おいでませ、女神様

「父上、何で儂が下界などで過ごさぬといけないのじゃ!」

「コトハ、お前はここの祭神を継がねばならぬ。そのためには必要なことなのだ」


 駆けつけたお父さんとお母さんが神社の前で呆然としている。

 無論、僕もだ。


「嫌じゃ嫌じゃ嫌じゃ!! 人間共と共に過ごすなど儂の誇りが許さん!!」

「ではやしろをもたぬノラ神にでもなるのか?」

「ぐぬぬ…………」


 神社の賽銭箱の前では明らかに気色の違った二人が言い争っていた。

 一人は髭の生えた壮年の男。もう一人は艶のよい髪を振り回して駄々をこねる少女だ。


 どちらも時代遅れ、というか絶滅危惧種レベルの古い衣装を来ていた。

 名前は忘れたが日本神話の絵本で見たことがある。


 両親はそんな修羅場を魂の抜けた目で見ていた。

 なんだこの状況、カオスすぎるだろ。


「おい、そこの人間」

「は、はい!」


 髭の男に急に呼ばれて父さんは声を裏返させて返事をした。


「紹介が遅れた。我はここに祭られし祭神だ」

「アスナワカヒコ様ですか?」

「うむ。そうである」


 男は平然と父さんの質問に答えた。


 いつもだったらヤベー奴認定していただろう。

 何しろうちの祭神を名乗るのだ。ヤベー奴以外でなんと言う。


 しかし、僕の家族はその言葉を飲み込んだ。

 何しろ僕たちは神に仕える身、神の存在を疑うなんてあるまじきことだ。そんな恐れ多いことはできない。


 ────そして何より後ろで少女がフワフワと浮いている。


「コラっ! コトハ! そこの人間が驚いているでいるろうが!」

「えー。だって暇なんじゃもん」


 浮いていた高飛車な少女───コトハは渋々賽銭箱に座った。

 いや、それ結構罰当たりだからやめてほしいんですけど。


「あのー。アスナワカヒコ様は今回はどういったご用件で…………」

「うむ。そうであったそうであった。実は我が娘のコトハのことで頼みがあったのだ」

「はあ…………」


 焦燥してため息混じりの返事をする父さんに目もくれず、うちの祭神は話を続けた。


「我が娘、コトハは見ての通り奔放な性格だ。このままでは次期祭神としては器量不足でな」

「はあ」

「そこでだ。お主たちにコトハに下界の成り立ちを教えてほしい。人間の言う留学というやつだ」

「「「!?」」」


 うちの家族は驚愕した。

 神の娘の教育係!? どんな無茶振りぃ!?



「お主たちは我に仕えるもの者たちであろう?」

「まあ、そうですが……」

「ならば話が早い。お主たちにコトハの教育係を任ずる。コトハに人間とはいかなる者かを教えてくれ」

「そんなことをおっしゃられても……」

「利益は増やしておく」

「ありがとうございます」


 九十度の完璧なお辞儀。

 おい、この神主目先の利益に屈したぞ。神の教育係をするほうがどう考えても面倒だろ。


「では頼んだぞ。コトハ、この者たちに挨拶ぐらいせんか」

「嫌じゃ」


 父親の言葉に速攻で拒否の意を示す娘。

 そんな娘を見てアスナワカヒコ様はため息をついた。


「はあ…………ならば我にも考えがある。そこの者ら、コトハには砕けた言葉を使ってよいぞ」

「なあああああ!?」


 コトハは目を見開いて父親を凝視する。


 お、それはラッキー。神とはいえ、新参者にいちいち敬語を使ってられるかってんだ。

 下手したらうちの家庭内ヒエラルキーの最上位がこのいけすかない少女になるところだった。


「父上! それはあんまりじゃ!」

「ではこれ以上嫌な思いをしたくなかったら挨拶ぐらいせい」

「うぬぬ…………」


 コトハはついに父親の脅しに屈っし、苦渋に満ちた顔で自己紹介を始めた。


「儂の名前はコトノハビメという。略してコトハじゃ。よしなに頼む」

「よ、よろしくね。コトハちゃん」

「誰が儂をちゃん付けで呼べといった! 儂には敬語を使え! あと様をつけろ!」

「コトハの言うことは聞かなくてよいぞ」

「おのれ父上ェ!!」


 実の父親に敵意をむき出しにするコトハ。

 これがいわゆる反抗期と言うやつだろうか。難儀なものだ。


「とにかく父上! 何度もいっておるが儂はこの者等の世話にはならぬ! 神が人間と同じ地に立つなど言語道断! さっさと「不祥の娘だが頼む」せ!」


 そう言い残してアスナワカヒコ様はコトハを無視して逃げるように消えていった。

 その様子を見てきた僕たちはは思わず息をのむ。


 一方、文句を垂れている途中で一方的に残されたコトハは状況についていけていない。


「父上? 冗談じゃろ?」


 目を丸くしたコトハはそこにはいない父親に向かって呟く。

 しかしなにも起こらなかった。


「流石に儂を置いていくなんてそんなことはないじゃろ? まさかなぁ、父上がおらんと儂は帰れんのじゃが」


 さらに呟く。

 しかしなにも起こらなかった。


「仮にも儂は娘じゃぞ? 人間と一緒に暮らせと?」


 しかし(以下ry


「父上! 父上! 嘘じゃ! よしわかった! 儂が悪かった! 反省した!」


 それから何度懺悔の言葉をいっても、泣いてギャーギャーわめいてもアスナワカヒコ様は出てこない。


「金輪際儂は父上に逆らわん! 大好物の餅もとらん! 今までの三倍は敬うぞ! ……だから!───だから儂をおいていくなアァァァァァー!!」


 コトハの絶叫が闇夜の神社で慟哭のように響いたのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る