Keep
ぐり吉たま吉
第1話 若菜
「ねぇ…ラインのキープって使ってる?」
親友の若菜が訊いてきた。
「知ってるけど、使ってないよ」
「あれね…自分しか見れないでしょ?でもね…あれに恨みを書き込むと誰かが恨み、代わりに晴らしてくれるんだって…」
「都市伝説?」
「うん…でも、もし、本当なら、お手軽だよね?」
「ダメだよー、そんなのやらないほうがいいよー」
そんな話をした数日後、若菜は自宅のマンションのベランダから飛び下りた。
9階の自分の部屋からベランダに出て、手摺を乗り越え飛び落ちた…。
その日、若菜は、彼氏の宗介におやすみのラインを打とうとスマホを手に取った…。
すると、ラインの着信音が響きわたる…、
彼からのラインかと、スマホを開くとそこには、Keepメモ…あなただけが見れるトークルームです…の画面が現れた。
若菜は、何気にキープを開く…トーク画面には見知らぬURL…自分で書き込んだ覚えは無い。
若菜は不審に思うもURLを触ってしまう…。
(誰かが私のスマホにいたずらしたのかな?これがもし変な悪質なサイトならエンターしなきゃいいよね?)
画面が暗転し、そして文字が浮かび上がってきた…。
コンドウ アヤさんが あなたを招待しました。
覗いてみますか?
はい…いいえ
(アヤ?アヤのいたずら?)
若菜は、「はい」を選びサイトに入って行く…。
動画が映る…。
動画の画面の中には、薄暗い部屋が映り、血で汚れた診察台の様な長テーブルへと誰かを引き摺る女の後ろ姿が見える。
そして、床には生首がたくさん転がっていた。
薄気味悪くなり、若菜は。画面を閉じる…。
暗くなったスマホの画面の中には若菜の顔が写る…。
そして、若菜の後ろに、見知らぬ女が立っていた…。
若菜は驚き振り向いた…。
そこには、髪を乱し、蒼白い肌…黒い瞳は無く、見開かれた目は白目が充血し斑のよう…。
そして大きく開けた赤い口には、小さいながら鋭い歯が幾重にも生えていた…。
女を見つめる若菜は、恐怖に震え目を見開き、逃げる様にベランダへ出た…。
その瞬間、ベランダの外側には女の姿…。
若菜は首を掴まれ、ベランダの外から引かれ、頭から地上めがけて落ちて行き、地面にグシャっと叩きつけられた…。
そして、翌日早朝に、若菜の死体は発見され、状況からして、自殺ということで処理された…。
「若菜…どうして…?」
お棺の前から離れられず、泣きながら若菜に話し掛ける…。
若菜は明るい娘で、無口なあたしに、よく何でも話してくれていた。
彼氏の宗介にも大切にされていて、悩みなど無かったはず…。
「若菜…何があったの…?」
若菜の彼氏の宗介も目を腫らしたまま帰って行き、他の弔問客もみな帰っていった…。
そこには、あたしと若菜の家族だけが残った…。
「ちーちゃん…」
振り返ると、そこには、若菜の姉が立っていた。
「どうして…?若菜に何があったの…?」
あたしは、若菜に呟いた言葉を、若菜の姉にも、訊ねた…。
「解らない…あの日だって、私とふざけあって、それで笑いながら部屋に戻っていったんだよ…」
若菜の姉は、また、涙を見せて、話を続けた。
「それなのに…自殺しちゃって…」
あたしは口を開いた。
「若菜は自殺じゃない…若菜はそんな子じゃない…」
「ちーちゃん…私だってそう思ってるよ…だから、真実が知りたいよ…ちーちゃん、なんか知らない?若菜…悩んでなかった?」
「若菜は何でもあたしに話してくれた…悩み事なんか無かったよ…」
若菜の姉は、涙を拭いて、気持ちを落ち着かせ、あたしに告げる。
「ちーちゃん、ここに若菜のスマホがあるんだけど、ロックが掛かって開けないんだ…ちーちゃんなら開けないかな?もしかしたら、スマホの中に悩みとか記録しているかもしれないし…ちーちゃんなら、スマホ見たって、若菜は怒らないよ…ちーちゃん、若菜のスマホ、持っててくれない?もし、中を開けて、何かが解ったら教えて欲しい…」
あたしは、若菜のロック番号なら、心当たりがあった…だから、若菜のスマホを預かる事にした…。
家に戻り、若菜のスマホを胸に抱き、ベッドに入るもなかなか寝付けなかった…。
明け方になり、あたしは若菜のスマホを抱いたまま、眠りについた…。
起きて鏡を覗くと、まだ、赤く目が腫れていた。
そして、また、涙が溢れ無いよう、涙を堪え、制服に着替え若菜のスマホも自分のスマホと一緒にポケットに入れ、登校するために学校へと歩いた…。
教室へ向かう階段の踊り場で、クラスメイトのコンドウ アヤが宗介と話している。
アヤは宗介を慰めているようだった…。
教室へ入り、自分の席に着く…。
項垂れてまた若菜の事を考える…。
若菜のスマホを取り上げて、ロック解除を試みようとしたが、思い直し、また、ポケットに仕舞う…。
その時、クラスメイトのアヤが近づき話し掛けてきた。
無口なあたしは、クラスメイトとはいえ、アヤとは友達付き合いはしていない…。
若菜の彼氏だった宗介を慰めていた様に、あたしにも気遣ってくれるかな?
「ねぇ、ちーちゃん…若菜…大変だったね…ちーちゃんもしっかりね…」
アヤは、悲しげな表情であたしに話し掛けた…。
しかし、その目の奥で、瞳だけは歓喜をしているかの様に思えた…。
そして、あたしは無言のまま頷くと、アヤはまた、教室から、出て行った…。
放課後…。
帰ったら、若菜のスマホ、見てみよう…そんな事を考えながら、鞄を背負い、教室から出ようとした時、宗介がやって来た…。
彼は教室を見渡し、あたし以外、誰の姿も見えない事を確認し、あたしに話し掛ける…。
「ねぇ、ちーちゃん…あのアヤってやつ、なんなの?」
「え?」
あたしは意味が解らず、訊き返す…。
「だって、若菜が死んだばかりなのに、俺に付き合おうって言うんだぜ」
そうなのか…だから、若菜がいなくなって、アヤは、喜んだのか…。
「俺は、今はそんな気持ちになれないし、今、そんな告白されても不快に思うだけだから…」
「何度も何度も来やがって、ウザすぎる…それより、ちーちゃん、若菜の事、忘れないでやってくれよな…」
宗介の言葉に若菜もあたしも救われた気がして、宗介に少し微笑んで、あたしは家に帰った…。
家に戻り、若菜のスマホの電源を入れるとロック番号を入力する画面になる…。
思い付くまま、数字を入力してみる。
どれも解除できない…。
若菜の誕生日、宗介の誕生日…あたしの誕生日まで入力しても解除はできない…。
深夜になり、このまま、スマホが開けないなら、明日には若菜のスマホを返そうと思いながらベッドへ入り、いつの間にか眠りに着いた…。
翌朝、起きて、テレビのスイッチを入れる。
女子高生の変死体…。
そんなテロップの後、映し出された風景は、あたしの学校近くの商店街の裏道…。
殺人事件で大騒ぎの中、登校すると、宗介が飛んで来た…。
誰憚らず、あたしに話し掛ける…。
「ちーちゃん、ニュース見た?」
「うん」
「あそこの裏道で死んでたの…アヤだぜ…」
「え?」
「誰かに、首締められて、殺されたって…俺じゃないよ…そんなの出来るはずがない…」
宗介は、もともとあたしの幼馴染…宗介の性格は良く知っている…宗介がそんな酷い事、出来る訳がない…。
「解ってるよ…ソウちゃん…」
校内は今も大騒ぎだ…。
変質者の可能性も含めて、あたし達はなるべくひとりにならないように、下校させられた…。
家に帰り、若菜とアヤの事を考える…。
若菜の自殺とアヤの他殺は関係あるの?
アヤは宗介を奪う為、若菜に何か言ったのかしら?
アヤは宗介を奪う為、若菜に何かしたのかしら…?
いや…若菜なら、そんな事があれば、必ずあたしに話すはず…。
若菜が死んで、すぐにアヤが死んだ…。
これって、偶然では無いよね?
若菜…教えて…。
少しでも、手掛かりがあればと、また、若菜のスマホを開いた…。
何度試してもロックは解除できない…。
若菜は宗介と付き合い、今、幸せだったはず…。
宗介だって、若菜をとても愛していた…。
その時、あたしはハッと気付いた…。
確か、若菜が宗介に告白されて、付き合うことになった日、若菜は、夜にラインであたしに報告した…。
あの日はいつだっただろう…。
あたしは、自分のスマホを開き、若菜とのラインを読み返す…。
若菜からのラインは、あたしにはとても優しく、楽しいものばかり、宗介への気持ちも暖かく伝わって来る…。
あたしは、また、涙が流れた…。
涙が流れるまま、若菜とのラインを過去へと戻す…。
あった!
宗介から告白された日のライン…。
喜びいっぱいのライン…。
あたしは、涙を拭きつつ、日にちを確認する…。
○月○日…、
この日の数字を入力してみる。
ロックが解除された…。
あたしは若菜のラインを開き、全てを読み尽くす…。
あたしとのやり取り…宗介との会話…クラスのグループラインまで丁寧に読み尽くす…。
しかし、内容は楽しげなものばかり、宗介とのたまの小さな口論も、微笑ましい…。
読み終わったらすでに深夜になっていた…。
「これじゃ、あたしが知ってる若菜だけ…悩みなんか、解らないよ…」
トーク画面をまだ見落としがないかと、スクロールする…。
最後まで送ってみると、1番下に…
Keepメモがあった…。
「まさか…キープ、書き込んでないよね?」
先日の若菜との会話を思い出し、Keepを開く…。
トークルームの画面から、暗転し、URLが映し出される…。
(このサイトに行けば、若菜の悩みが解かるかも…)
あたしは、URLをクリックする…。
サエキ ワカナさんが あなたを招待しました。
覗いてみますか?
はい…いいえ
あたしは、「はい」を押した…。
画面が暗転し映像が映し出される…。
舌をだらりと出し、虚ろな瞳のアヤの首を掴み、アヤを引き摺る女の後ろ姿…。
驚き固まるあたしに向かいゆっくり女は振り返った…。
見開かれた目は、小さく黒い瞳は細長く、白目に血の色をした斑模様…。
赤く開いた口には、小さくとも鋭利な歯が幾重にも生えている…。
しかし、その顔は、若菜のものだった…。
異様な姿になった若菜が、ゆっくりゆっくりとあたしに近づく…。
あたしはスマホを離す事も出来ず、目を外らすことさえ出来なかった…。
一歩一歩、あたしに近づき、若菜は、赤く染まった口を更に大きく開くと、画面に文字が浮かび上がる…。
アヤは、私の宗介が欲しくて、私を妬んだ…私が居たから宗介はアヤを見ようともしない…だから、私を憎んで呪って呪って…私へ殺意が生まれ、それをKeepに書き込んだ…。
そして、アヤの生霊がKeepのトークルームに現れ…アヤのKeepから私のスマホに潜り込み、私をベランダから引き摺り落した。
だから、今度は私がアヤを呪ってやった…。
アヤを呪ってトークルームの住人となった…。
アヤとアヤの生霊までも、ジワジワ首を締めて縊り殺してやった…アヤがKeepの住人になる前に、私の部屋へ連れて来たのさ…こいつの魂まで殺してやるためにね…。
若菜の怒りが文章になり、若菜の気持ちが姿を変えた…。
あたしは、文字から目が離せず読み続ける…。
もう、あの明るく優しい若菜では無い…。
お前も私を覗いたね…私の部屋を覗いたね…だから、お前も連れて来る…逃げられないよ、お前はね…。
恐ろしい文章を読み続ける一方で、若菜の意識が微かにあたしの頭に入って来た。
“ちーちゃん、ごめんね…私が私を抑えてみる…”
お前は私を覗いたね…私の部屋を覗いたね…だから、ここで一緒に過ごそう…人を呪い、呪って暮らそう…。
“ちーちゃん、こっちに来ちゃだめ…”
だけどそれは今日じゃない…今日は、お前を、Keepするだけ…。
あたしは恐怖で意識が飛んだ…。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます