第3話
「秀人ー、ちょっとコトハちゃんと買い物に行ってきてくれない?」
早朝、僕は母さんに起こされた。
うーん、休暇早々にそういわれるとこちらとしても萎えるなあ。
体を起こして時間を確認する。
……まだ午前6時じゃん。
神社の朝は早いのはいつものことだがこの時間帯なら他の店も空いてないでしょ。
眠気まなこで洗面所に行って顔を洗う。
歯を磨いているとコトハが入ってきた。
「儂も起こされたのじゃが。どういう要件じゃ?」
「ガラガラガラガラ───ペッ。要件は買い物だとよ。お前のための物資を買いに行けってことだ」
「えー、そんなもの秀人だけで十分じゃろうに」
と言いながらコトハは顔を洗って歯を
「……そういえば日用品の類いは全て実家においてきたの」
───磨けなかった。
そうか。そのための買い物か。納得だ。
「やむ終えんな。適当な石を見つけてきてそれで磨くとするか」
「うっそマジで!?完全に野生児じゃん」
コトハは洗面所を出て外に石を探しにいこうとした。
本気でやる気かよ。神様ぱねえっす。
「待て待て待て。歯ブラシなら予備があるから。」
僕はコトハの肩を掴みながら洗面台の引き出しから新品の歯ブラシを取り出しコトハに渡す。
「ほら、磨け」
「……?」
「お?どうした?」
「これでどうやって歯を磨くのじゃ?」
「うっそ、歯ブラシの使い方も知らないのか!?今までどうやって歯を磨いていたんだよ!」
「何って……木か炭じゃが?」
こいつ、もとから野生児だったのかよ! どうりでわからないわけだ!
「教えてくれ」
「はあ、この年で歯磨きを教えることになるとはな」
僕はため息をつきながら神様の注文通りに歯ブラシに歯磨き粉をのせる。
「なんじゃ、その得体の知れない練り物は」
「歯磨き粉ってやつ。これで口のなかをきれいにするんだ」
「これを口に突っ込むのか!?考えられんぞ!?」
「口のなかに炭をいれるやつの方が意味わかんねえよ。いいからやれ」
僕はコトハに歯ブラシを握らせる。
コトハは歯磨き粉ののった歯ブラシをまじまじと見つめ
「よ、よし!」
覚悟を決めて口を開き目をつぶり、恐る恐る歯ブラシを口に近づける。
「……どうした?止まってるぞ?」
「───やっぱ無理じゃあ!!」
コトハは歯ブラシをおろした。
絵面的には自殺未遂にも見えなくもない。
コトハは歯ブラシを洗面所において文句を垂れる。
「得体の知れない練り物を口にいれることなどできん!」
「駄々をこねるな。子供じゃないんだから」
「なにおう!?今儂を子供と───」
「いいからやれ」
「んぐ!?」
僕はコトハから歯ブラシを奪い取って口に突っ込んだ。
コトハは口を閉じて呻く。
「ん~~~~~~ッ!!!」
「ほら、いれたぞ。あとは自分で動かせ」
『信じられない!』と言いたげな顔で僕を見つめてくるコトハ。
その間に僕は背筋を伸ばして体のこりをほぐす。いちいちコトハのワガママに構ってやるほど僕は暇じゃないんでね。
「…………」
「…………」
───────ずっと見つめてくるんだが。
「なんだ?文句でもあるか?」
「うおあえ」
「なんて?」
「うーおーがーえー」
ああ、なんとなくわかった。『動かせ』ね。
「やだよ。気持ち悪い」
「あえおえいえおうあっえいうおおおっえいうおあ」
「まったくなに言ってるのかわかんない」
そう言うと今度は歯ブラシを咥えたまま腕を組んでジーッと見つめてきた。
───────うっとおしい。ずっと見続けられると調子が狂うわ。
わかったわかった。動かすって。
僕はコトハの口にある歯ブラシの柄を左右前後に動かす。
「おっおああいう」
「ハイハイ、『もっと優しく』ね」
はあ、何で僕がこういうことをやらないといけないんだろう。
弟とか妹とかいたのならこんな感じなんだろうな。大変だ。
まあコトハのことを妹だとは逆立ちしても思えないが。
「ウフフ。まるで兄妹みたいね」
「ちょ!母さん!!」
「ぐえっ!!」
「あ、コトハすまん」
母さんが不意に出てきたからビックリして歯ブラシをコトハの喉に突っ込んでしまった。
コトハがつぶれたカエルのような声を出す。
「ダメよ秀人。女の子はデリケートなんだから」
「コトハ、マジですまん。もう口漱いでいいからな」
「あおええっるあいおおう」
コトハは急いで口のなかの歯磨き粉を洗い流す。
その間に母さんはプイッと洗面所から出ていった。
「ペッ、ゲホゲホっ! バカ秀人!! 儂を殺す気か!!」
「それは母さんが見てたから……」
「見てたもクソもないわ!ものすごく痛かったぞ!」
コトハが説教たれてくる。朝からギャンギャンとやかましいやつだ。
しかし、今回は僕が悪い。
不注意だったとはいえ危害を加えたのは僕だ。
「一回黙れ。買い物行くときに好きなお菓子買ってあげるから」
「よろしい。それで手を打とう。儂が優しくてよかったな」
チョロいわー。
この神様マジでチョロい。チョロ神様だ。
「なんか言ったかの?」
「ヴぇ!マリモ!」
「うむ。次からは気を付けるのじゃぞ」
危ない危ない。心を読まれたと思って変な声がでた。
正しくは「いえ!なにも!」だ。
コトハは僕の態度に気をよくしたようでさっさとリビングにいってしまった。
一人になった俺は、鏡に映る自分を見ながら独り言を呟く。
「疲れるわー、この子の世話」
同年代の異性というよりも、でっかい赤ちゃんを世話しているような感覚がした。
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