第23話
翌朝、心地良い眠りから覚醒を果たしてから早々に一颯は嫌な予感がした。
時計の短針はもう少しで午前7時を差し示そうとして、のそりと支度を整える。
本当だったら食事は自分の分だけでいい。
一人暮らしなのだから当然であるし、わざわざ人数分以上を用意する必要もまったくない。
しかし今回用意したのはざっと
明らかに一人で食べるには、いささか多すぎる量なのは一颯としても否めないところだが、さして問題はなかった。
恐らく今からやってくるであろう、嫌な予感の一人は一般的に言う一人分だと十中八九物足りないだろうから。
「多分、来るだろうなぁ……」
一颯は時計の方をちらりと見やった。
短針はもうすぐ午前7時を示そうとしている。
説明する、とは確かに言ったものの時間は特に指定していない。
昨晩の出来事が気になって仕方がなかったあの二人だ。きっと早めにやってくるに違いない。
こと一人に関しては、散々ナポリタンを……もとい、手料理が食べたいと強く所望していたぐらいだ。
「そろそろ、か?」
ちょうど盛り付けが終わった、のとほぼ同時。
まるでタイミングを見計らったかのようにチャイムが鳴った。
悪い予感は見事に的中してしまった。一颯はのそりと玄関へ向かい、朝早い来客者を出迎える。
案の定、そこには予想していたとおりの人物の姿があった。
「――、おはようございます。こんなに朝早くこなくてもよかったんですけど……」
「こっちとしては一秒でも早く聞きたかったのよ。夜なんかそれで全然眠れなかったんだから」
「うにゅぅぅ……おあよぉいぶきちゃ……あふぅ……」
「……おはようございますエルさん。大きな欠伸ですね」
「だってまだ眠いんだもん……んっ? なんだか、すっごくいい匂いがする!?」
「えぇ、今朝食を作っていましたので」
「ふんふん……今日の献立はベーコンエッグにトースト、お野菜の匂い……っぽいからサラダとか? 後は……あっ! もしかして私の好きなナポリタンもある!?」
さすがは黒狼系Vtuber……は、あまり関係ないが食欲旺盛なだけはある。
今の今まで大きな欠伸をしては、うつらうつらと船を漕いでいたエルトルージェの目が一瞬にして覚醒した。
その起爆剤となったものが何かは、あえて語る必要はあるまい。
しかし恐ろしいぐらい嗅覚が優れているな……。キッチンまでの距離はかなりあるのに、献立を正確に言い当てるエルトルージェに一颯は素直に関心した。
「相変わらずアンタの嗅覚恐ろしいわね……普通ここからそこまで正確にわかるもんなの?」
胸の内を代弁するように、かすみがエルトルージェにそう尋ねた。
その
「え~? わかるよかすみちゃん。かすみちゃんはわからないの?」
「わかるわけないでしょ!!」
きょとん、と不可思議そうな顔をするエルトルージェに、かすみが心底呆れた様子で溜息を吐いた。
なんだかんだ言っても、この二人は本当に仲がいい。姉妹のやり取りを見ているような気さえする。
他の同期や、まだ顔合わせすら満足にできていない先輩達もみんなこうなのだろうか? いずれ出会うことだしその時がくるのを楽しみしておこう。一颯はそう思った。
「――、とりあえず中へどうぞ。朝食なら二人の分も用意していますから」
「えっ!? いぶきちゃん私の分もあるの!?」
「えぇ、なんとなく食べるんじゃないかなぁっと思って用意しておきました」
「わーいありがとー! 私実は朝ごはん食べてなかったの! いぶきちゃんだから、何かおいしいもの作ってくれないかなぁって思ってからすっごく嬉しいよ!」
「アンタねぇ……食欲旺盛なのもちょっと控えなさいよ。後輩にご飯強請るとか、先輩としてどうなのよそれ……」
「私、仲のいい子にしかしないもん!」
「仲が良くてもするもんじゃないでしょ!」
「と、とりあえず近所迷惑になりますので中へどうぞ」
ぎゃあぎゃあと朝早くから元気が有り余る二人を中へと招いた。
用意した朝食を見て早速「おいしそう!」と、エルトルージェが目をきらきらとさせた。
一部を除けば、大して豪勢でもなんでもないのだけれども……。だらしなく涎を滴らせる姿に一颯は苦笑いを浮かべた。
「……私の分も用意してくれてたんだ」
「えぇ。あ、もしかして朝ごはん先に食べちゃったとかなら大丈夫ですよ」
「ありがとう。でも心配しなくてもいいわ。アンタから早く話が聞きたくてすぐに家を飛び出してきたから」
「それならよかったです」
「ねぇいぶきちゃんまだ!? もうこれ食べてもいい!?」
「アンタねぇ……」
「ははっ……大丈夫ですよ、どうぞ。大したもんじゃない……って、せめて最後まで言わせてくださいよ」
「んえっ?」
「……いえ、なんでもないです。どうぞ」
今日の朝食はいつもより賑やかなものとなりそうだ。一颯は三人分のコーヒーを持ってテーブルへと着いた。
「しっかしアンタ、朝早くからナポリタンまで用意したの? ちょっと真面目すぎない?」
「あれだけおいしいって言われたら、まぁ悪い気はしませんので」
「すっごくおいしいよいぶきちゃん! あ、かすみちゃんいらなかったら私にちょうだい?」
「誰も食べないなんて言ってないでしょ!」
「……本当に仲がいいな」
さながら姉妹のようなやり取りを前に、ふと懐かしい記憶が脳裏によぎった。
今頃皆は、さてどうしているのやら。もっとも、自分がいなくとも勝手に元気にしているだろうが……。
あれは、そういった連中だから。一颯は自嘲気味に小さく笑った。
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