第35話
そんな賑やかな……いささか、騒がしすぎた気がしないでもないが。
とにもかくにも朝食を終えてから一颯はりんねとこころに素性の一部を明かした。
信じ難い話ではあるが、皮肉にも彼女達はつい昨晩非現実的な出来事に巻き込まれてしまっている。
驚くほどすんなりと受け入れた柔軟性には感心しつつ、しかしすぐさま怒涛の質問攻めに遭った。
まるで幼い子供がはじめて目にするものに強い好奇心を示したかのよう……。恐怖といった
「――、とまぁ以上が俺から話せる内容です」
「なるほどなるほど……つまりいぶきんは超凄かったってことかぁ」
「いや、別に超凄くはないんですけど……」
「いやいやいやいや、十分にすごすぎるからねぇ?」
家柄がそうであり、常としていた人間だからいざすごいと称賛されてもいまいち実感がない。
一颯ははて、と小首をひねった。
とりあえず悪い気はしないから、称賛の声は素直に受け取っておくことにする。
「……次は俺からも聞いていいですか? 昨日の夜――」
「あぁ、ちょっとタンマいぶきん」
「はい? どうかしましたか?」
「そう、それそれ。かすみんとエルルンは普通に話すのに、アタシ達だけいつまでもそんな他人行儀な話し方って言うのはちょっとな~って」
「えっと、つまり?」
「僕達にも普通に話してくれていいよってことだよぉ」
「え、はぁ……まぁ、お二人がそれで構わないのでしたら、俺も別に」
「ちょっと一颯、アンタ私達の時は違うんじゃない?」
「そうだよそうだよー!」
「いや、あれは……」
そっちが脅迫してきたからだろうに……! 本音を吐きたい気持ちをグッと理性で堪えた。
前例がある以上、今回もそうなる可能性は極めて高い。一颯は胸中にて深い溜息を吐いた。
最初から脅迫の材料にされるぐらいだったら、素直に要求を呑む。
この選択肢に後悔の念はない。
だが、代償として二人の機嫌が少しばかり悪くなってしまった。別段かすみとエルトルージェだから渋った、などという理由は更々ないのだが。
「じゃあ改めて。えっと、りんねさ――」
「さん、は付けなくていいよ。そうだな~りんちゃんがいいかなぁ」
「じゃあ僕はこころんでヨロシクゥ」
「――、じゃありん……ちゃんとこころ……ん、それに二人が会ったって言う
何よりも
いわば自分達は同業者にして最大の商売敵でもある。
政府から実力が認められればそれだけの好待遇を得られるのは言うまでもなし、そのためにはどうしても他者よりも高みに立つ必要がある。
そう言った意味では一颯は、さして地位に興味のない男だった。
「どんな情報でも構わない。身長とか服装とか、後は髪型とか……どんな些細なことでもだ」
「う~ん、些細な情報かぁ」
人差し指を顎に当てて、りんねが沈思する横で「はいはい!」と、エルトルージェが勢いよく挙手した。
「身長はいぶきちゃんよりも大きかったよ! 多分、180cm以上はあるんじゃないかな?」
「随分と高身長だな……そんな知り合い、いやまさか
「あ、でも結構スラッとしてた感じだったわね」
「スラッとしていたのか……。じゃあ
一颯は沈思した。
高身長の
だが、記憶にあるその男の体躯はまるで分厚い鎧に覆われたかのように筋骨隆々だった。
かすみの、スラッとした体躯だと該当から外れる。結果、
「あ、髪色がすっごくきれいな黒髪だった。夜なのにきらきらしてて、男なのにきれいな髪色してるなぁって」
「黒い髪……やっぱり
一颯は再び沈思した。
黒髪だけならば、ここ日本だ。探すまでもなく周囲にゴロゴロといる。
しかし件の男のそれは群を抜いて美しいことで界隈では有名だった。
どのようにすればこうも艶々とした色と髪質となるか、過去には一度街角でテレビの取材を受けた経歴もある――その時の答えは、よく食べてよく寝てよく身体を動かす、という実に平凡かつ面白味の欠片もない返答だったのは、今でもよく憶えている。
世が世ならば女性の憧れの的となったであろう、美しい
「えぇ~でもぉあの男の人、たしかにきれいな黒髪だったけどぉ、すっごく白髪も混ざってたよぉ」
「じゃあ、やっぱり違うな……」
こころの証言によりまたしても可能性が消失した。
“
手入れは毎日欠かさなかったし、エステや美髪によいものは好んで用いるほど、自慢の髪だった。
そこに白髪が混ざるなど、
「う~ん……今聞いている限りじゃあ、思い当たる奴が誰もいないな……」
「……あ」
不意に、かすみが口を切った。
「どうかしたのか?」
「いや、私もはっきりと見たわけじゃないから自信をもってそうだとは言えないんだけど……その人の右目、だったと思うんだけど変な形をしてたの。瞳に模様っていうか……」
「模様?」
「えっと、パッと見だから自信はないんだけど……」
メモ用紙の上にペンをすらすらと走らせるかすみ。
記憶が
そうしてできあがったイラストに、一颯はハッと息を呑んだ。
これまでにあった情報だけでは断定するにはいまいちだったが、かすみが提示した情報は確固たる証拠となった。
この模様をした瞳を持つ人間など、この世においてたった一人しかいない。
だが、どうして今頃になって
「い、いぶきちゃん? お顔が怖いよ……」
エルトルージェの声には、今までに聞いたことのない恐怖があった。
はたと周囲を見やれば、残る三人も言葉にこそ出していないものの同様の
今ここで怒るべきじゃなかったな……。一颯は自らを叱責し、頭を小さく下げた。
「悪い。ちょっと昔にあった嫌なことを思い出してな……」
「そ、そうなの? あの男の人といぶきんって、どういう関係なの……?」
「…………」
一颯は口を固く閉ざした。
話すだけならば、特に問題はない。なんならいくらでも恨みつらみが湧いて出るほど、語りたい愚痴はたくさんある。
何故そうしないかは、周囲に不快な思いをさせたくない。そんな一颯の心優しさがあった。
そうと知る由もないりんねは、
「あ、ご、ごめん。言いたくないのに聞いちゃってアタシ……」
「いや、りんね……いや、りんちゃんが気にすることじゃない。でも、とりあえず
「だだだ、駄目だよイブキちゃん! 鬼なんかになったら絶対に駄目だからね!?」
「いや、今のは冗談だから。そもそも
「冗談にしてタチが悪いわ!」
「悪かったって……! まぁとりあえず、一人だけ思い当たる奴がいるし、そいつで確かなのは間違いない。
なんだかんだと言っても、
性格については心底最悪でも、それだけは間違いなく断言してもいい。
だが、このまま放置というわけにもいくまい。
理由がなんであれ接触を試みきてきたならば、迎え撃つぐらいはするのがせめてもの礼儀というもの。
平和的に話は進まないだろうが、望むところだ。一颯は静かに、強く拳を握り締めた。
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