第5話

「次からは気を付けるように」

「気を付けるも何も明日香が階段を踏み外したのが……」

「痴漢は犯罪なのよ?知ってた?」

「当たり屋の間違いじゃ……」

「また殴られたいの?」

「それを我々の業界ではご褒美と……待って!冗談だって!僕にマゾッ気はない!」


 明日香の右ストレートを全力で止めながら僕は自分の不憫さを呪う。

 あれは事故だ、僕に非はない。


「バカじゃのー。この関連では女子に冗談は聞かぬのじゃぞ」

「誰がこの状況にしたとお思いなんですかねえ。ハレンチの神様」

「何を言う!?儂だってあんなことになるとは思わなかったんじゃぞ!」


 この始末の張本人、コトハは僕が歴史に名前を残してもおかしくないほどの壮絶な大立回りをしている中、暴走する明日香を止めるどころか火に油を注ぐような発言を連呼していた。

 ぶっ殺すぞてめえ。


「そもそも胸を掴んだのは秀人じゃろう。カレカノの関係ならともかくそこまで発展してない関係であの行為に走るとは呆れたぞ」

「カレ……カノ……?」

「待て、コトハ。明日香のただでさえ容量のないクソザコスペック脳筋頭がお前のいらない発言でショートしかかっている。これ以上言うとお菓子抜きだ」

「何!?それは卑怯じゃぞ!」

「わかったら一回黙ろうか。明日香。お前もいい加減戻れ。たとえ天地がひっくり返ってアルマゲドンが起きたとしても僕と明日香がくっつくことはない」

「ふぇ!?私は何を!?」


 僕は明日香の中身のない頭を叩いて明日香の記憶を都合よくデリートする。

 斜め45度で叩くのがコツだ。

 これを習得するのに十年かかった。


「う、私は誰かに胸を揉まれた気が……」

「お主はなかなか最低なことをしてると思うぞ」

「正確には消し去ってるんじゃなくて意識を向かないように暗示をかけてるんだ。覚えてて損はない」

「それでも最低じゃ」


 僕が明日香の頭をひたすら叩き続けてようやく完成した技だ。

 僕の執念と明日香の昭和の白黒テレビ並みの頭がないとできない。特許ものだと思う。


「さて、ついたぞ。ここがお目当ての場所だ」

 そうしている間に僕たちは目的の場所、『南沢衣服店』についた。

 古くなく新しくなく、中途半端なこの町に溶け込んだ中途半端な店だ。

 しかし9時を過ぎた位なのだが客がそこそこいる。


「ほお、なかなか繁盛しているようじゃの」

「まあね。服のレンタルをはじめてから結構人が来るようになったよ」

「う、なぜ服の貸し出しでここまで繁盛するのじゃ?」

「コトハが知らないのも無理はないか。コスプレ文化のおかげだ」

「こすぷれ?」


 そう。コスプレだ。

 アニメやマンガのキャラクターになりきり記念撮影をする。

 この一連の作業に客は思いのほか金を落とすのだ。

 ここは都会と田舎の間という中途半端なところに位置する。

 つまり、言い方を変えれば都会と田舎の情景が一緒に存在する町なのだ。

 そんな火板町はどんなアニメの背景もあるオールラウンダー。

 かなり尖った世界観でない限り大体の背景はここで再現することが可能なのだ。

 ちなみにうちの神社も撮影スポットになっている。

 うちの神社は結構立派なので和風アニメなどの撮影場所にピッタリなのだ。

 ついでに不満を言わせてもらうと最近ではコスプレデート何て言うふざけた輩が出る始末。

 そして挙げ句の果てにコスプレの撮影で知り合った人がそのままゴールインとか言う怒りを通り越して恐怖を覚える事例まで発生している。

 何で回りはホイホイくっつくのに僕にはラッキースケベが起こるんですかね。


「ああ、それならよく見ておったぞ。訳のわからないハイカラで痛すぎる装飾を身につけた輩が我が神社でキャッキャウフフしておる姿をな。風紀を考えろとずっと思っておったのじゃ」

「でもそういうやつに限って賽銭にお札を落とすんだよね。払いがいい客なのは確かだ」

「なんじゃと!?コスプレウェルカムじゃ!」


 この日をもってうちの神社はコスプレを容認する事になりました。

 お金は正義だ。


「ハイハイ。そんなことより早く買い物をしましょうねー。このあとも買うモノあるんでしょー」

 明日香が僕たちの背中を押して強引に店の中に入れる。

 すると


「キャー!!可愛い!!」

「巫女服!!しかもきれいな黒髪!!」

「な!?何者じゃ!?儂を取り囲むな!」

「しかも昔風の口調!!萌える!!」

「ちょっと写真取らせて!!」

「一枚!一枚だけだから!」

「秀人!明日香!儂を助けろォ!!」


 コトハだけコスプレイヤー軍団の波に押し流されてしまった。

 うせやん。


「「あららー」」

「傍観してないでこやつらをどうにかしろ!!」

『キャーカワイイー』


 周囲から絶え間無くフラッシュをたかれるコトハ。

 完全にコスプレイヤーのおもちゃだ。

 本人も渾身のゴッドスマイルで必死に抵抗するがコスプレイヤー達には威嚇になるどころかむしろ逆効果である。


「巫女服を着せたのがダメだったな。おい明日香。どうにかしてくれ」

「あれは無理。お客様は神様ですから」


 あの中に入るのがめんどくさいと思った明日香はここぞとばかりにビジネスモードにはいる。

 コトハも一応神様なんだけどなぁ。

 ──仕方ない、ここは僕が一肌脱ぐか。


「すみません皆様。この子はこれから買い物があるんです」

『えー』

「ひ、秀人ぉおおぉぉ~!」

「ニチダイタックゥ!?」


 コスプレイヤー包囲網から救いだすいなや、僕に危険タックル並みの速さで激突してくるコトハ。


「周りがぁあ……よってたかって儂をぉおお……」

「よしよし。こわくないこわくない。お前は悪くない。そして周りも悪くない」


 僕は腰に抱きついて泣きじゃくるコトハを撫でる。

 撫で殺す。

 そのまま引きずるように店内に避難。


「明日香。連れてきたぞ」

「その恥辱プレイを見る立場にもなってくれる?」


 明日香から白い目で見られた。

 しょうがないじゃないか。

 コトハがチワワレベルで震えてるんだし。

 振動数なら電動歯ブラシといい勝負するんじゃないかな。


「まあいいけど。じゃあ選ぶわよ。えーっと、これとこれを着てみて」

「グスッ……わがっだぁ……」


 コトハは僕の腰から離れて明日香の腰に張り付いた。

 明日香はこの状況に嫌な顔をするが今回ばかりはコトハの症状が重度過ぎる。

 人の温もりがないとダメなくらいに。

「これ程やりにくい客ははじめてだわ……」



「できたわよ」

「ふむ。以外と動きやすいの」


 悔しいがよく似合っている。

 こんなにコトハにパーカーが似合うとは思わなかった。

 明日香は慣れた手付きでレジを打つ。


「他にも上下四着ずつあるからね。下着も含めてお会計一万八千円」

「うん知ってた。例のごとく予算オーバー」

「おら、持ってんだろ。出せよ」

「やめてッ!お母さんから渡されたのは一万五千円だけしかないんだッ!三千円は僕のお小遣いなんだッ!」

「ぐへへへへ、払えればよかろうなのだぁ!」

「何をやってるのじゃ、お主らは」


 シクシクシク、抵抗も空しくむしりとられてしまった。こうして弱者は搾取されるのだ。

 そんな茶番を、パーカーとホットパンツを着たコトハが呆れた目で僕たちを見ていた。


「一万と五千円と千円三枚ちょうど。お買い上げありがとうございますぅ」

「こんのやろう……」


 殴りたいこの笑顔。


「さて、コトハちゃん?他に買うものは?」

「あとは靴じゃの」

「それならいいところがあるわ。ほら秀人。荷物を持ちなさい」

「へいへい」


 お小遣いを巻き上げられたり荷物を持たされたり散々だ。

 しかもこの女、この後の買い物についていく気だし。


「当たり前でしょ?コトハちゃんに似合う靴を探さなきゃ」

「モノローグ読みにはもうつっこまないぞ」


 もう好きにしろ。

 僕たちは南沢衣服店を出て、近くにある靴屋にいった。


「んじゃあ二人で買ってて。これが駄賃」

「くっ、これで上限オーバーを防ぐつもりね」

「その通り。というかお前はどれだけ僕に散財させたいんだよ」

「秀人に捕らわれたお金を世に解き放っているだけだわ」

「じゃあ賽銭値上げしろよ。毎回十円とか貧乏臭いんだよ」

「あなたほんとに神主の息子!?」

「正真正銘神主の息子だ。じゃあ二人で頑張ってね。僕は隣の古本屋で立ち読みしてるから」


 僕は二人を靴屋に押しやり隣の古本屋にいった。古本独特の匂いが店内に充満している。

 はー、癒やされる。

 古本屋のマンガは結構いいのがそろってるんだよね。

 古き良き文化。友情努力勝利がちゃんと揃ってる。無駄にこってないのが素敵。

 ……ん?

 僕は自分の目線にある漫画に目を止めた。

 うわ、これ懐かしい。

 確かラブコメだったよな。

 持ってたけど捨てちゃったんだよね。

 捨ててしばらくして読みたくなる。あるあるだと思う。

 僕は一巻を手に取り最初から読み始める。

 あ、そうそう。

 主人公とヒロインは最初ラッキースケベから始まるんだよね。

 僕がそんな事を思いながら漫画を立ち読みしていると


「靴を選び終わったから来てみれば、これまた懐かしい物を読んでおるの」

「うっわ!いつの間に!」

「主人公とお主、瓜二つじゃの」


 いつの間にいたのかコトハが僕の背後をとっていた。

 僕が◯ルゴだったら死んでたぞ。


「いやー懐かしい懐かしい。儂も持っておる。全巻読んだわ」


 へ?全巻?


「ずいぶん前の夜に散歩してたら鳥居の前で見つけての。面白そうじゃったから家に持ち帰って読んだわい。最近の恋はこういう風になっているのか、とな。儂の恋愛知識はこの本から教わったといっても過言ではない」

「マジでか」


 神様が僕の捨てたマンガを猫ババしてた。

 思いっきり愛読してた。


「……あれ?じゃあお前の恋愛知識って全てここに集約されてるの?」

「無論じゃ。むしろこの本からしか得ておらん」


 この時、僕に電流走る。


「じゃあ明日香とのラッキースケベって、まさかこれが原因じゃないよね?」


 コトハの視線がゆっくりと右下に向く。

 黒だ。


「こっちを見ろぉぉぉ」

「儂は悪くない!悪いのはこのようなシチュエーションを作り出した人類じゃ!」


 やっぱり偶然じゃなかったぁあああ!

 この神様俗にまみれてたぁあああ!!


「コトハ。お前はご利益を行使することは禁止だ」

「なぜじゃ!儂は皆を幸せにしたいだけなのじゃ!」

「お前のご利益は強力……いや、低俗だ!あからさますぎる!いくらなんでもラッキースケベはやりすぎだ!」

「じゃあ儂はどうすればいい!?」

「ったくしょうがねえな!これで勉強しろ!」


 僕はカウンターにある本を叩きつけた。


「あんた……マジか……」


 店長がドン引きしている。


「うそ……」


 これまたいつの間にかいた明日香がコトハの靴を取り落として呆然とする。

 そして、二人はその名を口にした。


「「恋愛指南書……」」


 わかっている。女子へのプレゼントとしては最低だ。


「何円?」

「まあ……五百円だが……」


 僕はなけなしの五百円玉を店長に渡して冊子を受け取り店をあとにする。


「これで勉強しな」

「お、おう」


 コトハがおずおずと受けとる。


「あんたなんで……」

「詳しくは聞かないでくれ」


 僕は質問攻めをする明日香を勢いで黙らせてその場をあとにする。


「はあ……今日の秀人はなにかがおかしい」

「僕もそう思うよ。今日の僕はどうかしてる」


 はあ……

 何であんなことしたんだろうか。


「もう追求はしないわよ。あんたがこういうことをするのは今日に限った話じゃないもの」

「おい待て。それはおかしい」


 僕は反論したが明日香は変質者を見る目で僕を侮蔑したあとに、コトハに話しかけた。


「そういやコトハちゃん。あなた秀人と同じ年?」

「おい、無視をするな」

「うむ、そうじゃが?」

「じゃあどこの高校なの?」


 どこの高校なの───

 それは僕たちの心に深く刺さった。


「え?」

「高校よ?行かないの?」


 明日香は屈託のない笑顔でコトハに言う。

 ヤバい。完全に忘れてた。

 頬に一筋の冷や汗が垂れる。


「ち、ちなみに明日香はどこの高校にいくのじゃ?」

「え?私?私は秀人と同じ草神高校よ?陸上の推薦だけど」

「わ、儂もそこじゃ!引っ越すときのゴタゴタで忘れておったわ!」

「そうなの!?一緒のクラスになれるといいわね!」


 コトハの言葉に歓喜する明日香。彼女はコトハが相当焦っていることを知らない。

 ちなみに、僕たちが通うことになる草神高校、実はそこそこの進学校である。決してバカでは通れない学校だ。

 そんな学校の転入試験に、勉学どころか常識も危ういコトハが受かるか。

 そもそも試験を受けられるのか。というか試験会場に行けるのか。

 それは僕にはわからない。

 コトハは体の震えを押さえ、ゆっくり視線を僕に向けた。


「高校に行けるよな?儂」


 僕はコトハを安心させるためにニッコリと笑う。

 ──そして、ダッシュで古本屋に戻り高校受験用の問題集を買った。

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