第28話
「あ、おはようこころちゃん!」
「うん、おはよう~……って、僕の部屋きれいになってるぅ。いつもありがとうねぇエルちん~」
「その代わり、また今度コラボ配信しようよ。今度こそ絶対に負けないんだから!」
「おっ、相変わらずエルちんはチャレンジ精神あふれてるねぇ。じゃあ僕も本気にならないとぉ」
二人は、本当に姉妹のように仲がいい。一颯はわずかに頬を緩めた。
かすみの時にもこれは言えることだが、ドリームライブプロダクションのVtuber同士の関係性はとても良好だ。
あくまでもこれは一個人としての偏見にすぎないが、アイドルだからいかにのし上がるか裏では蹴落としあっている。そんなイメージがどうしてもあった。
ドリームライブプロダクションでは、その心配もないように見える。
そして同様に、“
いっつも眠そうに欠伸ばっかりしてる姿しか知らないな……。一颯がそう思っていると、不意にこころと視線がばっちりと合った。
相変わらず眠そうな顔で、瞼も重いのか閉じるか否かの瀬戸際の争いを繰り広げている。
「お~今日はいぶきんも来てくれてたんだねぇ」
「……おはようございます、こころさん」
「あ~いいよいいよぉ、そんなにかしこまらなくてもぉ。僕はそういうの気にしないから……あふぅ」
「そろそろお昼だから何か食べようよこころちゃん!」
「ん~もうそんな時間~?」
エルトルージェが提案したように、いつの間にか時刻はもうすぐ正午きっかしになろうとしていた。
時間が経つのは本当に早い。特に何かに集中している時などは尚更だ。
意識するとさっきまではなかった空腹が、ここぞとばかりに訴えてくる。
「それじゃあ何か食べよっかぁ……出前にするぅ?」
「もう、こころちゃん! 出前ばっかり頼んでちゃ身体に悪いよ! もっと健康的なものにしないと」
「え~出前だって健康だよぉ? お野菜だって入ってるしぃ」
「だめだめ! 今日はちゃんと用意してあるから!」
「おぉ、用意周到だ」
一颯は感心した――それも束の間のこと。
「――、それじゃあいぶきちゃん。今日もよろしくお願いしまーす!」
「……いや俺が作るのかよ!?」
「だってぇ……」
「おぉ~今日はいぶきんが作ってくれるんだぁ」
「え、いやその……はぁ、もういいです」
人間、時には諦めることへの選択も大切である。
一颯はエルトルージェより受け取った、ずしりと重みのあるビニール袋を前に溜息を吐いた。
材料は大変馴染みあるものばかりであると同時に、今日の献立も自然と一つに絞られる。
よっぽどナポリタンが気に入ったようだ……。だけど、最後に食べたのはそう時間が離れてないが……? いずれにせよ、今から新たに食材を調達するわけにもいくまい。
一颯は今しがたきれいにしたばかりのキッチンに立った。
「――、うん! やっぱりいぶきちゃんの作ったナポリタンすっごくおいしい!」
「たしかにぃ。これは今まで食べてきた中でも一番かもぉ」
「いや大袈裟すぎるだろ……改めて言うけど、本当に大したことは一切やってないからな?」
「ねぇねぇ、いぶきんは他にどんな料理が作れるのぉ?」
「料理? まぁ基本ある程度は作れますけど……中華は炒飯ぐらいしか経験ないですかね。和食と洋食が基本多いかと思います」
「え~今度いぶきちゃんの炒飯食べてみたいなぁ」
「いやだから、そんなに過度な期待はしないでくれって……後、なんか俺専属料理人みたいなポジションになってないか?」
がやがやと三人で食卓を囲んだ食事は、いつもより楽しくおいしくも感じた。
おいしくなるように作ったのだから、まず不味い。これは絶対にありえない。
分量は基本目分量だが、何度も作る内にだいたいどれぐらい入れればよいかなんとなく把握できるようになる。
いつも口にしてきた味だ。しかし今日はいつになくおいしく感じる。プラシーボ効果、というやつなのだろう、きっと。一颯はナポリタンを口に運んだ。
「ねぇねぇ~いぶきん~。これからも僕の家でご飯作ってくれない~」
「それは遠慮願います」
「そんな即答しなくてもいいじゃんかよぉ……こんなにおいしいご飯、久しぶりに食べたんだもん~」
「そんなこと言われましてもね……」
「う~ん……あっ、そうだ」
まるで妙案が思いついた、とそう言わんばかりの
いったい何を企んでいる……? 大方、ロクでもないことだろうが。
「――、いぶき。こころのためにこれからも毎日、おいしいご飯を作ってくれないかな?」
「いや無理ですね」
何をしでかすかと思えば……。一颯は大きな溜息を吐いた。
イケメン配信者と謳われる中性ボイスで、この娘はどうにかなると思ったのか? だとすれば、随分と軽んじられたものだ。
確かに彼女――“
しかしながら、それに心揺さぶられるほど
「え~どうしてさぁ~」
「ようやくこっちの生活も基盤が出来つつあるって時なんですよ。まだ他人の面倒を見てられるほどの余裕はありません。入ったばっかりの俺がいうのもなんですが、こころさんも自炊するのを慣れていきましょう」
「だって僕~料理できないんだもん~」
「できないだもん~、で片付けるのはもったいないですよ」
「じゃあさ! 今度いぶきちゃんも一緒にコラボ配信しようよ! 三人でお料理を作ったらきっと上手に――」
「いや、それはしばらくは遠慮しておこうかな」
あの料理とは名ばかりの生物兵器は食べるのはもちろん、視界にすら入れたくない……。一颯は顔を青白くさせた。
ほんの少し脳裏に浮かべただけで、強烈な異臭と味までもが再現される。込み上がる嘔気をどうにかして気合で押し込んだところで、改めてこころの方を見やる。
すぐ隣からは「どうしてー!?」と、抗議の声があがったが、嫌なものは嫌なのだ。
自分は、まだ死ぬつもりなんてこれっぽっちもない。
「だってエルちんの料理ってすっごく不味いもんねぇ」
本人を前にしていながらこうもあっさりと言うとは……! ただし言っている内容はすべて事実であるので、一颯は胸中では激しく同意の意を示した。
もっとも、当事者は大変遺憾だったらしくぷりぷりとかわいらしく怒っているが。
「そんなことないもん! いぶきちゃんだっておいしいって言ってくれたもん! ね?」
「えっ?」
「いぶきん~無理は身体に毒だよぉ?」
「いや、その――」
不意に、ポケットの中でわずかに振るえた。
スマホのバイブレーション機能であり、つまりは何かしらの連絡がきたという知らせだ。
短さからしてメールの類だろうが、誰からだろう。一颯はスマホを確認した。
てっきり、さっきエルトルージェが口にした連絡事項かと思っていたが、送り主が“
メールには――『今晩時間があるなら、一緒にコラボ配信しない?』と、そう記載されていた。
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