第9話
時は入学式が終わり、それぞれの教室に向かっているところ。
それぞれが緊張と期待の面もちで生徒会からの案内のもと自分が一年間他人との共同生活を送るであろう教室に向かって歩いている。
──そんな時に、こんな気の抜けた話をしているのは僕達だけではなかろうか。
「ふああ。眠たかった。あの呪文はなんじゃ?とてつもない睡魔に襲われたぞ」
僕の隣を歩くコトハは欠伸を隠しもせずに、目に涙をにじませながら言う。
「あれは『校長からの挨拶』という限られた教師にしか使えない最強の強制睡眠呪文だ。教師達はそれを聞いて眠った生徒を片っ端から叩き起こす。睡魔と戦うことを生徒に強いるんだ」
「それはもう拷問の類いではないか?」
「違いない」
つまんねえ校長の話、いつの世も同じだ。
それはコトハも感じたようで、うつらうつらしながら校長の話を聞いていた。
僕が起立のタイミングで起こさなかったら入学早々怒られていただろう。よく一番前で寝れたよな。
さてと、ここでピンときた人もいるだろう。
そう、僕とコトハは同じクラスだ。
一のC組。出席番号はワンツーフィニッシュ。コトハが1で僕が2だ。
今まで僕の出席番号は名字が名字なので全て1だった。
しかし、コトハのおかげで高校で初めて人が前にいる状況でのクラス移動を経験した。少し残念、少し嬉しいの複雑な気分である。
「では出席番号順に座ってください。自分の場所がわからない人は先生に聞きに来てくださいね」
一のC組の面々が全員教室に入ったところを見計らい、恐らく僕達の担任になるであろう女の先生が声を張り上げる。
少数の生徒が聞きに行くが、僕達には関係ない。
なんてったって、一番右端の前から一番目と二番目なのだから。
「出席番号が分かりやすいのはいいの。全てにおいて行動が速くなる。一番得な番号ではないか?」
「そうでもないぞ。全てのクラスでの行動の基準になるからプレッシャーがかかるのが一番だ。特にクラスが始まったばかりの時なんかは一番が始めに定位置についたところから列が並んでいく。一番の良し悪しで先生に対するクラスの印象が大きく左右されると言っても過言じゃないな」
「ほぉ、これが経験者は語るというやつじゃの」
コトハが茶目っ気のある笑みで僕を見る。
あ、これ自覚がないやつだ。まじで大変だからな?
この自覚なしの能天気にため息をついて、僕は何気なく左隣を見た。
……ん!?
「!?」
隣の女の子と目が合った。
彼女も何気なくこちらを見たようで瞬時に目を見開いて体を強張らせる。
僕は完全なる不意打ちに対しての驚きを圧し殺し、顔をそのままにゆっくりと彼女の机に視線をむけた。
学校の指定鞄と共にあの時と同じ、うちのお守りをぶら下げた鞄が横にかかっている。
「ごごごごきげんよう」
「何故お嬢様言葉」
「す、すみません」
僕を見てこのテンパり具合。
間違いない。あの時に金髪から助けた女の子だ。
恐らく『恋めくり』の作者である。
「君、この高校だったんだ」
「え、まあ、はい。貴方もこの高校だったんですね」
「まあね」
「「…………」」
なにこれめっちゃ気まずい!
この掴めない距離感、話を続けないと!なにか話題を!
「……小説、読んでくれました?」
僕が内心バクバクしていると、女の子が僕にしか聞こえないようなボリュームでボソリと話を切り出した。
最初の話題としては結構切り込んでくるな。
「ああ、読んだよ。男だけどすごく面白かった。──でもこの話は君にとってあまりしない方がいいんじゃないかな?」
「やっぱり気づいていましたか」
女の子も僕の態度を見てなんとなく気づいていたようだ。
少し怯えた顔つきで僕の顔色をうかがう。
「大丈夫。口外する気はないし口外もしていない。これで脅すつもりもないし騒ぎ立てるつもりもないよ」
「あ、ありがとうございます。あれからバレたらどうしようかって不安で不安で……」
「そんなもの渡すなよ……」
「担当さんから怒られました」
でしょうね!
高校生だから危機管理意識が薄いのかもしれない。
「相手が僕だったらよかったものの……」
「次からは気を付けます」
女の子は赤い顔をうつむかせる。
そのうちきっと足元を掬われるぞ。
僕がそう呆れていると、女の子がオズオズと椅子を僕に近づける。
「実は……そんなあなただからちょっと折り入って相談というか頼みがあるのですが……」
「ん? 何?」
「……あの出来事、小説のネタにしていいでしょうか」
「ブフッ!?」
あまりにも唐突なことに僕は机に突っ伏す。
幸いにも目の前のコトハは先生が入学式後の保護者の説明に行っていていないことに甘んじて睡魔に全面服従してすやすやと寝ているので気づいていない。
お前もお前で大概だな。
「よくこの流れでそんなこと言えたなあ」
「あんなリアルな体験は貴重ですよ」
「商魂たくまし過ぎるぞ」
「そうでもないと高校生をしながら小説家なんてやってませんよ」
「んー納得」
こいつ意外と心臓の強いタイプかもしれない。
僕は少々彼女を見くびっていたようだ。
「で、返事は……」
「いいよ、別に。恥ずかしさはあるけどそんな断ることでもない」
「ありがとうございます!」
僕の返事に屈託のない笑顔を見せた彼女はお守りのついた鞄から大きめのノートを取り出す。
ノートの題名は『構想ノート7』。
行動力の塊だ。
「よく僕の目の前でかけるよな」
「情報とアイデアと食材は鮮度が大事ですから。仕事の鉄則です」
その真面目さは評価できる。
でも、スッゴク背中がむず痒い思いになるから極力やめてほしい。
「よし!できました!あとは家で文字に起こすだけです!フフフ」
「あ、ああそう。よかったね」
「この調子ですと七巻のネタには苦労しなくて良さそうです!」
彼女は安堵の息をつく。
「実を言うと三巻辺りからネタは尽きてたんですよ。読者のニーズがいまいちわからなくて」
「ああ、だからいきなり暴走族が出てきたわけか」
「恥ずかしながらその通りです……」
そう言って彼女は顔をうつ向かせた。
やっぱり小説家も楽じゃないんだな……………お、来たか。
「ところで、もうすぐ先生が来るぞ。そのノートを早くしまった方がいい。コトハ。お前も起きろ」
「ふぇっ!?」
ガラララッ。
女の子が急いで鞄にノートをしまい、夢から覚めたコトハが状況がつかめずキョロキョロしているところに先生が帰ってきた。
廊下側の特権、先生が帰ってくるところがわかる。
さて、今からは投稿初日恒例、担任の自己紹介。
「皆さん。おはようございます」
『おはようございます』
「朝からとってもいい返事ですね!」
朝(午前十時半)だぞ。
おはようございますはどうかと思う。
「一のCの担任になりました。三島由起子と言います。教科は国語です。よろしくお願いします」
三島先生が黒板に自分の名前を書いて一礼すると教室から拍手が起こる。
ここまで社交辞令だ。それ以上の事とは誰も思っていない。
「皆さんのことはまだあまりの知りませんがこれから沢山知っていこうと思います。気軽に話しかけてくださいね。……さて、早速ですが始めに皆さんには教壇に立って自己紹介をしていただこうと思います。出席番号順にここに来て自分の名字と名前、好きなことを言ってください」
うっわ。そういうパターンかよ。面倒なことこの上無いわ。
出席番号順となるとコトハからか。
「うむ」
コトハは席を立って教壇に歩みを進める。
ちゃんと自己紹介できるのだろうか
「ではどうぞ」
コトハが笑顔を作りながら頷く。
「儂の名前は相浦コトハ。好きなことは歌うことじゃ。一年間共に学ぶ故、皆よしなに頼むぞ」
コトハの口調に一同がざわめき騒然とする中、僕は額に手を当てた。
あーあ、やっちまったよ。僕達以外の前でその口調で喋るなってあれだけいったのに、完全に忘れてやがる。
「こ、コトハちゃん。これからよろしくね」
苦笑いしてコトハを座らせる先生。
ほらー、先生にまで気を使わせてるじゃん。見てるこっちまで恥ずかしい。
「じゃあ次の人」
次は僕の番か。
この後に自己紹介をするのは嫌だが、やってしまったものは仕方ない。ちょっとコトハのフォローをしてやろう。
「相浦秀人。前の女の子、相浦コトハのいとこです」
この言葉に教室がまたざわめく。まあ、こうなるよね。
……あれ?一人だけ驚いていない。
教室が静かになるまでの時間を使って確認する。
……明日香もこのクラスかよ! うちの学年9クラスあるんだぞ!?
嫌そうな目をした明日香と目が合う。
『こっち見ないでさっさとしゃべりなさいよ』
『ハイハイ。わかったよ』
明日香と口パクで会話して教室が静かになったのを見計らい、自己紹介に戻る。
「えーっと、コトハについて補則説明を。コトハは訳あって三月にここに来ました。コトハの口調は方言です。まだこの土地にまだ慣れていない仲良くしてあげて下さい。あっ、あと僕の好きなことは眠ることです」
ほぼコトハの説明に時間を割いてしまったがみんなコトハの口調には納得してくれた様子である。これで一安心だ。
さて、元凶に文句を言おうか。
「その口調で話すなっていっただろ」
「別に良いではないか。お主の前じゃろ」
「前だけどさ!」
そういうことじゃねえんだよっ!
下手したらいじめ案件になるところだったぞ。
「じゃが補則をしてくれたことにはは礼を言うぞ」
「次からは気を付けろよ」
「分かっておるわい」
はあ。僕はいつまでコトハの尻拭いをさせられるのだろうか。気が気でない。
今後のことを案じ、しばらく放心状態になる。
「八番の人ー」
「ひゃ、ひゃい!」
噛んだ。やっぱり噛んだ。この声は僕の隣の女の子である。
いつの間にか自己紹介が八番まで進んでいたらしく、女の子は視線を気にした足取りで教壇に向かう。
「か、
必要最低限の自己紹介をして自分の席に戻る女の子改め烏間。
そして緊張をほどいて机に突っ伏した。
「うう緊張しましたぁ」
「お前、烏間美月って名前だったんだな」
「そういえばまだ言ってませんでしたね。というかそういう貴方も言ってませんでしたよ。秀人さん」
いつの間に名前覚えられてる。普通こういうのって聞き流すだろ。
「一年間よろしく御願いします」
「こちらこそ」
僕達は改めて頭を下げる。
すると烏間は突然
「早速なんですが、秀人さんはスマホは持ってますか?」
「ん?持ってるよ」
「放課後にSNSのID交換しませんか?」
「え?いきなり?」
「いや、嫌なら嫌で構いません。ちょっと相談事がありまして。仕事面の」
烏間は「切実なお願いです」と懇願する。
「いいの?そういうの。担当さんから何か言われない?」
「こういう身分ですから相談相手がいなくて。ちゃんと担当さんには話をつけておきます」
「別にいいけど……」
「ありがとうございます」
「ええ……」
大丈夫なのか?それ。
しかし、困惑する僕とは違って烏間は結構楽しそうな顔である。
……あれ?これって地味に高校生活初日で女の子のIDゲットしてね?
僕が夢見た瞬間じゃね?ラブコメのなかでもかなり展開のはやいやつのすることじゃね?
「秀人さん、どうかしました?」
「いや何でもない」
────なんか僕が思っていたのとなんか違う……。
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