第17話
その日、一颯は配信用の部屋にいた。
現在の心境は、ほんの少しだけ落ち着かない。
なにせ今日が記念すべき初配信である。
配信ぐらいだったら、今までからもずっとやっていた。
収益化まではいかずとも、単に時間だけならざっと数百は超えている。
「やばいな……後五分で配信か……」
無名であったらこんな緊張をすることもなかったが、ドリームライブプロダクションという看板を背負った以上、ちゃらんぽらんな配信は決して許されない。
途方もない重みと責務がずしりと重く背中に伸し掛かり、自分らしくもない……明日に延期したい。そんな気さえ今は否めなかった。
「待機中のコメント、予定よりめっちゃきてるし……ヤバすぎるだろ」
自然と笑みが引きつる。
やはり、あのライブの影響なのだろう……。過去の配信を
皆、“
ここでもし、中身が男だと知ればその時は確実に大炎上するだろう。
そればかりか男性を雇ったとして、ドリームライブプロダクションも無事では済まない。
バレる時は、この素顔を晒してどうにかしてもらうしかない……。ただし大した効果は望めまい。一颯は自嘲気味に小さく笑った。
くれぐれもバレないよう、細心の注意を払わなければ……!
「――、さてと。気合を入れろ俺……いくぞ」
約束の時刻となった。一颯は気を引き締めた。
「――、あ~あ~、マイクチェック、マイクチエック。音声はどうだろう……?」
コメント欄の方をちらりと見やる。
『こんばんはー!』
『いぶきちゃんの初配信キター!!』
『ライブお疲れ様! めっちゃよかったよ!』
『これから古参として応援しまっす!!』
「お、おぉ……初配信なのにいきなりたくさんのコメントが……!」
コメント欄がさながら激流よろしく流れて、とてもじゃないが追うことができない。
以前であればコメントの流れも非常に緩やかで、すべてを追ってコメントすることもできた。
今回ばかりは、それも極めて難しい。一颯は唖然とした。
「――、とりあえず、この初配信にきてくれてありがとう。改めまして、“
『秘密結社!』
『俺っ娘大好きです! 本当にありがとうございます!』
『感謝……圧倒的感謝!』
『なんて呼んだらいいの? いぶきちゃん、とかいぶやん、とかでもおk?』
呼び方、か……。一颯はふと沈思した。
別段特に、こう呼んでほしいという要望はこちらにはない。
さすがに誹謗中傷に近しいニックネームなどはご法度だが、それ以外であればなんだっていい。
「特にこっちとしては特にない、かな。いぶやん、いぶきちゃん……う~ん、よりかは、いぶやんの方が個人的にはいいかもしれない」
初配信は、特に滞ることなく順調に終わった。
視聴者人数は一時間内で1000人を軽く超え、これもまた未だかつてない未知の経験とだけあって、心がそわそわとして落ち着かなかった。
コメントも優しさあふれるものが大多数を占め、俗に言うアンチコメントの類はなかった。
そろそろ終わりの時間だな……。一颯はふと、時間を見やった。
この初配信は一時間と最初から決めていて、残すところ後五分もない。
「――、それじゃあ最後に。事前に募集していた質問をいくつか回答していきたいと思う」
SNSでは、匿名で質問を送れるというシステムがある。
今回はそれでどれだけ質問が集うか、一颯は差して期待はしていなかった。
多くても5通ぐらいなものだろう。数にすれば少なくこの状況に落胆する輩もきっと多く、引退を考える場合も少なからずあるに違いない。
そういう意味では、たかが5通でも嬉しいことだ。
ドリームライブプロダクション第四期生として、まだまだ新人にこうも付き合ってくれている。ここでもっと数を求めることこそが愚行である。
だが、予想はあっさりと裏切られた――今回の場合は、良い意味で。
「質問めっちゃきてるし!!」
一颯は唖然とした。
内容の質については後程確認するとして、数だけで言えば予想の何十倍ものある。
となれば当然、次はどんな質問が寄せられたかという不安がやってくる。
頼むから変なのだけはこないでくれ……。切に祈りながら、一颯は早速一つ目の質問に目を通した。
「え~っと。身長とか体重、後はスリーサイズは――はぁ……出たよこういうの。いやまぁ最初から予想はしていたけどな。とりあえず秘密だ……とは言っても、どうせ似たような質問とかコメントがくるだろうから、先に言っておくぞ。上から順番に77、56、80だ。身長はだいたい166cm
で体重は秘密だ」
むろん、これらの数字はすべて設定上によるものにすぎない。
“
『まさかのカミングアウトwww』
『貧乳はステータスだ! 希少価値だ!』
『ちっぱいでも応援させていただきます!』
『体重まだ情報開示されてないけど?』
『それなんでPADしてんの?』
「PADはしてないからなー。俺はあんなのをする趣味はない」
二次元の中だから、こんなセリフもあっけらかんと吐ける。
現実でPADを入れた自分を想像してみる……これは、ありえない。一颯は引きつった笑みを浮かべた。
さしもの社長命令でも、これだけは是が非でもしたくない。
「――、次の質問! えっと……秘密結社ドリーマーの執行人とのことですが、具体的にどんなことをされるのですか? あ~これについては、まぁ言葉のまんまだと思ってくれればいいかな。法で裁けない悪を裁く……仕事人、もしくはアサシンのような感じだと思ってくれればいい」
『そのまな板でプレスするんですか?』
『むっちり太ももで挟んでやる感じ?』
『↑我々の業界じゃあご褒美です』
「いや、そんなわけがないだろうが……!」
早速とも言うべきか、貧乳ネタでいじるリスナーがちらほらと目立ち始めた。
だからとここで怒るような一颯ではない。
男なのだから貧乳なのは紛れもない事実であるし、だが訂正すべきところはきっちりとする必要がある。
そもそもまな板で人を圧死できるわけないだろうに……! 一颯は内心で小さく溜息を吐いた。
「ライブの時には見せなかったけど、腰に刀がきちんとあるんだよ。無銘の刀だけどよく斬れるから気に入ってる――」
結局、一時間だけと先に決めておきながら終わったのは30分延長した後だった。
「――、それじゃあ本当に今日はここまで。皆、改めて今日は忙しい中来てくれてありがとう。心から感謝するよ」
マイクを切り、大きく息を吐く。
とりあえず、記念すべき初配信は無事に終了した……こう捉えてもまぁ、よかろう。一颯は大きく身体を伸ばした。
最初こそ緊張していたものの、リスナーのコメントにいちいちツッコミを入れていたらそれも自然と自分の中から消失していた。
「……今回のライブ配信でチャンネル登録者数が10000人をもう突破したぞ、おい」
かつてない数字に嬉しく思う反面、10000人ものファンがいるという事実に再び途方もないプレッシャーがずしりと双肩に重く伸し掛かる。そんな錯覚がどうしても否めない。
「でも、すべては金のため。次の配信も頑張らないとなぁ……」
一颯はそう、もそりと呟いた。
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