第27話
本来率先してするべきはずの人間が真横にて、くぅくぅと小気味よい寝息を立てる中で掃除をするという異様すぎる光景に戸惑いを禁じ得ないが、とにかくこのゴミ屋敷をまずどうにかしたい。
せめて足の踏み場だけでも満足にさせないと……! 一颯はエルトルージェと掃除に精を出した。
あらかじめ用意していたビニール袋にせっせとゴミを投げ込む。
一応、彼女もアイドルVtuber……なんだよな。掃除をする傍らで、一颯はちらりとこころを見やった。
汚部屋であることは紛れもない事実ではある、が見方を少し変えれば、案外宝の宝庫なのやもしれぬ。
使用済みの食器や飲みさしの飲料水などなど……。
自分は、さすがに他人の使用済みの私物はいらないが……。世の中は想像するよりもずっと広く、そして様々な性癖を持った人間がいるのだ。
「――、だけど、よく掃除しようって思ったな」
何気なく、一颯はそう言った。
「え? どうかしたの?」
エルトルージェがきょとんとする。
「いや、だってさ。普通いくら同じ事務所の人間だからって、ここまで身の回りの世話をしようとか普通思わないだろうなって」
「う~ん。確かにそうかもしれないけど、でも私とこころちゃんは家族みたいなもんだからね」
「家族? ということは、こころさんとエルちゃんってリアルで姉妹なのか?」
「そうじゃなくてっさ。なんて言うんだろ……ドリームライブプロダクションのメンバーの娘って色々と問題とか抱えている子がとても多いの」
それは、はじめて耳にする情報だ。
そんなことは、社長も一言だって話しちゃいない。
もっとも、個人情報であるし問題というぐらいだ、他人に第三者がおいそれと話てもいいぐらい軽くはあるまい。
とは言っても、気にならないと言えばこれは嘘になってしまう。
問題、とはいったいどんな問題なのだろう。一颯は関心を持った。
「その、問題って言うのは?」
「個人情報だから詳しくは言えないけど……例えば、お家のことだったり、過去にひどい経験をしてそれが原因でお外に出られなくなったりとか……とにかく、皆いろんな問題を抱えてきた。そこを社長が私達を見つけてスカウトして、ドリームライブプロダクションっていう一つの場所で出会うことができたの」
「そう、だったのか……」
「最初は私やこころちゃん、それに他の皆も自分なんかがVtuberになんかできるわけがないじゃんって思ってた。だけど社長や私より先にいた先輩達がすっごく真摯にサポートしてくれたおかげで、ここにいる。私ね、いぶきちゃん……このドリームライブプロダクションがすっごく大好きなんだ!」
そう口にしたエルトルージェの言霊に、一点の穢れすらもない。
ぱっと咲かせた笑みはさながらひまわりのよう。暖かく優しい笑顔には、一颯も見惚れてしまった。
エルトルージェの笑顔と声には、自然と他人の心を優しく包み癒す不可思議な魅力がある。
だからこそ、彼女の下には100万を超えるリスナーが集うのだろう。
果たしてこれを魔力と呼ぶべきか、“エルトルージェ・ヴォーダン”が持つ才能と言うべきか。
いずれにしても、エルトルージェにはカリスマ性がある。それだけは確かなことだった。
「――、家族……か」
一颯は静かに呟いた。
「うん! 実はね、私って実の親とかお姉ちゃんとすっごく仲が悪いんだ」
「え? そうなのか?」
「うん」と、小さく首肯した後に力なく笑うエルトルージェ。
「私ね、お姉ちゃんがいるんだけど。いっつもお姉ちゃんと比べられててね、それでお前なんかもうウチの子じゃないーって……」
「そんなことが……」
家族に関する問題を、よもやエルトルージェも抱えていたとは予想外というのが正直なところである。
同じ家族であるのに比較され、辛い日々を幼少期の頃からずっとすごしてきただろう。
普通ならば心が荒んでもおかしくないのに、エルトルージェは明るくて優しい性格の女性になったものだ。一颯は痛く感心した。
「そんな時にね、社長にスカウトしてもらったんだ。君の喋り方とかすごく心が落ち着くから向いてるーって」
「なるほど……あの社長、優れた慧眼を持ってたってことか」
「うん、本当に社長には頭が上がらないよねぇ」
「それについては、俺も同感かも……」
「ねぇいぶきちゃんはさ、何か問題ってあるの?」
「俺か? 俺は……」
一颯は一瞬だけ沈思して――「あるよ」と、答えた。
「俺の場合は主にお金だな。ある日いきなり莫大な借金を課せられて、なんとか返済できたけどおかげでスッカラカンだ。明日食えるかどうかもわからないって時に、あの社長が声をかけてくれたんだよ」
「えっ? いぶきちゃんそんなに借金してたの!? ちなみに……どのぐらい?」
「……数千万ちょっと」
「すっ……!?」
エルトルージェが唖然とした。
普通に生きてきて、数千万円もの借金ができることはそう滅多にあるものじゃない。
自分だって、今でも信じられない心境にいるのだ。たった一日にして数千万円もの莫大すぎる借金を背負うなど、夢にも思ってなかったのだから――数千万でむしろ済んだことが奇跡としか言いようがない。
「い、いったい何したの……?」
「まぁ、俺自身はまだ納得してないけど……仕事でちょっとしたミスが原因っていうか? 器物損害とか、そのための弁償代ってところだな」
「そ、そうなんだ……。で、でも返済したんだからもう大丈夫だよね?」
「そう、思いたいなぁ……」
切実にそう願う他ない。一颯は大きな溜息を吐いた。
掃除も滞りなく順調に進み、現段階でようやく元ある姿に近しい状態にまでなった。
あれだけ散らかり放題だった――きれいになったからこそ、改めて見やる“
「フィギュアにゲーム機……よく見たら昔のハードまでいっぱいある……。本当にこころさんはゲームが好きなんだな」
「ちなみにこころちゃん、昔はゲームの大会で一二を争うぐらい強いんだよ」
「マジか!」
「私とかかすみちゃんとか、たまにゲームコラボするんだけどいっつもやられっぱなしなんだよねぇ」
「はぁ~……人は本当に見かけによらないなぁ」
感嘆の吐息が無意識にもれた。
本物のゲーマーなのだから当然勝てるわけがない。
とんでもない経歴の人間がすぐ身近にいたものだ。一颯はすこぶる本気で思った。
「――、そう言えばだけど、いぶきちゃんのところにはもう連絡がいった?」
「連絡?」
突然の一言に、一颯ははて、と小首をひねった。
連絡、というのは何についてだろうか。思い返してみたものの、それらしき業務連絡は確か一つもなかったはずなのだが……。
聞き漏らしていた、という可能性もある。幸い情報はすぐ手に入るし、彼女であれば拒否やいじわるをする心配もあるまい。
「エルちゃん、その連絡っていうのは?」
「うん、なんだかね。この辺りで不審者が出るようになったんだって」
「不審者? またストーカーってことなのか……?」
「う~ん、よくわからないんだけど。何かを探しているようにずっとウロウロしたりしてて、一度通報とかもあったらしいんだけど……」
「まだ、解決していない……と」
力なく首肯するエルトルージェの顔には、明確な不安の
ストーカー被害の前例がすでに身内が経験していて、その時の恐怖と不安を目の当たりにしたからこそ不安がるのも無理はない。
特にかすみとは一緒になって鬼をも目撃してしまっているわけだ。
いつ、またあんな恐怖が自分達に牙を剥くのか、となるとエルトルージェの反応は至極当然と言えよう。
だからこそ、自分がここにいる。一颯はエルトルージェの頭をそっと撫でた。
「心配するなって。もしまた何かあったら俺がなんとかするから」
「……うん。いぶきちゃんならそう言ってくれるって思ってた」
「やってることは完全にサービス業だけどな」
「でも、ありがとう。頼りにしてるからね」
「ご期待に沿えるよう頑張ります」
「――、おやおやぉ~。お二人とも随分と仲良くなったみたいだねぇ」
いつの間に起きていたのだろう。のそりと起きあがった、ものの目はまだ微睡の中にいてうつらうつらと船を漕ぐ“
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