第4話

「服はどうにかならなかったのか?」

「しょうがないだろ?うちにはお前みたいな女子の私服なんてないんだし」

「じゃからって巫女服はないじゃろう巫女服は」


 コトハは自分の衣装を引き気味に評価する。

 なぜコトハが巫女服を来ているかという理由は以下の通り。


「うちは神社だ。お前にぴったりの服がそれしかないんだよ。……まあ胸のとこがダルダルだからぴったりとは言いにくいが」

「な!?儂は発育が遅い方なのじゃ!それに胸はないほうがモテるのじゃぞ!」

「それ平安時代の話だろ。お前今何歳だ?」

「15じゃが?」

「え!?同じ歳なの!?15でその口調なの!?」


 俺が驚愕すると、コトハは頬を膨らませる。


「なんじゃその反応は!儂は平成生まれじゃ!『平』は『平』でも『安』ではなくて『成』じゃ!」

「その口調からして完全に平安と思ってた」

「この口調は母上を真似たものじゃ。父上と母上は神代から生きておるからの」

「じゃあお前現代っ子なのか。ひよっこ神なのか」

「失礼な! おぬしも神に仕える身ならもうちょっと儂を敬わんかい!」

「あぶねえ!手を出すな!階段降りている途中だぞ!」


 暴れんなこんなところで。転げ落ちたらどうするんだよ。

 時間は8時過ぎ、コトハの日用品と衣服を買いにいく道中である。


 今いるのはうちの神社の名物の百段階段だ。

 正確には百二十一段階段なのだが、細かいことは気にしない先代達の意向で百段階段となっている。誰がなんと言おうと百段階段だ。異論は認めない。


「それにしても長いの。これを毎日上ったり下ったりするなんぞおぬし達家族か巫女共だけじゃろ」

「いや、もう一人いるんだわ、物好きが。……ほら来た」


 僕は人差し指を下方四十五度に向ける

 視線の先には一定のステップでかけ上がってくる者が一人。


「秀人、おはよう。ん?見慣れない人がいる」

「おはよう。今日はちょっと遅かったな」


 ポニーテールの黒髪を揺らしながら、階段をのぼってきた少女の名は南沢明日香という。僕の幼稚園からの知り合いだ。


「それを世間では幼なじみというのじゃぞ?」

「モノローグに首を突っ込むな」


 明日香は平日は朝6時ジャスト、休日祝日は大体8時にうちの神社にお参りをして家に帰るという奇行を繰り返す物好きだ。


「だからトレーニングだっていつもいっているでしょ」

「なあ、なんでお前らは僕のモノローグが読めるんだ!?どこかに書いてあるのか!?」


 気を取り直して。

 明日香はとても足が速い、それはもう全国レベルで。


 背は女子にしては高いがそれでも僕よりも低いくらい。なのになぜそんなに足が速いのかは僕の永遠の命題になるだろう。


 話は変わるが、僕の友達リサーチでは明日香はうちの中学校で五本の指に入るほどの美人らしい。その抜群のスタイルとあいまって、虎視眈々と彼氏の座を狙うものがあとをたたないという。


 ……まあ、狙うだけ狙ってコクったやつはいないんだけどね。

 コクる前に殺られる。それがうちの中学校だったからだ。


 リア充撲滅委員会がちゃんと機能している素晴らしい中学校。不純異性交遊は断じて許さないという強い意思を感じる。


「そこの子は誰なの?」

「ああ、この子はコトハ。僕の従姉妹だ」

「(いいい従姉妹!?)」


 身に覚えがないと言うコトハに、僕は明日香に聞かれないように耳打ちをする。


「(そういう設定にしろって父さんから言われてたろ)」

「(そういえばそうじゃったの)」

「どうしたの?」

「う、うむ!そうじゃ!儂は秀人の従姉妹じゃ!!」


 コトハの言葉を聞いて、明日香は首を傾けた。

 思わずビクリとする。


「なにその時代劇みたいな口調」


 ……なんだ、そんな事か。

 それなら既に予測済みだ。回答は用意している。


「コトハは田舎の出なんだよ。だから『じゃ』とか『儂』とか使うんだ」

「そうなの……ん?じゃあコトハちゃんのお父さんとお母さんはどうしたの?」

「察してくれ」

「あ……ごめんなさい」


 明日香が申し訳なさそうに顔を背ける。

 これでよし。

 こういえば余計なことは言われないだろう。


「コトハちゃん、余計な探りをいれてしまってごめんなさいね?」

「気にするでない。生きてればそういうこともあろう」


 コトハはゴッドスマイルで明日香を許した。

 説明しよう。ゴッドスマイルとはいつどんなときでも笑顔を作れるように神様が編み出した秘術なのだ。


「ありがとう。……ああ、私の名前は南沢明日香。好きに呼んでね」

「アスカ。これからよろしく頼むぞ」

「こちらこそ」


 こうして無事に二人は自己紹介を終えた。


「ねえちょっと」


 コトハについて納得した明日香が不意に僕の肩を掴む。


「なんだい?」

「何でコトハちゃんは巫女服をきてるの?まさかあんたの……」

「趣味じゃねえし!!コトハの服がねえから今から買いにいくんだよ!お前んちにな!!」

「ああそういうことね」


 なんと言う勘違い。

 巫女服に萌え要素があるのは認めるが僕にそんな趣味はない。


「む?アスカの家は呉服屋なのか?」

「ん、まあね。一応服屋だよ。着物のレンタルもやってるからちょっと思っているのと違うかもしれないね」


 コトハの質問に明日香が頷く。


 そう。明日香の実家は服屋なのだ。俺も時々服を買いに明日香の家に行っている


「まさかコトハちゃん、秀人と一緒にいくの!?」

「なんじゃ?悪いことでもあるのか?」

「大有り!このファッションセンスの欠片もない男といったら後悔すること間違いなし!」

「おいこら、誰がファッションセンスがない男だ」


 さりげなくディスんな。俺だって明日香にダメだしされるおかげでそれなりにオシャレになってるんだぞ……多分。


「とにかく、私も行く!!コトハちゃんの魅力を全力で引き出さないと!」

「そうやって毎回予算オーバーになるじゃねえか」

「わかってないわね。女の子にとっては予算は二の次三の次なの。だからいつもダッサいコーディネートするのよ」

「ああもういい、時間を食った。コトハ、行くぞ。予算内なら好きに選んでいいからな」

「お、おう」


 僕はコトハの手をつかんで階段を降りる。

 コイツに構ってた僕がバカだった。


「な!? あんたコトハちゃんをダサダサ星の住人にするつもり!? コトハちゃん待ってて! トップスピードでかけ上がってすぐに戻ってくるから!」


 そういって明日香は僕たちに背を向けてクラウチングスタートの構えをとる。


 (あ、これガチだ)


 次の瞬間、明日香はもう5段も階段を上っていた。

 そのまま明日香は二段飛ばしで階段をかけ上がっていく。

 明日香のスピードは衰えるどころかどんどん速くなっていき、すぐにその背中は小さくなった。


 ……まぁいいか。勝手に行かせておけばいい。


 僕たちはその姿を見届けて、また階段を下る。


「すごいの。あの女子」

「それは同感だ」

「……なあ秀人よ。あの女子なんてどうじゃ?」

「何が?」

「未来の嫁にじゃ」

「ぶふっ!」


 僕はコトハの唐突な言葉に吹き出した。

 色々なものがでた気がする。


「は、はあ!?」

「いや、かなり良い娘じゃと思うぞ?気立ても良いし顔も良い。見たところお主との仲も良さそうじゃしの」

「ないないないない。あり得ない。まずないわー。知ってるか、幼馴染がラブコメの敗北者と言われているのは相手の思っていることがすぐにわかってしまうからなんだぜ? 特に明日香はダメだ、ゲスすぎる」

「そういうところが彼女ができん要因じゃ。まずは切っ掛けを作れ」

「待って!何で僕がアイツを攻略する事になってんの!?」

「儂は決めたぞ。お主と明日香をくっつけよう」

「待て!それはアカン!」

「お、来た来た。間が良いの」

「もう来たの!?はやっ!」


 後ろを振りかえると、明日香がものすごい勢いで階段を下る姿が見えた。

 まだ僕たちが階段を下り終えていないことを考えると、もはや快挙といえる。


「ふっふっふ。天は儂に味方しているようじゃ」

「くっそ! 僕は絶対に明日香とくっつかないぞ! このまま都合のいい関係でいる!」

「なに、切っ掛けさえ儂が作ればいいのじゃ。儂の縁結び力を使えばそんなことは容易い容易い」


 忘れてた!コイツ縁結びの神様の娘だ! 超絶ピンチだ!

 コトハは手をパンッと打つ。


「天下におわす八百万の神々よ!アスナワカヒコが娘、コトノハビメがかしこみ申す!彼の者に縁結びの出会いと祝福あれ!」


 コトハが天に指を指してなにやら呪文を唱えた。


 すると、空中に文字が浮かび上がり石段に張り付く。


 ……しかし、それだけでなにも起こらなかった。

 やった!僕は救われ───パキャッ。


「あれ?」


 明日香がちょうど文字が張り付いた石段を踏んだとき踏んでいた石段が欠けた。


 足を踏み外し、空中に投げ出された明日香の体が僕の方に飛んでくる。


「ちょっと退いてェエエエエエ!?」

「んなああああああ!?」


 突然のことに真っ白になった僕が突っ込んでくる明日香を避けられるはずもない。

 ましてや受け止めるなんて不可能だ。


「「ウゲッ!」」


 僕と明日香は同じ声を出して鳥居の前に倒れた。


「……いてててて」


 僕は痛む体を我慢して上に乗っている明日香を押し退ける。


 『ムニュッ』


 ん?

 何かものすごい柔らかいものが手のひらに当たっている。


 とっさに明日香の顔を伺うと、彼女は顔をリンゴのように赤くしていた。


 恐る恐る、自分の手が置かれている状況を確認する。


 うん……明日香の豊満な胸が僕の手を吸い込んでるね。Dぐらいあるだろうか?


「秀人よ。見損なったぞ」


 コトハが心底軽蔑した目を僕に向ける。


 いや、お前のせいだろ! お前が変な呪文を唱えたせいで変なラッキースケベにエンカウントしたんだろ! どこが縁結びだコラ!!


「秀人?何か言うことは?」


 ひいいいいい!鬼が!鬼がいるぅ!

 掴まれた頭がミシミシいってるぅううう!!


「事故だ!これは事故だ!不可抗力だ!」

「あんた。私の胸掴んで何言ってんのよ!問答無用!」

「あんにゃああああああ!!」

「なんかすまんの、秀人よ。永遠なれ」


 コトハは僕たちの攻防を生暖かい目で見ていた。

 僕は!僕は無実だ!


「んだとゴラァ!?」


 あぎゃあああああ!!

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