第2話

「うう……グスッ。あんまりじゃぁ……」


 コトハは弱々しい声で呻いた。

 場所は戻って離れの我が家である。

 いつまでもあの寒空の下においていく訳にもいかないのでうちにつれてきた。


「はいコトハちゃん。これ」


 母さんがコトハの前にココアをおく。

 ほろ苦いチョコレートの香りが鼻腔をくすぐった。


「か、かたじけない……」


 コトハはマグカップを手に取り中に入った液体を激情のままに喉に流し込む。

 その行動に一切の躊躇はない。

 コトハはマグカップから口を離し、ほうっと息をつくと


「うまい……じゃがやはりチョコレートはゴ○ィバに限るの」


 こいつ供え物で舌が肥えてやがる。

 まれにいるんだよね。供え物に高級品を供える奴。

 うちの神様がめんどくさくなるからやめてほしい。

 コトハが一息ついて落ち着いたところで父さんが話を切り出した。


「さてコトハちゃん。しばらくはここが君の家だ。こんな家ですまないと思うが我慢してほしい」

「認めたくはない───が、やむ終えん。しばらくはここの世話になるとしよう」


 父さんの言葉にコトハは渋々うなずく。

 こちらも住まわせる事に関してはほんと渋々だよ。


「さてコトハちゃん。今日はもう遅い。早く寝させてあげたいところなんだけど……秀人。ちょっと我慢してくれないか?」

 ん?

「え?僕の部屋で寝させるの?」

「秀人。少しの間我慢してくれ。物置になっている部屋を片付けたらそこをコトハちゃんの部屋にするから」


 待て待て待て待て。言いたいことはわかる。分かるよ、うん。

 相手は神様だし、家族内で一番地位が低い僕が我慢するのはわかる。


 でも、それを加味したとしても急だ。僕にも準備というものがある。


 流石にエロ本はないが、それでも色々とダメなものがある。

 友から託された負の遺産(黒歴史ノート)や僕のあんなことやこんなことがかかれたアルバムやその他もろもろがクローゼットに眠っているのだ。

 見つけられると僕のハートと信頼が消し炭になってしまう。


「フフフ。焦っておるの。そんなにやましいことがあるのか?」


 焦る僕を見てコトハが神の娘とは思えない下卑た笑みを浮かべる。

 吹き出しをつけるなら「面白そうやな……せや! 晒したろ!」だ。

 ヤバい。完全にあら探しをする気満々だ。


「んなわけない !やましいことなんてなにも!」

「なら別に儂がおってもいいではないか」


 む、確かに。

 これは墓穴を掘ったかもしれない。


「わかったわかった。今僕の部屋は汚いから一時間だけくれ。一時間くれればきれいにできる」


 とりあえず見つけられたら危ない物を別の場所に移動させよう。

 これは勘だが、こいつに弱味を握られたらダメなような気がする。ひとまず避難だ。


「うむ。それはもっともな言い分じゃな。───じゃが一人でするにも手間と暇がかかるじゃろ。しかし儂と二人で作業にかかれば半分の三十分で済む。儂も早く寝たい故その方が合理的と言えよう」


 いやあぁあ!こいつが意地でも僕のプライバシーを侵害してくるぅうう!!


「それもそうね。秀人、手伝ってもらいなさい。コトハちゃん、来て早々働かせてごめんなさいね?」

「いやいや。儂らもここまで尽くしてもらっておるのじゃ。儂も同じ目線で働くのも道理と言うものよ」


 嘘つけ、絶対他の理由があるゾ。

 そもそもこいつ神社の前で「人間ごとき」っていってたからな?


 だが、母さんがコトハに頼んでしまった。 もう逃げられない。


「さて秀人。早急に取りかかるぞ」


 そう言ってコトハはリビングを出ていった。

 さっきのしんみりはどこへやら。まったくいい性格をしてるよ。

 ──しかし、不味いことになった。

 どうにかしてこの神の皮を被った悪魔から秘密を守らねば僕は終わる。

 さて、どうしたものか…………


****


「ふむ。あまり汚くないではないか」

「机とか汚いだろ」

「お主、さては女子を部屋にあげたことがないな?」


 コトハが僕の部屋を見渡しニマニマしながら聞いてくる。

 なんだお前。探偵か? エスパーか?


「フフフ、図星じゃの」


 クッ。

 確かに正解だ。

 僕は自分の部屋に女子を入れたことがない。

 ……む?

 そうなるとこいつが僕が初めて部屋に招き入れた女になるのか?

 それは屈辱的だな。


「んまあそんなウブな童貞は放っておいて、秘蔵の物らを探すとするかの」

「てめえついに本性を出しやがったなぁ!」

「クローゼットオープン!!」

「いやああああああ!!」


 バッと晒される僕の個人情報。

 僕はコトハがクローゼットを物色する前に急いで紙袋をつかむ。


 この中には爆弾がたくさん入っている。これだけは絶対に死守だ。


「ほほぉ。ここにお主の過去の全てが入っておるのか。儂にかしてみぃ。神の前に全てをさらけ出し懺悔するのじゃ。儂がみそいでやろう」


 コトハの視線が紙袋に集中する。

 悪魔だ……


「ん……? なんじゃこれ」

「ああっ!」


 しまった!紙袋からはみ出ていたのか!

 コトハは一枚の写真を拾い上げた。


「これは林間学校かの?」

「……キャンプだよ、キャ・ン・プ」

「うーぬ。最近の文化はわからん。……お主視線がこの女子おなごに向いておるではないか」

「ギクッ!」

「……この女子も手を降っておる。相思相愛じゃの」

「やめろぉ!!」


 僕は電光石火の動きで写真を引ったくった。

 自分でもビックリする程の速さだった。


「なんじゃ。面白そうじゃったのに」

「こんなものお前に見られてたまるかっ!」

「夢は持つべきじゃぞ。少年」


 なんだその慈愛に満ちた顔は。こちとら頭に血がのぼって倒れそうなんだよ。


 目を不自然にキラキラとさせたコトハはさらに僕に近づき詰問する。


「で、で、で。その女子は誰なのじゃ? 詳しく教えよ」

「昔近所にいた『ちぃちゃん』って子だよ。もう引っ越した」

「そうか。こうしてお主の初恋は散っていったということじゃの」

「そういうことだよっ!ああもう!!」


 詰め寄るコトハを押し返す。

 なんでこんなことまで掘り返されないといけないんだ。ホント腹立つ。


「そこから恋は奥手に。んで今に至ると」

「奥手、に?」


 余計な言葉に引っかかり反応すると、コトハが尋問するように部屋をぐるぐると回る。


「実際そうじゃろ。聴くがその頃は何歳じゃった?」

「……10才」

「で、今は?」

「16」

「その『ちぃちゃん』とやらに出会ったのはいくつじゃ?」

「5才位」

「ほらみてみぃ。お主は同年代の女子を落とすのに昔は5年でよかったものを今は6年かかってもできておらぬ」


 コトハは僕の顔を覗き込んで「儂、何か間違ったことでも言ったか?」とこれ以上ないくらいの煽りを見せる。


「ま、待て。何で僕とちぃちゃんが付き合っている体で話している。別にそんな事実はない。そう決めつけるのは心外……」

「だっておぬし、社の前でこの女子と結婚式まがいをことしておったじゃろ?」

「あああああああ!!」


 何で!?何で知ってるの!?

 あの遊びはささやかに行われたはずだ!


「だって儂の家じゃもん。お主と話しておってようやく思い出したわい。あの頃は秀人もゆるりとしておって可愛らしかったのぉ」



 コトハが傷口をえぐる笑顔を見せつけてくる。

 ショック。過去一ショックだ。もう立ち直れない。


「そう落ち込むでない。出会いはいくらでもある。昔に固執しておいてはなにも進めん。そして何より、儂がおるのじゃ」

「隙あらば自分語り」

「神の自慢で飯を食っておる人間が何をいっておるのじゃ」


「まあ話を聞くがよい」とコトハは体操座りをする僕をなだめる。

 邪魔だ、その肩に置いた手をどけろ。


「秀人よ、儂が何の神の娘か知っておるじゃろ」

「恋愛成就」

「そうじゃ。つまりは儂もその流れを組んでおる。だからこの儂にかかればちょちょいのちょいじゃ」


 コトハは無い胸をはってどや顔をする。


 ……んまー言いたいことはわかるけどさ。


「お前半人前じゃん」

「なぬ!?」

「半人前だからうちに来たわけでしょ。そんな力があったらこの家に住むことになっていない」

「うぬぬぬぬ…………」


 僕のド正論にぐうの音もでないコトハ。顔をひくつかせる。


 もし、これを言っているのがアスナワカヒコ様本人なら僕も希望を持てただろう。なにせ恋愛のプロだからだ。


 しかし、半人前のコトハに言われると希望も半減。

 しかもこの神とは思えない邪悪な性格。希望を持てと言われる方が無茶だ。


「…………決めた」

「何を?」

「儂が秀人の学校生活を薔薇色にしてやる!」


 コトハがなにかを宣言した。

 え?今なんていった?


「図太い奴じゃの。儂が全力でお主を三年以内に彼女持ちにしてやるといっておるのじゃ。これで儂の実力の証明といえよう。秀人の恋愛を成就させれば流石に父上も無視できまい」

「余計なお世話だ」


 確かにないよりかはマシだろうが嫌な予感しかしない。

 半人前の全力バックアップでどうこうなるものじゃないとおもう。というかなったらアスナワカヒコ様の商売あがったりだろ。


 僕は手をヒラヒラとさせてコトハの提案を拒否する。


「いらんわ。そのうちできるだろ」

「誰が秀人の承諾とると言った。儂は勝手にやるぞ。……そのためにはさらに秀人の情報をだな」

「おいやめろ!クローゼットを探るな!」

「いいではないか。別に減るものでは……」

「───いつになったら片付けは終わるのかしら?」


 背筋が凍るような声が聞こえたので、僕たちは後ろを向いた。

 そこには怒髪冠をさした母さんが。


「仲が良さそうで何よりなんだけどねぇ。もう2時なの。早くしてくれる?」

「「は、はいィ!」」


 僕たちは急いで片付け布団を引っ張り出す。

 その姿をみて満足したのか母さんは欠伸混じりに部屋を出ていった。


「秀人」

「ん?」

「今日はもう寝よう。本格的に動くのは明日じゃ。お休み」

「お、おう」


 コトハは布団を被るやいなや寝息をたてた。

 こういうのは最初そわそわするものじゃないのか?

 

 コトハが寝たのを見届けて僕もリビングに布団を敷き、中にに入る。

 夢うつつになりながら今日の出来事を反芻する。


 今日は疲れた。失ったものも大きい。明らかに普通とは違った人生を送るだろう。


 僕はコトハのいる明日に不安を感じつつ意識を手放した。

 コトハのせいで激動の日々が始まると知らずに。

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