第44話
今日の予定は特に何もなく、たまには一人でのんびりと配信するのも悪くはない。
というのも、ここ最近は収録による動画投稿が主になり、個人としての配信が疎かになりつつあった。
事実、コメントにもそれを指摘する声が少なからずある。
どうやらリスナーらにとって“
改めてそのことを実感して、ならば応えるのが礼儀だろう。一颯は結論を出した。
よって、オフコラボをする予定も気分も微塵もなかっただけに予期せぬ来客に一颯は頭を抱えた。
「今日こそ私とオフコラボしようよ、いぶきちゃん!」
「いや、するも何も……いくらなんでも唐突すぎるだろって」
「えーいいでしょいぶきちゃん! だってりんねちゃんとは前にコラボしたじゃない!」
「いや、あれは……」
「今日こそは私とオフコラボするんだからね!」
それじゃあせめてもう少し早く連絡すればいいものを……。頑として退く姿勢を見せないエルトルージェに、一颯は小さく溜息を吐いた。
エルトルージェがいきなりやってきた。
かなり慌てていた様子だっただけに当然、何かあったのかと思ったが実際は単なるオフコラボを誘いだった。
さしもの一颯もこれにはほとほと呆れ、後日改めてと誘いを蹴った途端――現在。
自宅に無理矢理上がった挙句、配信部屋の扉を全体を使って封鎖される始末。
配信する時間まで残りもう十分とない。
多少の遅れぐらいなら、心優しいリスナーだからきっと許されよう。
だからと甘んじてばかりいては、今後の活動にも悪影響が出かねない。
炎上、とまではいかずともせっかくのリスナーが離れてしまう。
十二分にあり得る可能性だけに、一颯も楽観視することなく危惧を憶えた。
あの最底辺Vtuberが今や20万人以上のリスナーを持つにまで成長したものだ。
それはさておき。
いい加減、そろそろこのワンコ……もとい黒狼Vtuberをどうにかしなければ本気で配信が遅れかねない。
一颯は咳払いを一つして、ゆっくりと静かに口を切った。
力尽くで追い出すことは非常に容易く、しかし敵意もないむしろ友好的な相手に実行するのはいかがなものか。
できるならば説得でどうにか解決を図る。そのために人類には言語があり、コミュニケーションという技術があるのだ。
どこまで説得できるかは、腕の見せ所というもの。
「今日は特に予定もない、自分がやりたいゲームを適当にするだけの枠だってもうSNSでも宣伝してるんだよ。だから後日改めてなら俺も別に――」
「でも、りんねちゃんの時だって予告してなかった!」
「いや、それはそうなんだけど……う~ん」
「ねぇ、いぶきちゃんは私とオフコラボするのがそんなに嫌なの……?」
「お、おいやめてくれよ。そんな目で俺を見るなって……! なんか、俺が一方的に悪いみたいになるだろ!?」
きれいな瞳を涙で潤ませて、ジッと見つめる姿は自然と心に罪悪感を芽生えさせる。
ここまで言われて拒む方が無粋というものか……。だが、今更ながら内容を変える気もこちらとしてはない。
なにせ今日のゲームはリスナーからの
やはりここは本当の事情を話すべきだろう。彼女のことを思うのであれば……。一颯は大きな溜息をもらした。
「先に言っておくけど、今日やるゲームはホラーゲームだぞ? それも飛び切り怖いって噂の」
「え……?」
やっぱりこうなったか……。あからさまに顔から血の気がさぁと引くエルトルージェに、一颯は苦笑いを浮かべた。
ドリームライブプロダクションの三期生は、全員が揃ってホラー系が苦手であった。
過去の配信でも心底嫌がっている様子が確認できるし、その際も悲鳴ばかりでもはや実況ですらない。
そうと知っても尚ここに居座るというのなら、一颯からはもはや何も言うことはなかった。
すべては自己責任であるし、怖いからと泊めるつもりもこちらには微塵もない。
「ホ、ホラーゲームなの……?」
「そうだぞ? なんならこれ、二人で遊べる奴だから一緒にすることも可能だぞ?」
「ひぃっ……!」
「いやそこまでビビることか?」
「だ、だってホラーゲーム怖いんだもん!」
演技ではなく本当に恐怖するエルトルージェの姿に、またしても加虐心が芽生える。
世のリスナーが何故、ホラーゲーム実況を心より楽しむか。その心理がよくわかる。
居座らせて怖がる様子をバッチリと抑えてやりたい。一颯はにしゃりと笑った。
いきなりアポなしでやってきたのだから、それぐらいはしてもいいだろう。
「じゃあ俺、そろそろマジで配信始めないとヤバいから。俺とコラボするっていうんだったら、一緒にやってもらうことになるけど……どうする?」
「うぅぅ……い、いいもん! 一緒にいぶきちゃんとゲームするもん!」
「マジか。本当に大丈夫か……?」
「大丈夫だもん!」
「……んじゃあ、今日は突発的だけどオフコラボにするか」
「う、うん……」
「おいおい……」
自分から話を振っておきながら、今更になって罪悪感が一気に湧いた。
さっきまでの威勢はもう欠片さえもない。引きつった笑みを作り、どうにかして奮い立たせるエルトルージェに一颯は頬を掻いた。
とにもかくにも、本当に配信時間が遅れてしまう。
急いで配信の用意をする――その傍らで、一颯は右腕に違和感を憶えた。
痛みや不快感は一切なく、あるとすれば暖かく柔らかな感触のみ。
それの正体をわざわざ確認するまでもないが、しかし言及する必要はある。
「あの、エルさん? 何やってるんですか?」
「こ、こうしてれば怖くないから……!」
「いやいやいやいやいや。腕に抱き着かれると動きにくいんですけど!?」
コアラよろしく、ヒシッとしがみつくのが彼女らのデフォルトなのだろうか? とにもかくにも動きにくさはもちろんのことだが、異性として身体をべったりと密着させるのはいささかいただけない。
ゲーム実況中に理性とも戦うとなると、疲労感はいつもの倍感じることとなる。
だが、当の本人から離れようとする気配は皆無であった。
ほんの少しでも離そうという素振りを見せれば、より一層力が強まっていく。
みしり、という骨の軋みが皮肉にも理性に加担した。
このままやるしかないらしい……。一颯は溜息を吐いた。
「――、待機してくれていた構成員の皆、少しばかり遅れてすまない。改めて、秘密結社ドリーマーの漆黒の
「ド、ドリームライブプロダクション所属。さ、ささ三期生の“エルトルージェ・ヴォーダン”だよー! み、皆今日も元気元気ー?」
「エル先輩?」
『こんいぶー!』
『予告なしのオフコラボ! いぶエル配信めっちゃ期待してましたー!』
『なんかエルちゃん、今日声上ずってね?』
『今日ホラゲ配信なのに大丈夫? 主にエルっちが』
今回のオフコラボに対するリスナー達からのコメントは、好印象的なものが圧倒的に多い。
しかしながら、同様に大半のコメントはエルトルージェに対する不安と気遣い内容だった。
ホラーゲームが苦手な三期生の中でも、特に一番免疫がないのがこの“エルトルージェ・ヴォーダン”である。
事実、彼女は配信中であるにも関わらず本気で泣き出してしまうというまさかの事態を引き起こしたことがあるのだから。
余談ではあるが、あまりのガチ泣きっぷりにはさしものリスナーも煽ることなく、無理をしなくてもいい、という心優しいコメントによってエルトルージェは辞退が許された。
今回はオフコラボとは言え、エルトルージェが苦手とするホラーゲームである。
付け加えるならば、それはもう飛び切り怖いというお墨付きの。
故に子分――エルトルージェを推すリスナーの名称だ――でなくとも、リスナー達が心配するのは無理もない話だった。
また、かつての悲劇を生むのではないか……今からでも内容を変更するべきか? 一颯は沈思した。
『いぶきんのハート鋼だから守ってもらおう!』
『いぶエルのてぇてぇ空間……やはりホラゲは至高。はっきりわかんだね』
『エルちゃん無理しないでー!』
『何かあったら逃げたっていいんです!』
とりあえず、やってみてから判断しても遅くはあるまい。
ウチの枠は善良なリスナーばかりでよかった。一颯はそう思った。
「――、エル先輩。怖かったら別室に逃げてもいいですよ?」
「ううん、頑張っていぶきちゃんといっしょにいる……」
「そうですか。でも、マジで無理だけはしないでくださいね?」
右腕の軋み具合からして、そろそろ本気で己が身を案じる必要が出てきたから。
思っていたよりもずっと力の強いエルトルージェに、いつ右腕が破壊されるか。
内心ヒヤヒヤとしながら一颯は早速ホラーゲームの実況を開始した。
おどろおどろしいBGMと和風かつ禍々しいデザインは、なるほど。高評価なのも頷ける。
ゲームの内容は、とある田舎の学園を舞台に怪奇現象の調査を依頼された主人公が解決に挑む、というもの。
こう言ったジャンルのゲームは結構好きな方であるだけに、一颯は内心ワクワクとした。
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
「いやまだタイトル画面からニューゲーム選択しただけなんですけど!?」
一ステージさえもひょっとすると、満足にできないかもしれない……。ガタガタと震えて、もう涙目になりつつあるエルトルージェを前に一颯はすこぶる本気で思った。
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