第7話

「フーフフフーンフーン」

「足をプラプラさせてえらくご機嫌だな、コトハ」

「実は乗り物に乗るのは初めてでの。神輿に乗る父上をいつも羨ましいと思っておったわい」


 お前は神輿と電車を同じ扱いをするのかよ。絶対に別物だぞ。


 僕達はうちの学校、草神高校に行くために電車に乗っていた。


 草神高校は僕達より都会寄りのところに位置する。駅に近いのでこうやって電車で移動するのがベストなのだ。


 まあ、一部地域はバスの方が早いというところもあるが。


「コトハ、敬語は大丈夫か?面接の時に必要だぞ?」

「大丈夫じゃぞ!とにかく『です』、『ます』をつければよいのじゃな!?」


 コトハは自信満々に答えるが僕は心配がぬぐえない。本当に大丈夫なのだろうか。


「お、着いたぞ」


 流れてくる人でごった返したホームに、コトハは目をキラキラと輝かせた。

 神様であるコトハにはこんな日常も新鮮に思えるのだろう。

 電車を降りた僕達は切符を使って駅を出る。

 一応、コトハが何かに興味をもって迷子になることを防ぐために手を繋いでいる。まるで子供の相手をしている気分だ。


「ほら、あそこに白い建物が見えるだろ?あれが高校だ」


 僕は駅の奥を指差す。

 来るのは教材販売以来となるので、いまだに僕が通うとは思えない。

 とはいっても、あと三日したら通うはめになるのだが。


 あーあ、やだなあ。何がドッキドキの一年生だ。

 ドキドキするのは年間行事のほんの一握りだけで、あとはひたすらにストレスのたまる作業と先生との嫌な攻防が繰り返される。


 それを明日香などの能天気な連中は楽しみと思っているのだ。

 ドMかな? どうみても苦難に突っ込んでいっているだけだろ。


 そんな明日香に対し、僕はそれなりの学力とコネ、そして卒業証書がとれればそれでいいと思っている。


 しかし、前向きに考えよう。

 この編入試験にコトハが合格できればコトハを地獄のスクールライフに引きずり込める。

 コトハの世話を学校でもしなければならないのは癪だが学校から帰ってきて最初聞くのがコトハのやる気のない『お帰り』とか最悪すぎる。

 ストレスマッハ待ったなしだ。胃に穴があく。


 だがコトハを引きずり込んだらどうか。

 『赤信号みんなでわたれば怖くない』という先人達のありがたい教えと同じようにコトハも僕と同じ苦痛が与えられるのだ。僕はそれを見て楽しめる。


 コトハも僕のその姿を見てスカッとするかもしれない。

 大いに結構。ストレスの掃き溜めがないよりかはましだ。


 高校についた僕はコトハに向き直ると


「というわけでコトハ!お前ならしくじらなければ確実に受かる!面接五カ条は覚えたか!?」

「もちろんじゃ!一つ!下界での儂の名前は相浦コトハ!お主の従姉妹!」

「次ッ!」

「一つ!神関係の話は他言無用!口を開くことなかれ!」

「次ッ!」

「一つ!儂は充実した生活を送るためにこの学校を選んだ!日々精進するつもり!」

「次ッ!」

「一つ!大人の前では常に敬語!一人称は『私』語尾は『です』、『ます』!」

「最後ォ!」

「一つ!趣味は読書!好きなことは歌うこと!得意な曲は『残酷な○使のテーゼ』!」

「よし上出来!帰ったらすき焼きだ!ケーキ代ももらっている!帰りに寄るから好きなものを選べ!」

「なんじゃと!?受かるしか道がないではないか!」


 コトハは僕の言葉を聞いてやる気をみなぎらせる。元気があれば何でもできるのだ。


 元気以外の要素も必要だけどね。常識とか配慮とか自重とか。


「まあ、僕からの激励もとい茶番劇はこれ終了だ。試験が終わる頃に校門前に立っているから終わったら話しかけて」

「うむ!わかったぞ!試験なんぞさっさと終わらせてやるからな!早めに迎えに来るのが吉じゃぞ!」

「試験は早く終わったりなんかしねえよ」


 なにを言ってるんだこいつは。

 残念な目を向ける俺を背にやけにテンションの高いコトハは笑顔で高校の入り口に消えていった。

 ……スリッパはけるかな、アイツ。


 ────さてと。ここからは僕の自由行動タイムだ。


 コトハ試験は三時ぐらいに終わる予定。ようするに僕は二時四十五分ぐらいまで好きなことができる。

 所持金はかなりの額を持ってるし金銭面は大丈夫だろうか。


 ここは無難にウィンドウショッピングでもするか。決して冷やかしではない。

 高校でコトハ見送り十五分、僕はただ一人デパート街をフラフラと歩いていく。

 ここは火板町と違って物価が高い。


 ずっと前に明日香のバレンタインデーでもらった義理チョコ(無駄に高いものを買いやがった。絶対に足元をみてやがる。)のお返しに遠出したときはチョコレートの値段が高すぎて断念し、安心と信頼のブラック○ンダーに切り替えたほどだ。(渡したら露骨に舌打ちされた。性格悪いわー。)


 つまり、ここで散財をすればお財布事情が壊滅的なことになるということだ。

 ただでさえ明日香に搾り取られたのにこれ以上とられてたまるか。


「ねえそこの可愛い娘ちゃん?今から僕とランチしない?」

「え……いや……」


 僕が歩いていると、今時珍しいナンパの現場を目撃した。


 金髪のチャラついた男が僕と同じ年ぐらいの女子に絡んでいる。周りから白い目でみられているが当の本人は気づいていない。


 通行人も女の子を助けようとする気は毛頭なく自分が第三者であることをアピールするかのように通りすぎる。


 もちろん、僕もその一人だ。気の毒だが僕は君を救うことができない。


「ま、待ち合わせが……」

「一回くらいいいって。後でその相手に謝ればいいだけだろ?」

「でも、これはそういう話じゃ……」


 結構しつこいなこの男。そのネバーギブアップ精神を他でいかせばいいのに。

 僕はせめてもの抵抗に可哀想な人を見る目を向ける。僕には助ける理由がない。


 ────しかし、女の子の鞄につけていたある物で僕の気は変わった。


(……この女の子うちの神社のお守りつけてるじゃん)


 それなら話が別だ。

 お布施をもらっている以上、神社の関係者として参拝者のアフターフォローもしないといけない。


 めんどくさいけど、これは神社で働く者にとっての義務だ。うちの参拝客の恋路は邪魔させん。


 僕はスマホを耳にあて大声で叫ぶ。


「もしもしー!警察ですかー!?」

「お、おい!」


 ようやく気づいた男は慌てて僕のほうに駆け出す。

 その間に女の子は男から距離をとった。


「おいガキ!黙れ!」

「さっき人目を憚らずに女の子に迫っていた金髪の痛いやつがいたんですけどー!」

「そのスマホを放せ!」

「ちょっと迷惑なので注意だけでもしてくれませんかねー!」

「ッ……くそッ!」


 男は警察を呼ばれたと思い、逃げ去るようにその場から離れていった。

 一部始終を見ていた通行人から拍手が起こる。

 ま、スマホに電源はいれてないから通報はしていないんだけどね。


 だって事情徴収されるとめんどくさいじゃん。


「あ、あの……」


 僕がポケットにスマホをしまいこむと、絡まれていた女の子がおずおずと話しかけてきた。


 改めて顔を見ると結構可愛いな。

 吹けば飛んでしまいそうなはかなさがあるが、それをも可愛さに昇華している。男に絡まれるのも無理はない。


 僕は女の子のほうに顔を向ける。


「何?」

「た、助けてくれてありがとうございまひゅ!」


 噛んだ。大事なところで噛んだ。

 だが、僕はそれをいちいち気にするような心の狭い男ではない。


「別にお礼を言われるようなことをした訳じゃない。僕はアフターフォローをししただけだ」

「アフターフォロー?」

「ん。その鞄につけているお守りあるでしょ?あれ僕の家の神社のお守りなんだ」

「家があそこなんですか?」

「そう。だから助けなきゃって思ってね。参拝者がひどい目に遭ってると、あたかもうちの神社の効力がありませんよって感じで嫌なんだよ」


 僕は無理して話しかけた反動でテンパる女の子を宥めるように言った。


 それを聞いて女の子はクスリと笑う。


「あっごごごめんなさい!失礼でしたよね!?」

「いや、こちらとしてはウケ狙いで言ったんだけど」


 頭をブンブンと下げる女の子。

 真面目だなあ。コトハと明日香も見習ってほしいものである。


「あ、あのっ、お礼としてはなんですがこれを受け取ってください!男であるあなたにはあまり必要ではないかもしれませんけど」


 そういって女の子が手に持っていた鞄から取り出したのは新品の本。表紙の絵からして少女ラブコメの小説である。


 えー、いらな────いや、これはコトハの教育に使えるな。


「ありがとう。もらっておくよ。こういうのが好きな家族がいるんだ」

「そうですか!それは良かったです!」


 女の子はパアッと声を明るくする。

 うん、いい対応だったらしい。


「先生!いったいどこにいたんですか!」


 女の子は後ろから声をかけられてビクゥッと背筋をこわばらせる。


 彼女の後ろにはスーツをピシッと着たビジネスマンがたっていた。


「す、すみません!ちょっと道に迷ってて……」

「もう時間ギリギリですよ。これから打ち合わせがあるんですから」

「はい! で、では!」


 女の子は僕に深いお辞儀をすると先に歩いたビジネスマンを追いかけるように走っていった。

 あの子は何者だったのだろうか。


 ……まあいいか、うちの参拝者とは言え僕が覚えておく必要はない。


 僕は女の子からもらった小説を見やる。

 ……6巻だ。僕、1から5巻を一切持っていないんだけど。


 でも、これも何かの縁。1から5巻は自腹で払おう。どうせコトハに読ませる予定だし僕からのプレゼントということにしておく。


 そのあと、僕は本屋に行き1から5巻をまとめて買った。大々的にブースがあったから結構人気な本なのだろう。


 しかし、不思議なことに6巻がなかったんだよなあ。しかもこの6巻、サインつきなんだよなあ。


 ただ単に6巻が売り切れているだけなのかも。そうだ、そうに違いない。


「合計、三千八百十円です」


 周りから白い目でが注がれる。

 今の僕は少女向けラブコメを大量に買う男子高校生。


 ……めっちゃ浮いてるな。





 ラブコメ小説を買った後も適当にブラブラして校門に戻ると、退屈そうに立っているコトハと─────何故かジャージ姿の明日香が校門に立っていた。


「遅いぞ秀人!」

「女の子を待たせるなんてサイテー」

「悪い悪い。で、なんで明日香がいるんだ?」


 僕の言葉に対し明日香はあたかもいて当然と言う様な態度を取る。


「何?いちゃ悪いわけ? 部活よ、部活。推薦組はもう部活に参戦してるのよ」

「なるほど納得」

「で、その紙袋はなんなのじゃ?」

「コトハにプレゼントだよ」

「何?プレゼントじゃと?」


 コトハは僕から紙袋をうけとると早速中身を確認する。


 しかし、先に反応を見せたのは野次馬精神で紙袋の中身を見た明日香だった。


「あ、『恋めくり』じゃん」

「なんじゃそれ」

「超超超王道の人気ラブコメよ!本当にやばいんだから!私全巻持ってる!」


 本を片手にテレビショッピングのように力説する明日香。


 お前が恋を語ってるところ始めてみたわ、恋愛はおろか誰かを好きになったこともないだろ。


「……ん?何これ?」


 明日香は首をかしげて一冊を紙袋から取り出す。


「6巻?」

「そうだが……それがどうかしたのか?」

「これ、どこで手にいれたの?」

「ほほお、サインつきじゃの。いかにもプレミア感がある」

「何って……女の子にもらったんだけど」

「……」

「なんじゃ明日香。そんなに目を見開いて」


 絶句した明日香の顔をコトハが覗きこむ。

 そんなコトハに目もくれず、明日香は静かに口を開いた。


「……あのね。『恋めくり』はまだ5巻までしか出ていないの」

「「え!?」」

「6巻が出るのは三週間後。でもざっとみた感じ、確かにこれは5巻の続きだわ」

「どどどどういうことじゃ!?」

「……」

「あなたこれをどこで手にいれたの!?」

「そうじゃ!市場に出回っていないものをどうやって手にいれるのじゃ!」


 詰め寄る二人。

 しかし、今の僕にはそんなことはどうでもよかった。


 6巻が発売されてない?

 思えば、あの女の子はあのビジネスマンに『先生』とよばれていた。

 そして、女の子はこのあと『打ち合わせがある』とも言っていた。


 考えられることは一つしかない。

 ……でも、ここで結論を出すのはやめておこう。


 あの女の子に迷惑をかけないために、そしてこれ以上僕が面倒ごとに巻き込まれないために。


「「どこで手にいれたのよ(じゃ)!!」


 ズイズイと捲し立てる二人に僕は距離をとってフッと不敵に微笑む。


 そしてこう言った。


「忘れた」

「「とぼけるな!」」


 僕は今日、あの子と会っていないことにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る