第30話★

 翌朝、本日の天候は曇り空。


 どんよりとした鉛色の空にすっかり覆われた空を見やる“黒羽くろはりんね”は小さく溜息を吐いた。


 曇り空の日は、いつも心がどんよりとしてしまう。


 単純に嫌いだから、という理由もあるけれど嫌なことをどうしても思い出してしまうから。


 それでも仕事だから、気分が滅入っても行かなくちゃいけない。



「あ~こんな日は早く皆に会って気分紛らわせよっと……」


 三期生の面々は、自分にとっては大切な存在だ。


 親しい友人、というよりかは家族のような感覚が近しい。りんねは歩を早めた。


 本当の家族じゃない、そんなことは百も承知だし、他のメンバーだってよくよく理解している。


 それでも家族と呼ぶ以外に相応しい言葉を自分は知らない。


 家族と言った方がしっくりくるし何より自分も嬉しい。りんねは口角をかすかに緩めた。



「よーしっ! 今日も収録がんばりますかー」



 きっと他のメンバーも、もう集まっているだろう。


 特に三期生の中でも真面目なかすみのことだから、予定時間よりもずっと早くに待機しているに違いない。


 曇天の下、りんねは事務所まで駆け足で向かった。



「――、おはようございまーす」

「あ、おはようりんねちゃん!」

「おはよ……ふわぁぁ~」

「おはようりんね。それと相変わらずアンタは眠そうね、こころ……」

「まぁまぁ、こころんがいっつも眠そうにしてるのは今に始まったことじゃないしねぇ」



 あぁ、やっぱりこの時間が一番好きだ。わいわいと雑談を交える傍らで、りんねはそんなことをふと思った。


 何気ない会話を交えるこの子達も、大なり小なり似たような境遇者であり――改めて考えると、社長はよくもまぁ、これだけの似た者同士を見つけてはスカウトできたものだ。りんねはすこぶる本気で思った。


 とは言え、社長……段田弾だんだつよしがあってこそ現在いまがある。


 それは紛れもない事実で、心の底から感謝していた。今の自分は、過去にないぐらいとっても幸せだから。りんねは小さく笑みを浮かべた。


 それはさておき。



「――、そう言えばこの前のコラボ配信見たよ。切り抜き動画とかもめっちゃ出てるじゃん」

「あ、あれは……不慮の事故っていうか。ちょっとしたアクシデントと言うか……」

「かすみちゃんがいぶきちゃんを独り占めするからだもん」

「だ、だから独り占めとかじゃなくてコラボだって言ってるでしょ!?」



 先日、“夜野よるのいぶき”のチャンネル登録者数10万人突破記念とお祝いコラボ配信があった。


 彼女……一颯は自分のことに関してどこか無頓着なところがある。


 普通だったらもっと喜んでもいいと思うのに、当の本人が10万人突破していたことにまったく気付いてなかった。


 そんな感じで始まったコラボ配信を視聴したりんねは、一人部屋でげらげらと笑っていた。



「いやぁ、あのコラボ配信マジでおもしろかったって。台本なしであのやり取りじゃん? いやぁ、微笑ましい光景でしたなぁ」

「ちょっと、りんねもからかわないでちょうだい!」

「次は私がいぶきちゃんと二人っきりでオフコラボ配信するもんねーだ!」

「だからアンタも張り合おうとしないの!」

「まぁまぁ、三人の仲がいいのはさておき。今日はいぶきんいないんだ」



 りんねは辺りをきょろきょろと見回した。



「一颯なら、今社長と話にいってるわよ。今後の在り方とか、そういう話し合いだって」

「えっ!? いぶきちゃん辞めちゃうの!?」

「え~……僕達出会ってまだ数か月だよぉ? なんか、もったいなくない?」



 一瞬、嫌にざわついた室内の空気をかすみの溜息がすぐに中和した。



「なんでそっち方面に考えるのよ……。そうじゃなくて、最初の四期生だから今後どういった風な感じにしていきたい、とか、そういう話し合いよ。第一、一颯自身辞めるつもりなんか毛頭ないわよ」

「そ、そうなんだぁ。あーよかったぁ……」

「人騒がせだなぁ、かすみんはぁ……」

「なんで私なのよ!」



 とりあえず、辞めないってことでいいらしい。りんねは苦笑いを小さく浮かべた。


 現在四期生は、“夜野よるのいぶき”ただ一人だけしかいない。


 曰く、今も宝石の原石がないか探している最中ではあるがなかなか見つからないとのこと。


 当面の間、四期生という看板をたった一人で背負っていく、一颯の心身的負担プレッシャーは凄まじいと思う。


 だからしばらくは、三期生で彼女をサポートするようとの通達で、それについては特にりんねも異論はない。


 それが家族だから。家族だから困っていることがあったら助け合うのは当然だ。



「――、なんだかものすごく賑やかな雰囲気だなぁ」

「あ、おかえりいぶきちゃん! ねぇねぇいぶきちゃんはここ、辞めたりしないよね?」

「え? 突然なんの話? というか俺クビになるのか?」



 遅れてきて早々に、一颯がはて、と小首をひねった。


 さっきの話をまたぶり返して、エルトルージェはよっぽど不安であるらしく。


 しかし事情をまったく知らない彼女からすれば、きょとんとするのも致し方ない。


 そもそも引退については誤解だとついさっき、かすみが訂正したばかりなのに……。りんねは苦笑いを浮かべた。



「違う違う。さっきかすみんも言ってたのに、エルルンがいぶきんがドリプロ辞めるのって言いだしちゃって」

「え? 何がどうなったらそんな風になるんだ……」

「だってぇ、いぶきちゃんが社長と今後どうしていくかとか話し合ってるって聞いちゃったから……」

「だからってそれは飛躍させすぎだろ……。ありがたいことに、チャンネル登録者数が10万人以上にもなったんだ。少なからず俺を応援してくれてるリスナーがいるのに、そう簡単に辞めるわけないだろ」

「だ、だよね! うんうん、私はいぶきちゃんのこと信じてたよー」

「いやいや、一颯がくるまでずっと不安そうにしてたじゃない」



 容赦ないかすみからの追及ツッコミに、室内は明るい笑い声に包まれた。


 やっぱり、家族っていい。そんなことを、りんねはしみじみと思った。



「それじゃあ、いぶきん。今日の収録よろしく!」

「えぇ、こちらこそよろしくお願いします。りんね先輩」

「あ、固い」



 意識とは関係なしに、気が付けばそう口走る自分がいた。


 しかし、これについては事実であるからりんねに訂正する意志は微塵もない。


 何故ならば本当に、彼女の接し方はガチガチに固いからに他ならず。かすみとエルトルージェ、この二人と比較すると差は歴然である。



「いぶきん~、確かにアタシ達は先輩後輩の関係だけどさ。もっとこう、フレンドリーな感じで接してくれた方がアタシもうれしいかな」

「え?」

「だってかすみんとエルルンとの喋り方と全然違うじゃん?」

「あ~それ僕も思った~。この前エルちんといっしょに掃除してくれた時もずっと、こんな感じだったしぃ」

「いや、そう言われましても……」



 ここで急に、エルトルージェが不敵な笑みを浮かべ始めた。


 突然どうしたんだろ……。何かこの娘のツボにはまるようなこと言ったっけ? 突拍子もなさすぎる行動だけあって、りんねもはて、と小首をひねらざるを得なかった。



「ふっふっふ~。私といぶきちゃん、後かすみちゃんはいわば一心同体だからねー?」

「誰がアンタと一心同体よ。後、私オマケみたいな扱い方じゃない」

「一心同体っていうのはいささか誇張がすぎると言うか……」

「もう~! どうしていぶきちゃんもそう言うこと言っちゃうのー!」

「えっと……んん?」



 なんだかよくわらないが、とにもかくにも彼女らの間に何かしらのイベントが発生したらしい。


 りんねが欲したのは事の次第であり、叶うのであればそれを参考にもっと彼女――一颯と仲良くなりたい。それが本心である。


 叶うのであれば、今日の収録で親密度が上がってくれれば……。りんねは切にそうなるよう願った。時同じくして、スタッフの一人が控え室へとやってくる。


 どうやら収録の時間がきたらしく、早速スタジオの方へと移動した。

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