第2話 真那
「ねぇ、ラインのKeepって知ってる?」
「うん、なんか誰かのスマホに女子高生のお化けが住み着いているって…」
「なんか、色んな人のスマホの中を渡り歩くんだって…」
「えぇ~マジ?こわー…」
「誰かを探して、スマホからスマホのKeepのトークルームに入って、その時、Keepを開いちゃうと、呪われるんだって…」
「えぇ~?私、Keep、使ってるよー。メモ代わりで便利なんだもん…それに、日記も書けるし、画像だって貼れるしさぁ…」
「ヤバいよ…見ちゃったら呪いで殺されちゃう…」
こんな噂が女子高生の間で広まってきた…。
若菜が死んで、数ヶ月後、千晶は意識不明のまま、郊外の病院で、ずっと寝たきりの状態だった…。
若菜の彼氏だった宗介も元々幼馴染の千晶を心配し、頻繁に見舞いに来ていた…。
「ソウちゃん…意識はいつ戻ってもおかしくないってお医者さんも言っているのよ、よほどショックな事があったんだろうって…」
千晶の母親が宗介に話す…。
若菜の事を忘れた訳では無いが、妹の様に仲の良かった千晶が、目を覚まさないのが悲しかった…。
「ちーちゃん…」
宗介は千晶の頬にそっと触れてみた…。
頬に触れられた千晶の瞼がピクっと動いた…。
「ちーちゃん!ちーちゃん!!」
宗介は、千晶の肩を揺さぶる…。
千晶は、ぼんやりと目を開いた…。
相澤真那は横浜市内の共学高に通う高校2年になる、小柄で美形にもかかわらず、明るく男勝りの性格で誰にでも分け隔たりなく接する人気のある女の子であった。
上級生や下級生からも連日の様に告白を受けるが決して誰とも付き合う事は”…。
何故なら、真那は担任の三井に思いを募らせていたのだ…。
真那は、Keepの噂話も知らず、三井を思う気持ちをKeepへ書き込んでいた…。
“先生…なんで皆にも優しいの?もっと私を見て…"
“先生が好き…先生、まだ、入学したてで私が遅刻しそうだった時、私の頭をポンポンって、相澤さん、遅刻しちゃうよって優しい目で笑ってくれたの…覚えてる?私は私の名前を覚えててくれていたのもびっくりで嬉しかったけど、あんなに優しく頭をポンポンって…。あの優しい目は、今でも私に向けてくれる…先生…私、大好きになっちゃった…"
“先生…もう、真那って呼んでよ…私は17才になったよ…後1年で成人だよ…生徒じゃダメ?真那じゃダメ?先生…"
学校では、明るく男勝りの真那だけど、Keepを開くと、三井を愛する内気な少女になり、毎夜毎夜、Keepに思いをしたためる…。
そんな折、真那が深夜Keepを開くと、画面が振れて、こんな文字が浮かび上がった…。
サエキ ワカナさんがあなたを招待しました。
覗いてみますか?
はい…いいえ
真那は不審に思い、Keepをスマホを閉じる…。
翌日、登校し、仲の良い友達に訊ねてみた。
「ねぇ、ラインのKeepって使ってる?」
「使わないよ…だって、怖い噂があるじゃん…」
「え?それって?」
「知らないの?女の亡霊がKeepのトークルームを渡り歩いて、トークルームに住み着くんだって…自分のスマホへ入って住み着かれた時に、Keepを開くと呪われるって…」
「それって、Keepを開かなきゃ大丈夫なの?」
「判らないよ…ただ呪われると、首を切られてコレクションにされるとか、目玉をくり抜かれて、Keepに画像を貼り付けるとか…そんな話だよ…」
まさか、私のスマホへ来て無いよね?
まさか、私のKeepへ住んで無いよね?
真那は、半信半疑のまま、帰宅する…。
「今日だけは、Keepを開くのはやめようかな?」
そう思い、ベッドに入るがなかなか寝付けない…。
深夜になり、まだ眠れない真那は、三井の事を考えていた…。
「思っていても、伝わらない…明日、先生に告白しよう…」
真那がそう心に決めた時、スマホから、ラインの着信音…。
相手を見ると、サエキワカナからの着信…。
「うそ…誰?」
もちろん、アドレスに登録している訳がない…。
ラインの友達でも無い…。
真那は、昨晩のKeep画面の一瞬だけ目に入った書かれた文字を思い出した…。
「これって…昨日の…あの人…?」
真那はスマホを投げ出し、布団に潜り、朝まで震えていた…。
窓から入って来る暖かな光を感じ、真那は布団の中から、顔を出す…。
僅かながらでも、少しだけ眠れた…。
しかし昨夜の着信が気になり、投げ捨てたスマホを拾い上げ、ロックを解除すると、もう、着信の履歴は消えていた…。
Keep画面を開いても、怪しげな文字も無く、普段の通り…。
「夢だったのかしら?…いや、そんなことは無かった…はず…」
真那は気持ちが沈んだまま登校する…。
Keepの事が頭から、離れなかった…。
今日に限っておとなしい真那を、友達が心配しても、ちょっと体調が悪いだけと、なるべくいつも通りにしていた…。
放課後になり、ひとり帰り、ふたり帰り教室には、真那ひとりが残った…。
真那は三井に告白する気持ちにもなれず、帰ろうと鞄を持ち上げた…。
教室の扉が開く…。
三井だった…。
「相澤さん、今日は元気無かったね?」
「先生…」
真那は三井の顔を見た瞬間、思わず涙が溢れてきた…。
「ん?どうしたの?」
三井は優しい瞳で真那の頭を撫で、軽くポンポンと叩いた…。
真那は、思わず三井の胸に顔を埋める…。
「どうした?何かあった?」
「先生…なんか怖いの…噂話のKeepの霊が私のスマホに来たみたいで…」
「え?詳しく説明して?」
真那は、友達から聞いた噂話と自分のスマホに現れた文字、それと、夕べの着信のことを三井に話す…。
「そうか…そうしたら、そのKeepを使わなければ、相澤さんが呪われる事は無いんじゃないかな?」
「Keepを今開いても、変な招待の文字は消えてるし、夕べの着信履歴も消えているし…ただ…また、着信があったら…それに…」
「不安なら、僕が調べてみようか?スマホ…見せてごらん…」
見せられない…だってKeepには、先生の思いが書き込んである…まだ告白も出来てないのに…見せられない…。
その時だった…ラインの着信音がスマホを震えさせた…。
真那はスマホを取り上げ、蒼ざめた…。
画面を見ると…サエキワカナとある…。
「きゃ〜!!」
真那は叫び声を張り上げ、スマホを机の上に放り出す…。
着信 サエキワカナ
三井もそれを見た…。
「相澤さん…」
「知らない!知らない!そんな人知らない!」
三井はスマホを拾い上げ、電話に出る…。
ガーガーといった雑音しか聞こえてこない…。
「君は誰だ!!」
三井が叫ぶ…。
ガー…ガー…ガー…。
雑音の中から微かに声が聞こえる…。
「ちーちゃん…ちーちゃん…」
「そんなやつはいない!君は誰だ!」
「ちーちゃんを出して…」
「イタズラは止めろ!いったい何なんだ!
受話器の声が段々と大きくなる…。
「ちーちゃんはどこだ!…ちーちゃんを出せ!お前が邪魔をしてるんだな!!」
「そんな人は知らん!!」
三井が怒鳴ったところで音声は消えた…。
スマホを耳元から真那へ手渡そうとしたその一瞬、スマホの画面の中から、裂けた赤い口を開き、細長く黒い瞳の女が、三井の横顔を睨んでいた…。
「いったいこれは、何なんだ?相澤さん…ちーちゃんって知ってる?」
「ちーちゃん?知らない…知らないよ…」
「受話器の向こうでちーちゃんを出せって言っていた…やはり、これは悪質ないたずらかな?」
「でも、サエキって人も知らないよ…連絡先にも登録してない…着信に名前が出るなんて…それに、ちーちゃんって人だって知らないよ…誰がいたずらしてるの…?また、掛かってくるのかな…?」
「また、掛かってくるようなら、悪質だ…警察に相談しよう…良かったら、スマホ、僕が預かり、また掛かって来たら話してみる。それでも駄目なら警察へ…いや、掛かって来なくとも明日は警察に相談に行こう…」
「でも…」
「嫌なら預からないよ…」
「でも、怖い…ひとりじゃ怖い…」
真那はKeepの書き込みを読まれたら…しかし、また、ひとりじゃ怖いくてどうすることも出来ない…。
「うーん…しょうがない…相澤さん、あまり良くないが、今夜だけ僕の家に来るかい?」
三井は担任であるからして、真那の両親は、共に仕事で海外に赴任していて、真那は現在、ひとり暮らしな事も知っていた。
真那は生徒であり、尚且、女子高生である…。
普通なら、大問題になり得る話だ…しかし、今、自分も不可解な通話を聞いている…もし、悪質なストーカーだったら、真那の身が危険に晒される…。
「先生、いいの?」
「あぁ、今夜だけ、一緒に様子を見よう…だが、このことは、秘密にしといてくれよ…クビになりたくないからね」
三井は優しい目をして、そう言った…。
「先生、私の家でも良いですよ?」
「いや、ひとり暮らしの教え子の家に出入りしたら…人の目もある…間違いが無くても言い訳出来ない…それに、君の家より、僕の家の方が警察に近いから…」
三井はそう言い、真那の家から、二駅離れた駅前の公園で、まだ人出の多い、夜の7時に待ち合わせを決めた。
そして、真那は自宅で着替えを済ませ、待ち合わせ場所の公園へ向かう…。
三井は、真那を帰宅させた後も、ひとり教室に残り、先程の電話の事を考えていた…。
サエキ ワカナ…。
三井の勤めるこの学校には、教師を含め生徒の中にもそのような名前の人物は居ない…。
男子生徒が真那の気を引く為に、偽名を使って真那にいたずらをしているのか?
もしくは、真那へのストーカーが存在し、このような手の込んだ方法でアクセスしたのか?
あり得ない…真那の気を引くには、逆効果だから…。
何にしても悪質である…。
もしかしたら…真那が言っていたスマホに住み着く亡霊?
考えがまとまらないまま、待ち合わせの時間が迫ってくる…。
とりあえず、もう1度、様子を見てから、真那と一緒に明日に警察へ行こう…そう思い、帰宅して、待ち合わせ場所に行こうと、立ち上がり扉へ向かったその時に、三井のスマホがポケットの中で震えた…。
開くとラインのアイコン…。
ラインを開くと、Keep画面が映り出していた…。
トークルーム画面から暗転し、文字が浮かび上がる…。
サエキ ワカナさんがあなたを招待しました。
覗いてみますか?
はい…いいえ
三井は躊躇わず、はいをクリックする…。
画面が歪み、薄暗いどこかの部屋の中が映し出される…。
部屋の中央には、手術台の様な細長いベッドが赤黒く斑に汚れて置いてある…。
床には生首が、1体…2体…3…4…4体、点々と目を見開いたまま、生首が転がっていた…。
壁には、瞳を串刺しにして、釘で打ち付けられた目玉が並んでいる…。
三井は余りに恐ろしく無惨な光景に目を背けたくなる…。
その時、いきなり画面の脇より、女が現れた…。
乱れた髪に、黒く小さく縦長の瞳…周りの白目は、血走った斑模様…赤く開いた口の中には、魚の様な鋭くも、小さな歯が幾重にも生えている…。
そして、アップで映る画面の中から、両腕がぬるりて伸びてきて、三井の首を絞め付ける…。
「邪魔をするな…」
女の声が頭の中に響く…。
片手で首を絞められながら、もう片方の腕が伸びて、三井の目玉をべちょりとくり抜く…。
首を絞めていて、声も出せず、残された片目の視界が消えて無くなると、バラっと音をたてて、首が折れ、2〜3度捻るとブチッと首が身体から離れた…。
「ちーちゃん、待っててね…」
女は両腕をスマホの画面に引き戻すと、画面はKeepのトークルーム画面へと変わり、三井は教室の床で倒れて死んでいた…首は片目の無いまま、教壇の上で転がっていた…。
真那は着替えを済ますと、待ち合わせ場所の公園に向かう…。
少し早目に着いたが、この公園は、人通りが多く、近隣の商業施設やマンションの灯りでとても明るく、何より、近くに大きな警察署もある…。
目の前を、人が行き交う公園のベンチに座り三井を待つ…。
19時…三井と待ち合わせの時間になる…。
しかし、三井は来ない…。
三井からの連絡を受ける為、電源を落としていたスマホを開く…。
開いた途端、スマホが啼いた…。
着信先も確認せずに、真那は通話に出てしまう…。
耳にスマホを当てる前、チラリと見えたのはサエキワカナの文字…。
しかし、出てしまった…。
ガーガ、ガガーと雑音の中から、声が聞こえる…。
「ちーちゃん…ちーちゃん…」
真那は声も出せない…。
「ちーちゃん、待ってて…」
スマホの画面にあの文字が浮かび、勝手にスマホのはい…を押され、画面が歪みあの部屋が映り出した…。
真那はそれに気付く事なく、意を決し返事をする…。
「私は真那。ちーちゃんなんか知らない…」
程無くスマホの雑音が大きく響き、真那は慌ててスマホを耳から外す…。
目に入るスマホの画面には、見開いた目には、黒く小さな縦長の瞳、白目は赤の斑模様…赤く開いた口の中には、小さく鋭い歯が幾重にも生えて居て、世にも恐ろしげな女が真那を見ていた…。
「お前は…ちーちゃんじゃ無い…だけど…お前は覗いたね…私の部屋を覗いたね…」
真那は目を伏せる事も背ける事も出来ず、画面を見せられていた…。
女は赤く裂けた口を更に開き、話を続ける…。
「私を覗いたら、お前もここへ連れて来る…逃げられないよ、お前はね…だけどそれは今日じゃない…今日は、お前を、Keepするだけ…」
「きゃー…」
真那は悲鳴をあげた…。
人々が真那に振り向くと、真那は膝から崩れ落ち、そのまま、地面で気絶した…。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます