第20話

 時刻は午後10時をほんの少し回ったところ。


 しんとした配信部屋にて、一颯はパソコンの前に座した。


 今日は特に何の予定もなく、単なる雑談を主としたライブ配信である。


 今後はゲームの実況なんかもやっていくつもりだが、今日は一応の目的・・がある。



「――、さてと。それじゃあそろそろ始めるか……」



 ライブ配信を開始した、のとほぼ同時。


 ほとんどゲリラに近しかったにも関わらず、もう100人以上ものリスナーが入室した。


 SNSにも特にやるって書いてないのに、リスナーたちはどうやって情報を仕入れるのだろうか……。一颯ははて、と小首をひねった。


 とにもかくにも、視聴者数が多いことに今回は越したことはない。


 ありがたいことに、もう少しでチャンネル登録者数も50000人を突破しそうだ――あのエルトルージェとのコラボ……文字どおり命懸けのデスクッキングが呼び水となって増えた、というのがいささか複雑な心境ではあるが……。



「えー、どうもこんばんは。ゲリラ配信だっていうのに、まさかこんなにきてくれるなんて思ってなかったから、正直言って嬉しい。今日は特に何の予定もないけど、まぁ何気ない雑談や気になるコメントについての返答をして、俺のことを少しでも知ってもらえればって思う、かな」



 当たり障りのない会話だが、本当に予定は一切なしなので本当のことを言うしかあるまい。


 だがリスナーの反応を見やるに、決して悪くはなさそうだ。一颯はホッと安堵の息を小さく吐いた。



『いぶきちゃんこんばんはー!』

『こないだのデスクッキング楽しかったです!』

『〇〇ってゲーム面白いんだけど、いぶきちゃん的にはどんなゲームとかするの?』



「おっ、早速いいコメントがきたな……そうだなぁ、俺は特にこれと言って特化した、逆に苦手とするジャンルのゲームはないかな。レースでもパズルでも、とにかく気になったもの、面白そうだなって思ったものはなんでもやる方だと思う。他には――」



 100人だった視聴者数が徐々にだが着実に増えていき、30分もすぎた頃には2000人という数が表示されていた。


 一颯は目をわずかに丸くした。


 自分にトーク力があるとは、これっぽっちも思っちゃいないし、では興味を引くだけのネタがあるかとなるとこれもまた難しい。


 今もコメントに対しての返答ばかりで、自分から未だネタを振ってはいない。


 だと言うのに、2000人が話に来てくれている。その事実が妙に気恥ずかしくもあり、驚愕でもあり、そして嬉しかった。



「――、ん? ……あぁ」



『はぁはぁ……いぶきたんのいい匂い』

『いぶきたんの部屋の明かり点いてる……』

『今下から見てまーすwww』




 どうやらようやくおでましらしい。一颯はほくそ笑んだ。


 ちょうど今、3000人もの目がこの配信にはある。仕掛けるにはちょうど頃合いでもあろう。



「――、さてと。こんなにもたくさんの人が来てくれているというのに、ちょっとだけ愚痴と注意喚起をここでさせてもらってもいいか?」



 一颯は軽く咳払いをした。



『え? なになにどうしたの?』

『なんかやばそうな感じ?』

『何かあったん?』

『静粛! 今はいぶきたんの話を傾聴するように!』



 リスナーもどうやら普通ではないと察したらしい。


 楽しい時間を求めやってきたリスナーには大変申し訳なく思う。


 とは言え、これからすべきことはドリームライブプロダクションにとっても、そこで活動するVtuberにとっても、輝かしい未来を守るのにどうしても必要不可欠なこと。


 そのために自分が泥をかぶることになんら躊躇いはない。


 ストーカーだのなんだの、好き勝手にさせるほど自分は優しくないぞ……? 一颯はゆっくりと、静かに口を切った。



「――、実はつい最近のことだ。俺を含む他のVtuberの先輩達がある被害にあっている。先日、みんなもすでに知っているとは思うけど、“天現寺てんげんじかすみ”先輩がストーカーによる被害に遭った。幸いその時、俺が現場に居合わせていたから事なきを得たが……その危険がまた、彼女達を襲おうとしているのかもしれない」



 少々大袈裟であるが、こう言った方が効果がある。


 特に100万人以上ものファンがいる先輩Vtuberが被害者ともなれば、尚更のこと。

 ここで遠慮がちに言ってしまえば最悪冗談や、単純にちょっと嫌がっている程度に誤認されかねない。


 言うべきことはしっかりと言う。一颯は判断を下した。


 どうもあの先輩達は優しすぎる。


 だから、余計なお世話なのは重々承知のうえで、自分がしっかりと守ってやらねばならない。


 あれは優しいが強靭というわけではないのだから。



『え? それマジ?』

『またかすみんがストーカーに襲われそうになってるの!?』

『てか、かすみんを守ったのって確かいぶきちゃんだったもんね。すごすぎるでしょ』

『それで、対応とかはしたんですか?』



 数多くのリスナーもこの事の重大さに共感し、あたたかいコメントが一気に殺到する。


 流れと言ってはまずまずと言ったところ。一颯は言葉を続ける。



「親しき中にも礼儀あり――煽りコメントとか、ちょっかいを出すようなコメントをするなとは俺も言わない。そうやって築けるコミュニケーションも実際にあるからな。でもあからさまに嫌悪感を示しているにも関わらずやるのはご法度だ。だから……見ているんだろう、“ちょーすけ”とかいう奴。お前のコメントが多くの先輩方を怖がらせている。特にかすみ……先輩はストーカー被害もあるから尚更な。それがわかったのなら、今すぐくだらないコメントをするのはやめておけ」



 配信中に特定のリスナーを名指しするのはあまり褒められた行為じゃない。


 その後の空気がずしりと重くなるのは言うまでもないし、せっかくの楽しい時間もすべて台無しになる。


 しかしこれは必要不可欠だから、今は心を冷徹な鬼へと変えた。



『住所特定してるけどバラしてもいいの?』

『はい名誉きそーんwww』



 これで少しでも己の行動をかえりみて反省してくれたのならば……。一颯とて真の鬼ではない。


 誰にでも間違いは必ずあるし、それを時には許す寛大性も大切だ。


 そう思っているからこそ、改善の余地なしと判断した者に一颯は徹底して容赦しない。



「……さて、注意喚起も終わったところで次は愚痴について。こればっかりは本当に愚痴だから聞き流してもらっても構わない」



 そろそろ“ちょーすけ”とやらの肝を冷やしてやるとするか……。一颯は不敵な笑みを浮かべた。



「先日、電車に乗って俺がドリプロの事務所に出勤する時だ。少し離れた席でガムをくちゃくちゃと噛む奴がいたんだ。公共交通機関の中で飲食するな、とは言わないけどそれでも最低限のマナーって言うのはある。それを無視した挙句、うるさいと小声で言われたことに対し喧嘩を売ってるのか、と大声で怒鳴り散らす始末だ」



『うわぁ、それは最悪すぎる』

『そういうマナーの悪い人って本当に多いから嫌い』

『というか、ガムくちゃくちゃするけど人前ではよーやらんわ』



「他にも実はまだまだあってな。これもまた、どうしてここでするんだって本気で思ったんだが、その女性は……恐らく同じ会社勤めなんだろう。ビール腹が目立つ中年男性からしつこく言い寄られていたんだ。同じ女性として言わせてもらうとその女性はまぁまぁ美人だったかな――さて、それでとうとう堪忍袋の緒が切れた女性からしつこいと通報するって言われてな、するとその中年男性……俺は部長でお前なんかより偉いんだから言うことを聞けだの、降格させてやるだの、それもう完全に職権乱用だろって思わずツッコミを入れざるを得ないぐらいの罵詈雑言を浴びせてたんだよな」



『うわぁ……それはもう、なんというか』

『今時部長とか役職を脅し文句につかうとかダサすぎるwww』

『それはないわー……ありえんわぁ』

『それ普通に訴訟クラスだよね? ウチだったら即刻訴えてる』



 次々と表示されるコメントに一颯は「――、よし……」と、もそりと呟いた。


 いつしか視聴者数も5000人にまで跳ね上がり、同様に登録者数も念願の50000人を突破している。


 人気のある動画は第三者の手によって切り抜き動画として、動画サイトに投稿されることが多い。


 こちらについては……まぁ、現段階ではさして期待はしていないものの、少しでも影響を及ぼしてくれれば御の字だ。


 一颯はコメント欄をジッと凝視した。


 この手の話題を振ってからというものの、さっきまでセクハラおよび煽りコメントばかりしていた“ちょーすけ”からの反応が嘘のようにぴたりと止んだ。


 当たり前だろう、なにせ今さっき語った情報は全部真実にして“ちょーすけ”自身のこと・・・・・・・・・・なのだから。一颯は内心で嘲笑した。


 すでにこの枠から退室したか、はたまたコメントしないだけでいるか……どちらにせよ、戒めと牽制の意味を込めてここで釘を刺しておかないと……!



「……改めて、俺は秘密結社ドリーマーの執行人エクスキューショナーだ。秘密結社というのだから当然内部には変装や密偵といった、諜報活動に特化した部隊がある。もしここにいる誰かが俺や他の先輩達に危害を加えようものなら、その時は組織の力を総動員させて必ず見つけ出し粛正する……それがこの俺、執行人エクスキューショナーである“夜野よるのいぶき”ということを、今日は憶えて帰ってくれると嬉しいかにゃ・・……かな!」



 最後の最後で噛んでしまった……! 一颯はすぐに言い直した。


 とは言っても、もう後の祭りである。


 リスナーの観察眼を侮ってはいけない。


 どんな些細な仕草、反応だろうと逐一発見しコメントという形で鋭く切り込んでくる。


 これは、多分ネタにされるだろうなぁ……。一颯は自嘲気味に小さく笑った。



「今のはちょっと噛んだだけだから! だから切り抜きとかは絶対にしないでくれよ? これフリじゃないぞ? もし切り抜き動画にしたら許さないからな!?」



 本気でないにせよ、こんな脅し文句はリスナーにとっては大した抑止力にもならない。


 むしろ逆に彼らを突き動かす原動力となって、早ければ今晩中にでも誰かが投稿しているに違いない。


 せめてその見返りとしてチャンネル登録者数が増えるようにと、一颯は切に祈った。



「――、さてと。それじゃあ今日のライブ配信はここで終わりたいと思う。これからちょっとやるべきことがあるからな。それじゃあ皆、今日は来てくれて本当にありがとう、皆と話せた時間は楽しかった――今後、始まりと終わりの挨拶考えておくか。じゃあおやすみ、夜更かしはほどほどにな」



 配信を終了して、一颯は静かに席を立った。



「……さてと。そろそろ行くか」



 配信部屋を後にする――その前、一颯は開けっぱなしの状態になった新聞に静かに視線を落とした――【桑本容疑者脱走! どうやって壁を破壊したのか?】と、そこには大々的に記載されていた。

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