第15話
大きなモニターに映る仮初の姿に、一颯は思わずそっと目を逸らした。
かわいい女性キャラということはよくわかる。
一男性としての意見を述べれば、同性よりもかわいい女性Vtuberの方を見ようと思う。
多くのリスナーを集めるにはまず外見から。
そのためにかわいいデザインなのは重々りかいできるが、いかんせん可愛すぎやしないだろうか? 一颯は激しく思った。
キャラクターデザインについては事前に把握済みだが、いざ3Dで動くとなると立ち絵にはない魅力がひしひしと伝わってくる。
一颯は「これが俺、か……」と、もそりと呟いた。
“
ただし裾は短く健康的な太ももにニーソックスは、およそ執行人として相応しくない。薄桃色の髪はなんの因果かリアルと同じだ。
「やっほー! 皆おまたせー! ドリームライブプロダクション所属、第三期生の“
アイドルとして演じるかすみは、本当のアイドルだと言っても過言じゃない。
これまでずっと目にしてきた本来の姿は完璧に鳴りを潜め、“
そのありようは純粋に尊敬に値する。さすがはアイドル、と言ったところだろうか……。一颯は感嘆の息をそっともらした。
「同じく三期生の“エルトルージェ・ヴォーダン”だよー! みんな今日も元気元気ー?」
エルトルージェは、現実でも仮想でも大差が驚くほどない。
元から成り立つ子犬のようなキャラクターが彼女の最大の武器のようだ。
もっとも、当事者は恐らく何も考えてはおるまい。
あくまでも元気よく、自分らしさを場所を選ばず表現しているだけにすぎない。
彼女との付き合いはまだまだ浅く、断言できるだけの証拠はどこにもないのだけれど……。自然と元気がもらえる。それだけは確かだった。
「皆さん、こんばんは。同じく三期生の“
いや誰だ!? 思わずこうツッコミを入れそうになったのを、辛うじて理性でグッと抑える。
あれがあの、“
一颯が知る”
深夜枠の配信がメインである彼女だから、他の面々と生活リズムに大きな狂いが生じるのは致し方ない。
やっていることは完全に不健康そのものなのだが、肌はいつもつやつやと大変みずみずしい。
プライベートでは、どんな生活をしているのだろうか……。大方、きっとロクな生活じゃなさそうだ。
部屋も汚れてさぞ散らかっているに違いない。
これはあくまでも一個人の勝手なイメージであって、かと言って直接本人に尋ねることはもちろん、かすみ達に聞く気もなかった。
そのイメージが微塵もない。
「あれが、イケメンか……」
一颯は痛く感心した。
曰く、“
これは配信のメインである、ASMRが大きく関与していた。魅力的な中性ボイスを耳元でそっと、優しくささやけば、大抵のリスナーは一発で虜となる。
心地良い睡眠効果だけでも十分すごいと言うのに、人の心まで掌握するのだからもはや才能を通り越して魔法の域だ。一颯はそう思った。
「みなのものー! 今日も元気にしているでござるかー!? 同じく三期生の“
武者――というよりは、どっちかと言うと新選組に近しい。
だんだら模様の赤い陣羽織にミニスカ風の袴が特徴的だ。
武者の要素は、申し訳ない程度にある手甲と脛当てぐらいなものだろう。
ライブというだけあって、さすがに刀の小道具は未所持のようだ。
「それじゃあ、まずは早速一曲目行くわよ! ――【るなてぃっく☆ダンス】!」
BGMが流れ、四人がそれぞれ配置に着く。
登場するのはこの後だったな……。自分の立ち位置をもう一度思い出しつつ、ライブの様子を一颯は見守る。
「――今日はなんだか落ち込み気分♬」
「――つらくてつらくてなんだか泣いちゃう♪」
「――だけど大丈夫だって月はほらあんなにもきれいだから♫」
「――こんな日は踊ってぜーんぶ忘れちゃおっ♩」
彼女らがメインとなって歌う【るなてぃっく☆ダンス】は、もう何度と耳にした。
レッスンにリハーサルと、この数日間ずっとかすみ達と行動を共にしたのだから、こればかりか仕方がない。
数日間共にして抱いた感想は、正直に言ってすごかった。
なんのひねりも飾りもない、月並みな言葉なのは否めないが、しかし本当にすごかった。
彼女達だって最初から上手く歌えたわけじゃない。
それこそVtuberとなる前……前世、とVtuber界隈では言う。有名人になるまでの道のりは一様に茨の道ばかりだった――下積み時代の頃いくつもバイトを掛け持ちした話や、実家が大変な目に遭ったという不幸などなど……あげればキリがなく、同時に前向きかつ明るく生きる姿は、太陽のようにぎらぎらと眩しかった。
みんなもそれ相応に苦労している。
それはさておき。
レッスン時でも散々すごいと感心していたのに、本番時は更にその上をあっさりと行くのだからもはや感心する他ない。
もしもリスナーだったら、すっかり聞き惚れていたに違いない。一颯はしばし彼女達の歌声に耳を傾けた。
「――、みんなー! ありがとう!」
「この歌皆で歌うと心がスッとするんだよねー!」
「これは……こころがいたおかげだね」
「いやいや、それはありえないでござるから。それを言うんだったら、こころが一番練習に来てないでござるからな?」
「ふっふっふ。こころはこう見えて結構多忙なんだ。だけど、こころはこう見えて天才だから」
「いや自分で言うわないでしょ普通!」
これは、特に台本の類はない。
フリートークはあくまでも、彼女達が主となって好き勝手におしゃべりをする時間で、リスナーはこうしたVtuber同士の絡みを見るのも楽しみの一つとしているのだ。
トーク力がもちろん問われるのは言うまでもないが、いかに楽しくお喋りするか――社長の指示である。
不意に、
いよいよ、か……! 一颯はごくりと生唾を飲んだ。
「――、それじゃあ皆も既に知ってると思うけど。新しい子がドリームライブプロダクションに入ってきます! イェーイ!」
「どんどんパフパフ~!」
「こころも、早く会いたくてウズウズしてたんだよね。もちろん、皆もそうだよね?」
「それじゃあそろそろ呼ぶでござるかぁ!」
行きますか……! 一颯はメインカメラの前にゆっくりと出た。
「――、俺は秘密結社ドリーマーからやってきた、法で裁くことができない悪を裁く漆黒の”
“
下手に演技するよりかは、素のままをあえて出す方がいいのではないか、というこの指示に一颯も否定することはなかった。
寧ろ、わざわざ演技する必要がないというのは非常にやりやすい。
「はいっ! というわけで“
「……正直に言って、まさかデビューと同時にライブに出るなんて思ってすらいなかった」
「まぁまぁ、これもドリームライブプロダクションのVtuberとして生きるための洗礼だと思ってね、頑張っていぶきちゃん」
「かすみ先輩、でも限度ってものがあると思うんですがそれは……」
「ねぇねぇ、いぶきちゃん。この四人の中だったら誰がかわいいと思う?」
「え? この中でですか? それは……」
「いやいやエルちゃん。そこはこの、こころ一択だと思うよ?」
「はい自意識過剰~。これだからこころ殿は困ったものでござるなぁ。むろん、いぶき殿が選ぶのは某に決まっているでござるよ! ね? ね?」
「デビュー初日の新人なのに先輩からの圧がすごい!」
リスナーが見る画面では、かわいいキャラがわちゃわちゃとしてさぞ面白く映っているだろう。
実際は、全身黒タイツの人間と飾り気もかわいさも皆無で、それ故に圧が凄まじい。一颯は苦笑いを小さく浮かべた。
「はいはい、ストップストップ。新人の子いじめちゃ駄目でしょうに。それじゃあデビュー一発目のオリジナルソング、ここでババーンと決めちゃいなさい!」
「……正直言って自信はないけど、でも全力を尽くさせてもらおう――【風と共に僕は】」
民族音楽のような、美しい笛と太鼓の音色がベースとなったBGMが奏でられる。
「――蒼風は舞い僕は往く、遥か遠い約束の地へ、例え闇が立ちはだかろうと、心に剣を携え♪」
練習したことを思い出せ……。一颯は自らにそう言い聞かせた。
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