第8話 葉子

「今日、ランチどこに行く?」


「あそこのイタリアンで良くない?」


「そうだね…っていうか、ラインのkeepの話、知ってる?」

 

keepの噂は都内のOLの間でも、囁かれ始めた…。



葉子はおとなしく無口な性格だった…。


運送会社の事務員として働いていたが、不況の為と会社から、リストラを宣告されても抗えなかった。


薄給だった為、貯金も僅かしか無く、次の職場も決められずにいた。


その時に会社でドライバーをやっていた古澤威男(ふるさわたけお)に、強引に求婚され、おとなしい葉子は承諾する。


威男には、家があり、生活には困らなくなると思えたからだ…。


家は威男の父親の持ち家だった。


結婚当初は威男も優しく、義父も穏やかに接してくれ、幸せを感じていた…。


夫と義父の世話をやき、家事に勤しむ毎日だった。


しかし、子宝には恵まれず、肩身の狭い思いをし、その事で威男と義父に責められても言い返す事が出来ない…。


そんな頃、葉子の唯一人の実兄が、借金を残して蒸発をしてしまう。


威男に500万円という高額な借金を肩代わりして貰い、ますます葉子は威男と義父に頭が上がらなり、葉子は威男と義父に従順になるしかなかった…。


結婚し、5年が過ぎ6年目に入った頃、義父が脳の病気で倒れ、右手と下半身が麻痺をし、寝たきりになる。


すると、義父はまるで葉子を自分の嫁…いや、召使いの様に葉子を扱い始めた…。


「葉子!葉子!早く来い!!」


何かに付けて葉子を呼ぶ。


他の家事をしていて少しでも遅れると、怒鳴り散らす…。


不満気な顔をしようものなら、家から出て行けと脅しにかかる…。


「この家、財産はみんな俺のものだ。俺の世話が嫌なら身体ひとつで家から追い出すからな!」


葉子は、500万円の肩代わりもあるし、追い出されれば、路頭に迷う。


葉子は義父の介護を懸命に尽くした。


威男は自分の父親の介護だから、文句は言えないと思っても、自分への献身が疎かになったような気になり、葉子への不満が溜まってきた。


ドライバーである夫は長距離運送もある為、たまには外泊もあるがほとんど毎日帰ってくる。


威男は帰ると夜中に葉子を求める…。


疲れ果てて寝ている葉子が拒むと平手打ちをし、強引に犯す。


乱暴をされないように、求めに応じ耐えているとそれも気に食わない…。


「俺は他の女とやってくる。風俗だろうが誰だろうがやりに行く。嫌なら500万を返して、ここから出て行け!」


それからは、ワザと威男は風俗へ行くと告げ、風俗ではあんなこと、こんなことをやってきたと葉子に告げた。


風俗へ行くのは、女房公認とうそぶく威男に、妻の葉子は内心良い気がする訳は無い。


威男には、嫉妬の気持ちは起きなくても、妻として否定をされている気持ちになり、葉子は落ち込んだ…。


義父は常に葉子を自分の側で世話をやかせたがる。


「葉子!身体を拭け!」


義父は葉子に性器まで丁寧に拭かせ、男根を固くさせ、横を向く葉子に見させる。


「腹が苦しい!排泄!」


葉子に浣腸をさせ、後始末もやらせる。


寝たきりとは言え、脚の麻痺と右手が動かないだけで、男の力もあるし、食事も食べれる。


しかし、この脳の病気が原因なのか、認知症になったのか、義父の性格がガラリと変わり、威男までも更に荒れていった…。


威男からは義父との関係を疑われ、殴られる。


「葉子!お前は親父とやってるんだろ?」


「そんな事ある訳ありません…介護をしてるだけ…」


義父からは、常に横に座らせ、用をたそうと部屋から出るだけで動く左手で葉子に乱暴をする…。


義父が寝ないと家事も出来ない…。


僅かな時間だけ、夜中に眠る毎日だった…。



辛い…威男さんも、お義父さんもなんであんなに変わってしまったのだろう…。


その時、威男よりラインが入った。


威男が、夜にソープへ行くから、ソープ嬢へのみやげのイチゴを買いに行けと書いてあった。


義父の昼寝を見計らい、近所のフルーツ専門店へ買いに走る。


夜になり、威男は戻るとイチゴを持って車で走り去った。


「私が風俗嬢へのおみやげまで買わされなきゃいけないの?」


涙が溢れて唇を噛み締めた…。


義父を寝かしつけ、自分も温くなった湯に浸かり、やっと布団へ入った…。


そして葉子はスマホを取り上げてラインを開いた。


威男からの読むのも辛い、ラインのトークを消すために…。


ラインのフレンド登録は夫の威男だけ…。


友達も親兄弟もいない…。


葉子は苦しみも悲しみも誰にも話す事が出来ない…。


トークデータを削除し、スマホを閉じようとすると、威男と書かれたその下に、keepメモと書かれたものに気づいた。


keepメモ あなただけが見れるトークルームです。メモ代わりに…。


葉子は開いてみた。


何も書かれていないトークルーム。


葉子は誰にも話せない自分の苦しみを書こうと思った…。


悲しみ苦しみを書き始めると、葉子は内に秘めていた怒りが湧いてくる。


怒りは、悲しみ苦しみと混じり合い、恨みに変わっていった…。


「威男!ふざけんなよ!誰が、他の女とやってもいいって言ったか?こっちはてめえのおやじのせいでクタクタなんだよ!500万くらいでガタガタ言うんじゃねえ!もう、わたしの労働はそれ以上に働いているぞ!!」


「ジジィ!てめえは左手、使えるんだから、しょんべんくらい自分でやれよ!てめえの汚いちんぽなんか触りたくねえんだよ!」



自分でも不思議なくらい、汚い言葉で罵っていた…。


「威男!てめえはもう死ね!ジジィ!殺してやろうか?」


「威男!てめえの臭い息を吐くその顔を潰され死ぬ!死ぬ!てめえは首を切られて死んでしまえ!」


「ジジィ!そんなにちんぽを立たせたいなら、立たせてちょん切ってやろうか?ジジィ!死ね!てめえは苦しんで死ね!」

 

恨みは呪いに変わり、葉子は呪うと気持ちが昂り、久々に濡れた…。


日中の葉子は、相変わらず義父や威男に尽くしたが、夜中になると、keepへ呪いを書き込み、殺意を高ぶらせた。


自分では出来ない事は判っていても、keepのトークルームでは、威男と義父を何度も殺した…。


そんな折、スマホを持って、keep画面を開くと、一瞬暗転すると、画面に文字が浮かんできた…。


サエキ ワカナさんがあなたを招待しました。

覗いてみますか?


はい…いいえ


どうせこのスマホは威男名義のスマホ。


もし悪質なサイトだったとしても、葉子は構わないと思い、はい…をクリックした。


画面が変わり、暗い部屋が映し出される…。


部屋の中央には手術台の様なベッドが赤黒く血痕で汚れ置いてある…。


床には生首が、両目をくり抜かれて虚ろな穴だけを見開いて、上を向いて転がっていた…。


奥には髪が乱れた若い女が立っている…。


その女はいきなりアップで画面に映る…。


見開く左目は瞳が細長くまるで蛇のよう…。


白目は細かい血管が浮き上がり、斑模様になっていた…。


口は耳まで裂け、赤く開いた口の中にはまるでピラニアの歯の様な、鋭く小さな歯が幾重にも並んでいた…。


しかし、右目だけは憂いを秘めた大き目な黒い瞳ね若い女の右目だった…。


葉子はその異様な顔に驚き、小さく悲鳴をあげたが、スマホの画面からは目が離せなかった…。


「だっ…だっ…たっ…たけおと親父だな…判った…」


音声?

いや、画面の中の女か喋った…。


「お前の望みは聞いてやる…」


画面の女は更に喋った…。


「だが…お前は私を覗いたね…私の部屋を覗いたね…だからお前は連れてくる…私の部屋に連れてくる…逃げられないよ、お前はね…だけど、それは今日じゃない…今日はお前をkeepするだけ…」


画面の女はまともな右目から、一筋の涙を流し画面は元のトークルームへと戻った…。



葉子はイタズラのサイトか悪質なサイトかは分からないが、きっとオモシロ動画みたいなものだろうとスマホを閉じた。


何故なら、keepの悪霊の噂など、葉子には知る由もなかったから…。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る