと、母親の話で判明した…。


ゆりは不気味で不安になり、急いで部屋に戻ると、鍵とチェーンで何重にもロックした…。


そしてその夜から、下の住人の嫌がらせは毎晩続いた…。


管理会社へ訴えても、埒が明かない…。


警察に、通報しても、女の彼氏が対応し、うまくトボケられる…。


ある日、ゆりはマンションのレターボックスを開けようとすると、鍵が壊され、自分宛のハガキや封書が破られていた…。


破られていた破片が下の階に落ちていて、このしわざも、いちかの悪さと思い込んだ…。


ゆりは段々と下の女住人、いちかを怨むようになっていた…。


ゆりはお店の客から聞いたkeepに書き込めば、keepの悪霊が、代わりに相手を殺してくれるって噂を信じた訳では無かった…。


そして、怨んでいても、本気でいちかを殺そうなどとは思っていなかった…。


ただ、文字で書けば少しは気が晴れるだろうと、keepに怨みを書き綴った…。


「いちか!シャブ中!死ね!」


「お前は死ね!身体をふたつに、私のハガキのようにねじ切られて死んでしまえ!」


keepに書き込むとスッキリした…。


スッキリすると今度はいちかに頼んだ…。


「お願い…もう迷惑をかけないで…」


ゆりは毎晩、keepに呪いを書き込み、願いを書いた…。


そんな折、ゆりは今日もkeepに書き込む為にスマホを持ち、keep画面を開いた…。


一瞬の暗転の後、文字が浮かびあがる…。


サエキ ワカナさんがあなたを招待しました。

覗いてみますか?


はい…いいえ


「何これ?イタズラ?危ないサイト?」


ゆりは迷わず、いいえをクリックした…。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る