第8話
「キャッホー!!やったぞ!」
封筒から取り出した合格通知を早速放り投げてコトハは跳び跳ねる。
ここは素直に拍手したいところだが、今回はそうも言ってられない。
というか時間がない。
「ほら、わかったからさっさと着替えに行け。お前の教科書を注文して制服も買わないと行けないんだよ。他にも備品だったりなんだりでこっちは大忙しなんだ。うちの両親も働いてる人に無理を言って休みもらっているんだから」
「少しぐらい良いではないか……」
「明後日登校なんだよッ!」
二日で備品を揃えろなんて学校側も無茶を言う。
まあ確かに入学式に会わせた方が都合が良いのだろうし向こう側の事情もあるのだろう。
二週間前に無理を言って入れてもらったこちらにも責任と言うものはあるのでしょうがないのかもしれないが明日は英気を養うために是非とも開けておきたい。
だから、僕たちは3つの買い物を同時進行させることにした。
父さんが文房具や学校の指定鞄などを。母さんとコトハは制服の採寸と調達。
僕はあらかじめ電話で本屋に注文をいれたので教科書類を取りに行くのだ。
わかる人にはわかるのだが、教科書はめちゃくちゃ重い。そして量がある。
絶対に学校の指定鞄に全部は入り切らないのだ。
僕もそれは予想しているので最悪の場合を想定して父さんのキャリーケースと僕のリュックサックをもって行く。
たぶんこれで大丈夫だろう。
「もう少し祝ってくれてもよかろうに」
「あーはいはい。おめでとさん。これからも頑張ってねー」
「全く心がこもっておらぬではないか」
「それはお前の感受性の問題だ」
「なにおう!?」
コトハが心外だとばかりに眉を八の字にする。
なんだよ、文句でもあるのか?
「秀人よ、いつまでも神であるこの儂にそういう態度でおると痛い目を見るぞ?」
「へえ、具体的には?」
「『恋めくり』の篠崎みたいなことが頻繁に起こる」
「それはマジで勘弁してくださいコトハ様」
僕は即座に土下座をした。
コトハの言った篠崎とは前に女の子からもらった小説に出てくるヒロインならぬヒーロー格の一人だ。
普段はクールだが主人公が困った時には絶対に助けてくれる男の中の男。
しかしこの小説の主人公、尋常じゃないほど薄幸なのである。
それを助けるのだから篠崎は毎回過労死レベルで活躍するのだ。
3巻では暴走族に絡まれた主人公を助けるために暴走族総長と単身で交渉していた。何考えてるの?この人。
そんなことが僕の身に起こってみろ。この前の金髪ぐらいなら撃退できるが小説レベルになると死を覚悟する。
女子からしたら胸キュンものだろうが男からしたらそこまでする義理はないと逃げたいものだ。
過度な胸キュン要素を求めるのは男に毒なのである。胸がキュっとなる。
「分かったらさっさと靴下を履かせるがよい」
「それは断る」
「天におわ──」
「わかったわかったわかった!履かせるから!」
コトハが呪文を唱え始めたので僕は急いでコトハの足に靴下を履かせた。
僕はこの呪文で明日香に殺されかけたのだ。
あの呪文は洒落にならない。
せめてもの抵抗として、靴下を裏返しにはかせて心をスッキリさせる。
制服を買う時に一緒にグラウンドシューズ等も買うのでそのときに恥をかかせる寸法だ。
そうとは知らず、足をぷらぷらとさせながら仮初の勝利の余韻に浸るコトハ。
ざまあみやがれ。
「秀人、コトハちゃん。もう行くわよ?」
ドアから母さんが顔を覗く。
これは早くしろという意味だ。
「「はーい」」
僕とコトハは靴を履いて外へと繰り出した。
……遅いな。
待ち合わせの場所にいってもいっこうに来る気配がない。
教科書をかって駅前で待っていたが母さんどころか父さんもこない。
スマホを確認しても通知なし。
『ピロリン』
あ、携帯がなった。
母さんからだ。
えーと何々?
『今お父さんと一緒にコトハちゃんの携帯の契約をしています。ちょっと遅くなるけどゴメンね_(..)_』
なるほど。
携帯の契約をしていたのか。
……え?
それって僕結構待つんじゃないの?
教科書の重さが結構きついんだけど。まわりから浮いてるんだけど。
……あ、また鳴った。
おお、今度はコトハからだ。
試しに僕にメールをうってみたって感じだな。
『みておるか』
既読表示機能を知らないのか。
まあ、初めてだししょうがない。
『見てるよ』
『わしからはひでとのすがたはみえておらぬぞ』
アホか。見えるわけないだろ。
お前はスマホをなんだと思ってるんだ。
コトハのからの通知は続く。
『わしもすまほというものをかってもらったぞ。かみもないのにぶんつうができるとはげんだいのぎじゅつはすごいの』
『いい加減変換機能を使え!』
見にくい! オール平仮名は読者が困る!
ちなみにこれは『儂もスマホというものを買ってもらったぞ。紙もないのに文通ができるとは現代の技術はすごいの』だ。
漢字のありがたみを身をもって知った。
『まだ手続きがしばらくかかるそうじゃ。しばし待たれよ』
まだ待つのかよ。
早く終わってくれないかなあ。
『秀人よ。これはなんなのじゃ?』
『知らん。こっちには何もわからない。スクショして送ってくれ』
『スクショとはなんじゃ?』
ああもうめんどくせえ!!
そもそもスマホを通してやる話じゃない!
『帰ったら教えてやるから待ってろ!』
『なんか「至急この口座に十万円振り込んでください」という文字が出ておるのじゃが』
『なにしたんだよお前!?』
完全にやべえやつじゃん!!
なにしたの!? ねえ!? どうしたらスマホを手に入れて早々この文章に出会うの!?
逆に知りたいわ!
『消せ!とにかく消せ!』
『もう店員に消してもらったわ』
わわわ店員さん、うちのコトハがすみません!
心の中で渾身の謝罪をする。
絶対苦笑いされているだろうなあ。なぜかこっちも恥ずかしい。
『あとはこの歯車のようなやつ。これはなんじゃ?』
『多分スマホの設定だよ。帰ってゆっくり決めろ』
『店員からパスワードとやらを決めろと言われたのだが』
パスワードね。
確かにそのくらいならコトハにもできるはずだ。
『そうか。じゃあ決めれば?』
『うむ。じゃから合言葉は「76337564」にしたぞ』
僕に教えたらパスワードの意味がねえ!
しかも偶然か知らないけど語呂が「南無三皆殺し」になってるし。
仏教から総攻撃を食らってもおかしくないほど物騒なパスワードだ。
『もう手続きは終わりそうか?』
『あともう少しじゃと言っておったぞ』
まだかかんのかよぉ。
ベンチに座ってだらけてはいるけどもう日も暮れ始めたぞ。
『秀人、明日香の連絡先持っておるか?』
『知りたいのか?』
『うむ、何かと世話になったしの』
『わかった。ほい』
僕はコトハに明日香の連絡先を送る。
こうすれば暫くコトハの相手は明日香が受け持つことになるだろう。
僕はホッと一息ついてスマホを閉じ、遠くを見つめながらコトハ達が来るのを待つ。
思ってみればこの二週間ぼうっとする時間がなかったような気がする。
意外とこういう静かな時間も必要かもしれない。
『ピコココココココココ』
うるせえええええええ!!
いきなりなんだ!? コトハか!? コトハが早くもスタ連を習得したのか!?
まわりの視線が痛いので、急いで通知をきって画面を開く。
連スタの犯人は明日香だった。未読数が天元突破している。
『うるせえ!時と場所を考えろ!だからお前の頭はボックステレビに劣るんだよ!』
『誰がボックステレビに劣るですって!?あなたの方がよっぽどイカれてるわよ!コトハちゃんになに教えたの!?』
またコトハが何かやらかしたようだ。
明日香が問題のスクショを送ってくる。
えーっと何々?
『明日香!スマホを買ってもらったぞ!』
『よかったね。どう?使い心地は』
『難しいの。やはり指遣いがなれん』
『最初のうちはそんなものよ』
『秀人に教えてもらっておるがわからないことが多すぎる』
『へえ』
『さっきなんて「至急この口座に十万円振り込んでください」という文章が出た。店員が慌てて消してくれたわい』
「……」
文脈に悪意がありすぎるだろ!
いや、誰も悪くないんだけどさ!文からして僕がコトハをいかがわしいページに誘導したってことになってるじゃん!
『どういうことなの!?』
『知らねえ!コトハが勝手に開いたんだよ!』
『あなたが誘導したんでしょ!?』
『ああもう説明するのがめんどくせえ!』
クッソ。僕だって全てを知る訳じゃないし説明できない。しかも文章上ならなおさらだ。
結局、誤解だと理解してもらうのに十分もかかった。何て理不尽なんだ。
もう日は暮れてちらほらと電灯がつきはじめている。
僕どのくらい待たされたんだろ。
「えぐっ、えぐぅ」
「大丈夫よ。きっと携帯会社が何とかしてくれるわ」
聞き覚えのある嗚咽がしたので顔をあげると泣きじゃくるコトハとそれをなだめる母さんと父さんがいた。
「ど、どうしたの?」
「コトハちゃんがパスワードを忘れたらしい。そのまま電源を切ったからスマホを開けられなくなったんだ」
バカかよ。鳥頭かよ。
「適当にするからこうなるんだ」
「秀人ぉ、おぬしは知らぬかぁ~」
コトハがすがり付いてくる。
はあ? 自分用のパスワードなのに他人が知るわけ……ん?
僕はふと思い立ってコトハとのトーク履歴を確認する。
『店員からパスワードとやらを決めろと言われたのだが』
『そうか。じゃあ決めれば?』
『うむ。じゃからパスワードは「76337564」にしたぞ』
……うん。
「76337564」
「そうじゃ!思い出したわい!」
僕の言葉にポンと手を打つコトハ。
……他人にパスワードを教える意味、あったわ。
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