第7話

 Vtuberとはあくまでも偶像アイドルである。


 リアルの生活でももちろん、Vtuberとしてなんら変わらない人間もいるだろうが、ほとんどは配信では決して見せない素の顔がある。


 初対面である先輩Vtuberは、一見するとそんじょそこらにいる女性となんら変わらない。


 しいて言うならば、彼女達は皆等しくアイドルなのでスタイルなどはいいしかわいい。


 もっとも、彼女達がどのVtuberに該当するかはわからないが……。とりあえず全員有名人だ。



「えっと……この度、こちらの事務所に所属することになりました。戌守一颯いぬがみいぶきと申します」



 一颯は小さく頭を下げた。


 今は奇跡的にまだ、男であることはバレていない。


 それを除いたとしても、新参者を受け入れてくれるだろうか?


 好意的なレスポンスは大して望んではいなかったが……。



「か……かっこいい」

「え? 何。ウチにクール系な女の子きたの?」



 予想よりもずっと好印象なレスポンスが返ってきた。


 どうやら一応歓迎してくれているらしい。


 一颯はほっと胸を撫で下ろした。心に幾ばくかの余裕を取り戻す。



「それじゃあ、皆自己紹介の方をしてくれるかな?」と、段田弾だんだはずむが笑顔で促した。



「はい!」と、四人の中では一番幼さが目立つ少女が手をあげた。



「私は元気いっぱい黒狼系Vtuberの“エルトルージェ・ヴォーダン”だよ! よろしくね一颯ちゃん!」



 元気と自称する辺り、この少女はとにもかくにも明るく活気がある娘のようだ。


 狼というぐらいだからもっとクールな性格かと思いきや、本人はどっちかと言えば子犬のような愛くるしさがある。一颯はそう思った。


 なんだか、彼女の栗色の横髪が本当に犬耳のように見えてきてしまった。



「え、えぇ。こちらこそよろしくお願いします先輩」

「もう、そんなに堅苦しくなくて平気だよ一颯ちゃん。私のことは気軽にエルちゃんとかって言ってくれればいいから!」

「い、いやさすがに初対面かつ大人気Vtuberであるあなたにいきなりそんな気軽に話すっていうのは、ちょっと……」



 さしもの一颯とて、TPOはしっかりと弁えている。


 ここで馬鹿正直に鵜呑うのみをする方が真の馬鹿なのだ。


 親しき中にも礼儀あり――円滑な人間関係を築くのに礼節は欠かせられない。



「……ゆったりまったりワンコ系Vtuber、“犬房いぬふさこころ”で~す。よろしく~」



 さらりと流れる紫色の髪は、地毛……なのだろう。かすみといい、珍しい子が多いような気がする。一颯はふと、そんなことを思った。


 この娘は……なんだか随分と活気がない。


 エルトルージェが異様に元気すぎるだけかもしれないが、眠そうな顔で今もウトウトと船を漕いでいる。



「あ~、まぁこころんは基本深夜帯配信者だからねぇ。いっつもこんな感じで寝不足なんだぁ」

「うにゅ……眠い……」

「は、はぁ……そうなんですね」

「あっ! 次はアタシの自己紹介だったね。アタシは過去からやってきた武者系Vtuberの“黒羽くろはりんね”だよ。よろしく」

「武者……?」



 一颯の目がわずかに開いた。


 彼女――自らを“黒羽くろはりんね”と名乗った女性を、一颯は当然知らない。


 気になったのは武者という単語。家系の影響かどうも無性に気になって仕方がない。

 


この女性は本物の武者ではないのに、惹かれる何かがある。


 まずは“黒羽くろはりんね”のチャンネルから、じっくりと調べてもいいかもしれない。一颯は判断した。


 腰まで届く濡羽色ぬればいろの髪が似合う、お嬢様といった雰囲気が強い。



「――、本当はもっとたくさんメンバーがいるんだけど、生憎今日都合がついたのはこの四人だけなんだ。かすみちゃんのことは知ってるから大丈夫だよね?」

「えぇ、まぁ……」

「ねぇねぇ、一颯ちゃんのことはなんて言ったらいいの?」

「え? 俺は別に好きなように呼んでもらえれば――」

「おぉ、ウチの事務所にはない俺っ娘属性……リアルでもいたんだ。なんか新鮮」

「……眠い」



 本当に、個性豊かなVtuberしかいない。


 社長も含めてドリームライブプロダクションはかなりの色物が集う場と見受けられる。


 その中でも“天現寺てんげんじかすみ”は、マシな方なのかもしれない……こう言っちゃなんだが、かすみだけVtuberも素面も至って普通だ――しいて個性をあげるとすれば、声が少々大きいぐらいだろうか?


 一颯はちらりとかすみの方を見やった。


 本人を前にして言うと争いの火種になりかねないので、心の中だけに留めておく。



「――、それで一颯ちゃん。早速君のことについてなんだけど……」

「え? 一颯ちゃんの名前に何かあったの?」

「エル、この子自分の本名使ってずっと活動してたらしいのよ」

「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?」



 けたたましい絶叫が室内を包み込んだ。


 そんなに驚かれる、ことなんだろう。


 エルトルージェを筆頭に他の面々も驚愕の感情いろをこれでもかと顔に色濃く示し、散々うつらうつらとしていた、こころでさえもその目ははっきりと開かれていた。


 一颯は頬を掻いた。一颯という名前は、自惚れでないが結構気に入っているんだが……。


 苦笑いをした段田弾だんだはずむが口を静かに切る。



「どの道、君の立ち絵は新規製作する予定だったし、これを機にきちんとしたVtuber名にしよう。これは君という存在を守るための処置でもあるし、他のメンバーを守るためでもあるからね」

「わかりました。だけど、一颯って名前だけはなんとか残してもらえませんか?」

「いぶき……か。確かに名前の雰囲気的にはぼく個人も結構気に入ってる。だったら苗字の方だな……ちなみにだけど、何か希望ってあるのかい?」

「はいはい!」



 ここで何故かエルトルージェが手をあげた。



「ん? どうかしたのかいエルちゃん」

「私的には蒼霧あおぎりとかがいいと思いまーす! なんか一颯ちゃんって蒼って感じのイメージカラーな気がするし」

「蒼、ですか……」



 自分のイメージカラーについては、特に考えたことがない。


 イラストレーターに依頼した時でさえも結構適当だった――そう思うと、あんないい加減すぎる注文を見事形にしたイラストレーターには大変申し訳ないことをした。


 一颯は心中で謝罪の言葉を述べた。


 蒼が似合う、か……。そんなことは人生の中で一度も、誰からも言われたことがないな……。


 確かに蒼という字はいいかもしれない。


 さすがは超有名事務所所属Vtuberと言ったところだろう。


 もういっそのこと、蒼霧でもいいかもしれない。一颯は思った。



「えーちょっと一颯のイメージから遠くない? もっとこうかわいいっぽくさぁ、愛乃あいのでいいんじゃない?」

「それは、俺のキャラに合わないといいますか……」

「えー結構いいと思ったんだけどなぁ」

「……猫又とかでもいいんじゃないかなぁ」

「猫又……妖怪ですか。苗字が戌とだけあるから、やっぱりそれもイメージが……」

「ねぇ社長、この子のキャラデザインはどんな感じにするんですか?」



 かすみの問い掛けに、段田弾だんだはずむが突然不敵に笑った。



「ふっふっふ。一颯ちゃんをはじめてみた時、こうビビッときたものがあったからね。もうとっくに発注済みさ」

「もうですか……ちょっと早すぎませんか?」

「善は急げ! ぼくは一刻も早く、一颯ちゃんが活動するところを見てみたいのさ!」

「は、はぁ……」



 乾いた返事しかできない。


 つい先日まで底辺Vtuberとして活動していた相手に、いささか期待を乗せすぎな気がして仕方がない。


 これで大コケでもしたら、その時はどうするもりなのだろう。


 きちんと対策はあるのだろうが、不安なのは否めない。



「――、とりあえず。苗字については後でゆっくりと考えておきます」

「わかった。苗字については君に任せるよ、一颯ちゃん――さてと。それじゃあ次の話にいこうか」

「え? まだ何かあるんですか?」



 一颯の訝し気な視線に「もちろん!」と、段田弾だんだはずむが強く首肯する。


 相変わらず身体全体がやかましい男だ……だが、悪い気がしないから不思議である。



「普段の配信スタイルは、これから前世となる君の動画ですでに把握している。キャラ付けなんかは具体的に固まっているから、それに基づいた振る舞いや口調なんかの指導もしていくよ」

「…………」



 正直言って、なんだか面倒くさくなってきた……。


 これからアイドルとして働くのに、この考えはいささか不謹慎だが、一颯はどうしてもそう思わずにはいられなかった。

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