第6話

「はい、はい。急に申し訳ありません。……はい。ありがとうございます。では二週間後によろしくお願いします」


 そう言って父さんは電話をガチャリと戻す。


「コトハちゃん、二週間後だ。二週間後に転入試験がある」

「う……む。申し訳ない」

「なあに。今、コトハちゃんは家族同然だよ。それよりもコトハちゃんを高校にいれることを完全に失念していたよ。しかも住民票も作らないといけないしこれは忙しくなりそうだ」

「重ねがさね申し訳ない」


 コトハは父さんに頭を下げる。

 家に帰ってからこのことを話すと父さんはすぐに高校に取り次いでくれた。

 父さんがかなり無理してくれたのはコトハも感じているらしい。


「コトハちゃん。転入試験は生易しいものじゃない。むしろ受かったら奇跡と言っても過言ではないよ」

「そんなことはわかっておる。儂を頭をなめるな。九九はそらで言えるぞ」


 いや、それは常識だし。

 コトハの言葉に父さんも苦笑い。


「ま、まあやる気があることはいいことだけどね。……秀人、コトハちゃんの勉強の面倒を見てやってくれ」


 やっぱりそうなるか。覚悟はしてた。

 流れ的に僕がやるんだろうな~って思ってたし僕がやらなきゃ誰がやるって感じだし。

 一応高校には受かってるんだから僕がコトハの面倒を見るのは当然である。

 まあダメもとでやってみるか。



 僕の部屋にはいって机に勉強道具を広げる。

 とりあえず過去問をやらせてみた。

 まずは国語から。


「んー、なかなかいいんじゃない?」

「本当か!?」


 コトハが希望に満ちた目で僕を見る。

 うん、初見七割は凄いと思う。

 勉強は全くしてなかった訳でも無さそうだ。

 でもなー


「漢字を楷書で書かないってどう言うことだよ。ここで間違えるやつ初めて見たわ」


 コトハは漢字を草書で書いていた。

 逆になんで草書を知ってんだよ。


「うう……楷書は難しいのじゃ」

「悩むベクトルが一般の学生と違うんだよなぁ」


 とりあえずきっちり楷書でかく練習をすることになった。

 止め、跳ね、払いの反復練習である。

 小学校以後一般日本人が絶対にやらないであろう動作だ。

 ひらがなは字が汚いって感じで読めなくもないのでノーマークでいいだろう。

 多少のアクシデントはあったものの読解力もありここら辺はあまりやらなくても大丈夫そうだ。



 次は数学。

 と、その前に


「お前まさか漢数字しか書けないとか言わないよな?」

「ギクゥ!?」

「ああ、やっぱりか」


 僕は即席で漢数字と数字の早見表を作ってやってその上で解かせてみた。

 結果──


「マジか……」

「どうじゃ!崇めるなら今のうちじゃぞ!」


 まさかの九割。

 どうしてこうなった!?


「なぜだ……何故コトハがそんなにとれるんだ?」

「算学の問題なら我が家に死ぬほどあるぞ?随分前に人間共が神社に自作の問題を奉納するのが流行したと父上がいっておった。暇な時間に解いておったがよもやこんなところで役に立つとはな。正直言って楽勝じゃったぞ?」


 それならうちの蔵にも何個かある。

 あれめっちゃ難しくて解く気が失せるんだよね。

 なんか負けた気がするが一応吉報だ。

 数字を覚えたらいいのでこれは手をつけなくていいだろう。


 続いて理科。

 五割。


「有象無象の現象なんぞ解析せずともよかろうに。どうせ儂等は結果を享受するだけなのじゃから」


 終わった瞬間、コトハは問題に向かって文句を垂れ始めた。


「これは手がかかりそうだぞ。まず蒸発がどういうことかわかってない」

「蒸発?あんなたわけた話聞いたことがないぞ。水が空気中に逃げるなんぞ信じられん。それはもう水ではない。あとなんじゃ……そう!食物連鎖じゃ!他の生物に優劣をつけるな愚か者め!蛙だってやるときはやるのじゃぞ!それこそ蛇を食べることもある!」

「それにしては星の動きとかは良くできているな。自転と公転が全くできてないが」

「星を眺めておけば大体わかるぞ。火星とはなんぞやと思うが軌道からして明けの明星と検討はつく。もはや推理じゃの」

「酷い解法だな」


 分かってはいたがここに来てコトハのバカさ加減が露見する。

 しかしこの事でコトハの傾向もわかった。

 この子は多分自分の経験則からでしか考えられないのだろう。

 物事を鵜呑みにできない。

 ならば教本を読ませて一字一句覚えさせた方が早いと思う。

 コトハがツッコミを入れることは多々あるだろうがそれは根気強く答えていこう。



 社会科。

 ──六割。微妙。


「歴史満点で他ボロボロとかおかしいだろ」

「外国のことなど知らん。地理のことはわからんことでもないが特産品何ぞ覚えてなんのためになるんじゃ?そこに住むわけでもあるまいし。そして公民とやら。なかなか仕組みは良くできておると思うがめんどくさくはないか?上告とか控訴とか三回もできるなんてはっきり言って無駄じゃろ。人によって判断が変わるのは当たり前じゃ。それを不服としておったら全ての裁判は最高裁判所とやらにいくぞ」


 歴史がとれてるだけあってまだマシだが、せめて七割はとってほしい。

 これも理科と同じ感じなのでひたすら教本を読ませよう。



 最後に英語。

 ──二割。うん、知ってた。


「その二割も全て記号の勘が当たったって感じだな」

「……」


 コトハは頭がショートしていてピクリとも動かない。

 一番厄介なのはこの教科だ。

 何せ二週間で膨大な単語と文法を覚えないといけない。

 せめて五割は取りたいところ。


「コトハー、起きろー」

「……」

「早く起きないと今日買ったこのチュッパチャップス(チョコレート味)が僕の口にはいるぞー。あーん」

「ぶっ殺すぞ!」


 死者蘇生完了。

 コトハは僕の手からブッパチャップスを奪い取り口のなかで転がす。

 そして、怪訝そうな目で過去問を眺めた。


「わからんのー。儂は外国になど行かんし覚えるだけ無駄なのじゃが。特に何故主語のあとに動詞が来るのじゃ?文が終わってしまうではないか。あと単語の意味もさっぱりじゃ。likeとloveの意味が違うじゃと?好きに大きいも小さいもあるかい!」


 あーもうめちゃくちゃだよ。

 ──でも、ちょっと気になる点がある。


「なあコトハ、お前、四択問題は結構正解してるよな?なにか不正した?」

「いや?ただ選択を決めあぐねて鉛筆転がしただけだじゃが?」

「うん、誰もが考える最終手段だね……ん?待てよ?」

 僕は一から四まで数字を書いてコトハに見せる。

「コトハ、鉛筆転がして僕が今なんの数字を考えているか当ててみろ」

「別によいが……」


 コトハが鉛筆を転がす。

 僕が考えているのは四。

 僕の予想が正しければ……


「ふむ。四じゃの」

「お前マジか」


 こいつ、神様補正が入ってる。運勝負には滅法強いのだ。

 神たるもの、そうあるべきかもしれないがこれはズルい。

 このあとコトハと同様のことをしたが、コトハは十回中八回も僕の頭の中を当てやがった。

 マークシート式ならこいつは最強かもしれない。


「でも、やっぱり記号だけじゃあ五割はとれないな。お前物事ってどうやって覚える?」

「覚えるということはあまりやったことはないな。好きなことは覚えるし嫌いなことは忘れる。それが儂じゃ」

「犬みたいな知能してるな」

「なんじゃと!?」


 前のめりになるコトハを片手で押さえつけながら僕は考える。

 つまり、自分に利があるならば覚えると言うことだ。

 なら話は簡単。


「よしコトハ。英単語を十個覚える度におやつカルパスを一個やろう。応じるならワンと言え」

「ワン!!」


 ちょっろ。

 おやつカルパスでつれる神、これいかに。


「言ったな!約束はたがわぬよな!?」

「ああ言った。男に二言はない」

「後悔しても知らんぞ!」


 コトハは僕が自分に不利な条件を出したと思い机に身を乗り出して息巻く。

 しかし、悲しいことかな。コトハ、お前は知らない。

 おやつカルパスが税込十円だと言うことに。


 そして、お前は知らない。

 中学生が覚える単語は約三千個。どうあがいても僕の損害は三千円だと言うことに。

 三千円でコトハが受かるなら僕は喜んで三千円を手放そう。

 そしてその倍の額を親から召しとるのだ。

 勝利など容易い。





 そして二週間僕はコトハの理科、社会、英語にひたすら付き合った。

 コトハは僕が思っている以上にアホだった。


 しかし、僕はおやつカルパスと己の経験を巧みに駆使してコトハの頭を劇的ビフォーアフターをした。

 その結果を聞いていただきたい。


「終了ッ!!」

「どっはー。疲れたわい」


 最後の科目である英語が終わるやいなや机に突っ伏すコトハ。

 僕はそんなコトハから答案を掠め取って解答を見ながら採点する。


「……平均六割強!!やったなコトハ、明日の試験に十分受かるぞ!」


 コトハは僕に顔だけを向けながら親指をたてる。二週間でこの結果は本当に凄い。


 最初こそグダグダだったが根気強く教えていくうちにコトハもコツをつかんで最後はこの結果。心からの称賛を送りたい。


「それはよかったな……秀人。もう寝てよいか?明日試験と言うよりか今日試験なんじゃが」


 時計はもう夜中の三時を回っていた。

 眠ろうとするコトハを何度しばいたことか。

 だってこいつ自分の欲に忠実なんだもん。


「ああ、寝ていいぞ。というか僕も寝る」


 僕達は机に突っ伏し意識を手放す。


「本当に仲がいいなあ」

「フフフ。そうね」


 その様子を父さんと母さんがドアの隙間からほほ笑みながら見ていた。

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